2.師匠対師匠(下)
「道貴師匠、これは?」
「貝伝器っつー生活器だ。先日のポーレンヌ襲撃事件以降、離れた都市部間でもっと素早く情報を伝達する必要性が求められて、ゼルヴァイス操言支部が急ごしらえで作製したもんだ。ここメリフォースと、あとは王都かポーレンヌか、まあ、いくつかの都市部に置いてある」
「どうやって使うんですか」
王黎に続き、紀更も興味津々に銀の器を眺めつつ道貴に尋ねた。
「中央の黒翡翠が、それぞれ相手の声を拾う役目と、こちらの声を届ける役目を担っている。銀の皿は、声を拡散して大きくするためのものだ」
「うげぇ、面倒くさそう」
道貴のそれだけの説明を聞いて何かを察したのか、王黎は眉間に皺を寄せた。
「王黎師匠、何が面倒なんですか」
「つまりこれは、別々の黒翡翠に別々の効果を同時に発揮させなきゃいけないんだ。しかも、手紙みたいに送ったら終わりじゃない。これは実際に会話をするように、こちらが何かを言ったら相手もすぐに何かを言うから、その声を受け取らなきゃいけない。離れた場所でも会話するような感じだ」
「こちらの声を送ることと相手の声を受け取ることを、絶え間なく交互に繰り返す……それをイメージしながら操言の力を使わなきゃいけないんですね」
確かにとても面倒そうだ。やれと言われても、紀更にはすぐにできる自信など皆無だ。
「でも、王黎師匠も似たようなものを使ってますよね」
「ああ、双声器ね。でもね、あれは僕と最美専用だからまだ楽なんだよ。使用者が僕と最美に限られていて、声のやり取りのイメージがしやすいからね。道貴師匠はこの貝伝器を使ったことがあるんですか」
「おう、まあな。実験でここに置いた時からちょいちょい遊んだぜ」
「遊ぶ……」
「遊びみてぇなもんよ」
紀更が呟くと、道貴はいたずらっぽく笑った。
「操言の力で人々の生活を便利に豊かに……なんてのは、いくらでも実現手段があるはずなんだ。遊ぶつもりで気楽にあーでもない、こーでもない、っていろいろ試すのも、操言士の役割だ」
「ゼルヴァイス操言支部の方々が日々やってることですね」
「なるほど」
王黎が言うと、紀更は納得した。
「さて、ちょっと待ってろ。まずは王都とつなぐ」
道貴は貝伝器をじっと見つめてしばらく考え込むと、淀むことなくすらすらと言葉を紡いで操言の力を使い始めた。
◆◇◆◇◆
「はい、こちら王都操言士団本部です」
『こちらはメリフォース操言支部の道貴だ』
王都の操言士団本部の連絡室。テーブルの上にある貝伝器から波動を感じ取った操言士ヤホスは、相手の声を拾うために貝伝器を作動させた。すると、貝伝器の右の器から、所属を名乗る枯れた声が聞こえる。
『メリフォース操言支部の支部長の命により、しばらく連絡官を務める。操言士団本部より、メリフォースへ指示はあるか』
「連絡官のヤホスです。先ほど、都市部を守る祈聖石に異常はないか早急に調べよ、との通達がありました。メリフォースでも、祈聖石の破損や紛失による怪魔忌避効果の低下に気を付けてください」
『わかった』
『すみません、守護部の王黎です』
最初に道貴と名乗った男とは違う男の声が聞こえて、ヤホスは訝しんだ。
『この貝伝器でコリン団長と話がしたいんですが、可能ですか』
「機能的には可能ですが、コリン団長はただいまライアン王に謁見中です。ほかの三公団の団長と共に、緊急会議中かと」
『コリン団長が戻ったら、王黎が話をしたがっていたと伝えてください』
ヤホスは、この緊急事態になに自分勝手なことを言っているのか、と思った。
すると、ヤホスのその考えが読めたように王黎が強気に告げる。
『コリン団長の知りたがっていることがわかったと、そう言えばわかるはずです』
「わかりました。伝えます」
『ヤホス、道貴だ。しばらく貝伝器に張り付きになる。何かあればすぐ言ってくれ』
再び道貴が発言すると、貝伝器からの波動が薄れた。それをもって通信終了とみなし、ヤホスはほっとひと息をつく。
「ダミアン部長、なんですかね、今の王黎って人。コリン団長に用事だなんて」
ヤホスは背後にいた国内部部長のダミアンに振り返り、大げさに困ってみせた。ダミアンも同じ気持ちで嘲ってくれるかと思ったが、ダミアンは笑うどころか真剣な表情になると、ヤホスには何も言わずに急ぎ足で連絡室を出て本館の外へ向かった。
◆◇◆◇◆
「王黎、なんだよ、コリンの知りたがっていることってのは。そんな思わせぶりな台詞をオレ様の前で吐くってこたぁ、わかってんだろうな?」
ヤホスとの通信が終わると、道貴は新しい煙草を取り出して火をつけた。険しい表情で煙を吸い込みながら、王黎を睨みつける。その王黎の隣で紀更は、道貴がコリンのことを呼び捨てにしたことがなぜか気になった。
「コリン団長とつながったら話しますよ」
「駄目だ。今すぐ、先に、オレ様に話せ」
一言ずつ区切って語気を強める道貴の威圧感に、室内の空気の温度が下がっていく。エリックたちはただ黙って、王黎たちのやり取りを見守っていた。
「目の前でもったいぶられたオレ様が黙っているとは、まさか思っちゃいねぇよな。洗いざらい、全部吐けよ」
「嫌です」
「嘘はいけねぇな、王黎。オレ様がこういう性格だとお前はよく知っているはずだ。オレ様が黙っているはずないことなんか、承知だろ」
「わかっていますよ。怪魔襲撃のこの非常事態に僕らをここに呼んだのは、僕らに勝手な行動をさせないため……正確には僕に、か。監視ですか」
王黎はシニカルな笑みを浮かべた。道貴も負けじと、王黎に主導権を渡すまいとする。
「〝特別な操言士〟については王都からいろいろと聞いている」
「地獄耳は健在ですね」
「馬鹿野郎。みんな好きでオレ様に教えてくれんのよ。知識と情報が何よりも大事だとお前に散々教えたのは誰だったか、忘れたか」
「忘れていませんよ。道貴師匠から教わりました。だから、これは交換条件です」
(交換条件?)
道貴と王黎の、旧師弟関係にある者同士の鍔迫り合いのような会話に口を挟むことができずにただ傍観していた紀更は、王黎が口にしたその単語を不思議に思った。
「僕らが見聞きしたことを道貴師匠にお話しします。その対価として、船を貸してもらえるようにメリフォース城の城主に掛け合ってほしいんです」
「船?」
道貴が怪訝な顔になったが、それは道貴だけではなかった。感情を表情に出さずに沈黙しているユルゲン以外の全員が、「なぜだ」という声にならない疑問を顔に浮かべていた。
「船でレヴァイス湾を渡り、フォスニアに行きます。そしてそこからサーディアへ……ピラーオルドの本拠地へ向かいたいんです」
王黎が船の利用目的とその先の道程を告げると、道貴だけでなく紀更たちも驚愕した。
サーディアにあるというピラーオルドの本拠地を目指すことは一応パーティの共通認識ではあったが、そこへ行くための手段についてはまだ具体的に検討していなかった。しかし、王黎だけはこうして早々に、移動手段に道筋をつけていたようだ。
「ピラーオルドの本拠地だぁ? お前、正気か」
「正気ですよ。ヨルラの里からイスコ山地を超えてサーディアへ行こうかと考えていましたが、どうやらこの非常事態で里もイスコ山地も危ないですからね。海を渡りたいんです」
「王黎師匠、それはっ」
紀更は王黎を引き留めようとした。
このすぐ近くで、昼間にもかかわらず大量の怪魔が発生した。そんな緊急事態のさなか、さらに海を渡って異国へ行くという危険な橋を渡るのか。
だが、紀更はすぐに言葉を呑み込んだ。サーディアにあるピラーオルドの本拠地、ピラーパレス。そこは王黎だけの目的地ではない。自分にとっても目的地なのだ。
(ピラーパレスにいる闇神様から闇の魂水晶を取り返さないと、こうして街を襲う怪魔がいなくなることはない)
自分も王黎と同じだ。ピラーパレスに行くべき――いや、行きたいのだ。この緊急事態だからこそ、この国を困らせる諸悪の根源であるピラーオルドをなんとかしたい。
「お前らがピラーオルドの本拠地に行ってどうすんだ。まさか、攫われた操言士を取り返すのか」
「交換条件を呑んでくれるならお話しします」
会話の流れで自然に目的を訊き出そうとした道貴の言葉を、王黎はさらりとかわした。タダで話すつもりはないようだ。
「駄目だ。操言士団の許可もなく、お前らにそんな勝手を許せるはずがねぇだろ。ヨルラの里とアルソーの村の怪魔の数が減ったら、お前らは祈聖石巡礼の旅を切り上げて王都に戻れ」
「戻りません」
「阿呆。戻れつってんだ。世の中はいま、のんきに祈聖石を巡っていられるほど安全じゃねぇんだ」
「これは祈聖石巡礼の旅ではありません」
道貴に向かって、王黎は明言した。




