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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第16話 師匠操言士と親の過去

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7.再会(下)

「あの夜、助けに来てくれてありがとう。まさかマークが助けに来てくれるなんて思わなかったから、嬉しかったわ」

「でも、助けられなかった」


 かすれた小声でマークが言うと、紀更は首を横に振った。


「ううん、助かったの。こうして私は無事だから。だからありがとう、マーク」


 昨日、最美に言われたとおり、紀更はまっすぐにマークだけを見て礼を言った。

 細かい結果にこだわる必要はない。ただ、マークが自分の里を出てまで追いかけてきてあの場に来てくれたこと。怪魔にもピラーオルドの幹部にも勇敢に立ち向かってくれたこと。自分よりも若い少年が都市部間を大移動して、そしてこうやって国まで超えて会いに来てくれたこと。自分の操言士ためだけに、そのためだけに、迷いなく来てくれたこと、それがありがたい。


「あらためて、オリジーアの操言士の紀更です。マーク、よろしくね」


 紀更はほほ笑むと、右手を差し出して握手を求めた。

 マークは衆人環視の中で気恥ずかしかったが、さっとその手を握って離した。


「感動の再会に水を差すようで悪いが、誰か一人ぐらい俺の安否も気にしてくれないか」


 一段落したところで、ユルゲンがわざとふてくされた声で呟いた。


「あははっ! そういば紀更を追いかけて夜の海に飛び込んで、ユルゲンくんも行方知れずだったっけ! ごめん、誰もキミのことは心配してなかったよ」

「いま思い出すなよ。それと笑うなよ。俺も命懸けだったんだぞ」


 王黎が気が付いて、大口を開けて笑い出す。エリックとルーカスも、ああすまん、すみません、ともぞもぞと短い謝罪を口にした。


「まあ、いいけどよ。それより王黎、うしろのオッサンは誰だ」


 ユルゲンはため息をひとつつくと、一行から少し離れた背後に立っている男を指差した。煙草をくゆらせている、くるんと毛先が丸まった金髪の眼鏡の男性はつまらなさそうに事の成り行きを見守っていた。


「ああ、えーっと……師匠、来てくれますか」

(師匠?)


 王黎がそう男を呼びつけたので、紀更は身構えた。


(まさか、師匠って)

「紀更、こちらはメリフォース操言支部の操言士道貴さん。非常に残念なことに、僕の師匠だった人だ。道貴師匠、こちらが僕の弟子の紀更です」

(この人が!?)


 黙って紀更の前に立った道貴は、煙草の煙を斜め上に吐き出したあと、じっと紀更を見下ろした。


「あ、あのっ……初めまして! 紀更と申しますっ」


 紀更はジェイドンにしたように、勢いよく頭を下げて挨拶をした。


(王黎師匠の師匠さんっ!)


 操言院の修了試験前、王都のミニノート川を臨む河原で王黎と交わした会話を思い出す。王黎も若い頃、この師匠と共に祈聖石巡礼の旅に出て各地を回りながら修行をした。王黎を指導したその操言士に、まさかこんな突然お目にかかるとは。


「道貴だ。まあ、顔を上げな、紀更」

「は、はい」


 老練家のプレッシャーをどことなく感じ、紀更は緊張した面持ちで顔を上げた。


「なるほど、普通の小娘だな」

「あの、どうして師匠さん……いえ、道貴さんがここに?」


 まじまじと見つめてくる道貴に、恐る恐る紀更は尋ねた。


「弟子が何か面白そうなことをしてるから見に来ただけだ。深く気にすんな」

「元弟子、です。道貴師匠」

「お前からしたらオレ様も元師匠、だろうが」


 道貴が正論を返すと、王黎はぷいっと黙った。王黎のその子供っぽい態度に、紀更は目をパチクリとさせる。


「王黎殿、紀更殿、お話し中すまないがそろそろ本題に入ろう。わたしたちがメルゲントに来たのはユルゲンのことを明らかにするためだ」


 脱線していた話を、エリックが本筋に戻した。エリックはユルゲンの方に顔を向ける。


「ユルゲン、君の育てのご両親にお話をうかがうことはできるのか」

「ああ、すでに前振りはしてある。こっちだ」


 ユルゲンは集会所を背にして歩き出す。そのうしろを、八人はぞろぞろと付いていった。




 ユルゲンの実家に到着すると、ドリスが全員を出迎えた。想像していた以上の人数がそこにいたので、ドリスは目を見開いて驚いた。


「おやまあ! ずいぶん大所帯で来たねえ!」

「悪い、女将さん。もてなしとかはいいから」


 家の中に入るユルゲンに、全員が続く。紅雷とマークはあからさまに物珍しそうに家の中をじろじろと見回したが、エリックや最美などの大人組はおとなしくしていた。


「おう、よく来たな。まあ座れや」


 中にいたジェイドンが、全員を居間へ案内する。全員が座れるほどソファに余裕はなかったので、話のメインになるだろう紀更と王黎、そしてユルゲンの三人が座り、ほかは立つことにした。紅雷だけはミズイヌ型になって、紀更の足元の床に腹を付けて寝そべった。

 ドリスがお茶を出そうとするが、ユルゲンが声でそれを止める。


「女将さん、いいよ。それより、一緒に話を聞いてくれ」

「はいはい。わかったよ」


 客人をもてなさないのは心苦しいが、重要な話は全員でするのが傭兵の流儀だ。ドリスはジェイドンの隣に腰掛けた。


「俺の育ての親で、傭兵のジェイドンだ。そっちは奥さんのドリス。この街にある黒船食堂で働いていて女将さんと呼ばれているが、以前は傭兵だった」


 ユルゲンが王黎たちに二人を紹介する。そして、ユルゲンは旅の仲間全員の名前をジェイドンとドリスに告げたのち、本題を切り出した。


「親父、女将さん。諸事情で、俺がクロナガミミギツネのメヒュラだとわかった。自分の意思で人型になったり動物型になったりもできるようになった。今の俺は間違いなくメヒュラだ。でも、俺はこれまでずっと、自分はヒューマだと思っていた。親父と女将さんも、決して俺がメヒュラだとは言わなかったよな。訊きたいのは、なぜ俺がメヒュラであると黙っていたのか、その理由と経緯だ」


 ドリスがジェイドンを見つめ、ジェイドンは深呼吸をする。


「教えてくれるよな?」

「ああ。もう隠しておく理由はないからな」


 ジェイドンに視線を向ける紀更の背筋が、緊張で強張る。


「今から話すのは、この街にいた傭兵ゲオルク……お前の実の父のことだ」


 ジェイドンは語り始めた。

――ゲオルクは、日向の街ノーウェ出身の青年だった。故郷で両親を亡くして天涯孤独になった彼は、傭兵として生計を立てて生きていくことを選び、傭兵の街メルゲントに移り住んだ。ゲオルクより少し年上だったジェイドンは、彼の兄貴分となってメルゲント傭兵の流儀を教え込んだ。

 傭兵らしく陽気で大雑把な性格のジェイドンと違って、ゲオルクはスマートでどこか気品があり、よくモテたそうだ。本人は決しておしゃべりではなく黙っていることの方が多かったので、ジェイドンのようなタイプの男が多いメルゲントの中ではかなり異色だった。数年経てば次第にみんな慣れてきたが、秋波を送る女はなかなか減らなかった。

 ある時、ゲオルクはしばらくポーレンヌ城下町を拠点にして仕事をしていた。数ヶ月間はポーレンヌにいたはずだ。その仕事が終わってメルゲントに戻ってきたゲオルクは、一人の女を連れ立っていた。どうした、と訊けば嫁にすると言う。街の女どもは残念がったが、ゲオルクが連れてきたその女――清華(きよか)の、野に咲いた花のように純粋で素朴な性格を知ると、ゲオルクとお似合いだとはやし立てた。もちろん、傭兵仲間も彼らを祝福した。


 二人きりの新婚生活が一年続き、二年目には子供が産まれた。それがユルゲンだ。ゲオルクと同じ黒髪だったが、青い目は母親の清華譲り。そしてユルゲンはメヒュラだった。

 ゲオルクは仕事で街を離れることもあったが、清華とユルゲンをとても大事にしており、良き夫、良き父親だった。それが崩れたのは、ユルゲンが一歳になるくらいの頃だ。

 清華のもとに、清華の友人の心海(ここみ)という女が訪れた。なんでも、清華がポーレンヌの実家にいた時からの友人で、心海自身はポーレンヌの実家からメリフォースに嫁いだのだという。同郷で、同じよその都市部に嫁いだ者同士、清華は久しぶりの再会を喜んだ。

 ちょうどその時、ゲオルクに少し長めの仕事が入り、ゲオルクは街を離れることになった。ゲオルクは清華とユルゲンを心配したが、心海という同性の友人を頼りにして、後ろ髪を引かれる思いだったが仕事に向かった。それがいけなかった。


 ゲオルクがいない間の清華に何が起きたのか、誰にも詳細はわからない。だが、清華の様子は少しずつおかしくなっていった。最初は育児疲れかと思われた。それまで幸せそうにユルゲンの面倒を見ていたのに、ユルゲンにふれることを次第に嫌がるようになった。それだけでなく、食事も喉を通らなくなり、いつ会っても瞳はうつろで、ずっとぼんやりしている。心配した街の連中やドリスがなんとか手を尽くしたが、清華はどんどん痩せ細り、反応がなくなっていった。

 その頃から、ドリスが清華に代わってユルゲンの世話をするようになった。足繫くゲオルクの家に通い、なんとか清華に元気を出してもらおうと彼女の世話もした。だが、清華は家の中からほとんど出なくなった。彼女を心配した心海も、清華のもとを頻繁に訪れていたそうだ。

 仕事から戻って清華の豹変ぶりに驚いたゲオルクは、しばらく清華につきっきりになった。ユルゲンの世話も、ドリスと半々ぐらいには分担した。ゲオルクはなんとか清華を元気付けようとしたが、ゲオルクが何かを言うたびに清華はゲオルクに拒絶の表情を向けた。あんなにも仲睦まじい夫婦だったのに、いったいどうしたのか。


――メヒュラなんて、気持ち悪い。獣の子なんて、さわりたくない。


 ある時、彼女は泣きながらそう呟いた。

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