4.華族(中)
「い、従兄妹だけど! こんなに近くでお会いするのは久しぶりだったから、どう接していいのかわからなかったのよ!」
「う、うん」
「べっ、別にっ……久しぶりに見たサンディ王子が大人びていて素敵だったとか、それに見惚れてドキドキしてたとか、そういうんじゃないのよ!」
「あ、うん……うん?」
「なによ! それよりあなた、サンディ王子と会ったことがあるの!?」
「えっと、ポーレンヌ城で」
「どうしてよ! 変な話とかしなかったでしょうね!? 相手は王子様なのよ!」
「王黎師匠もいたし、見てのとおり、その時も今も私は緊張でガチガチで、お世辞にもスムーズな会話はできなかったわ」
「ふん! 当然よ! サンディ王子は素敵な人なんだから! 一介の操言士の分際で話しかけてもらえるなんて、とんでもなくありがたいことなのよ!」
「はあ……そうね」
なんともわかりやすい反応だ。
ブリアナはきっとサンディに恋をしているのだろう。だが、ここ数年のブリアナは操言院の寮にいて、サンディに会うことはなかなかできなかったはずだ。会えない間につのった思いが、いま爆発してしまったのかもしれない。自分の色恋沙汰にはとんと疎い紀更だが、さすがにブリアナの反応はわかりやすすぎて、そんな心情が読み取れてしまった。
「ブリアナにもかわいいところがあるのね」
「ちょっと、どういう意味よ! 失礼じゃないの!」
「うん、ごめんね。でもかわいくって」
出自を鼻にかけたり、自分の方が操言士として上なのだとマウンティングしてみたり、四大華族や派閥について知らない紀更を馬鹿にしてみたり。そんなブリアナだが、好きな異性を前にして貝のように黙ってしまう面があるなんて。紀更は、ようやく素のブリアナに触れることができたようで嬉しく思い、自然と笑みがこぼれてしまった。
「ねえ、ブリアナ。そうかするって、なんのこと? イレーヌ様と守護部会館を目指して歩いてた時に言ってたでしょう。それも私は知らないから、教えてほしいわ」
「嫁を送ることよ」
ブリアナは自分の熱くなった頬に手のひらを当てながら、早口に説明する。
「四大華族は、歴代の王と自分の娘を結婚させてきたの。それが送嫁よ。逆に、歴代の王の姉妹を嫁にもらうこともしてきたわ。そちらは少し語弊があるけれど、入婿と呼ぶの。娘を王家に嫁がせる送嫁、そして王家の子女を娶る入婿。そのふたつで、四大華族は王族と親族になって、繁栄してきたのよ」
「王族と関わりが深いっていうのは、親戚関係にあるって意味も含んでいるのね」
「四大華族のうち、主に送嫁で繁栄したのはモワナール家とオフレド家よ。逆に、ここのペレス家とガルシア家は入婿が多いの。先代チャルズ王のお姉様は、前ペレス家当主と結婚したわ」
「えっと……ペレス家の現当主はヨーゼフ・ペレスさんだから……ヨーゼフさんはライアン王と従兄弟関係なのね!」
紀更は深く納得した。それは以前、雛菊が華族について説明してくれた時に聞いた話のとおりだ。
現妃の生家であるモワナール家の生まれで、王子と従兄妹であるブリアナを、王族と親戚関係にあるなんてすごいと思っていた。しかし、このパーティーの主催者であるヨーゼフ・ペレスもまた、現オリジーア王と従兄弟関係だったとは。なるほど、そうやって婚姻を利用して王族と関係を結ぶことで、平和民団の幹部として王と共に国を動かす地位に立つわけか。
四大華族だと言って自らの出自を鼻にかけるには、それ相応の背景があるのだ。紀更は嫌味ではなく素直に、彼ら華族が一般市民とは格が違う存在なのだと納得した。
「ブリアナは、ほかにも王族とつながりのある人を知ってる?」
「知りたいなら、王家の家系図でも見ればいいわ。王都中央図書館にあるはずよ。もっとも、あなたに入館許可はないけれどね!」
ブリアナは調子が戻ってきたらしく、ふんと鼻を鳴らして得意げな表情を浮かべた。
王都中央図書館といえば、雛菊の本来の職場だ。雛菊は入館申請を出してくれると言ったが、その後その件について音沙汰はなかったので、きっと許可が下りなかったのだろう。
「そう、残念だわ」
守護部の操言士として働き、何か成果を収めれば、いつか入館許可は下りるだろうか。
紀更はわずかな希望を胸に抱き、気持ちを切り替えた。
◆◇◆◇◆
「さすがはペレス家。食事もたいへんに美味である」
生ハムのマリネを頬張った幹部操言士ヘススは舌鼓を打った。ヨーゼフ・ペレスは満足げに目を細める。
「これくらい普通ですが、皆様のお口に会えば幸いですよ」
「しかし、よかったのですかな。新米操言士にこんな贅沢をさせていただいて」
「もちろんですとも、ロジャーさん。怪魔が増えているこのご時世、オリジーアにはますます操言士の力が必要です。お恥ずかしいかぎりですが、操言の力を持たぬ平和民団は、結局のところ操言士団を頼らざるを得ないですからね。だからこそわたしは、この国を支える若き操言士たちを少しでも鼓舞したいのですよ」
それからヨーゼフは、秘密の話をここだけで打ち明ける、といったように少し声の大きさを落として、ささやくようにヘススとロジャーに尋ねた。
「どうですか、ヘススさん、ロジャーさん。怪魔もそうですが、他国の怪しげな組織……ピラーオルド、でしたっけ。そちらの調査は。幹部操言士の中でも特に有能なお二人のことだ、もうすでにいろいろと、情報をつかんだのでは?」
ヨーゼフはさも自分は無関係で、他人事のような態度だ。
平和民団は、先日行われた三公団のトップと王による会議の場で、ピラーオルドと思われる人間が街中に潜んでいないか平和民団も目を配るようにと現王から指示を出された。これは操言士団と騎士団だけの問題ではなく、オリジーア全体の問題であるというのが現王の認識だ。
しかしヨーゼフは、平和民団の幹部の立場にありながら、諸問題に対応するのは平和民団ではなく操言士団であるとの空気をしれっと作り出す。コリンが聞いていたら、操言士団だけに頼ってくれるなと反感を抱くところだが、あいにくヘススとロジャーはヨーゼフから期待されていることに心を良くしてしまう。だからこそ、進展のない状況を伝えなければならないことを心苦しく思った。
「いえ、それがまだ」
「そうですか、残念です。幹部操言士の中でもヘススさんやロジャーさんは古株……特に優秀な方たちだと思ったのですが、何もわからないと?」
「そ、それは……その、奴らはよほど隠れるのが上手なようで」
「操言士が何人か、誘拐されているのでしょう? 痛ましいことです。行方不明となっている操言士も見つからないのですか」
「え、ええ……残念ながら」
ロジャーとヘススは、ヨーゼフからの心象をなるべく悪くしたくない一心でもじもじしながら言葉を濁す。するとヨーゼフは困ったようにため息をついた。
「どうしたんですか、ヘススさん、ロジャーさん。操言士団の中でもとびきり優秀なあなた方がそんな様子では、ライアン王も心配なさるでしょう。国民の安全はあなた方にかかっているのですよ」
「すみません、ヨーゼフ殿」
「困りましたねえ。早くこの問題が解決しないと、華族議会の立ち上げにも支障が出てきます。ヘススさんとロジャーさんにはぜひ、操言士団幹部会の代表として華族議会へ参加していただきたいと考えています。そうすれば、あなた方が名字持ちになれる日も必ずや訪れるでしょうに」
「ですがヨーゼフ殿、その話はいま、頓挫しているのでは」
ヘススは自分の手をもみしだきながら不安げに尋ねた。
「ええ、ライアン王はまだ迷っておられます。ですがライアン王の……いえ、先代チャルズ王から受け継がれている目標の実現に向けて、華族議会は必要なのです。騎士団や操言士団との調整が難航しているので亀の歩みですが、ロジャーさんやヘススさんが協力してくだされば、必ずやライアン王も首を縦に振るでしょう」
ヨーゼフは自信に満ちあふれた表情で拳を握り、もう片方の手でヘススの肩をたたいた。
「ヘススさん! そしてロジャーさん! この先の時代は我々とあなた方で作るのです。若き操言士たちのためにも、変えるべきことは変え、不変のままにしておくことはそのままに……そうしたやわらかさと硬さの両方で、これからのオリジーアを作りましょう」
「は、はい!」
ロジャーはぎこちない笑顔を作った。
ヨーゼフ・ペレス――このペレス家の現当主は、先代王チャルズの甥にあたる。そして、彼の横で大きく頷くガルシア家当主のテオドール・ガルシアもまた、チャルズの甥だ。ヨーゼフの母とテオドールの母が先代王の二人の姉であり、それぞれペレス家とガルシア家に嫁いだのである。つまり、この二人は王族に顔が利く。平和民団の幹部、華族として、現オリジーア王と共に国を変えることができるのだ。
ヘススとロジャーは保守派の操言士である。しかしその胸の中で守りたいと願っているものは、操言士団の体制や環境、若き操言士たちの未来などではない。今の自分の社会的立場こそ何よりも維持したいと思っており、さらには今以上の地位を欲している。王族に近しいこの四大華族に気に入られていつかは自身も名字持ちとなり、今以上に権力を手にした華やかな将来を手に入れたいと渇望しているのだ。
「今夜招かれた新米操言士の中には〝特別な操言士〟もいます」
それまでヨーゼフの熱弁に耳をかたむけていたテオドールも、にんまりと笑みを浮かべなら二人に語りかけた。