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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第16話 師匠操言士と親の過去

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5.理解(下)

「みんな、お疲れ様。メリフォース城だ」


 ヒクリス湾に臨む小屋を出て半日、怪魔との戦闘を幾度も行いながら、王黎たちはメリフォース城にたどり着いた。時刻は太陽が南中の位置からすでに西へと傾いている頃だ。

 メリフォース城はオリジーア最南端の城で、セカンディアとの戦争時には南方前線となった場所だ。東にヒクリス湾を挟んでセカンディア、西にレヴァイス湾を挟んでフォスニアがあり、南には傭兵の街メルゲントと、その先にコールチャ半島が続く。レヴァイス湾の北西の奥地はサーディアで、オリジーアにとってはほかの三国へつながる重要拠点とも言える。

 王都からは離れているため、王都で流行ったものが遅れて流行ったり、むしろ情報が入らなかったりするなどして、オリジーアの中でもかなり独特の文化が育った地域である。


「まずは宿を確保しようか。今日はゆっくり休んで、明日の朝、メルゲントに行こう」


 各々疲労の色を浮かべている仲間の足取りを確認し、王黎はメリフォース城下町のメインの道をゆっくりと歩きながら、宿泊できる宿を探す。一軒目はあいにく満室だったが、二軒目の宿で三部屋を確保できたので、エリックと王黎、ルーカスとマーク、最美と紅雷の二人ずつに分かれた。


「夕飯までしばらく休憩でいいですかね」

「そうしよう。ただし王黎殿、あなたが出歩くならわたしかルーカスが護衛につく」

「は~い。わかってますよ」


 そう言いながら、王黎とエリックは客室に向かって宿の二階へと上がった。


「なんでだ?」


 マークが不思議そうに呟くと、ルーカスが教えてやる。


「ピラーオルドが操言士を誘拐しているからね。操言士を一人にさせられないんだよ」


 オリジーア国内の事情など知らないマークだが、ルーカスの説明で合点がいく。セカンディアではまさに操言士の紀更が、ピラーオルドに拉致されたばかりだった。

 紀更は今頃、一人になっていないだろうか。ユルゲンと一緒にいるだろうか。雨風をしのげる場所で夜を過ごせただろうか。再びピラーオルドに攫われていないだろうか。マークの頭の中の思考は、紀更中心になる。これが、言従士であるということなのか。


「さ、自分たちも休もう」


 ルーカスはマークの背中を押す。二人は一階の受付の横を通り過ぎて客室に向かった。



     ◆◇◆◇◆



「んぅ~……誰か来るな」


 畑の雑草を抜いていた農夫は、ひたいの汗を拭って大きな麦わら帽子を傾けた。その方角に道らしき道はないはずだが、人影が二人、歩いてこちらに向かって来る。


「ありゃあ」


 一人は大柄な男で、もう一人は華奢な少女だ。二人とも旅に出るようなしっかりとした装束に身を包んではいるが、馬に乗っているわけでもなければ大きな荷物を持っているわけでもなく、やけに身軽だ。

 農夫は不審に思ったが、男の方の顔がはっきりと見えると大きく手を振った。


「ユルゲン! ユルゲンじゃねぇか!」


 農夫の声に気が付いたのか、ユルゲンと少女は農夫がいる畑へと進路を変え、まっすぐに歩いてきた。


「ドバシか」

「おんめぇ! なんかぷらっと出ていったと聞いてたがなんだぁ? 嫁でもつかまえて戻ったんか。なんでぃ、嫁探しに行ったんかい!」

「え、あの、ちがっ」


 農夫ドバシは二度三度大きく目を瞬いて、ユルゲンの隣に立っている少女をじろじろと見やった。


「それにしても(わけ)ぇ嫁っこだな。おいユルゲン、危ねぇところから買ったんじゃねぇだろうな?」

「操言士の紀更だ。最近、操言士の誘拐が続いてるだろ。知らないか? 操言士団からの依頼で、護衛任務の途中なんだ」

「ああ、そういや聞いたことがある。なんでぃ、仕事かよ」


 ドバシはつまらなさそうにけっ、と鼻を鳴らした。


「なあ、親父はいるか?」

「さぁな。女将さんはいるんじゃねぇのか」

「わかった。ありがとな」


 ユルゲンはそれだけ言うと、紀更の背中を押して再び歩き出した。


「嫁っこじゃねぃんかい」


 二人の背中を見送るドバシは再度不満げに呟く。それから除草作業を再開した。




「あの、ユルゲンさん」


 ユルゲンに急かされるように歩く紀更は、ためらいがちにユルゲンを見上げた。ユルゲンは正面を向いたまま、淡々と紀更に忠告をする。


「否定も肯定も、へたにしない方がいい。傭兵同士なら不必要な詮索はしないのが流儀だが、この街の住民は王都の住民に比べて距離感が近い。酒の肴になりそうだと目をつけられたら、根掘り葉掘り、下世話なことまで訊かれるぞ」

「根掘り葉掘りですか」

「たとえば、君がどんな風に喘ぐのか、とかな」

「なっ!」


 真昼間からなんてこと言い出すのかと、紀更の頬はカッと赤くなった。


「そういう反応がまた、詮索好きな街の奴らの餌食になる。なるべくすました顔をしておいた方がいい」

「ユルゲンさんみたいに、ですか」


 王黎たちと一緒にいる時、ユルゲンはどちらかというと黙っていることの方が多かった。必要なことはその都度はっきりと言うが、黙って陰となり、自分の意見や感情はいちいち表に出さない。すまし顔というか、不機嫌そうな仏頂面が染みついている。確かに、そんな表情と態度の人物なら、根掘り葉掘り訊いても答えなど得られなさそうで、詮索するだけ無駄だと思わせることができるだろう。


「真似できるか」

「どうでしょうか。努力はします」

「こちらの考えを相手に悟らせず、うまくごまかすスキルを身に付けるいい修行だな」


 ユルゲンはふっ、と口元で笑った。

 すました顔であまり反応せず、明確な肯定も否定もせずにいる。それは意外と難しいことで、しかし身に付けた方がいい処世術だと、紀更は街の中に入ってから重々思い知ることになった。




「ユルゲンじゃねぇか!」

「なんだよおめぇ、戻ったんか!」


 メルゲントの街中を歩くたびに、ユルゲンはすれ違う住民たちから様々に声をかけられた。


「そのちっこいのはなんだ! あれか! おめぇ、嫁さもらったか!」

「そんなら宴を開け! 酒、用意してやんよ!」


 先に出会ったドバシという農夫もそうだったが、メルゲントの人々の声はいちいち大きい。王都に住む人々とはだいぶ違った第一印象だ。


「ユルゲン、戻ったんならおめぇも働け!」

「怪魔が多くて退治や護衛の依頼が次から次でな! 休みもままならねぇ!」

「そうだぞ! 傭兵団に復帰すんだろ!」

「今の仕事が終わったら考えるよ」


 ドバシにしたように、ユルゲンは肯定も否定も明確な返事をせず、返事ができそうな声だけを拾っておざなりに手を振った。


「ユルゲンさんって、人気者ですね」

「ふらっと出ていった奴が戻ってきたから喜んでるだけだ。身内には優しいからな」

「身内には……」


 意味深長な言い回しを察するに、身内以外にはきっとこの友好的な言動とは百八十度違う態度をとられるのだろうな、と紀更は思った。


「どこへ行くんですか」

「黒船食堂だ。俺の育ての母親がいる。ドバシが言ってた女将さんってやつだ」

「え、あ、あの、ユルゲンさんの育ての……女将さん?」

「一番に顔を見せねぇと、あとで聞かされる小言が面倒だからな。ついでに何か食おう」


 紀更はユルゲンに案内されるままに、初めて訪れるメルゲントの石畳の通りを歩いた。



     ◆◇◆◇◆



「王黎殿、操言の力を使って紀更殿と連絡をとることはできないのか」


 宿の客室で寝台に寝転がり、昼寝でもしようかと思っていた王黎にエリックが声をかけた。


「できますよ。セカンディアにいる時すでに、一、二度試しました。まあ失敗でしたが」

「失敗?」

「ええ」


 王黎はタギの村で紀更の居所を探るために操言の力を行使してみたが、何かにはじかれる感触がしただけで、それはうまくいかなかった。


(始海の塔にいるのなら、塔のご意向に沿わない場合、僕からの呼びかけが拒絶されることはあり得そうなんだよねえ)


 これまでの経験から察するに、おそらく紀更とユルゲンは始海の塔にいる。王黎はそう推測しているが、その推測が正しいとなると、神を超える何者かに作られた始海の塔の中にいる紀更と、通常の手段で連絡がとれるとは思えない。


「だが、すでに数日経った。紀更殿の状況が変わっているかもしれない。もう一度試してみたらどうだ」

「いえ、やめておきましょう」

「なぜだ? 紀更殿は無事だと、言従士の紅雷殿とマークが感じ取っているようだが、彼女がいまどんな状況に置かれているか、少しでも知るべきだろう」

「うーん……大丈夫ですよ、きっと。紅雷もマークも落ち着いているし、本当に紀更の身が危険なら、彼らが先に気付くでしょう」

「何か……操言の力を使いたくない理由があるのだな?」

「いや~ははっ」


 王黎は寝台に寝転がったまま、頭だけを少し上げて曖昧にほほ笑んだ。しかし、エリックの鋭い視線ははぐらかすことを許してくれそうにない。


「たいしたことじゃないんですけど、いまここで操言の力を使うと()()()()()()()っていうかなんていうか」

――コンコン。


 王黎が言い訳じみた言葉で濁したその時、客室のドアがノックされた。エリックは王黎への尋問を諦め、ドアの外の気配をうかがう。そこにいるのは複数人ではなく一人のようだとわかると、警戒しながらゆっくりとドアを開けた。するとそこには、見慣れない老年の男性が煙草を咥えて立っていた。


「何か?」


 毛先になるにつれてくるんと丸まった金髪に、少し下にずれた眼鏡。顎先には髭がもじゃりと密集し、鼻の付け根から伸びるほうれい線は深い。目尻は垂れているが眼鏡の奥の眼光はなかなかに鋭く、何かしらの修羅場を幾度となく乗り越えてきたような強さが感じられる。老年期に入ったにしてはやけに迫力のある佇まいの男だった。


「オイ、王黎。いるんだろ、出てこい」

(王黎殿の知り合い?)


 男は無遠慮に客室の中へ押し入ろうとはしなかったが、エリックには構わずに部屋の中へ声をかけた。


「見つからないとでも思ったか。メリフォースに来てこのオレ様に挨拶もせずに素通りする気か。弟子をとったからっていい気になってんじゃねぇぞ、ひょろひょろ王黎」

(ひょろひょろ……)


 王黎のその愛称を知っているということは操言士だろうか。それにしては操言ローブを羽織っていない。

 エリックが室内の王黎を呼ぶべきかどうか悩んで背後を振り返ろうとすると、王黎がわずかに開いていたドアを全開にして、ぎこちなく男に笑いかけた。


「どうもお久しぶりです、道貴(みちたか)師匠」



     ◆◇◆◇◆

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