8.試験結果(中)
「では、不合格者は受験番号四番のジロン、それ以外は合格ということで。異論はありませんわね?」
操言士団本部の本館二階。すっかり陽が沈んだ頃。小会議室に集まっているのは修了試験の試験官五名と、試験補佐官が三名、試験監督三名の合計十一名だった。
目元に赤いアイシャドウを入れ、赤く塗った爪にフリルのたくさんついたトップスを着た教育部部長のマチルダが司会進行を務め、全員で修了試験の結果を検討している。
「ジロンは知識の口頭試問で、ほぼすべての回答がずれていた。性格ゆえの緊張でうまく結果が出せなかったものと思うが、それにしても的外れがすぎた。技術においても言葉とイメージの結び付きが弱く、意味のない動作も多かった。上がり症の性格も含めて、もう少し見習いの立場で成長すべきだろう」
「そのとおりですね」
幹部操言士レオンの弁に、隣に座る幹部操言士エミリコも頷く。二人は幹部操言士の中でも教育部を統括する立場で、修了試験の試験官はほぼ毎回務めていた。
「それでは次に、合格者の操言ブローチのタイプと四部会の所属について。悩ましいのは、ブリアナと特別な操言士の二名ですわね」
「ブリアナは総合力が高いので、Ⅳを与えてもいいと思います」
マチルダが次の検討事項に移ると、エミリコが真っ先に意見した。少し重い沈黙が室内を支配する。レオンのように頷く者もいれば、反論したそうな者もいる。エミリコがなぜそう意見するのか、その裏側にある思惑に気付く者はそれなりにいたが、幹部操言士の彼女に表立って反対する勇気のある者は少ない。
すると、試験補佐官を務めた守護部の操言士イレーヌが静かに手を上げた。
「よろしいでしょうか」
「まあ、イレーヌ様。どうぞ」
「操言ブローチのタイプⅣは、〝類を見ない特徴のある操言の力〟を有する者、またはそのような操言の力の一端が垣間見える者に与えられるものです。受験番号五番のブリアナの操言の力には、これといった特徴は見受けられないと思います」
「お言葉ですがイレーヌ様、彼女の実践力はどの課題に対しても高い水準を示しました」
前髪をポンパドールにしている幹部操言士エミリコは、やんわりとイレーヌに反論した。
イレーヌは現オリジーア王の姉であり王族ではあるが、あくまでも守護部の操言士の一人であり、操言士団内の地位は幹部であるエミリコの方が上だ。しかし、やはり現王の姉に対しては気を遣うようで、エミリコは心苦しそうな表情を作りながら続けた。
「物を操作することも、怪魔に見立てた攻撃に防御、反撃することも、創意工夫して操言の力を使うことも、ブリアナは受験生の中でトップでした。そつなくなんでもこなせるというのは、タイプⅣを与えてもよろしいのではないでしょうか」
エミリコはそう投げかけながら、最後は団長のコリンの方へ視線を向けて同意を求めた。しかし、コリンはエミリコの思惑に簡単には同意しない。無表情で成り行きを見守っているだけだ。
「ブリアナの成績には異論ありません。ですが、個が持つ操言の力の性質に着目するとタイプⅠが妥当です」
「それは、タイプⅠがほかに当てはまらない者たちの掃き溜めと、そうおっしゃりたいのですかな?」
幹部操言士のレオンが、やや批難がましくイレーヌに問いかけた。
操言ブローチのタイプは全部で四つある。しかし、「操作」を得意とするタイプⅠに関しては、ほかのタイプ、つまり治癒、攻撃、特殊のどれにも当てはまらない者に与えられる、という側面が多分にあった。それは操言ブローチという制度を設計した当初から問題とされており、操言ブローチそのものを廃止すべきという声も上がるほどの制度上の欠点だ。しかし、「個人差のある操言の力を分類する」という役割を持つ操言ブローチが、操言士同士の力量把握に役に立つ場面は少なくない。そのため、操言士全員を正確に四種類に分類できないという問題点をはらみつつも、この制度は維持されてきた。
「操言ブローチの刻印は、後々変更を申請することも可能です。また、修了試験に合格した初段操言士を今後どのように育成したいのか、という指針も操言ブローチは示します。ブリアナは修行次第ではどんな操言士も目指せるでしょう。タイプⅠとして国内部に所属させるか、もしくはタイプⅢを与えて守護部とするか。そのどちらかが妥当です」
イレーヌは穏やかな物腰ながらも、きっぱりと言い切った。
イレーヌと同じ試験補佐官を務めた操言士政夫とアスナの二人は、正直イレーヌと同意見だった。しかし幹部操言士に強く意見できる気概がなかったので、せめてイレーヌを援護すべく、頷く動作をしてみせる。
「それではイレーヌ様、特別な操言士についてはどう考えますか」
レオンが難しい表情でイレーヌに問うた。
「特別な操言士の力の使い方は、ブリアナに比べてまだ甘い。というより、雑なところもある」
「確かに、おっしゃるとおりです。ですが戦闘実践は文句なしに最優秀です。試験補佐官が怪魔を模している点を見抜き、対応する順番も正しかった。何より、攻撃のために使った操言の力と言葉の数々。多彩で、的確で、美しくすらありました。先の祈聖石巡礼の旅を通して身に付けた対怪魔戦の実践力は、初段操言士のレベルを軽く超えています」
イレーヌは守護部の操言士だ。怪魔との戦闘経験を相当数積んでいる。そのイレーヌがここまで褒めるのは、それだけ紀更の結果がよかったからだ。
さらにイレーヌは続けた。
「あの戦闘実践で、皆様方もお気付きになられたはずです。彼女の操言の力は異常と言って差支えがないほど大きいことに。過去にも相当量の力を持って生まれた操言士たちがおり、彼女の師となっている王黎がその典型例ですが、彼女のそれは過去最大と言っても過言ではありません。タイプⅣの条件に当てはまると思います」
「まあ、確かに……あれにはここにいる全員が驚いた。それは認める」
紀更が戦闘実践の課題をクリアした瞬間、試験官たち全員はみな言葉を失った。紀更があんなにも見事な模擬戦闘をやってみせるとは思っていなかったのもあるが、彼女が持つ底なしの操言の力の波動に圧倒されたのだ。
「しかしあの戦闘実践を重要視するのなら、特別な操言士こそタイプⅢが妥当でしょう。戦闘力が高いことははっきりとわかったのだから」
「そうですね。力が大きいというだけでタイプⅣは大げさかと。Ⅲでよろしいのでは」
レオンとエミリコは、なおも反論する。紀更にタイプⅣを与えたくない、という強い意思があることは明白だ。そして反対に、四大華族モワナール家の令嬢であるブリアナにタイプⅣを与えて特別扱いしたいことも。
イレーヌはそんな二人の方をしばし見つめていたが、何かを悟ったようでそれ以上は何も言わなかった。
「マチルダ」
議長席に座るコリンがマチルダの名を呼ぶ。マチルダはコリンの方へ身体を向けた。
「それぞれの意見はわかりました。それを踏まえて、まず受験番号四番のブリアナですが」
コリンが、合格者に与えるブローチと所属について判断と理由を述べ始める。
修了試験に限ったことではないが、幹部操言士や一介の操言士があれこれ意見を述べたところで、それらを束ねて決断を下すのはいつもコリンだ。コリンの判断には逆らえず、また、コリンの判断で万事良しとする。それが操言士団幹部会の常だ。
こうして修了試験の結果がまとめられた。
◆◇◆◇◆
翌朝――。
操言院の第二教室棟。その中にある第十七教室に、弐の鐘の音が届く。教室内の空気はピンと張り、咳払いひとつ許されないような雰囲気だ。
着席しているのは修了試験の受験者たち六名。壁際に立っているのは昨日と同じ、三名の試験監督だ。
「そろっているざますね」
教室のドアが開かれ、試験官を務めた操言士マチルダが、ヒールの足音を立てながら入ってきて教壇に立った。赤いアイシャドウに赤い爪、金髪の前髪を斜めに編み込んだいで立ちは昨日と変わらない。
それから、マチルダに続くように三名の試験補佐官も入ってきた。マチルダ以外の四名の試験官は、今日は来ないようだ。
「全員、昨日はお疲れ様。早速だけど合否を発表するざます。今回の修了試験は合格五名、不合格一名よ」
マチルダは口早に、人数の結果だけ先に述べた。
(唯一の不合格者にならなければ、合格……)
紀更をはじめ、受験生たちは息を呑んだ。
そんな受験生たちの心の準備など待つつもりはないようで、マチルダはもったいぶる間を含むことなく口を開いた。
「受験番号四番、ジロン」
「っ、は……ぅあっ、はい!」
昨日と同じように、緊張のあまり裏返った声で返事をするジロンは、ガタガタと椅子を引く音を立てて腰を上げた。そして両手の指をまっすぐに伸ばして身体の横にそろえると、硬い表情で直立する。
「残念ですけれど、あなたは不合格ざます。引き続き、操言院で学び続けなさい」
ジロンをちらりと見て、マチルダは端的に言った。
ジロンは――いや、おそらくほかの受験生も全員、この結果を薄々予想していた。彼の緊張ぶりは彼を初めて見た紀更にも伝わるほどわかりやすかったし、その緊張ゆえに、使うべき言葉や操言の力のコントロールが適切でなかったことは誰の目にも明らかだった。
「ジロンは試験監督と共に、操言院の授業にお行きなさい」
「は、ぃ……ぁっ……はい」
「ジロン、行こうか」
待機していた試験監督の男性がジロンの背をたたき、第十七教室を出ていく。ジロンは俯いてずっと下を向いていたが、泣きはしなかった。