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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第08話 幹部操言士と交流パーティー
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3.思惑(上)

「歴史解明派は、略して歴解(れっかい)派と呼ばれているわ。解放派と同じで快晴革命以降に広がったのだけれど、趣が少し違っているの。操言士にまつわる正しい歴史を――過去に何が起きたのかを解明したい。そう思っている派閥よ」

「歴史を解明? 解明して、どうしたいの?」

「歴史を解明してもなお、現状の制度等を維持したいと思っているなら、歴史解明保守派。正しい歴史を把握したうえで現行の制度から操言士を解放したいと思っているなら、歴史解明解放派。それと、過去に起きたことを明らかにしたいだけで、その先には特に何も望まない純粋な歴解派。その三つに分けられるわ」

「解明した先の目標がそれぞれ違うのね。でも、歴史を解明ってどういうこと?」

「あなた、もう少し自分で考えてくださらない? 快晴革命を学んだでしょ? オリジーアの歴史は一筋縄じゃないのよ。初代王の頃の詳細はわからないし、真史なんてものが作られてしまうし」

「そっか。全部ありのまま、本当のことを知りたい……それが歴解派の根幹なのね」

「そうよ。まだ挨拶していない幹部操言士は四人……この四人は保守派でも選民派でもない。なんの思想もない中立なのかもしれないけれど、解放派や歴解派かもしれないわ」

「ブリアナは、誰がどの派閥とかどうやって知るの?」


 どんな派閥があるかだけでなく、幹部操言士の誰がどの派閥なのかまでブリアナは解説してくれた。そうした知識はどこでどうやって得るのだろうかと、紀更は純粋に興味を持った。


「いろいろよ。見習い操言士同士で話していてわかることもあれば、わたくしは四大華族だもの。あなたと違って、いろんな情報が入ってくるのよ」


 紀更を見下すお得意の目線をブリアナは寄越してくるが、紀更は気にせずなるほど、と短く頷く。


「これでいいかしら? 無知な操言士さん!」

「ええ、とても勉強になったわ。それにパーティーのお作法も教えてもらえて助かるわ。ありがとう、ブリアナ」


 紀更はゆったりとブリアナにほほ笑んだ。

 ブリアナは紀更を無視もしないし嘘も言わない。また、表面だけは友好的な態度を取り繕って、本人のいない場所で陰口を言うような陰湿さがあるわけでもない。つっけんどんなところは多々あるが、いまこの会場では頼りになる相方だ。それを紀更は素直にありがたく思った。


「ふん……ほかの幹部の方へのご挨拶に行くわよ!」


 一方のブリアナは、自分が紀更に対してきつい態度をとっている自覚はしっかりと持っていた。むしろ意識して、そうしているくらいなのだ。

 しかし紀更は、そんなブリアナに対して素直に礼を言って笑いかける。どんなに冷たい言葉をぶつけて睨みつけても、感謝を覚えれば紀更は素直にありがとうと言ってくる。


(なによ)


 手ひどく投げつける数々の嫌味で、少しはこちらが予想したような、惨めな表情をしてくれればいいものを。ブリアナがどんな悪態をとろうとも、紀更に傷ついたり、動揺したりする様子はない。しなやかに揺れる柳のようにうまく受け流されてしまって、彼女の芯を揺さぶることができない。それでは自分が優位にならない。


(変な子っ)


 意地悪をしてもへこたれない紀更の存在に、ブリアナの気持ちは逆に乱された。

 過去に例のない存在。不吉の象徴。この国に悪い変化をもたらす者――。

 後天的に操言の力を宿した「特別な操言士」がいるらしいと、その話題で持ち切りだった一年前。最初のその時から、紀更はさんざんな言われようだった。「特別な操言士」について見習いや教師操言士たちが口にする話の十中八九は、彼女の存在を忌むような内容だった。操言の力を持って生まれたことに誇りを持っていたブリアナも、生まれつきではなく後天的に力を宿した「特別な操言士」をずっと悪いように思っていた。自分たちこそ本物の操言士であって、後天的に力を宿した「特別な操言士」など所詮劣化品だと。自分はどの派閥でもないと言ったが、それなりの選民意識はブリアナにもあった。


(特別なんて言われてやって来たけど、成績は落ちこぼれ。特別だからといって優秀なわけじゃなくてむしろその逆。そう噂されていたのに、修了試験で見せたあの力はわたくしよりもはるかに大きかった……)


 トクベツだと揶揄され、成績が悪いのですぐに評判を下げられ、けれど修了試験では能力差を見せつけてくる、「特別な操言士」の紀更。紀更に対するブリアナの感情は上下に激しく揺れ動き、複雑さを増していく。


(なによ、なによっ! 特別なら特別らしく、驕っていればいいのに!)


 紀更本人と言葉を交わせば交わすほどに、紀更個人にトクベツなところなどなく、この王都のどこにでもいるようなごく普通の女の子だということが明らかになってくる。その普通の女の子に対してこんなにも嫉妬のような蔑みのような感情を抱いている自分は、とても子供なんじゃないかと思えてならない。紀更にそう思わされているような気がして非常に悔しい。

 紀更を連れて幹部操言士に挨拶をして回りながらも、ブリアナは自分の気持ちの変化に戸惑っていた。



     ◆◇◆◇◆



「ブリアナは精神的に幼い」


 広間内を移動する金髪ショートヘアのブリアナをちらりと見てジャックは独り言ちた。隣にいるコリンはそれを無表情で聞いている。


「ですがタイプⅣを与えてもよかったのでは?」


 今日もジャックはコリンの判断に意見するが、コリンは答えない。

 修了試験の日の夜、受験生たちの合否を決定する場で、選民派のレオンとエミリコはブリアナに対してタイプⅣの操言ブローチを与えることを主張した。

 確かに、ブリアナはどの課題に対しても高水準でクリアしたし、今後の伸びしろも期待できる。何かひとつのことに集中させてしまうよりも、まずは幅広く活躍してもらった方がいい。そのためにもタイプⅣを与えるという選択肢はありだった。


――ブリアナの成績には異論ありません。ですが、個が持つ操言の力の性質に着目するとタイプⅠが妥当です。


 しかし、イレーヌの指摘はもっともだった。なんでもできるということは、決して「特殊」ということではない。ただの器用貧乏で終わる可能性もある。むしろ修了試験の課題程度は、すべてこなせて当たり前のレベルだ。そうでないと合格しないのだから。

 イレーヌの言うとおり、タイプⅣはほかに類を見ない力を持つ者に与えられるべきだ。たとえば、過去に出会ったどの操言士よりも巨大な操言の力を宿している者などに。


「レオンとエミリコが主張したのがまずかったですか」


 幹部操言士たちはあらゆる思惑を抱いている。大なり小なり野心があるからこそ上を向き、地位を求め、幹部という座にまでのし上がってきた者たちだ。

 操言士団は直接政治を行っているわけではないが、操言士団の中にも政治はある。特に幹部の座は、段位が師範であるというだけではたどり着けない。上の世代とも下の世代とも、そして横の世代ともたくみに関係を築いてきた者たちが座る席だ。一概にそうでない者も過去にはいたが、継続して自分の思惑を実現しようとする根性と野心がある者ほど、長くその座にいる。


「四大家族出身で平和民団幹部とも王族とも関わる機会があるブリアナを持ち上げ、操言士は特別な存在であると知らしめたい……選民派としての思惑が透けすぎていた」

「本人に話したとおりです」


 コリンは小さな声でジャックに返した。

 ブリアナの今後を思えば、操言ブローチのタイプがどれになるかということはそう大きな問題ではない。操言の力を持って生まれたことを自負し、向上心の高い見習いであることは聞いていた。本人は多少不服だろうが、タイプⅠを与え、幅広い活躍を期待していると言って()()の守護部に所属させればその不満も小さくなるだろう。そうふんで、コリンはブリアナのタイプと所属を決定した。


「特別な操言士にタイプⅣを与えなかったのは、レオンやエミリコら選民派の不満をかわすため……いやはや、難しいですな、幹部同士でも」


 ジャックは苦笑した。

 ブリアナにタイプⅣを与えたかった、選民派のレオンとエミリコ。自分たち()()()()操言士の中でも、さらに選ばれた「特別な操言士」の存在を快く思わない一派。

 コリンは、彼らの主張をひとつはねのける代わりにひとつは承諾した。すなわち、タイプⅣを与える条件に値すると認めていながらも、紀更にはタイプⅣではなくタイプⅢを与えたのだ。少しでも、紀更の()()()を表に出さないために。

 結果、プラスマイナスはゼロだ。選民派のあからさまな不満の種は取り除けただろう。


(でもあの力は……)

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