6.傭兵の街メルゲント(中)
「オレは、パーヴァルの里……セカンディアの出身だ」
――ヒュゥ。
しばし間を置いてから堂々と言いきったマークに、道貴は口笛を吹いた。
「そうかい。長旅ご苦労さん」
「ずっと、海の向こう側に何かを感じてた。紀更に会って、それが紀更だったんだ、ってわかった。これでいいか?」
言従士としてどうやって自覚したか――その問いに答えるマークを、道貴はしばし渋い目で見つめる。
「お前、結構苦労してきたんだろ」
「そう……でもない」
「このパーティは大人が多いようだからな。お前は一番甘えていいんじゃねぇの」
セカンディア人であることを糾弾されるかと思ったが、マークの想像した反応のどれとも違う態度を道貴が示したので、マークは複雑な表情で黙った。
「道貴師匠、紀更は守護部の所属です。操言ブローチのタイプはⅢ。僕が紀更の指導を放り出したわけではなく、本当に、諸事情で別行動中なんです」
王黎が道貴からのほかの問いに答えると、道貴はしばらく黙った。
【陰影の暗幕、暗影の閑寂、我らの声を覆え】
そして道貴は操言の力を使って、自分たちの声が周囲に漏れないように談話室の中に防音を施す。その瞬間、王黎は嫌な予感がして眉間に皺を寄せた。
「その諸事情ってなんだ?」
「はあ~も~」
王黎は深いため息をついた。それはもう、深く深く。
「ほれ、ほかの奴らに聞こえないようにしてやったんだから話せよ」
「なんで」
「なんで、って。オレ様はお前の師匠だぞ?」
「今は師弟関係を終了しました。僕は道貴師匠から独立した身です」
「ハッ。いまだに〝師匠〟呼びしておいて笑えるぜ。困ってんなら力になってやれるかもしれねぇだろ。いいから話せよ」
「……実は」
道貴の押しに負けて、王黎はセカンディアにこのパーティで赴いたこと、紀更が誘拐されたこと、救出に向かったがどうやら夜の海に落ちたらしいことなどを話した。
「んで? なんで操言の力を使って捜していない? 連絡ぐらいとれるだろうよ。もしくは最美に捜させればいいじゃねえか。そいつ、そういうの得意だろ」
「それも諸事情がありましてね。それに、セカンディアからここに戻ってくるまでパーティの戦力を減らしたくなかったんですよ」
「けど、お前らはもうここにいる。メリフォースならそれなりに安全だ。最美に捜しに行ってもらえばいいじゃねぇか」
「紀更がいまどこにいるか、正確にはわからないんですよ。たぶんメルゲントか、メルゲントを目指している道中か、それとも別の場所か」
「だから捜すんだろうが。アホか。ほら最美、行けよ」
「道貴師匠、最美に命令するのやめてください。僕の言従士ですよ」
道貴に名指しされても、最美は眉ひとつ動かさず黙っていた。王黎以外からの命令にも指示にも一切従う気はないようだ。
「こうやってややこしくなるから、道貴師匠には見つかりたくなかったのに」
王黎は談話室の窓の外に視線を向けた。まだ日は出ている。メルゲントならニジドリ型で飛べばすぐなので、往復させても夜には戻ってこられる。紀更とユルゲンが今のこの時点でメルゲントにいるかどうか、それぐらいは確認させてもいいかもしれない。
「最美、メルゲントに飛んでくれるかい? もしも紀更とユルゲンくんがいたら、明日僕らがメルゲントに行くから今夜はメルゲントにとどまって、明日の僕らの到着を待つように伝えてくれ」
「いない場合はいかがされますか」
「メルゲントに二人がいないなら、何もせず戻っておいで。コールチャ半島のどこかにいるんだろうけど、それなら明日、あらためて捜しに行ってもらうよ」
「畏まりました、我が君」
最美はゆっくりと頷くと、静かに宿を出ていった。
「相変わらず教本みたいな言従士だな、最美は。余計なことは言わず、操言士に影のように付き従い、操言士の手足となって動く。紅雷、マーク、お前ら最美に見習えよ」
「最美さんが良いお手本なのはよくわかっています」
紅雷は道貴にきっぱりと言った。
マークはまだ言従士のあるべき姿がわからないので、道貴にはなんとも返事がしがたいのだが、少なくとも「影のように」という部分は今すぐにでも実行できる気がして、とりあえず余計なことは言わずに黙ることにした。
「それで、王黎。なんで傭兵の街メルゲントを目指してるんだ?」
「旅の途中でピラーオルドと戦闘になりまして、その際、僕を狙ったピラーオルドの操言士の攻撃を受けた傭兵のユルゲンくんが、なぜかメヒュラになったんです」
「ピラーオルドっつーのは、お前らが邂逅して名前を聞き出したっていう、例の怪しい組織だな? メヒュラになったっつーのはどういう意味だ? ヒューマだったのに、か」
「詳細不明です。ユルゲンくん自身は、自分のことをヒューマだと思っていたようです。彼自身の何か個別の事情があるのか、それともピラーオルドのその攻撃のせいなのか……それを明らかにするために、彼の故郷である傭兵の街メルゲントを目指そうと思ったんです。紀更がピラーオルドに攫われたのは、その道中です」
「なんだよお前ら、神がかってんな。正体不明で調査に苦労してるピラーオルドにあっさり接触できるなんて。どうやった?」
「さあ、ご縁があるんですかねえ」
道貴の目が細くなり、王黎からさらなる詳細を聞き出そうと目論む。しかし、いくら自分の師匠とはいえ王命による特別任務の中身に関わることなので、王黎としてはすべてを道貴に話すことは避けたい。
「まだ甘いな、王黎。このオレ様を煙に巻けると思うか? 当ててやろうか」
道貴は足を組み替えた。
「三公団が全力を挙げて調査している、謎の組織ピラーオルド。操言士誘拐の犯人。そいつらの本当の狙いは不特定多数の操言士じゃなくて王黎か紀更、お前らのどっちかなんじゃねぇのか。狙う理由まではわからんが、当たりだろう。お前らが奴らに接触したんじゃない。奴らがお前らに接触してきたんだ。そうだろ?」
「道貴師匠、世の中には偶然というものも」
「ああ、偶然だ。きっと最初はな。けどな、何度も重なる偶然は必然って呼ぶんだ。いつからか、どこからか、お前らがピラーオルドと関わってるのは何かしらの必然的理由があるんだろうよ」
(これだから、道貴師匠に関わりたくなかったんだよなあ)
年寄りになると、などと自分を老人扱いする道貴だが、勘の鋭さに老いは感じられない。それどころか歳を重ねて老獪になり、以前よりやりにくくなった、と王黎は心底感じた。
「よし、メルゲントにはオレ様も付いていってやるよ」
「は? え、やめてください、来なくていいですから。道貴師匠はメリフォース操言支部でいろいろ仕事があるでしょう」
友達と遊びに行くのに親が付いてくるのを嫌がる思春期の子供のように、王黎は幼い表情で拒否した。しかし、そんな反抗を道貴が気にするわけがない。
「構いやしねぇ。そのユルゲンって奴の身に起きたことを解明する方が楽しそうだ。それに孫弟子の顔も拝まないといけないしな」
「紀更がメルゲントにいると確定したわけではないんですよ」
「んじゃ、紀更と合流できるまでお前の金魚の糞になってやるよ。ここからメルゲントまではすぐだが、道中に怪魔は出現する。パーティの戦力が増えるのは悪くねぇだろ? オレ様は守護部の操言士だぜ?」
確かに、パーティの戦力を勘案すると、操言士の紀更がいないいま、王黎以外の操言士が増えてくれるのはありがたい、とエリックは思った。ルーカスも同じことを考えたようで、エリックと沈黙のまま視線を交わし、道貴の同道を好意的に受け取る。
「はあ……もう、勝手にしてください」
「よし。じゃあお前ら、今夜は友好を深めるために〝居酒屋オーハオの爪〟で飲むぞ。いいな!」
王黎以外の四人は特に道貴を強く拒む理由もないので沈黙することで賛同の意を示したが、王黎だけは面倒くさそうに沈んだ表情を浮かべた。
◆◇◆◇◆
陽が沈み、夜の時間がやってくる。
紀更は、メルゲントにある祈聖石を巡って祈りを込めたいと思ったが、王黎がいないのでどこに擬態した祈聖石があるのかわからず、諦めた。メルゲントの操言支部に行くことも考えたが、師匠の王黎がいないいま、勝手なことはしない方がいいだろう。そのため、紀更は引き続き、年上のユルゲンの指示に従う形でメルゲントの中を歩いていた。
「ユルゲンさん、ウチって?」
「ああ、俺の実家だ」
紀更の思い違いかと思っていたが、そうではなかったようだ。
(ユルゲンさんの実家……)
まさかとは思うが。
「あの、ユルゲンさん。今夜は……」
「宿じゃなくてウチに泊まる。路銀もないし、護衛対象の君から離れるわけにはいかないからな。安心しろ、女将さんがいるから今夜は何もしない」
今夜は、何も。
その言葉の意味するところに気が付いて、紀更はほんのり恥ずかしくなった。
「紀更、操言の力で王黎か紅雷に何か伝えられないか。俺たちが今夜メルゲントにいることぐらいは伝えられると助かるんだが」
足を止めて、ユルゲンは隣を歩いていた紀更を見下ろした。
「そうですね。やれるだけやってみます」
始海の塔でそうしたように、紀更は紅雷の姿はっきりとを思い浮かべ、そこに思念を伝える様子をイメージし始める。しかし紀更のその集中は、一羽のニジドリが舞い下りてくる羽音で停止した。




