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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第07話 高飛車な操言士と修了試験
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6.修了試験(下)

 紀更は立ち上がって移動すると、五人の試験官の前に立った。

 これまでの受験生には、共通して出される課題と個別に出される課題の二種類があった。自分に対しても同じだろうとは思いつつも、とにかく出されたものに適切に反応することを心掛ける。


「ここに並べる物を、どんな風でも構わないので操言の力で動かしなさい。ただし、破壊してはいけないざます」


 試験官マチルダが課題を言い渡すと、試験監督の一人が紀更の目の前の地面に五つの物を置いた。


(リンゴ、平皿、箒、木箱、ベッドカバーサイズの布)


 なぜその五つなのか。簡単だ。それは街中や家の中など、生活場面でごく当たり前に存在する物だ。ということは、奇をてらった動かし方をするよりも、日常生活の中での普通の動きをさせた方がいいかもしれない。

 課題の意図を読み取りつつ、紀更は言葉を紡いだ。


【白き波紋を浮かべし平皿よ、宙へ浮かび進み、我が右手のひらの上に乗れ】

――操言の力は、言葉を操ることで森羅万象に干渉する力だ。その力を最大限に引き出すためには、干渉する森羅万象、つまりこの世界のありとあらゆるものを強くイメージすることと、そのイメージを表すのに適切で磨かれた言葉の両方が必要なんだ。


 イメージは目を閉じた方が浮かべやすいので、紀更は目を閉じる。そして目の前の皿をなるべく精確に、脳裏に描く。次に、描いたそのイメージを表す言葉を声に出して、操言の力を使う。すると白い平皿は宙をただよい、紀更が構えた右手の上に乗った。


【小枝の付いた赤いリンゴ、地を跳ね、我が手の白き波紋の皿に乗れ】

――初めて見る物を操言の力で操作する場合、まずはその物を構成する色、形、質感、それらを的確に言葉にするんだ。目で見たものを言葉で再現するのだと意識したまえ。まず対象物をそうやって特定してから、その対象物がどう動くかを想像する。動き始め、動き方、そして動き終わり。なるべく丁寧に。


 王黎との修行の時間が、アンヘルの授業の内容が、紀更の頭の片隅で紀更を導く。

 紀更は目を開けると、リンゴも乗って重さを増した平皿を地面に置いた。

 それから、今度は木箱に集中する。地面から浮かせてもいいだろうが、それでは平皿やリンゴの動かし方とたいして変わらない。同じことしかできないと思われてしまうかもしれない。


【木片の六面木箱、手前に回転し、手前側面は地とふれ合わん】


 ならば、地面にふれている面を変えるように動かせばいい。

 紀更は、木箱が自分に向かって回転する様をしっかりとイメージする。自分に向いている側面が地面とふれ合うその瞬間まで丁寧に。すると、木箱は静かに前転した。


【木製の箒よ、白き布の上に(まろ)びて横たわり、沈黙せよ。白き布の四隅を中央に抱き、包まれよ】


 箒と布は、連続で動かすことにする。日常生活の中なら、複数の物を続けて動かすこともあるからだ。

 まずは木箱が動いて空いたスペースを、箒が転がり移動する。移動した先は広げられた布の上。そして、布の四隅が箒の中央に向かって持ち上がり、箒を包む。

 こうして五つの物は、紀更の言葉とイメージ通りに無事に動いた。


「ふぅ」


 紀更は息を吐いて、それぞれを観察した。思い描いたとおりに動いたことを確認し、安堵する。


「よろしい。では次ざます」


 試験の課題は続く。

 次は水、布、木片。それぞれをどんな形でもいいので変化させる課題だった。

 紀更は水瓶に入っている水を赤く変色させ、火種もなく操言の力だけで布を燃やして灰にし、正方形の木片は四隅を操言の力で切断し、正方形からひし形へと形を変えさせた。


「では次、この人形に何かしらの効果を与え、その効果を実証してみせよ」


 先ほどの木箱の位置が戻され、その上に桃色のドレスを着た女の子の人形が置かれる。


(物に効果を与える……やりようによってはなんでもできるけど、この人形だからできることの方が効果は持続するし、やりやすい。でも人形にできることって?)


 物に効果を与える課題自体はほかの受験生たちにも出されていたが、対象物が全員違った。木桶だった受験生、マントだった受験生、大きな車輪だった受験生と、様々だ。


(人形は人の傍にあるもの。特に子供……)


 人形を持つ子供。その子が笑顔になるような効果は……。


【桃色のドレスをまといし人形、その名はミーナ。ミーナは自らの名前を語る声に反応し、右手を上げて返事をする。ミーナ、ミーナ、その名を呼ぶ声に反応し、右手を上げる。ミーナ、ミーナ】

――操言の力の効果を高める方法のひとつに、「重ね」がある。

――同じ言葉を重ねるということですね。

――そうだ。ただ、やみくもに繰り返せばいいのではない。同じ言葉でも、イメージを微妙に変えながら発すると、より効果は高まる。なぜだかわかるか。

――イメージが違うということは、異なる状況であるということです。状況が多少違っても同じ効果を発揮できる、ということでしょうか。

――そのとおりだ。


 紀更が人形の名前を呼ぶ。一人目の試験官が名前を呼ぶ。二人目の試験官が、試験補佐官が、あるいは受験生が。

 ミーナ、ミーナ。

 誰がその名前を呼んでも人形は右手を上げる。それが人形の返事である。

 様々な人に名前を呼ばれる状況をイメージして、紀更は「ミーナ」と与えた名前を繰り返した。


「もう、よろしくって?」

「はい」


 言葉を紡ぎ終わり、紀更は試験官マチルダに頷いた。

 紀更の背後に控えていた試験補佐官が、人形に前に立って名前を呼ぶ。


「ミーナ」


 自分に与えられた名前に反応した人形の右手がゆっくりと上がり、そして元に戻る。


「どれ」


 試験官である幹部操言士の一人ジャックが、同じように人形の前に立ち名前を呼ぶ。人形はまったく同じに、紀更の想像したとおりに右手を上げ、そして元の位置に下ろした。


「重ねか。巧く効いている」

「あ、ありがとうございます」


 試験中だというのに思いもかけず褒め言葉をもらい、紀更は条件反射で礼を述べた。


「では次の課題ざます。紀更、五歩ほどお下がりなさい」


 マチルダの指示に従い、紀更は下がった。

 すると、紀更を中心に囲むようして、三人の試験補佐官が正三角形を作るようにフォーメーションを組んだ。一方、試験監督たちは三人の試験補佐官の隣に色違いのスカーフを巻いた案山子を設置していく。


「今から試験補佐官があなたを攻撃するざます。もちろん、あなた自身に攻撃は当たらないようにしますが、あなたのすぐ足元の地面がえぐれるくらいの衝撃はくると思いなさい。あなたはその場から動いてはいけません。攻撃を防御しつつ、試験補佐官の隣に置かれた三つの案山子を地面に倒しなさい。案山子が倒された時点で、試験補佐官は攻撃の手を止めます。では、始め!」

(きた!)


 マチルダは明言しなかったが、これは怪魔との戦闘を想定した課題だ。


――簡単だよ。修了試験の技術分野で、戦闘に関する実践力を最大限に見せつければいい。


 王黎のアドバイスを思い出す。もしも守護部に所属したいなら、この戦闘実践課題で試験官の注目を引くことだ。

 紀更は落ち着いて、まずは三人の出方をうかがうことにした。


【暗き蔓、長く伸びしなやかに地を這い回れ】

【神の怒り背負いし光、天から注ぎ地を穿て】

【疾風、宙を駆け抜け、気高く哭け】


 三本の蔓が試験補佐官の足元に現れ、紀更へと向かって蛇のように這い寄る。晴れているはずの空からは雷の音が鳴り響き、小さめの雷光が地面に落ちてきた。それらの蔓と雷の動きを見定めようとする紀更の視界を奪うように風が吹き荒れ、紀更は目を閉じざるを得ない。


(これは……クフヴェ、キヴィネの模倣……風はきっとカルーテね)


 三人の試験補佐官は、それぞれが怪魔の特徴を再現しているのだろう。

 蔓や雷光がこちらに当たることはない。あくまでも受験生に恐怖を与えるだけの演出にすぎない。しかし、そうだと認識していても、鋭く動く蔓や雷の音、せせこましく吹き荒れる風に気取られそうになる。しかも、ここから動けない、つまり逃げられないという焦りは、本物の対怪魔戦を紀更に思い出させた。


(それなら、まずはカルーテから!)


 吹き荒れる風の中、紀更はうっすらと目を開けて風を操る試験補佐官の位置を確認する。その隣に立っている案山子は、赤いスカーフを巻いていた。


【地鳴り轟かせ、大地の衝撃。揺らす先には赤き案山子、その脚揺さぶり、地にひれ伏せ】


 地上には蔓と雷と風が飛び交っている。地上から案山子を攻撃しても、きっとそれらの妨害が入るだろう。それなら、邪魔されないように地下から攻撃すればいい。

 紀更は、案山子の足元の地面が大きく揺れ動く様子をイメージした。地震のようなその衝撃が、直立している赤いスカーフの案山子の、地面に置かれている支柱台を激しく揺らすように。


(地震?)


 赤いスカーフの案山子の隣にいた試験補佐官は、自分の身体を揺らす地鳴りを地震のように感じた。そして、揺さぶられた隣の案山子が地に倒れると、再び操言の力を使って紀更の周囲に吹かせていた風を止める。


(次は蔓!)


 植物をモチーフにした攻撃なら、燃やすのが最も手っ取り早い。しかし地を這う蔓の動きは早く、的確に狙うことは難しそうだ。それに、それらがこちらに向かって伸びてくると条件反射で身体がすくみ、操言の力を使うための集中が乱されてしまう。


(違う……私がいましなきゃいけないことは蔓をどうにかすることじゃなくて、案山子を倒すこと)

――それと、目的設定を誤らないこと。どこがゴールなのか、設定を誤らなければ混乱の迷路から抜け出せるわ。


 雛菊の言葉が頭の中でよみがえる。

 蔓は最悪、どうにかできなくてもいい。案山子を地に倒すという目的を達成するために、そして少しだけ欲張って自分の力量をアピールするためにできることは――。

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