8.封閉の過去(中)
「頻繁に清華のところに来ていたけど、清華が亡くなってからはめっきりだ。清華以外のメルゲントの人間と親しかったわけでもないからねえ」
「そうか。ならいい」
ユルゲンは一息つくと、紀更と王黎を交互に見やった。
「以上が、俺がメヒュラなのにヒューマだと思い込んで生きてきた経緯だ。王黎、どうだ?」
「そうだねえ。次はその稲美子さんにお話を聞きたいねえ」
王黎は腕を組んだ。
「ユルゲン、お前がメヒュラであることが、お前の仕事に何か関係してるのか」
今度はこちらの番だ、とジェイドンがユルゲンに尋ねた。ユルゲンは差し支えない範囲で答える。
「いま、操言士の誘拐が続いているだろ。その誘拐犯と思しき奴らと戦闘があったんだ。その時に受けた攻撃で、どうやら封閉の加護が解けたらしい。そこから誘拐犯につながる手掛かりが何かないかと思ってな」
「そうか」
「あとはどうやら操言士がらみのようだから、ここにいる操言士がなんとかするだろう」
ユルゲンはそう言って親指で王黎を示した。
「えぇ~。僕ぅ~?」
「ただ移動するだけなのもそろそろ飽きただろう。手掛かりは手に入れたんだ、さっさと誘拐犯のことを調べろ」
「いいぞユルゲン。もっと王黎に言ってやれ」
ユルゲンが王黎を睨むと、道貴が笑った。
「王黎、ユルゲン。稲美子のところへはオレ様が案内してやるよ」
「え、いや! いいですよ、道貴師匠は。ご自身の仕事をしてくださいよ。そんなに暇じゃないでしょう?」
「ふざけた元弟子に振り回される哀れな奴らに救いの手を差し伸べるのも、元師匠の仕事だ」
「いや、それ全然仕事じゃないですから。だいたい、道貴師匠に振り回されて僕も哀れですし」
「ユルゲン、もう行くのかい? もう一日くらい、ここにいたらいいじゃないか」
出立の気配を感じ取って、ドリスがユルゲンに提案した。自分の一存で決められることではないので、ユルゲンは王黎と紀更の方を向く。
「王黎、どうする。今すぐここを出れば、今日中にはメリフォース城に着く。俺はそれでもいいが」
「いや、今夜はここに一泊して、メリフォース城へは明日の朝行こう」
「でも王黎師匠、急いだ方がいいのでは」
紀更が心配そうに王黎を見ると、王黎はにこりと笑った。
「紀更、せっかくオリジーア最南端の都市部であるメルゲントに来たんだし、久しぶりに祈聖石を巡ろう。紀更が祈聖石の扱いを忘れていないか、修行も兼ねてね。まあ、先を急ぎたいところではあるし、今日だけね」
「あ……は、はい」
セカンディアに密入国した際に、祈聖石を巡ることは一度中止にした。旅路を急ぐことにしたからだ。そのため、久しぶりの祈聖石巡礼を紀更は嬉しく思ったが、王黎のその意地悪げな笑みにスパルタ修行の気配を読み取って、嫌な汗がこめかみを流れる気がした。
「よし、それもオレ様の出番だな。王黎、紀更、お前ら二人ともまとめてオレ様が修行をつけてやるよ」
「えっ」
「えええっ!」
紀更と王黎の動揺した声が重なると、道貴はくつくつと笑った。紀更よりも大きな声を出したのは王黎で、よっぽど道貴の提案がお気に召さないらしい。そんな生意気な元弟子に、道貴は意地悪げに告げる。
「師匠ぶって偉そうにしてんじゃねぇぞ、王黎。お前も久しぶりにしごいてやる」
「ぶるっていうか、僕は正真正銘、紀更の師匠なんですよ」
「そしてオレ様はお前の元師匠だ。お前の方こそ師弟関係終了から数年、鍛錬をサボっていないかオレ様が見てやる」
(王黎師匠の師匠さんに……)
嫌がる王黎と、戸惑う紀更。
子供のような反応をする師弟二人に、エリックとルーカスはくすりと笑った。
そうして、ユルゲンはジェイドンとドリスにあらためて礼を言うと、実家を後にするのだった。
◆◇◆◇◆
「妙だな。怪魔の数が減っているだと?」
騎士たちの臨時本部と化している集会所の中で、騎士たちの報告を聞いていたステファニーは眉をつり上げた。
ここ一ヶ月ほど、セカンディアの西部――タギの村やヒノウエ集落、マートン街周辺などで怪魔の目撃情報が相次ぎ、都市部間を移動している者が襲われる頻度が上がっていた。ステファニーの命令で騎士と操言士を西部に集結させて怪魔殲滅に力を入れていたのだが、怪魔の出現数はこの数日で急激に減っていた。
「増加の傾斜よりも急激な傾斜で減少しているな」
「自然に、ではないんですよね。怪魔は人為的なものですから」
ステファニーの横に控えていた女性騎士のケイトは深刻な表情を浮かべた。
出現する怪魔の数が減るのは喜ばしいことだが、その発生が人為的なものだと知っているだけに、逆に気味が悪い。
「ああ、そうだ。怪魔は自然現象ではなくピラーオルドが作り出した人為的な生物……いや、兵器と言った方がいいか。それらが増えるのも減るのも、人の手によるものだ」
「増加もそうですが、この減少にも何か意味があるとお考えですか」
操言士のビリーが尋ねると、ステファニーは頷いた。
「当然だ。ピラーオルド内に何か問題が起きたのでないなら、意図的に減らしているのだろう」
「嵐の前の静けさですかね」
「だろうだな」
ビリーの呟きに、ステファニーは同意した。
「ピラーオルドは闇の四分力をすでに三つ、その手中に収めた。そして、最後の闇の四分力を宿していると思われる王黎と紀更を、自分たちの本拠地に呼び込んだ。すべてがそろうまであと少し……と考えれば、オリジーアとセカンディアに対して何か仕掛ける準備をしてもおかしくはないだろう」
「何か、とはなんでしょう。かつて我らを陥れたように、また国と国の戦争を誘発するのでしょうか」
セカンディア王家が光の神様カオディリヒスから奪った力を取り返す――その大義名分をかかげて、オリジーアはセカンディアと四度の戦争を行った。だが、セカンディア王家は光の四分力を奪ってなどいない。カオディリヒスの意志によって、それはセカンディア王家に正当に与えられたものだ。
では、オリジーアがかかげた大義名分はいったい誰が言い出したものだったのか。
「過去の王たちは、何者かが作り広めた偽りによって戦争への道を歩んだ。オリジーアとセカンディアが滅んで得をするのはサーディアとフォスニアだが、四分力という観点から見るならピラーオルド一択だ。両国が戦争で疲弊し国内が混乱すれば、その際にそれぞれの王家を襲撃して四分力を奪えるからな。過去の戦争は、ピラーオルドが影から二国を操作して引き起こしたもので間違いない」
「ですが、今度は違うように思います」
「ああ、私もそう思う。よほど学習力のない阿呆でなければ、過去にうまくいかなかったやり方を繰り返すことはないだろう。繰り返すとしても多少なりとも趣向を変え、まったく同一のやり方は避けるはずだ。現に怪魔が不自然に増減しているし、幹部などの手下も使っている。さて、奴らはどう出てくると思う?」
ステファニーに問われても、騎士のマイケルは答えなかった。ピラーオルドの考えることなど、予想ができない。
だが、考えなければならない。光の四分力を宿す、セカンディア王家のステファニー・ダート・セカンディア。彼女を守る光華隊として、彼女の魂に宿る四分力を奪いに来る敵のやり口を。ピラーオルドはいったいどうやって四分力を奪うつもりなのだろうか。
「ステファニー女王、誰かから連絡がきます」
その時、操言士ビリーの胸元で朱の土の報知球がほんのりと温かくなった。
ビリーは集会所の窓を開け、降り注ぐ日光の眩しさに目を細める。しばらくそうして待っていると、ビリーめがけて一通の手紙が風に逆らいながらふわりと飛んできた。
ビリーはその手紙を手に取り、室内のソファに腰掛けているステファニーに持っていく。
「優大王子か!」
手紙に目を通したステファニーの眉間には、深い皺が刻まれた。
◆◇◆◇◆
「ユルゲン、君は話したい人もいるだろう。明日の朝、弐の鐘が鳴る前にメルゲントの北口で集合にして、それまではゆっくりしたらどうだ?」
ユルゲンの実家を出て、王黎たちはまずメルゲントの宿を確保した。何を血迷ったか道貴も今日はメルゲントに泊まると言い、王黎とやいのやいのと言い争いを始めた。それを紀更がなだめている間に、エリックがユルゲンに提案した。
「一日くらいなら、二人の護衛は俺とルーカスで平気だ。言従士も三名いることだしな」
「そうだな」
ユルゲンは、王黎と道貴の仲裁をしている紀更を一瞥する。そして頷いた。
「じゃあ、少しだけ離脱させてもらうか」
「護衛の方は任せてください、ユルゲンさん。短い時間ですが、どうぞ久しぶりの故郷でゆっくりしてください」
ルーカスはほほ笑み、ユルゲンをねぎらう。それを見てユルゲンはふっ、と笑った。水の村レイトでの出会い直後を思えば、この二人の騎士との仲もずいぶんと縮まったものだ。
「王黎、紀更。少し抜ける。また明日な」
ユルゲンはそう言い残して宿を出ると、住み慣れたメルゲントの街の中へ消えていった。
「よし、まずは何か食うか。王黎と紀更、そのあとでみっちりとしごいてやる」
「やめてくださいよ、師匠。メルゲントの中の祈聖石を巡れないじゃないですか」
「阿呆。修行もするし祈聖石も巡るんだよ。ちんたらしてたらあっという間に老けるぞ。お前らが普段、操言士としてしっかり鍛錬しているかきっちり見てやるから感謝しろ」
道貴はむふふと意地悪い笑顔を浮かべた。
◆◇◆◇◆




