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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告

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1.封閉の加護(上)

「師匠さんの師匠さん、強すぎです! なんですか、あれ!」


 その夜、紀更と紅雷と最美の女性三人組は、メルゲントの宿の少し広めの客室に泊まることになった。就寝準備を終えた紅雷は寝台に座り、枕をぼす、と拳でたたいている。昼間の模擬戦で道貴に歯が立たなかったことが、よほど悔しいらしかった。


「道貴様は、操言士団守護部でずっと活躍されてきた方です。オリジーアとセカンディアの最後の戦争である報復戦争の戦場にも立ったことがあるそうですわ」

「え、報復戦争って四十年以上前ですよね?」


 紀更は驚嘆の声を上げた。


「ええ、ですから当時の道貴様は、十代の前半の頃だったかと」

「師匠さんの師匠さん、そんな子供の時に戦争に行ったんですか!」

「戦力になれる騎士や操言士なら、年齢問わず全員が駆り出されたそうですから」


 紀更と同じように驚く紅雷に、最美は悲しげに言った。


「ということは、道貴さんも王黎師匠と同じで十代前半で修了試験に合格したんですか」

「そうです。操言の力を宿してからまだ一年と少ししか経っていない紀更様、そして言従士としてまだ二ヶ月ほどしか経っていない紅雷さんでは、太刀打ちできなくても仕方がないと思われます」

「そっかあ。四十年分の鍛錬の差かあ……うぅー」


 紅雷は枕に頭を沈めてうめいた。紀更も、四十年という時間の長さに思いを馳せて黙る。

 たゆむことなく意味のある修行を重ねていけば、王黎や道貴のように速く多彩に、攻撃することができるようになるだろうか。


(私が戦うべき相手は怪魔だけじゃない。人……ピラーオルド相手にも、王黎師匠や道貴さんみたいに戦いたい。それが、誰かを守れることになるはずだから)


 この先ピラーオルドの本拠地に乗り込んだら、ピラーオルドの幹部たちと再び戦闘になるだろう。仲間に負傷者を出さないためにも、もっともっと己の力を伸ばしたい。


――でもきっと、紀更は何度も思うよ。今以上になりたい、もっと頑張りたい、もっと強くなりたい、ってね。だって、それが操言士としての役目だからね。


 修了試験合格後、一人前の操言士として初めて仕事をした騎士団詰所で王黎は紀更にそう言った。あの時は王黎の言うことがすぐに腹落ちしなかったが、今ならよくわかる。


(私も強くなりたい……もっともっと操言士として、高みを目指したい)


 操言士の仕事は戦うことだけではない。いまこの客室を照らしている明灯器を作ったり、水路に水を引かせるための仕掛けを施したり、暑さや寒さを防げるように衣服に加護を施したり、人々の生活のいたるところで操言の力は必要とされている。強く長く無駄なく、生活に役立つように操言の力を使うことも、操言士の役目のひとつだ。でも、今の自分にはできないことの方が多い。まだまだ、精度が足りない。


「紀更様、修練あるのみです。我が君も道貴様も、一日二日の努力で今の練度に到達したわけではありません。紀更様も紅雷さんも、伸びるのはこれからですわ」

「は~い」


 紅雷は少し間延びした声で返事をして、紀更は沈黙したまま最美に頷いた。



     ◆◇◆◇◆



「ユルゲン、ほんとのところはどうなんだ? あの()と懇ろだろ?」


 約三ヶ月ぶりに帰省した実家で、ユルゲンはドリス、ジェイドンと共に夕餉をとっていた。ジェイドンが注いだ赤い葡萄酒をちみりと喉に流し込みながら、ユルゲンは渋々答える。


「俺の勘違いでなければな」

「アホ抜かせ。女と二人で帰郷しておいてその女との間に何もねぇわけねぇだろ。そこんところを勘違いしてるなら、お前は相当マヌケだぞ」


 ジェイドンはがははと大口を開けて笑った。

 もともと陽気な性格だが、今夜のジェイドンは輪を掛けてよく笑う。


「紀更は護衛対象だ。仕事は真面目にやってる」

「パーティでいる時は、だろ。お前の仕事への姿勢は疑っちゃいねぇさ。でも、どうせ二人きりの時は頭の中がお花畑状態だろ。お前、ほんとゲオルクそっくりだ」

「どこを見てそう思うんだよ」

「目だよ、目。紀更を見るお前の目が、この娘が好きで好きでたまらん、って言ってる」

「言ってねぇよ」

「ゲオルクも、そりゃあもう、いつだって優しい目で清華(きよか)を見ていた。清華が怒っても笑っても泣いても、全部いとしくて仕方がないってな。そんな感じだったから、この街の女どもはゲオルクを狙うのは諦めたんだ」


 ユルゲンの父親ゲオルクについて、ジェイドンはユルゲンと話がしたいとずっと思っていたのだろう。口を開けばすぐゲオルクの思い出話を引き合いに出してくるので、ユルゲンの中にはかなり明確に、実の父親の人間性が固まってきた。確かに、実の父親と母親のどちらに似ているかというと、間違いなく父親似なのだろう。


「で、護衛の仕事はいつ終わるんだ」

「王都に送り届けたらだが、それがいつになるかはわからん。操言士の修行の旅だからな」

「紀更はいくつだい? ずいぶん若いのに旅なんて」


 ドリスが心配そうに尋ねる。


「十七だ。成人はしてる。若いからこそ、あちこち旅して見聞を広めることが、操言士として成長するのに必要なんだろう。本人もそれを望んでる」

「そうだな。操言士でなくても、旅は人が成長する良い方法のひとつだ。だが今のご時世、ちと心配だな。ユルゲン、しっかり守れよ」

「わかってる」


 いま世界に何が起きているのか。諸悪の根源と思われるピラーオルドとはいったい何なのか。それを解き明かすための旅でもあることを、ユルゲンは言わなかった。

 大事なのは、操言士である王黎と紀更を護衛すること。それがユルゲンの仕事だ。何のためにどこへ紀更たちが行こうとも、必ず守り抜く。だがそれは、仕事だからというだけではない。紀更を愛しているからこそ、何があっても彼女を守りたいとも思っている。

 久しぶりに摂取した葡萄酒はたやすくユルゲンの体温を上げ、ユルゲンは猛烈に紀更を抱きたくなった。 



     ◆◇◆◇◆



 宿の客室で、マークは寝台に腰掛けて自分の両腕を前方に伸ばし、じっと眺めていた。その体勢を不審に思った同室のルーカスが、どうしたのかと尋ねる。


「どうやったら勝てたんだ?」

「昼間の道貴さんとの模擬戦かい?」


 マークはこくん、と頷いた。

 セカンディアのパーヴァルの里にいた頃、野にいるうさぎを狩った経験はある。それを戦闘と呼ぶことはできないだろうが、女子供が多い里の中での自分は「戦う側」の男なんだと、そう思って生きてきた。さらに、紀更を救出に向かったあの雨の夜以降、マークは王黎たちと共に行動する中で、怪魔との本格的な戦闘の経験を重ねてきた。タギの村で調達した短剣を、エリックとルーカスに助言をもらいながら振り回し、本格的に「戦って」きたつもりだった。

 しかし道貴の前にマークの動きは児戯に等しく、決して「戦い」などと呼べる代物ではなかった。紅雷は悔しがっていたが、悔しいと思えるほど自分の中には積み上げてきたものがないことに気が付き、マークは忸怩たる思いだった。


「紀更の操言の力はすごいのに」


 模擬戦の際に紀更の操言の力を受け取ったマークは、その力強さとあたたかさに瞠目した。けがを治癒してもらった時とは比較にならないほどだった。

 紀更が紡いだ言葉のとおりに脚は強くなり、より高く飛べるしより早く走れる。道貴を狙って地を蹴った瞬間の反発力は、今まで経験がないほどの屈強さを感じた。何より、紀更が力をくれれば何でもできる気がした。その心強さが、紀更の役に立ちたいとマークに強く思わせた。

 自分の操言士から力をもらうあのあたたかさを知ってしまったら、もうほかの操言士から加護を受けることはできないだろう。王黎や紅雷の言っていた意味がようやくわかった。

 だが、どんなに紀更が力をくれても、そもそもマークの身体は小さく細く、短剣を握る腕に筋肉はなく、道貴に勝つには不十分だった。


「マーク、同じ男だからわかるよ」


 ここ数日間ですっかりマークの兄貴のような気持ちになっていたルーカスは、服の裾をめくって自分の腹をマークに見せた。縦横に線でも入っているかのように、ルーカスの腹直筋は割れている。


「俺はいま、二十六歳だ。見てのとおり、腹筋は割れている。でも、筋肉の絶対量は少ない方だ。騎士団の訓練のおかげでどうにかここまで筋肉をつけたけど、そもそも細身の体質なんだろうね。自分で思うほどに、身体は成長できなかった」


 ルーカスの話に、マークは神妙な表情になった。

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