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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第01話 特別な操言士と祈聖石
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1.操言院(中)

「紀更殿が〝操言の力〟を宿していることが判明した。決まりに従い、紀更殿には操言士になって国と人々のために尽くしてもらう。特例として、今から操言院で学ぶことを許可するゆえ、早急に入寮されたし」


 来訪した操言士団の使者は、早口でそう言った。紀更も両親も、詳しい説明もなしに一方的に下された宣告の内容が理解できず、目を点にして互いの顔を見つめ合った。

 操言士――それは、生まれつき「操言の力」を持つ者。言葉を操ることで森羅万象に干渉する者。そしてその力をもって人々の生活を支え、守る者だ。

 操言士はこの大陸に生きる人々にとってなくてはならない存在であり、その起源は、この世界の始まりを語る物語でも触れられている。


  光の神様、名をカオディリヒス。

  闇の神様、名をヤオディミス。

  二神(にしん)は長い時間をかけて、世界を創った。

  すると、カオディリヒスとヤオディミスに問いかける者がいた。

  あまたの動物の中で唯一言葉を習得した、ヒューマとメヒュラだった。

  二神はヒューマとメヒュラが暮らしやすくなるように、手助けをした。

  再び長い時間が流れ、やがて二神は争った。

  戦いの結果、敗れた闇の神様ヤオディミスは消え去った。

  光の神様カオディリヒスは、味方してくれた人間を祝福し、「力」を授けた。

  そして自分は天に昇り、太陽になった。

  天から注がれる聖なる光によって、安全な昼がもたらされる。

  光の神様カオディリヒスの力に感謝しよう。


 これは、オリジーアの親が子に語るおとぎ話だ。この世界がどうやってできたのか、カオディリヒスとヤオディミスという神様に何が起きたのかを語ると同時に、「神様から力を授かった」という大事な事実を子供たちに教えるために語られている。

 カオディリヒスから「力」を授かったうちの一人は、この大陸で最初の国、すなわちオリジーアを建国し、初代王となった。また別のある者は「操言士」と呼ばれ、神様から授かった力、つまり「操言の力」を使って、人々の暮らしを豊かで便利なものに変えた。

 建国から長い年月が過ぎた今も、初代王の直系の男子が代々国王を務め、そして操言の力を持つ操言士たちが民の生活を支え、守っている。オリジーアはそういう国なのだ。


 オリジーアに欠かせない操言士。彼らは、生まれながらに操言士である。なぜなら、カオディリヒスの力の一端とされる「操言の力」は持って生まれるものであり、決して後天的に身に付くものではないからだ。

 操言の力を持っているか否か。それは生後一年を過ぎてから受ける《光の儀式》によって判別され、操言の力を持っている赤子は、操言士になることが義務付けられる。国の教育機関である「操言院」に通って操言士としての知識を得、操言の力を操る術を身に付けて、操言士として国と民のために尽くす人生が定められるのだ。


 紀更の両親、匠と沙織は操言士ではない。生まれつき操言の力を持っていなかった、ということだが、それは紀更も同じだった。紀更たち家族の中で操言の力を持って生まれたのは、実は亡き弟の俊だった。

 俊はまだ幼年だったが、《光の儀式》で操言の力があると判別されたため、「見習い操言士」という身分になり、家族の中で唯一、平和民団ではなく操言士団の所属であった。そのため、俊は時折、沙織に連れられて操言院へ通っていた。遊びやしつけ交じりの幼年期向けの教育を受けて、操言士となるべく歩み始めていたのだ。

 そんな俊がいたため、紀更と両親は操言院の存在も、ある程度成長した見習い操言士が操言院の寮に入って自宅に帰ることなくみっちりと勉強するものだ、ということも知っていた。だが、操言士団の使者が早口で話す内容には、すぐに理解が追いつかなかった。


「あの、お言葉ですが、紀更は《光の儀式》で操言の力を持っていないと言われました。操言の力は後天的に身に付くものではないはずですよね。かつて受けた《光の儀式》の結果が誤っていた、ということでしょうか」

「それに、紀更に力があるとして、なぜそれが今になってわかったのでしょうか」


 父と母は、立て続けに疑問を投げつけた。やけに威圧的な口調の使者に多少気圧されながらもめげずに問いかけてくれた両親に、紀更は感謝した。自分一人では、目の前の使者に対して何も言えなかっただろう。


「紀更殿がかつて受けた《光の儀式》の結果に間違いはない」


 やや下向きにずれた眼鏡をかけ、野暮ったい服の上に操言士であることを示す白い操言ローブを羽織った老年の使者レオンは、まるで不愉快だと言わんばかりの硬い表情で言いきった。


「過去に例がないのだが、どうやら紀更殿は後天的に、操言の力を宿したようだ。そのことが判明したのは、操言士の力によるもの。そしてその結果にも間違いはない。今の紀更殿は、確かに操言の力を持っている。紀更殿には至急操言院の寮に入り、これまで学べなかった分を急ぎ学び、速やかに修了試験に合格してもらう。これは打診でも依頼でもなく、国からの命令である」


 レオンの口ぶりはあまりにも一方的なだけでなく、どこか紀更を責めるような口調だった。娘が謂れのない非難を浴びせられているような気がして、父の匠はレオンの態度を咎めようかと思った。しかし、それさえもこの使者は紀更への勝手な不満に変換しそうで、匠は両拳を強く握って怒りを収めた。


「明日、身の回りの荷物を持って弐の鐘が鳴るまでに操言院へ来られたし。以上である」


 レオンは最後にそう締めくくると、まだもの言いたげな紀更たちを鮮やかに見ぬふりして、呉服屋つむぎを去った。


「紀更、何か自覚はあるかい?」


 匠は紀更に尋ねた。紀更は呆然とした表情で首を横に振る。


「ううん、何も」

「そうだよな。でも、間違いはないって使者の人は言うし」

「操言の力を後天的に授かるなんて、聞いたことがないわ。どうなってるのかしら」


 母の沙織も、ため息交じりに言った。

 最初に受けた《光の儀式》では、確かに操言の力がないと判別された。しかし、今の紀更には操言の力が宿っているという。レオンが言っていたように、前例のないそんな事態が、本当に自分の身に起きているのだろうか。紀更は半信半疑、もとい、夢の中の出来事のように思った。


――……って……いってたよ。


 その時、ぼんやりとしていた紀更の頭の中で、俊のあどけない声がふっと揺れた。


「父さん、母さん。いいの、私、操言院に行く」


 そして次の瞬間、紀更の口からは、思いもかけない言葉が飛び出していた。

 紀更は、自分の声が形作った言葉に自分でも驚いた。しかも、そんな自分の感情とは別の生き物であるかのように、紀更の口はなおも動く。


「俊が通っていた操言院に行くことが、今は慰めになるような気がするの。俊の代わりに行く、ってわけじゃないけど」


 生まれたばかりの小さな手。生命力にあふれ、輝くビー玉のような瞳。無邪気に抱きついては笑い、お姉ちゃん、お姉ちゃんと呼んでくれた俊。生きていればやがて立派な操言士になっただろうと、姉馬鹿ながらに思う。

 その俊を亡くして、笑顔の消えた家族。痛む胸。耳元でささやかれる孤独。

 ああ、そうだ。

 俊の代わりになることはできない。なりたいわけでもない。けれど、ただ悲しみが続くだけのこの心を癒す方法があるとするなら、「操言の力」について学ぶことかもしれない。いつかの未来で俊がなるはずだった「操言士」という姿を目指すことが、俊を喪った悲しみを乗り越える手段かもしれない。そして、いなくなってしまった俊とこれからもつながっていられる唯一の方法なのだろう。

 頭や心が思うよりも先に動いた口。自分のその口が発した言葉の意味に、紀更は遅れて納得した。


「操言院は王都の中だから、父さんたちと根性の別れになるわけじゃないでしょ。それに、ほら。私もあと一年で成人でしょ? 少し早いけど、巣立ちのようなものよ」


 紀更は両親を安心させたくて、少し無理に笑った。

 呉服屋つむぎを営む手の数が減るのは、申し訳なく思う。糸や布を眺めたり、顔見知りの住民たちを接客したりすることができなくなるのも、寂しくはある。だが、新しい世界が広がるようなそんな期待も、ほのかに生まれてきていた。


「でも、本当にいいの?」


 紀更のぎこちない笑顔の下にある感情を察して、母の沙織は不安そうに尋ねた。


「使者の人も言ってたでしょ。これは命令だ、って。いいも悪いも、行くしかないの」


 正直、あまりにも一方的で失礼な態度だとは思ったが、レオンも個人の判断と権限で言っているわけではないのだろう。操言の力を持つ者は、操言士となって国と民を支えるべし。その決まりは、この国の重要な柱なのだ。

 その翌日、紀更は操言院の寮に入った。普通の見習い操言士が数年をかけてゆっくりと学んで身に付けることを、紀更はとても短い期間で詰め込むことになった。

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