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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃

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4.修行(中)

「王黎師匠」


 紀更は姿勢を正した。背筋を伸ばし、敷物の上で正座をして膝の上に手をそろえる。


「私、一人前の操言士になりたいです。操言士として自分に何ができるか、それはまだわかりませんが……操言士のこと、教えてください。日々何を意識すればいいのか、何を到達点とすればいいのか、そのためにできること、すべきことを」


 紀更の緑色の瞳を、王黎は見つめた。その瞳に燃える魂は、嘘はついていない。本気で心の底から、言葉通りのことを思ってくれているのだろう。


「僕が教えられることは教えてあげるよ。だから頑張って吸収するんだよ、紀更」

「はい……っ」


 優しくも凛とした王黎の声色と、力強い紀更の返事。師弟がようやく同じ温度と思いで同じ方向を目指せるようになった瞬間だった。


「じゃあ早速、やるべきことをふたつ教えるね」


 王黎は一呼吸おいてから、生き生きとした笑顔を浮かべた。無理難題をふっかけられた弟子が困る姿を想像して楽しんでいるような、どこか黒い笑顔だ。紀更は一人前の操言士になりたいと宣言した手前、臆さずに気を引き締めて王黎の言うことに耳をかたむけた。


「ひとつ目は定型句の暗記。ただし、祈聖石と対怪魔戦に関するものだけね。ようは、使う場面が決まっている言葉だ。いくつかあるけど、まずはそれぞれ三つずつ憶えよう」

「三つでいいんですか」

「うん。数よりも質が重要だよ。寝ていてもすらすら言えるほどに、とにかく何度も口に出すんだ。意識しなくても口や声が自然と言葉を紡げるくらいにね。それができたら、今度はその三つの言葉にイメージを結び付ける。この二段階で三つの言葉をマスターしたら、また新しい言葉を憶える……というように、少しずつ増やしていくんだ」

「大事なのはイメージを結び付ける段階の方でしょうか」

「そうだね。そこが重要だ。言葉と違うイメージではいけないし、簡素なイメージでもいけない。操言の力がしっかりと発揮できるように、そして一瞬で脳裏に描けるように訓練していくよ」

「それがひとつ目で、ふたつ目はなんですか」

「ふたつ目は内省だよ。内観とも言うね」

「ないせい?」


 聞き慣れない言葉だ。紀更は自信なさげに訊き返した。


「自分の内側を振り返り、見つめ、観察するんだ。過去の自分、特に操言の力を使った時の自分を思い出して、振り返ってほしい」

「どういう言葉を使ったか思い出して復習する、ということでしょうか」

「そういう面もあるけど、自分を客観的に見て、そんな自分に合う言葉を見つけてほしいんだ」

「難しそうですね」

「実際に、いまここで一緒にやってみようか」


 姿勢を楽にしていいよ、と王黎は付け加えた。紀更は正座していた足を崩し、王黎もあぐらをかいて、楽な姿勢になる。


「静かに目を閉じて、ゆっくり息をして」


 王黎が目を閉じ、小さな声で指示をする。その声を聞き逃さないように、紀更は聴覚を研ぎ澄ませた。


「キヴィネと戦った時のことを思い出そう。自分が見たものを全部だ。カルーテの姿、それと戦うルーカスくんたちの姿、それからキヴィネの姿。僕は実際にその場を見ていないけど、紀更にはどんな風に見えたかな。思い出して、頭の中に映像を浮かべて」


 紀更はゆっくりと呼吸をしながら、瞼の裏に映像を描くように思い出した。


「どんな天気だったか……どんな場所だったか……どんな音が聞こえたか……描いたら、その景色に言葉を当てはめてごらん……どんな言葉でその映像を表せるかな」


 紀更は王黎の言うとおり、ひとつずつ思い出す。

 天気は晴れ。キヴィネの恐ろしさとは裏腹に、気持ちのよい青空だった。場所は村の北口で、右手には小さな森がある。自分たちの後方には村に続く道があり、この道をキヴィネが進むと村に侵入されてしまう。そんな場所だった。それから、カルーテが地面を蹴り、ルーカスに飛びかかる。その足音、カルーテの叫び声。キヴィネの電撃音。ジジジッという、しびれそうな音が聞こえた。


「そうしたら考えるんだ……想像してごらん……その状況を打破するためには何ができただろう……どうすればよかっただろう……誰に、何に……どんなことをすればよかったのだろう」


 あの戦闘はもう終わった。今から結果を変えることはできない。だが、どうすればもっと早く戦闘が終わったのか。緊迫した状況にならずにすんだのか。たとえば、途中でユルゲンの助太刀がなかったとして、どうすれば全員が助かっただろう。


(キヴィネの方が強いから、キヴィネの動きを止めるのが先?)


 紀更は想像した。想像の中で、キヴィネの動きを止めてみる。カルーテを斃すことだけに集中できる。しかしあの時出現したカルーテは、際限なく湧いてきていた。そんなカルーテを相手にし続けても、不毛な消耗戦が続くだけだ。


(じゃあ、カルーテが湧くのを止める?)


 でもどうやって? 怪魔の出現を強制的に止めることなど、できるのだろうか。


「それを実行するためには、どんな言葉が必要かな」

(止める……止まって……でも、それだけじゃ足りない気がする)


 止まってくれ。その言葉だけで、怪魔が動きを止めるだろうか。


「言葉とイメージは密接してる? そのイメージに結び付いた、適切な言葉かな」

(止める……どうすれば……止まる……出てこない……近付かない……そうか、カルーテがたくさん出てきても、こちらに来なければいい……それはどうすれば)

「頭の中の映像は崩さないよ。どうしたいか考えたら、そのとおりにイメージも動かすんだ。映像と言葉は常に一緒だよ」


 紀更は脳裏の映像に集中した。無限に湧き出るカルーテ。それを止めることができないなら、こちらに近付けないようにすればいい。


(そのためには……そうだ、暗幕)


 王黎が操言の力で暗幕を引き、自分たちの姿を隠した時を手本にする。

 暗幕と同じように、森から出現するカルーテとそれに対応するルーカスの間に何か障害物があれば、カルーテはこちらに近寄れない。


(幕じゃ弱い……強い壁……でも、壁を飛び越えられてしまったら……もっと高い壁? どんな壁? 高くて硬い壁……。いえ、やっぱり暗幕みたいに……こちらの姿が見えないようにすればいいのかな)


 イメージして考えると、ほかの案も出てきた。

 実際に実現可能かどうかを考えなくていいのなら、想像するのはそんなに難しくなかった。戦闘は実際には終わっており、結末は見えている。ゴールがなくて悩むことはないのだ。ただ、そのゴールにいたる過程でもっと何かできたのではないか、その可能性を探るだけ。


「紀更、目を開けていいよ。ゆっくりね」


 王黎の声にはっとして、紀更は言われたとおりゆっくりと目を開けた。頭上にある太陽の光が思いのほか眩しく、その眩しさに目を細める。するとその瞬間、またひとつ対抗策が思い浮かんだ。


「そうだ、強い光があれば見えなくなる……」

「うんうん、いろいろ想像できたみたいだね」


 王黎が頷いている。紀更は少しぼうっとしたが、確かめるように尋ねた。


「今のが内省ですか」

「そうだよ。過去の自分を思い浮かべて振り返る。なぜそういう言動をしたのか、もっとほかにやり方はなかったか、もう一度その状況になったら何ができるか。過去の自分を客観的に見つめ、振り返り、もっといいい方法を検討するんだ。それを具体的なイメージを浮かべつつ、ついでに言葉も探しつつやると、どうなると思う?」

「もう一度似たような状況になったとき、すべきこととそのための言葉がすっと出てきそうです」

「つまり、操言の力をどう使うべきか、復習でもあるし予習にもなるだろう?」

「なるほど」


 紀更はまたひとつ納得した。

 まったく同じ戦いは存在しない。出現する怪魔の数や種類、タイミングや場所。それに仲間の数、仲間の状況。そのどれもが一度きりに違いない。それでも、毎回勝たなければならない。前回は最美が傷ついてしまったが、できれば誰も傷つかずに戦闘を終えたい。

 そのためには、過去を振り返って対策を練ったり、イメージトレーニングをしたりするしかない。やり直しはできないし、戦闘中にゆっくりと思案している暇もないのだ。

 一度でもできたことは毎回実行できるように。うまくできなかったことは、次こそうまくできるように。そう意識していないと、経験を重ねる意味がない。


「ポイントは、必ず頭の中にイメージを思い浮かべること。ぼんやりと思い出すんじゃなくて、必ず〝画〟を描くんだ。それから、そのイメージに言葉を結び付けること。イメージを言語化すると考えてもいい。そうしてイメージを維持したまま、〝できなかったけどした方がよかったこと〟を考える。怪魔との戦いにおいて、操言士の支援は重要だからね。適切な行動を先にイメージしておけば、次は実行できるかもしれない。怪魔に攻撃するルーカスくんたちに対して、自分は何ができるか。どうすればいいか。日頃から内省して、考えておくことが大事だよ」

「怪魔との戦いに必要な言葉を憶えたら、それを内省で使ってもいいのでしょうか」

「もちろん。暗記と内省は繰り返してこそ意味があるからね。あと、イメージすることと言葉にすること、これも必ずセットで行うようにね。どんなにイメージしていても、それを言語化していなかったら意味がないからね」


 王黎は片目を閉じて、ウインクを紀更に飛ばした。そうやってふざけてはいるが、今日これまでに王黎が解説し教えてくれたことは、そのどれもがとても為になる。


(王黎師匠は、こうやって教えるのが好きな人なのかしら)


 王黎のウインクを片手で追い払ってやりたい気もしたが、ふざけながらも貴重なことを教えてくれたので、紀更は短いため息をつくだけにとどめておいた。

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