3.手始め(中)
「南ウージャハラ草原に着いたら、まずはカルーテの群れを探そう。ユルゲンの得物はなんだ?」
楊が歩きながら振り返り、ユルゲンに問うた。ユルゲンは左右の腰に下げている刀を少しだけ持ち上げて答える。
「両刀だ。一撃の攻撃力の高さより、どちらかというと手数重視だ」
「そうか。オレはワイヤーブレードで中距離攻撃だ。後方で指示を出す」
「ちなみに俺は短槍だ。止めを刺すのは得意だぜ」
楊とミケルも、それぞれ得物を見せる。
初対面の傭兵同士、互いの持つ武器と戦うのに適した位置や役割を把握し合うのは大事だ。それがわかっていないと、互いの攻撃範囲にうっかり入ってしまい、同士討ちの危険性があるからだ。
「二人とも、被加護だったよな?」
「ああ、今日施してもらったから、酷使しなきゃ二晩はもつだろ」
「ユルゲンは加護なしか?」
「ああ。俺のはここに来るまでに加護が切れちまった。それから施してもらってねぇんだ。決定打にはならないから、俺は前衛で体力削りに集中するよ」
カルーテのような弱い怪魔が相手なら、剣や刀など普通の武器でも十分役に立つ。ルーカスやエリックがそうしているように、斃すことも可能だ。
ところが、キヴィネのような強い怪魔が相手では、普通の武器ではさほどダメージを与えられない。単純な物理攻撃では強い怪魔を斃せないのだ。
そこで必要になるのが操言の力、操言士だ。
操言士の支援、通称「操言の加護」があれば、普通の武器でも強い怪魔に有効打を与えられるようになる。先のキヴィネとの戦闘で勝利できたのは、紀更がユルゲンの両刀にどうにかこうにか操言の加護を与えられたからだ。
ところが、怪魔と戦闘する騎士や傭兵たちは、いつも操言士と一緒にいるわけではない。そのため、普通の武器だけでは太刀打ちできない怪魔に遭遇してしまった場合、パーティに操言士がいないのであれば、深手を負う前に撤退するのが定石だ。しかし、いつもそれでは市民や都市部を守れない。
そこで都市部にいる間に、武器や防具に操言の加護を与えてもらうのだ。そうすれば、操言の加護の効力が切れるまで、その武器は強い怪魔に対してもダメージを与えることができる。そのように操言の加護を付与された武器が、「被加護の武器」と呼ばれる。
フリー傭兵の場合、操言士と一緒に行動することの方が稀なので、怪魔退治に赴く際は事前に各地の操言支部に依頼して、己の武器に操言の加護を付与してもらうのが常だった。
「フリーの操言士がいればラクなのにな」
ふとミケルが呟いた。
「そりゃ無理な話だ」
楊は笑う。
「操言士は国の要だからな。まだ一人で立てもしない赤ん坊の頃から国に管理されて、国のために生きなきゃならない。怪魔退治も国のためとはいえ、好き好んで生業にしているオレたち傭兵みたいに、自由にはなれないさ」
「国に管理され、か」
ユルゲンは、最近知り合った見習い操言士の少女との会話を思い出した。
――急に操言士団の人がうちに来たんです。私が後天的に操言の力を宿したから、今から操言士になれ、って。
オリジーア国民は《光の儀式》によって、操言の力を持つ者とそうでない者に二分される。生まれつき宿していなかったはずの操言の力が後天的に宿り、歳を重ねてから《光の儀式》の結果が覆った事例など、これまでに聞いたことはない。
しかし、なぜか紀更は後天的に操言の力を宿し、見習い操言士になったそうだ。紀更の口ぶりからして、悩んだり迷ったりする時間もなかったのだろう。楊の言う「自由にはなれない」を、まさに体現している
(選択肢はない。なれ、と言われたらならざるを得ない)
傭兵ならば、組織に所属しようがその組織を脱退しようが、本人の自由だ。そもそも、傭兵になるかどうかも個人の意思で自由に決められる。
だが操言士はそうではない。操言士になるかならないか、そこに選択の余地はない。
操言の力を持つ者は、操言士となって国と民を支えるべし。それがこの国の決まり、重要な柱、そして操言士は国の要。操言士なくして、オリジーアという国は成り立たないのだ。
(かわいそう、と言ってやるのはなんか違うか)
水の村レイトの噴水広場で俯きがちに語った紀更の姿が、脳裏によみがえる。歯切れの悪い口調で語る彼女の心中には、簡単に表現することのできないわだかまりがあるのだろう。それを哀れむことは簡単だ。けれど、彼女は不自由さを嘆いているばかりではない。
――はいっ、お願いします!
先ほど夕食前の宿で王黎に向けた表情には、前向きな気持ちが表れていた。操言士として成長していきたいと、そう思い始めたらしいことは、師匠に向けた緑色の瞳の輝きからありありと読み取れた。
望んで操言士を志したわけではない。おまけに、普通の操言士とは違う経緯があり、それゆえの苦労もあるだろう。
それでも、彼女の心は前を向いた。自由でないことを嘆く段階は、乗り越えたのだ。
(羨ましいねえ、若いってのは)
ユルゲンが成人したのはもう十一年も昔のことだ。今の彼女と同じくらいの歳の頃、自分もあんな風に希望を抱いて目を輝かせたことがあっただろうか。
「ワル営所が見えた。駐在の騎士に一言声をかけてから、南ウージャハラ草原に入るぞ」
楊が明灯器をかかげ、宣言する。
ユルゲンは深くなっていく闇に集中し、徐々に戦闘モードへと頭の中を切り替えていった。
◆◇◆◇◆
翌日もさわやかな晴天だった。
春が終わり、本格的な夏が始まる前のこの時期は、晴天がよく続く。雨は降ってもひと月に数日といったところだ。汗ばむような暑さにはならないが、かといって防寒を気にするほど寒くもならず、温暖で気持ちのいい日々だ。
宿を出た紀更たちは、ライアー通りを目指した。
ライアー通りに出る丁字路で、紀更の護衛をルーカスに任せて、エリックが騎士団本部へと向かう。一方、紀更、王黎、ルーカスの三人は、ライアー通りで焼きたてのパンを買い、ザッハー広場の長椅子に腰掛けてのんびりと食べると、街の北にあるラフーア光学院を目指した。
「王黎殿、どうして光学院なんですか」
「学ぶ場所としてちょうどいいからだよ。建物の中には入らないでちょっと敷地を借りるだけだけどね」
にこにこ笑いながら、王黎はルーカスに答えた。
人でにぎわうザッハー広場から北坂を上ると、視界の中央に立派な音楽堂が見えた。朝から誰かが楽器を練習しているのか、中からは長く伸びた音色がうっすらと聞こえてくる。それは、音楽堂に向かって左手にある音楽院も同じだった。もう授業が始まっているのだろう。
音楽堂に向かって右手、楽器の音が一切聞こえてこないシンプルな外壁の学舎が、ラフーア光学院だ。音楽堂からは少し離れた場所にあり、外壁が石像などで装飾されている音楽堂と比べると、だいぶ質素に見える。音楽家を志さない街の子供たちは、家業の合間にここへ通い、読み書きや地理、歴史などを学ぶのだ。
王黎は光学院の門を開けると、すたすたと敷地内に侵入した。
「え、ちょっ、王黎師匠! いいんですか、そんな普通に入って」
その背中を引き留めようと、紀更は慌てて手を伸ばした。背後の紀更を知ってか知らずか、王黎は早歩き気味ですすっ、と逃げるように殊更奥へ進む。
「平気だよ、ちょっと建物の裏でピクニックさせてください、って言うだけだから」
「はい?」
王黎のとんちんかんな台詞に、紀更は呆れた。慣れてきつつはあるのだが、王黎という人間はいたくマイペースで、何をするのか先が読めない。
紀更は終始不安げにしていたが、王黎はにこにことした笑顔を崩すことなく、光学院の正面玄関の呼び鈴を鳴らした。そして、出てきた教師の一人に話をすると、あっけないほど簡単に、敷地の利用許可が出された。
「よし、建物の裏に行くよ~」
王黎は軽やかな足取りで、建物をぐるりと回るように歩き出す。
「そんな、本当に使っていいなんて」
「別に悪くないでしょ。個人の私有地じゃないし。なんたって操言士様御一行だしね。紀更はもう忘れちゃったかな? 操言士じゃない人から操言士を見た時の、何か選ばれた感じを」
「選ばれた、操言士様……」
忘れてはいない。そう言われれば、憶えがある。
オリジーアに生まれた者は、操言士と無関係には生きられない。操言士が作る様々な生活器によって便利な生活を送れているし、怪魔という脅威がありながらも都市部の中が安全に保たれているのは、操言士が作る祈聖石のおかげだ。
操言士たちが、光の神様カオディリヒスから操言の力を授けられた「選ばれし者たち」だということは、両親や光学院の教師たちからなんとなく聞き及ぶ。しかし、操言士という人間が身近にいるか、彼らと日常的に深く関りがなければ、操言士に対するイメージというのは「何かすごい人たち」という漠然としたものでしかない。操言士と一般市民の距離は、近いようで遠いのだ。




