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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第16話 師匠操言士と親の過去

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6.傭兵の街メルゲント(上)

「ユルゲン、アンタなんだい! 出ていったかと思ったらひょっこり戻ってきて!」

「ああ、久しぶり、女将さん」

「何が久しぶり、だい! すました顔をして!」


 横幅の広い体型の女性はガミガミとユルゲンに怒鳴り散らしながら、ユルゲンと紀更が囲むテーブルに食事を出した。紀更の方はキノコたっぷりのパスタ、ユルゲンの方には甘辛ソースをからめた豚肉の照り焼きとバゲット。それから、葉物の多く入った塩味のスープだ。


「帰ったんならそう言いな!」

「いや、帰ったわけじゃない。用があって立ち寄っただけだ」

「どう違うんだい! ここはアンタの帰る場所だろう! それに、具体的な用もなく出ていったくせに、メルゲントに用があるってのはどういうこったい! それとそれ!」


 食堂内のほかの客への給仕や片付けなどをテキパキとこなしながら、口と視線だけはユルゲンに攻撃を続ける女将さんは、紀更を人差し指でビシッと指差した。


「なんだい、そのめんこい()は! 嫁にもらうのかい!? 相手のご両親には挨拶したんかい!? え?」

「あ、あの……」

「彼女は王都の操言士紀更。いま、王都の操言士団から操言士護衛の依頼を受けてるところなんだ」

「操言士?」

「あ、はい。王都の操言士団守護部所属の紀更と申します」


 女将さんは紀更に近寄ると、じろじろと紀更を見つめた。

 操言士と名乗ってはいるが操言ローブを羽織っていないので信じてもらえないのだろうと思い、紀更は操言ブローチを見せようかと考えた。だがあいにくと、操言ブローチも操言ローブと一緒に鞄の中にしまい込んだまま、ロムザの街に置いてきてしまった。いま、自分が操言士だと証明する物は何もない。


「仕事かい?」

「そうだ」

「ふん、そうかい」


 刺々しかった大声が、急に静かになった。

 紀更の心配をよそに、女将さんは紀更が操言士であることと、ユルゲンがその護衛の仕事をしていることに納得したらしい。


「ったく……こんなかわいい娘を連れてたら間違いなく嫁だと思うじゃないか」


 これで今日何度目だろうか、ユルゲンの嫁扱いされるのは。

 最初に会ったドバシには否と答えたが、それ以降、紀更はユルゲンに言われたとおり、明確な返事をしないままでやり過ごしていた。その対応は正しかっただろう。もしも素直にそうだと答えれば今夜すぐにでも婚礼の祝儀が開かれてしまいそうだし、明確に否だと答えれば、その言葉は自分に跳ね返ってなんだか落ち込んでしまう。

 しかし護衛対象だ、とビジネスライクな関係を伝えれば、傭兵の街だからなのかみんなあっさりと納得してそれ以上詮索せずに引き下がってくれた。自分が一方的に期待しただけだと悟り、妙に残念がりはしたがからかうこともやめてくれた。


「紀更、悪いね。アンタを責めるつもりは一切ないんだよ」


 白い胸エプロンの似合う女将さんは紀更に言った。


「アタシはドリスってんだ。聞いてるかもしれないけどユルゲンの育ての母、つまり養母だ。ユルゲンからはほかの子ら同様、女将さんなんて呼ばれてる」

「ほかの子?」

「ああ」


 ドリスは豪快に歯を見せて笑った。


「この黒船食堂で飯を食って育った奴は、みんなアタシの子供同然さ。未婚に限るけどね」

「ふふっ」


 肝っ玉母さんのような空気を出しつつ最後にそんな条件をつけたドリスに、紀更も笑った。


「女将さん、親父はどこに行ってる? 今夜は戻るか?」

「ジェイドンはいま、メリフォース城だ。戻りは明日の予定だよ」

「そうか。じゃあ、ウチは好きに使っていいな?」

「アンタが出ていった時のままさ。アタシも夜には帰るし、好きにしな」


 ドリスはそう言って仕事に戻ろうとしたが、ふと足を止めてユルゲンに振り向き、大きな声で釘を刺した。


「ユルゲン! 穴撃する気ならウチじゃなくて宿に行くんだよ! いいね!」

「わかってるよ」


 ユルゲンはどこかうっとうしそうな表情でぼそりと頷いた。


(あなげき……?)


 紀更は初めて聞く単語の意味がわからず、二人の会話の意図がくみ取れなかった。


「ユルゲンさん、今の、どういう意味ですか」

「あー……まあ、気にするな。すまし顔で流しとけ」


 ドリスが食堂の奥へ去ったあとに紀更は尋ねたが、ユルゲンはがしがしと頭をかいてお茶を濁した。



     ◆◇◆◇◆



「どうしました?」


 王黎の護衛を交代しようかと思って二階に上がってきたルーカスは、見知らぬ男が廊下に立っているのが目に入り、足を止めた。そして、その男がのぞいている部屋の中からエリックと王黎の声が聞こえて、怪訝な顔をする。

 二階の別部屋にいた最美と紅雷も王黎の声が聞こえたのか廊下に出てきて、ルーカスと同じように様子をうかがった。


「王黎、面倒だ。下の談話室に行くぞ」


 煙草を咥えた男はルーカスたちを一瞥すると、すたすたと廊下を歩いて階段を下りていった。


「王黎殿のお知り合いですか」

「うーん」


 ルーカスに尋ねられて、王黎は苦い表情をした。


「そうだねえ……うーん……そういうことにしておく?」

「王黎殿、ごまかしても無意味だ。今の方があなたの師匠殿なのだろう」

「えっ」

「今のがっ!?」

「なっ……!」


 エリックが言うと、ルーカスと紅雷は驚愕した。ルーカスの背中に付いてきていたマークが一番驚いたようで、とりわけ大きな声を上げる。


「なんで王黎に師匠がいるんだよ! 王黎は紀更の師匠じゃないのか!?」

「マーク、僕は今でこそ紀更の師匠だけど、かつては弟子の身分だったんだよ」

「はあ? じゃあ、弟子だったのにすぐ師匠になったのか? そんなことできんのか」

「僕については例外だと思ってくれた方がいいかな。なにせ僕、優秀ですから」

「ふざけていないで下りるぞ。いいな、王黎殿」


 マークと王黎がゴールのないやり取りを始めたので、エリックが会話を切り上げて全員を階段下へとうながした。

 多くの宿の一階には、宿泊客が自由に利用できる広めの談話室がある。六人がそこへ行くと、煙草の男、道貴がソファに座って足を組んでいた。


「まあ、ぞろぞろとよく来たな。とりあえず座れ」


 男にうながされ、六人もソファに座る。

 それから道貴は、ローテーブルの上に用意しておいた灰皿に煙草を押し当てて火を消すと、少ししゃがれた声で名乗った。


「メリフォース操言支部、守護部所属の道貴。段位は師範。かつて王黎の師匠だった者だ」


 道貴の自己紹介は淡々としており、とても言い慣れているようだった。


「わたしは王都騎士団所属の二等騎士、エリック・ローズィです」

「同じく、三等騎士のルーカスです」

「紀更様の言従士、紅雷です」


 エリックとルーカス、そして紅雷もこの旅路でもう何度目かになる自己紹介をすらすらと行う。戸惑ったのはマークだった。


「あっ、オ、オレは」

「紀更の二人目の言従士、マーク」

「二人目だぁ?」


 どもるマークに変わって、王黎が身分を名乗る。すると道貴の目の色が変わった。


「オイ、王黎。まずここにお前の弟子がいない時点でツッコミどころ満載だが、二人目の言従士だと? なんだその面白そうな話。マーク、ほんとか? え?」


 王黎には生意気な口をきけても、もっと歳を重ねている道貴にマークはさすがに失礼な口をきくことはできないようだった。黙りこくって、なぜか王黎の方を睨む。


「道貴師匠、まあ、順番にお話ししませんか」

「ばっきゃろう。順番もクソもあるか。気になったことから片付けていこうぜ。マーク、お前出身は? 自分が言従士だ、ってどうやって自覚した? あ、それを訊くなら紅雷もか。オイ紅雷、お前はどこ出身だ?」

「え、と……」


 道貴の矢継ぎ早の質問に答えるべきか、紅雷は声を詰まらせた。

 ところが、マークや紅雷の答えを待つことなく、道貴は二人に答えさせまいとするかのようにさらに質問を重ねた。


「王黎、お前の弟子は紀更という名前でいいんだったな? 守護部所属になったと聞いたが間違いないな? んで、なぜここにいない? お前、もう指導を放り出したのか」

「道貴師匠、質問したのなら答えを聞いてから次の質問に移ってくれませんかね」

「アホぅ。年寄りになるとな、記憶がもたんのよ。すーぐ忘れちまう。とりあえず言っときゃ、周りの若いもんが憶えててくれんだろ。便利だぜ?」

「人の話を聞いてくれませんかね」


 慣れたつもりでいたが、久しぶりに会っても相変わらずマイペースな道貴に、王黎はため息をついた。


「紀更は諸事情で別行動中です。たぶんメルゲントにいますから、そろそろ合流します」

「ほんとか? 諸事情ってなんだ? たぶんってなんだよ。なんでメルゲントにいるんだ? 弟子一人で大丈夫か? 操言士誘拐騒ぎ、知ってんだろ? そこの二人の騎士はお前らの護衛じゃねぇの?」

「紀更には護衛の傭兵が一人ついています」

「へえぇ~? ほおぉ~? 護衛の傭兵? メルゲントの傭兵か? なんて奴だ」

「それから、紅雷はアルソーの村出身です。紀更が操言院修了試験を受ける前に、港町ウダで出会いました。マークは」


 道貴のペースに呑まれないように、王黎は要点だけを答える。しかし、マークの話の段階になってさすがに言いよどんだ。

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