2.師匠対師匠(上)
「王黎から話は聞いたが、王黎を攻撃した奴はピラーオルドの操言士なんだよな? 今の婆さんの話だと、婆さんがユルゲンに施した加護の軸となった言葉はたぶん〝血肉〟だ。そして、敵の操言士も同じく〝血肉〟という言葉を軸にして攻撃の言葉を紡いだんだろうよ」
「言葉を軸に?」
「オイ、王黎。てめぇ、弟子にそんなことも教えてないのか」
「痛っ」
紀更が不思議そうな表情で首をかしげたので、道貴は王黎の頭をはたいた。
「道貴師匠、いちいち僕の頭をはたくの、やめてくれませんか。それに、順番に教えているところなんですよ。道貴師匠みたいに思いついたことからめちゃくちゃに教えるんじゃなくて」
「馬鹿野郎、思いついたことからじゃねえ。必要になったことからオレ様は教えたんだよ」
「あ、あの」
「軸ってのは、強い効果や長い効果を発揮したい時に重要な概念だ。操言の力の効果は、永久には続かない。けど、長く続かせたい場合もある。そういうとき、お前さんならどうする?」
「えっと、長く続くようなイメージを描いて、〝永久に〟とか〝持続せよ〟という言葉を重ねます」
道貴に問われて、紀更はこれまでの自分の言動を振り返りながら答えた。
「それも手だがな。その長くという期間が一ヶ月、一年、十年……それくらいになる場合、その長さをどうイメージするんだ? どういう言葉で表現するんだ? 〝今日から一年間〟なんて言葉にするか? まあ、するんだけどよ」
「はあ」
「そこで軸だ。ある言葉を軸として定めて、その言葉を何度も用いながら様々なイメージと言葉を紡ぐんだ。種類豊富で数多くのイメージと言葉、それから軸となる言葉を交えることで操言の力の効果は長く続くんだよ。あるいは強くな」
「難しそうですね」
今すぐそれが自分にできるだろうかと考えて、その難易度の高さに紀更は尻込みした。
「そういう使い方に向いている操言の力を持っている、って条件も必要だがな。婆さんの場合、うってつけだったんだろう。なにせこの婆さん、めちゃくちゃ珍しいメヒュラの操言士だし、操言ブローチのタイプはⅣで持続力が並外れた力の持ち主だからな」
「メヒュラの操言士!?」
紀更は驚いて、ロッキングチェアに座る稲美子を見つめた。稲美子は眠りに落ちたようでその目は閉じられており、呼吸がゆっくりになっている。
そういえばンディフ墓地でエレノアが言っていた。操言士鳳山にはタイプⅣの操言ブローチを持つ弟子がいたと。ムクトルにとって張り合う相手だったらしいとも言っていたので、それは間違いなく稲美子のことなのだろう。
「メヒュラの血肉に眠る獣性を閉じ込めるなんて、操言士なら誰でもできると思うなよ? 自分自身がメヒュラだからこそ、〝血肉に眠る獣性〟なんてものをイメージできるんだ。それに普通は、メヒュラに対してそんな加護は与えない。おそらく、婆さんが封閉の加護を施した相手はユルゲンが最初で最後だろうよ。んでもって、二十五年も続く加護なんてものができるのは確かにこの婆さんくらいだろうよ」
稲美子が並外れた操言士ではないことを突然悟り、紀更は絶句した。確証はないが、鳳山の墓地に埋められていた『空白の物語Ⅱ』を五十年以上にわたって保護していたのも稲美子の操言の力なのだろう。
「じゃあ、ユルゲンくんの封閉の加護が解けたのはまったくの偶然というわけですかね」
王黎が確認をすると、道貴は気だるげに答えた。
「そうじゃねぇの。王黎、お前ユルゲンに感謝したか? 〝血肉〟への攻撃なんてもろに食らっていたら、お前の全身の血液が蒸発させられたか、肉組織がミンチになっていたかもしれねぇぞ。ユルゲンが無事だったのも、ユルゲンの身体に巡っていた婆さんの操言の力が盾となったからだ。ユルゲンは婆さんに感謝しとけよ?」
「ああ、そうだな」
道貴に言われてユルゲンは頷いた。
「あっ、あの、道貴さん」
紀更はあることを思い出して道貴を見上げた。
「操言士の鳳山さんをご存じなんですか」
「当たり前だ。歴解派操言士にとっちゃ神様みたいな存在よ。婆さんがその弟子だった、っつーのは初耳だけどな」
「じゃあ、ロゴイエマレスさんは……その人が書いた『空白の物語』については?」
王黎の師匠で守護部に所属して国中を巡ったことのある道貴なら、『空白の物語』について何か知っているかもしれない。そう期待を込めたが、道貴は首を横に振った。
「ロゴイエマレスは地理の本とかの作者だろ。名前くらいは知っているが、『空白の物語』については知らねぇな。ロゴイエマレスの著書なのか」
「はい」
先日亡くなったカルディッシュの操言士ムクトルは、『空白の物語』を鳳山から託されていたと考えられる。ンディフ墓地で手に入れたその本の続き、ⅠとⅡに続くⅢやⅣがきっとどこかにあるはずなのだ。
(『空白の物語』の内容は人と神様の……きっと始祖の時代のこと。四分力についての手掛かりにもなる。稲美子さんも鳳山さんの弟子だったなら、何か知らないかしら)
紀更は稲美子に期待の眼差しを向けた。しかし稲美子はすっかり寝入ってしまったようで、『空白の物語』という単語には反応を示さなかった。
「王黎、お前らこのあとどうするんだ。ユルゲンのことに関しては、もう婆さんから聞けることはないだろう」
「そうですね。次の目的地に行く算段をしようかと――」
――カンカンカンカン!
その時、緊急事態を知らせる鐘の音がメリフォース城下町に大きく鳴り響いた。
◆◇◆◇◆
「どうしたの!」
王都ベラックスディーオにある操言士団本部。本館の二階にある大会議室に急いで入ってきたコリンは、すでに室内にいた操言士たちに声を荒げた。
「アルソーの村、およびヨルラの里を大量の怪魔が強襲しました!」
「一部は石の村ヒソンファにも現れ、その後南東へ! セカンディアに向かったものと思われます!」
「迎撃は!」
「騎士団と操言士団が全力で対応しています。ですが、アルソーもヨルラも人手不足かと思われます!」
「こんな昼間なのに……」
国内部所属の操言士が困り顔で呟いた。
ここ最近続いた都市部への怪魔襲撃は、そのすべてが夜間だった。怪魔は光を嫌い闇を好むため、それは自然なことだ。しかし、今日は違う。雲がやや多いとはいえ、まだ太陽は頭上にある。それに、異なる場所で同時に、まるでタイミングを合わせたかのように怪魔が出現するなどあり得ない。
「怪魔の種類と数、上位種から報告しなさい」
「ヨルラの正確な状況はまだです。アルソーにはゲルーネが一、キヴィネが三、クフヴェが七、ドサバトが十、カルーテが少なくとも二十五」
「信じられない……祈聖石の守りは効いていないのか!?」
コリンの隣にいたジャックが驚愕した。
都市部を守る祈聖石。それは日々操言士たちによって維持管理され、怪魔が都市部に近付けないように効果を発揮しているはずだ。
「アルソーとヨルラの祈聖石について、何か報告は」
「ありません。調べさせます」
四十代の操言士が一人、そう言うと隣の部屋にある連絡室へと走った。
「コリン団長、これは今までの襲撃とは違う。ピラーオルドが明確に何かを仕掛けてきたに違いない」
ジャックに言われずとも、コリンとてそう考えている。だが、そうならば彼らの狙いはなんだ。これまでのような、騒ぎに乗じてこっそりと操言士を誘拐することが目的とは考えられない。
「ライアン王に謁見します。ジャック、手続きを」
「はい」
「ほかの者は引き続き情報収集を。各都市部間の連絡員の安全は必ず確保するように。それと、すべての幹部操言士、四部会部長をただちに招集しなさい」
コリンの指示に、室内にいた操言士たちは頷いた。
◆◇◆◇◆
「なっ、なんでしょう!?」
――カンカンカンカン!
メリフォース城下町に鳴り響く鐘の音はしばらく続き、そしてやんだ。紀更が不安げに王黎と道貴を見つめると、二人とも険しい表情をしていた。
「道貴師匠、これは」
「緊急事態だな。行くぞ」
道貴はそう言うと、稲美子のいるひばりの家を背にして小走りで移動を始めた。それに続くように、王黎が紀更の背中を押す。
「王黎師匠、今の鐘は?」
「都市部全体への警報だよ。大きな自然災害を知らせる場合も鳴るけど、今日のこの天気なら災害じゃない。怪魔だろうね」
ひばりの家からメリフォース操言支部へはすぐだった。紀更たちと同じように、操言ローブを羽織った操言士たちが続々と支部の建物内に集まっている。
「紀更様、あたしたちも一緒でいいんでしょうか」
操言士ばかりの中に操言士でない人物が六人もまぎれ込んでいいものかどうか、紅雷が不安になって尋ねる。すると道貴が答えた。
「安心しろ。言従士の所属は操言士団だ。騎士さんたちは操言士を守るために護衛としてついているんだろう。なら言従士と同じように、操言士の一部だと思えばいい」
「わかりました」
道貴の言葉に、紅雷はしずしずと頷いた。




