3.裏切りの理由(中)
「幹部操言士ジャック、国内部部長ダミアン、守護部部長のラファルです。そちらの同席者も報告なさい」
不特定多数に聞かれたくないと言外に要望する王黎に対して、コリンも同じ手を返す。
『こちらは守護部所属の操言士道貴のほか、僕と紀更の護衛たち全員です』
「いいでしょう。話しなさい」
もう待てない。コリンは王黎を急かした。
『セカンディアにある始海の塔を出たあと、再びピラーオルドと接触しました。彼らの正体ですが、サーディアと癒着した私設の組織です。リーダーは自身を〝闇神様〟と名乗っていますが人間です。彼の下に幹部メンバーがおり、僕らが遭遇したのはほとんどが幹部です。そして、その幹部の多くは操言士でした』
「どこの国の操言士ですか。サーディアですか」
コリンが尋ねると、王黎は淀みなく答えた。
『判明している操言士の一人は、オリジーアの操言士です』
「裏切りの操言士がピラーオルドに加わっている、ということですね」
コリンの無表情に、わずかなはがゆさが滲む。
『名前がわかった幹部操言士は馬龍、アンジャリ、ライオス、カギソです。カギソはオリジーアの操言士だったようです』
「彼らの目的はなんですか」
『彼らのというよりリーダーの目的ですが、闇の神様ヤオディミスがかつて人間に与えた、闇の四分力と呼ばれる力をすべて集めることのようです。ピラーオルドはすでに三つの闇の四分力を所持しており、最後のひとつを探しています』
「その四つ目の四分力のありかは判明しているのですか」
『……僕か紀更の魂に宿っていると思われます』
貝伝器の向こうの王黎は、少しためらったが正直に告げた。
闇神様だの四分力だの、突拍子もないキーワードが次々と出てきたので、ジャックもラファルもダミアンも王黎の話が見えず、不可解さに顔をしかめた。おまけに、ピラーオルドが狙っているというその力の最後のひとつが王黎か紀更の魂に宿っているだと? 話が飛躍するにしてもあさっての方向へ飛びすぎていやしないだろうか。
「コリン団長、王黎の嘘でたらめでっちあげでは」
コリンの斜め向かいに座っていたジャックが、眉間に皺を寄せて小声で言った。
ピラーオルドの調査のために旅立たせた王黎は、謎の円盤の発見やピラーオルドとの接触など、国王ライアンと操言士団が求めた成果を着実に出していた。しかしそれ以上調査は進まなくなり、かといってなんの報告を出さないのも体裁が悪いので、現在起きている騒ぎにまぎれて嘘の成果を報告してきたのではないか。ジャックはそう疑った。
「王黎、怪魔については」
『怪魔は、ピラーオルドが闇の四分力を使って作り出した人為的な存在です。だからピラーオルドは怪魔を操れるのです。彼らが具月石と呼んでいる道具で操るようです』
「怪魔を作り、操るピラーオルドに対抗するにはどうすればよいのです?」
そんなの、わかりきっている。
だがコリンは王黎に訊いておきたかった。実際にピラーオルドと対峙し、自分の見ていないものを見ている王黎に。
『操言の力。それが唯一、彼らに対抗する武器です』
「つまり、操言士が先頭に立たねばならないと。そう言いたいのですね?」
『そうです』
操言の力――生まれながらに一部の人間だけが持つ、不思議な力。謎の力。光の神様カオディリヒスが初代操言士に力を授けたことが始まりとされているが、なるほど、敵が闇の神様ヤオディミスの力を使うなら、対抗するためには光の神様カオディリヒスの力か。
「王黎、私がいま知りたいのは、そんなわかりきった答えではありません」
『彼らが持つ具月石の詳細については、まだ調査できていません。ですが、怪魔がらみでひとつ、脅威になり得る情報はつかみました』
「もったいぶらずに言いなさい」
『怪魔を操る怪魔がいます。名前はニドミー。見た目は色白の人型で、このニドミーに操られている怪魔たちはこれまでのような考えなしの戦闘ではなく、連携したり僕らの動きを読んだりと、厄介な戦い方をします』
「怪魔を操る怪魔だと!?」
さすがに黙って聞いていられなくなったラファルが、声を荒げた。
「そんなもん、存在してたまるか! しかも見た目は人型って、なんだよそれ!」
貝伝器から少し離れているため、ラファルの声が王黎に届くことはない。しかしラファルは構わずに続けた。
「ピラーオルドは闇の四分力とやらを集めてどうするつもりなんだ!」
「王黎、ピラーオルドは闇の四分力を集めたその先に何を望むのですか」
『それはわかりません。彼らの手に闇の四分力がすべてそろったらどうなるか。そして、それだけが彼らの目的なのか。引き続き調査が必要でしょう』
王黎は客観的な意見を述べているような言い回しをしたが、その裏には引き続き調査をしたいという彼自身の願望が見え透いていた。
「先ほど、アルソーの村とヨルラの里に、通常ではあり得ない数の怪魔が出現しました。祈聖石の守りがあるにもかかわらずです。王黎、あなたはどう考えますか」
先ほど自身がライアンからされた質問と類似の問いを、コリンは王黎に投げかけた。
『都市部の祈聖石は、ピラーオルドに加わった裏切りの操言士が撤去したか破壊したか。あるいは、祈聖石の守りを無効化する術をピラーオルドが開発したか。そのどれかでしょう』
「その二都市が襲われた理由については?」
『陽動として気を引くため。あるいは、侵攻の宣告かもしれません』
「侵攻?」
コリンの隣にいた男が、聞こえてきた不穏な単語を繰り返した。
「王黎、あなた方のおかげでピラーオルドの姿が少し明らかになったことは評価します。引き続き、王命に従って特務をまっとうしなさい。例の円盤は、現在オリジーア自らが作製できないかと、試行錯誤しています。この貝伝器同様、試作品が配備されるのもそう遠くないはずです。万が一の場合は即時王都に帰還なさい。いいですね」
『わかりました』
コリンはダミアンに目線で合図すると、通信を終了させた。
コリンは連絡室内の防音の加護を解かないまま、深呼吸をする。
「コリン団長、侵攻とはどういうことですか。まさか、ピラーオルドはオリジーアに攻め入ろうとしているのですか」
隣に座る男――オリジーア王家の第二王子サンディを、コリンは横目で見やった。
◆◇◆◇◆
「王黎! このクソ弟子! 何なんだ、今の話は!」
操言士団本部との通信を終わらせた道貴は、煙草の火を消して怒声を放った。
「オリジーアを裏切った操言士がピラーオルドに加わっているだと!? 本当なのか!?」
「音の街ラフーア出身のローベルという操言士は確実にそうです。ラフーア操言支部の支部長ゴンタス・ビロカミールさんや、ネーチャヴィンさんに確かめてください。ローベルという操言士が行方不明であることを知っています」
「行方不明だからって、ピラーオルドにいるとは限らんだろうが!」
「ローベルはピラーオルドの西方幹部馬龍と共に行動しています。水の村レイト、音の街ラフーア、ポーレンヌ城下町。その三か所を襲った犯人の一人です」
「なんだと」
都市部が立て続けに怪魔に襲撃された事件はいまだ記憶に新しい。最近ではカルディッシュも襲われたと聞いてはいたが、あくまでも怪魔による事件だ。道貴の知る限り、「誰」がやったとは断定されていない。
「それに、コリン団長には告げませんでしたが、ピラーオルドの幹部でもう一人、名前が判明している人物がいます。その人物の名前はアーサーです」
「アーサー……アーサーだと!」
道貴の顔は、怒りの赤から戦慄の青へとゆっくり変化した。
「アーサーってまさか」
「紀更」
王黎が紀更の方を向いて、真剣な眼差しで見つめた。
「キミが別行動をしていた間の話はまだ聞いていなかったね。ピラーオルドの誰に会ったか、話せるかい?」
そう王黎に乞われた紀更は、ちらっと道貴をうかがった。
――判明している操言士の一人は、オリジーアの操言士です。
――名前がわかった幹部操言士は馬龍、アンジャリ、ライオス、カギソです。
王黎は、一度ですべてを相手に伝えることはない。内容や相手によって、いくつかの点を絶妙に隠して話す。現に今も、ローベルが裏切りの操言士であることはコリンに明確に報告しなかったし、ライオスが妙な操言士であることも仔細には話さなかった。
(王黎師匠は、コリン団長にも道貴さんにもすべてを話すつもりはまだない気がする。でも、アーサーさんについてはもう知っているのね)
コリンの息子であるアーサー・シュトルツがピラーオルドの幹部であるという事実。それを王黎はすでに承知のようだ。そして、少なくともいまここでそれを道貴に白状することは、王黎にとって問題ないようだ。




