5.理解(中)
「王黎殿、営所がある。今日は大事をとってそこで休もう」
怪魔との戦闘を終えて、一息つきながらエリックは提案した。
ステファニーたちに別れを告げて、今朝、王黎たち六人は、セカンディア最西の都市部であるヒノウエ集落を出発した。ステファニーからは馬をやると言われたが、セカンディアに借りがあることが知られたら自分たちが裏切り者と判断されかねないため、せっかくの申し出だったが王黎とエリックは辞退した。そのため、徒歩での移動となった。
ノート川を渡るまでは何事もなかったが、川を渡ると途端に怪魔が出現した。それも、昼間によく見かけるカルーテだけでなく、クフヴェやドサバトもだ。一度に出現する数はそう多くなかったので、王黎の加護を受けた前衛のエリック、ルーカス、マークの三人でなんとか対処できたが、出現頻度はこれまでの倍以上だった。国の南方で怪魔が多発しているというのは、言葉通りの事実だったようだ。
怪魔を斃しては歩き、また怪魔が現れたので応戦し、また歩いては怪魔と遭遇し――その繰り返しのため、なかなか前に進まない。そうこうしているうちに、陽が傾き始めてしまった。
「夏でよかったですね。昼間が短い冬だったらこれ、メリフォース城に着くまでもっと時間がかかりそうですよ」
海に近い場所に建てられている営所にたどり着き、ルーカスはため息をついた。普段は誰もおらず、ただ寝泊まりができるというだけの小さな小屋に、ほかの利用者はいない。
「それにしても不思議ですよね。夏だから日差しは強くて、光を嫌う怪魔は動きづらいはずなのにこんなに出るなんて」
「ニドミーとやらのせいかもしれないね」
皮袋に入れた水で喉を潤しながら、王黎はルーカスに言った。
森の中で王黎とユルゲンとを分断したアーサーは、「ニドミー」と呼んだ人物に怪魔の統率を命じた。ニドミーは見かけこそ土色の肌の人間だったが、同じ顔の人物が二人いた。それに、人間にしては言動が明らかにおかしかった。あれはおそらく、人間ではない。見た目が人であるというだけの、七種類目の怪魔なのかもしれない。
「森で怪魔と戦った時、ニドミーと呼ばれた人物……たぶん怪魔が、ほかの怪魔を操っていたんだ。これまではピラーオルドの幹部が大陸中に怪魔をまき散らしていたけど、その役割をニドミーにさせているのかもしれない。これだけ怪魔が多発していたら、僕ら操言士の戦力は分散される。そうすれば、国に攻め入る隙が生まれるからね」
「ピラーオルドは四分力を手に入れるだけでなく、オリジーアに攻め込むつもりなんでしょうか」
ルーカスが不安げに呟くと、紅雷やマークもつられて不安な表情を浮かべた。
多発していると言っても、一度に現れる怪魔は少数だ。だから、この六人全員で戦えばなんとか勝てる。けれど、もし少数でなければ? もっと強い怪魔が一度にたくさん出てきて襲ってきたら? その想像は、若い二人の背中を冷やすには十分だった。
「オリジーアだけじゃないだろうね。セカンディアやフォスニアも含めて、大陸全土を支配する……ぐらいのことは考えていそうだ」
「サーディアはピラーオルドに協力しているというよりも、むしろピラーオルドに取り込まれたということか。大陸全土の支配なんて、つまりピラーオルドは自分たちで新しい国を作りたいというのか」
「まあ、僕の雑な推測ですけどね。将来的な国全体の窮地も想定しているからこそ、ステファニー女王自ら動いているんだと思います」
ヒノウエ集落で別れたステファニーはセカンディアの王都シューリトンへ戻るのかと思ったが、しばらくヒノウエ集落に滞在すると言った。なぜこの地域で怪魔が多発しているのか、その原因を自ら調べるとのことだった。
「僕らも、ピラーオルドについてかなりわかってきました。そろそろオリジーア王家に報告して、セカンディア王家のように何かしら動いてほしいところですね」
オリジーア王家が、ピラーオルドへの対策のために何か動く。それがどういうことなのか、紅雷とマークは想像もつかない。二人はただ、王黎たち大人の話に耳をすましながらも、遠くの方にかすかに感じる紀更の気配に早く近付きたい一心だった。
◆◇◆◇◆
「ユルゲンさん、通路にドアがありません!」
ゆっくりと朝をむかえた紀更は、客室のドアを開けてそこに見えた光景を興奮気味にユルゲンに伝えた。
「もしかして、外に出られるんじゃないでしょうか」
「確かめるか」
紀更と同じことを考えたユルゲンは大股で通路を歩き、塔の出入口になっている鉄のドアに近付いた。
――ガチャ。
訪れた時と同じように、鉄のドアは見た目に反して軽やかに開いた。むんわりとした夏の風が、通路に流れ込んでくる。
「よし、行くか」
「はいっ」
ようやく、始海の塔を出られる。丸三日以上軟禁状態だった紀更とユルゲンは、そろって安堵した。
カギソとの戦闘後に海に落ちてここへ流れ着いたため荷物らしい荷物はないのだが、念のため、二人は一度客室に戻った。すると、いつの間にか整えられた寝台の上には、室内着と違って外で過ごすことを目的とした、しっかりとした生地の服と防具、靴など、およそ旅路に必要と思われるものが一式そろっていた。
「武器はないか」
だが残念なことに、刀や剣のような武器はない。ユルゲンが隠し持っていた小型のナイフだけが頼りになりそうだ。
(道中、怪魔が出るだろう。さすがに素手と小型ナイフじゃ、操言の加護があったとしても厳しいぞ。棒切れでも拾えってか?)
これだけ便利にいろいろと世話をしてくれる始海の塔なのに、肝心の武器がないのはどういうことなのだろう。不要ということだろうか。
一抹の心許なさと不満を覚えながらも、ユルゲンと紀更は身支度をして客室を出た。
そして、久しぶりに塔の外に出る。白い綿のような雲が浮かんでおり、日光がその隙間から伸びて大地を照らしていた。
「ユルゲンさん、海に落ちて私を助けて、よくここまで来られましたね」
風に乗って香ってきた磯の匂いに気が付いて、紀更は海のある方角を見つめた。ヒクリス湾が少し離れたところに見えているが、その向こうにあるセカンディア領土――カギソたちのいた小屋のある陸地は見えなかった。
「それも塔の助けだろうな。海面に浮かんでいた紀更をなんとか見つけたら、木の板が近くに流れてきたんだ。あの板がなかったら、君と一緒に沈んでいただろうな」
「雨の中でも、やっぱり塔が見えたんですか」
「そうだ」
天気が悪かろうと、見える者にはいつでも見える始海の塔。
数日前の夜も、板に掴まり焦っていたユルゲンの目に、遠くに浮かぶ塔の輪郭がぼんやりと光って見えた。その薄明かりを目指して、死に物狂いで海を泳いだのだ。
「そうか、海か」
「え?」
「紀更、船だ。これまでの始海の塔の傾向からいくと、船があるはずだ」
「あっ」
「船でヒクリス湾を内陸に向かって進めば、たぶん陸路を行くより早い。塔の中に武器がないのはそういうことだ。メルゲントは多少海にも近い。海路で目指すんだ」
ユルゲンはそう言うと、海を目指して歩き始めた。紀更もそのあとを追う。
歩みを進めるにつれて、潮風の香りが強くなってくる。足元の土がさらさらとした砂に変わり始め、波音がはっきりと聞こえてくる。浜辺にたどり着くと、海に向かって木の桟橋が伸び、その橋の先に小さなダウ船が見えた。
「やっぱりな」
「なんだか、塔の主さんのやり方がわかってきましたね」
「俺らに何をさせたいのかはさっぱりだがな」
ユルゲンと紀更は桟橋を渡り、ダウ船に乗り込んだ。すると船はひとりでに動き出し、塔があった陸地を左手に見ながらヒクリス湾を北西へと進み始める。ユルゲンの言うとおり、傭兵の街メルゲントを目指しているようだ。
「紀更、怪魔スミエルが出るかもしれない。君はなるべく船の中央にいろ」
ユルゲンがそう言うと、紀更は首を横に振った。
「私も船頭にいます。その方が戦えますから」
「わかった。無茶はするなよ」
そうして紀更とユルゲンは、左手に流れていくコールチャ半島の景色を横目に、しばらく船旅の時間を過ごした。
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