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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第16話 師匠操言士と親の過去

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7.再会(中)

「戻ったのかって、なんだおめぇ。こっちの台詞じゃ」

「そうだな。ちなみに俺は戻ったんじゃなくて、仕事の途中で立ち寄ったんだ」

「仕事?」

「ああ」


 ユルゲンは、一歩うしろで目を点にしてジェイドンを観察している紀更に視線を向けた。その視線につられて、ジェイドンも紀更に目を向ける。


「なんだぁ? めんこい娘じゃねぇか。嫁か?」

「王都の操言士、紀更だ。いま、操言士の護衛任務中なんだ」

「あ、あの、初めまして、紀更と申しますっ」


 紀更は身体の側面に両手を下ろして伸ばすと、がばりと頭を下げた。


「んぁ? あぁ、おう。俺はジェイドンっつーもんだ。聞いてるかもしれんが、ユルゲンの育ての親でな。一応親父ってことになってる」


 紀更の対応に若干戸惑いの表情を浮かべたが、ジェイドンは人懐っこくがははと笑った。


「親父、詳細はいろいろ省くが、実はいま、紀更の師匠の操言士がメリフォースからここに向かってる。そいつらと合流したら、親父と女将さんに訊きたいことがあるんだ」

「訊きたいこと? なんでぇ、まさか、メルゲントに戻ってきた用事ってのはそれかい」

「俺がメヒュラだ、ってことについてだ」


 ユルゲンが尋ねたいことの内容を告げると、ジェイドンの顔から笑顔が消えた。


「それ、ドリスには?」

「女将さんには訊きたいことがあるとだけ言ってある。店はほかの奴に任せると言ってくれて、ウチにいる」

「そうか」


 ジェイドンは少し深く息を吐いた。


「ユルゲン、紀更。俺は先にウチに帰る。新しい仕事は入れねぇから、お仲間がそろったら全員まとめてウチへ来い。いいな」

「助かる」


 ジェイドンはそう言うと、軽くユルゲンに手を振って集会所を出ていった。


「やっぱり……」


 紀更はユルゲンを見上げて恐る恐る声をかけた。


「何かご存じなんですね」

「そのようだな」


 ユルゲンは抑揚のない声で返事をする。

 そんなユルゲンになんと言えばいいのか、紀更は悩んだ。

 発端はピラーオルドだが、これから明らかにしようとしていることは、きっとユルゲン自身の根幹に関わることだ。それがわかることは、ユルゲンにとってどのような意味を持つだろう。もしもユルゲンにとって苦しい内容だったら、どうしよう。


(ユルゲンさんを支えることが、私にできるかしら)

――わた、し……も……ユルゲン、さんを……守り……たい、の。


 雨の夜、始海の塔でそうユルゲンに伝えたことは紀更の本心だ。ユルゲンが死ぬぐらいなら、自分が彼を守って死んでもいいと思っている。

 けれどもその考えは、怪魔やピラーオルドとの戦闘を無意識のうちに前提としていた。戦闘ではない、何か別のことでユルゲンの心が傷ついてしまうとしたら、その時はどうすれば彼の心を守れるだろう。支えられるだろう。


(ユルゲンさんがいつも、私にしてくれたように……)


 迷ったり、落ち込んだり、悩んだり。

 これまで、ふと立ち止まった紀更の心にユルゲンの言葉は何気なく降ってきて、もう一度歩き出す元気を与えてくれた。クールな表情や態度からは感じにくいが、ユルゲンはいつも紀更に優しかった。


(私も、ユルゲンさんの力になりたい)


 紀更は、黙っているユルゲンの片手の指先にそっとふれた。


「っ……紀更? どうした?」


 よほどぼうっとしていたのか、ユルゲンは少し上ずった声を出す。


「いえ……なんでもないです」


 紀更は握ろうとしてふれたユルゲンの指先から静かに離れた。

 ここは傭兵の街メルゲントの集会所だ。周りはユルゲンの同業者だらけで、彼の顔見知りがたくさんいる。ただでさえ他所者でユルゲンの嫁扱いをされかねない自分が、こんな公の場所でユルゲンの手を取るわけにはいかない。


「紀更」


 ユルゲンはかがむと、紀更の耳元に小声でささやいた。


「大丈夫だ。ありがとな」

「っ……」


 紀更は驚き、姿勢を正したユルゲンを目を見開いて見上げた。

 紀更の心情が伝わったのか、それとも読み取ったのか。ユルゲンが何を察したのか正確にはわからないが、少し意地悪げにニヤりとほほ笑んでみせるあたり、紀更が心配するほど彼の心は不安定にぐらついてはいないのだろう。


「さて、あとは王黎たちだな。昨日みたいに、また最美が俺たちを捜しに来てくれると助かるんだが。まあ、この街のことを多少なりとも知っていれば、ここに来るだろう。紀更、あっちに座るか」


 ユルゲンにうながされて、紀更は集会所の中の空いている椅子に座った。そして、集会所を行き来する人々をぼんやりと見つめながら、王黎たちが来るのをじっと待つ。


(強い人だなあ)


 支えたい、守りたいなんてひ弱な自分が思うのはおこがましかっただろうか。


(でも、私だって)


 彼の役に立ちたい。そう思うのは紀更の自由で、悪いことではないはずだ。できるかどうかは別として、それだけユルゲンのことが大事なのだから。

 そんな自問自答を繰り返す静かな時が流れ、しばらくすると人型の最美が集会所の中に姿を現した。そして、最美に言われて集会所の外でもう少しだけ待っていると、久しぶりに顔を合わせる旅の仲間がそろってやって来たのだった。



     ◆◇◆◇◆



「帰ったぞ」

「あら、おかえり。早いじゃないのさ」


 ドアを開けて帰宅したジェイドンを、ドリスは出迎えた。


「ユルゲンと紀更に会ったかい?」

「ああ、集会所でな」

「そう」


 ジェイドンは多くを語らなかったが、ドリスは昨日ユルゲンから訊きたいことがある、と話を切り出された時点で、それがただ事ではないという予感をすでに抱いていた。


「ユルゲンはアイツの若い頃に生き写しだな」

「そりゃあ、アンタとアタシに似るわきゃないね」

「がははっ、違いねぇ!」


 ジェイドンが大口を開けて笑う。だが、その目はすぐに物憂げになった。


「もう二十年以上も経つんだな。長いんだか短いんだか、人生ってやつはよぉ」


 ドリスが差し出した果実水をぐいっと喉に流し込み、ジェイドンはダイニングテーブルの上をぼんやりと見つめた。



     ◆◇◆◇◆



「紀更様ああぁああっっ!!」


 紅雷が紀更の胸に飛び込み、両手でぎゅっと抱きついてくる。そうなると一瞬で予測した紀更は両足にぐっと力を込め、飛び込んできた紅雷の衝撃をこらえて踏ん張った。おかげでうしろに倒れ込まずにすんだ。集会所の建物の側面に移動していたので、集会所を出入りする住人たちにも迷惑をかけずにすむ。


「あああ!! よかった! よかったです! 無事!? 無事ですか! 大丈夫ですか!」

「う、うん。紅雷、私は無事。大丈夫よ」


 大声を上げてうるうると涙ぐむ紅雷は、紀更の背中や上腕、腰を両手でぺたぺたとさわり、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、紀更に異常がないか確かめた。


「紀更様……よかった。ほんとによかったあぁ」


 紀更が無事だったこと、こうして再会できたこと、張りつめていた緊張の糸が途切れたこと。胸いっぱいの安堵で、紅雷はふにゃふにゃと紀更の胸に頭をこすりつけた。


「紀更様……紀更様あぁ」

「心配かけてごめんね、紅雷」


 紅雷の後頭部を、紀更はよしよしとなでた。ツインテールにしている紅雷の桜色の髪の毛は、ミズイヌ型の姿と同じでつやつやだ。


「紀更、本当に無事でよかったよ」


 紅雷が少し落ち着いたところで、そのうしろにいた王黎も紀更に声をかけた。


「王黎師匠、エリックさんたちも……ご心配をおかけしました。すみません」

「紀更殿が謝ることではない。気にするな」

「そうですよ。悪いのは紀更殿を攫った連中ですからね」


 エリックとルーカスはほほ笑む。それから、謝るとしたら自分たちの方だと、二人は胸の中で紀更に詫びた。操言士の護衛をすべき自分たちが不甲斐なかったから、みすみす紀更を攫われてしまったのだ。だが、それを言うと紀更がもっと気にすると思ったので、二人とも謝罪を言葉にすることはしなかった。


「紀更、本当に、なんともないかい?」

「はい。ちょっとムカつくことはされましたけど、平気です」

「ムカつくこと?」


 紀更の言い回しに違和感を覚えて、エリックが訝しげな表情を浮かべた。

 紀更は自分にくっついたままの紅雷をやんわりと引き離し、むっとした表情を作った。


「心を勝手にのぞかれました」

「心?」

「でも大丈夫です。あの人……カギソという、ピラーオルドの南方幹部、次に会ったら仕返ししますから!」


 紀更が珍しく相手への憎悪を隠さず、だがそれを少しふざけたような言い方で表現するので、エリックとルーカスは顔を見合わせた。具体的に何をされたのかわからないが、人を憎むことをめったにしない温厚な紀更にそう言わせるだけ、カギソというピラーオルドの幹部はよほど紀更の怒りを買ったようだ。


「そうだ、紀更。知ってると思うけど」


 王黎は、一行の一番うしろで隠れるように立っていたマークの背中を押した。エリックとルーカスが左右に避けて、紀更とマークを対面させる。


「キミの二人目の言従士、マークが来てくれたよ」


 紀更とマークは、全員が見守る中、視線を交わした。


「マーク……」


 思春期で男子のマークは、まさか紅雷のように紀更に飛びついて熱い抱擁ができるはずもなく、しかし紀更が無事で安堵する気持ちは紅雷と一緒だ。そして何より、言従士だと自覚してからあらためて紀更と対峙すると、筆舌しがたい充足感と感動が胸の中に広がって声が出なかった。

 何も言わず、ちらりと紀更を見たあとは斜め下に視線を向けているグレーヘアの少年に、紀更は慈愛に満ちた声をかけた。

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