8.試験結果(下)
「残った皆さん、あなた方が合格ざます。今日をもって操言院を修了したと認めます」
ジロンが出ていった教室で、ようやく受験生たちの呼吸音が聞こえ始めた。ほっと胸をなでおろす者、さも当然の結果だと表情の変わらない者。前者は紀更で、後者はブリアナだった。
(よかったぁ)
紀更はほっと一安心したせいで、ため息のような息を吐いてしまう。
自宅に操言士団の使者が突然やって来たあの日から、一年と少し。ついに紀更は修了試験に合格した。トクベツだのなんだの散々言われたが、これで正々堂々と、一人前の普通の操言士だと名乗れるようになるはずだ。そしてこの操言院ともお別れだ。
「今から試験結果を詳細に伝えるざます。心してお聞きなさい。まずは受験番号一番、理知介」
「はい」
安堵する受験生たちには構わず、マチルダはさくさくと進めた。
「操言ブローチのタイプはⅠ、所属は民間部ざます」
「ありがとうございます」
「受験番号二番、カシム」
「はい」
「同じく操言ブローチのタイプはⅠ、所属は国内部ざます」
「ありがとうございます」
操言ブローチは操言院を修了した証だ。見習い操言士は持つことを許されず、修了試験に合格した一人前の操言士だけが持つことになる。
受験番号順に、操言ブローチに刻印されるタイプと新たに所属する四部会が、マチルダによって告げられていく。
(合格だけが目標じゃない。私は……)
紀更は昨日の今頃、口頭試問に呼ばれる前と同じくらいに緊張した。合格のその先、望む四部会に所属できるかどうか。ここが正念場だ。
「受験番号三番、タレレンカ。あなたの所属は国内部で、タイプはⅡざます。タイプⅡが与えられるのは久しぶりですわよ。今後に期待しているざます」
「あっ、ありがとうございます」
「続いて受験番号五番、ブリアナ」
「はい」
返事をしたブリアナの表情には自信がみなぎっている。それもそのはずだ。紀更の目からしても、ブリアナの技術分野は素晴らしかった。穴がないというか、そつなくどんなことも――物を動かすことも案山子を倒すことも、操言の力を工夫して使うことも、最短距離でこなしてしまう。そんな印象だった。
紀更はほかの受験生たち以上に、ブリアナの試験結果に注目した。
「操言ブローチのタイプはⅠ、所属は守護部です」
「えっ!?」
それまでテンポよく頷いていた受験生たちと違って、ブリアナは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。そしてすぐに、焦りや怒りが混じったような表情に変わる。
「マチルダ教育部長! どうしてですか! どうしてタイプⅠなんですの!?」
ブリアナは机をたたき、その勢いで立ち上がった。そしてキリッとした目でマチルダを見つめる。
紀更も同じ疑問を抱いた。ブリアナは、オールマイティーに優秀だと思われる。操作することが特別秀でていたようには見えなかった。
(でも、操作を得意とするⅠのタイプを与えられる……どうして?)
「理由を教えてくださいませ!」
試験補佐官や自分以外の受験生がいるにもかかわらず、ブリアナは声を荒げた。納得がいかないことについて、この場で臆することなく問いただす度胸のあるブリアナを、紀更は少しばかり感心して見つめた。
「ブリアナ、あなたの試験結果はとても素晴らしかったざます。それは間違いありません。試験官、試験補佐官からは、今後のあなたの活躍に期待を寄せる声が多くあったざます。あなたはきっと、どこで何をさせても立派な操言士となるでしょう」
マチルダはブリアナを手放しに褒める。褒め言葉に対して悪い気はしないようで、ブリアナの表情は少しやわらいだ。
「そこでタイプⅠなのです。対象物を操るというのは操言士の基本ざます。操言士は言葉を操り、万物に干渉するのですから。何かひとつのことに縛られず、あなたには様々な活躍をしてもらいたい。それも、優秀な者が多く花形と言われる守護部で。そういう期待を込めて、タイプⅠの操言ブローチを与えるざます」
「わかりましたわ。取り乱してしまい、失礼いたしました」
ブリアナはまだ少し何か言いたげだったが、それ以上の反論は無駄なあがきと諦めたのか、それともどう抗議したところで決定は覆らないと気付いたのか、一言謝罪を添えるとおとなしく腰を下ろした。
「最後に、受験番号六番、紀更」
「あ……はいっ」
声を荒げたブリアナのあとに呼ばれて、紀更は少々気まずいながらも返事をした。
ブリアナの結果に心を持っていかれている場合ではない。この試験結果は今後を左右するとても重要なものなのだ。紀更はマチルダのスカイブルーの瞳を見つめた。
「あなたのタイプはⅢ、所属は守護部ざます」
「っ……! はい、ありがとうございます!」
ブリアナとは百八十度違って、紀更はパアッと表情を明るくした。
(守護部!)
密かに所属を希望していた四部会。そこへの配属が決定し、紀更はおおいに喜んだ。
「続いて今後の予定を伝えるざます。一度しか言いませんから、こちらもよくお聞きなさい」
合格者たちの反応に興味のないマチルダは、淡々と進めていく。
「このあと、試験補佐官を務めてくださった操言士の先導で、各自所属する四部会の部長さんへご挨拶にお行きなさい。そして、昼休みを挟んで午後の鐘が鳴ったら、再びこの第十七教室へ来ること。順次、操言ブローチと操言ローブを授与します。例年ですとそこで解散となりますが、今回は過去の合格者たちにはなかった予定があるざます」
「予定?」
マチルダの言い回しに、合格者たちはいっせいに疑問符を浮かべた。
「明日の夜、ヴェレンキ地区にあるヨーゼフ・ペレス殿のご自宅にて交流パーティーが開かれます。通常はないことですが、今回は特別に、今月の修了試験の合格者たち全員、つまりあなた方五名がそのパーティーに招かれているざます」
「は?」
「えっ」
「ペレス家?」
「パーティー……」
(どうして?)
それまで黙っていた合格者たちはさすがに黙っていられなかったようで、それぞれマチルダの話に反応する。紀更は言葉を発さずに、黙って首をかしげた。
「修了試験とパーティー開催日がたまたま近いので、ペレス家のご厚意であなた方も招かれたざます。交流パーティーですから、操言士団の幹部全員も招かれていますわ。良い機会ですから、幹部操言士の方々と積極的に交流なさい」
「ああ」
「なるほど」
理知介とタレレンカは何か納得いったようだった。
マチルダはブリアナに視線を向ける。
「ブリアナ、あなたはパーティーに慣れていますわね。今日の明日で急なことですけれど、ご用意はできるかしら」
「はい。問題ありません」
「よござんす。ブリアナ以外の四名は、急にパーティーと言われても服装からヘアセットから何まで準備ができないでしょう。そこで、男性は教師操言士アンヘルが、女性は守護部の操言士フローレンスが、それぞれパーティーの準備をしてさしあげる段取りになっているざます」
なんと用意のいいことか。紀更はマチルダの――というより、教育部の手際の良さに感心した。
おそらく、数日前から受験生たちの招待は決まっていたが、誰が合格するかは今日までわからなかったので、紀更たち受験生には知らせず、外野が動けることは動いていたのだろう。
(でも、どうして今回だけ? 本当に、たまたま日程が近いから?)
しかし、どうにも自分たちが招かれる道理が納得できず、どこか解せない。だがマチルダは受験生たちを待つことなく、早口でさらに続けた。
「ブリアナと紀更はご実家が王都にありますから、今日の昼過ぎ、操言ブローチを受領後、すぐに退寮手続きをして実家にお戻りなさい。そして明日、ブリアナは身支度を整えて肆の鐘の頃、操言院へ。また、紀更は参の鐘が鳴ったのち、操言院を訪れるように。ほかの三名については、今日と明日はまだ操言院の寮での滞在を認めます。明日、参の鐘が鳴り終わったのち、紀更と共にアンヘル、フローレンスの手を借りて準備をなさい。ブリアナを加えて五名そろったところで、ペレス家を訪問します。あたくしが先導しますから、そのつもりで」
(は、早いっ……えっと)
一気に告げられる怒涛のスケジュールを、紀更は頭にたたき入れる。
ペレス家のパーティーと言うが、そもそもペレス家がいったいどこの誰なのか。交流パーティーと言うが、いったいどうすればいいのか。パーティーなどという高尚な場に出たことのない紀更は、ポーレンヌ城でサンディと面会することが決まった時のような、嫌な汗をかいた。
(マナーとか、全然わからないわ)
紀更はちらりとブリアナに視線を送った。マチルダいわく、ブリアナはパーティーに慣れているというが、彼女はペレス家とやらと関わりがあるのだろうか。
「パーティー以外のことは、それぞれの四部会の指示に従いなさい。あなた方は今日から見習いではなく、一人前の操言士ざます。操言ブローチとともに与えられる段位は初段。修行をし、研鑽を積み、昇段試験を受けてますます己の力を磨くこと。そして、光の神様カオディリヒスから与えられた操言の力をもって、あなた方がこのオリジーアとオリジーア国民のために尽くすことを期待していますわ」
最後にマチルダは、合格者五人を鼓舞するような台詞をやはり早口で述べて、教室を出ていった。