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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第07話 高飛車な操言士と修了試験
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5.それぞれの試験前(中)

「いつもの交流パーティーだそうですが、今月の操言院の修了試験合格者も招いているそうですよ。ご存じでしたか」

「いま初めて知った。なんでまたヒヨコの操言士なんか招待してんだ、あいつら」


 平和民団の幹部であるペレス家は、同じく幹部として力を持っているガルシア家と結託して、つい少し前まで現王の悩みの種であった。今は怪魔の多発や操言士誘拐という問題が起きているのでそちらの政治抗争は少し落ち着いているようだが、どうせすぐにまた騒ぎ出すに違いない。簡単に無下にできる相手でもないので厄介だ、というのがレイモンドの正直な気持ちだった。ゆえに、「あいつら」というぞんざいな呼び方になる。


「受験生の中に〝特別な操言士〟がいるんです。おそらく、真に招きたいのは彼女です」

「特別な操言士……ああ、あの」


 レイモンドはあまり興味なさそうに呟く。

 しかしサンディは構わず兄に話しかけた。


「兄上、わたしは先日、ポーレンヌ城で特別な操言士こと紀更殿にお会いしました」

「へぇえ~? お前、ポーレンヌの慰問と見せかけてそれが狙いか?」

「慰問が本務です。それは間違いありません。ですが、ちょうどわたしが慰問するタイミングで特別な操言士がポーレンヌにいると聞いたものですから」

「ポーレンヌ城の城主に頼んで面会の時間と場所を融通してもらった、ってか? ほんとお前、さわやかな顔して王子特権をバリバリ使うよな。王子のお前から直々に頼まれたら、さすがに断れないもんな」

「王都ではそう簡単に会えないので好機だと思ったのです。兄上だってわたしと同じ立場なら、きっとそうされるでしょう?」

「さあな。俺は〝特別な操言士〟なんて興味ねぇよ」

「どうしてですか。過去に例を見ない、後天的に操言の力を授かった操言士なんですよ? 我らの父、ライアン王が《光の儀式》で判断を誤ったのではないか、なんて憶測で批難もされたんです。操言士団だけでなく、王族にとっても注視すべき重要な人物です」

「だから操言士団がきっちり囲ってるんだろ。それで十分じゃないか」

「そうです、操言士団が囲っている……だからわたしたちが紀更殿に会える機会は少ないんです。先日のポーレンヌしかり、今度のパーティーしかり。どうです、兄上。まだ出欠の返事をされていないのなら、紀更殿に会うためにパーティーに参加してみませんか」

「パーティーに呼ばれてるのは試験の合格者だろ。落ちるんじゃねぇの」

「紀更殿ならその心配はありません。真面目に学んでいる方ですから」

「真面目に学んだ奴が必ず合格するとは限らないだろ」

「大丈夫ですよ、必ず合格します。ですから兄上もペレス家のパーティーを利用して、紀更殿にお会いしてみませんか」


 レイモンドは閉口した。

 弟のサンディは、レイモンドよりもよっぽど王族らしく、王子らしい。国民を思い、政治に関心を持ち、マナーも人当たりも洗練されており、誰もがみな、次の王は第一王子ではなく第二王子が継ぐべきだ、と思っている。

 しかし、普段は冷静沈着で周囲の期待に真面目に応える優等生の弟も、兄のレイモンドの前ではこうして素が出る。好奇心旺盛で、お節介で、自分が良しとしたものをなぜか兄にも良しと思ってほしいらしく、強要してくるのだ。


「そうだな、お前がスキナオンナノコに告白できたら考えてやる」

「またっ……兄上はすぐそういうことを言う」


 レイモンドの冗談に、サンディは頬を赤らめた。

 歴代の国王は基本的に政略結婚である。そのため、一般市民がするような恋愛だとか、結婚の可能性のない恋人付き合いだとか、そういう形での異性関係に縁がない。

 サンディは自分が王族であることの意味を幼い頃から正しく理解し、自覚していたので、こうして異性の話を軽々しく振られるのが苦手なのだ。


「こう言えばお前が引き下がると思って言ってるんだよ」

「この機会を逃したら、次はいつ、紀更殿に会えるかわからないんですよ?」

「なんでそんなに、特別な操言士を俺に会わせたいんだ」

「紀更殿は話に伝え聞くような方ではありません。平和民団幹部の方が言うような、()()()()()だなんて」

「そもそも、そんなこと言ってるのがごく一部だろうよ。いちいちそんな根拠のない噂話を真に受けるなよ。平和民団の厄介な奴らに、いいように利用されるだけだぞ」

「真に受けてはいません。それに、どんな方なのか自分の目で確かめたかったからこそ、ポーレンヌで無理を言ってお会いしたんです。兄上にも同じように、特別な操言士が……紀更殿がどんな方なのか、ご自身の目で確かめてほしいんです」

「わかったわかった。じゃあ気が向いたら行ってやるよ」


 サンディが諦めることを諦めたレイモンドは、投げやりに言い放った。しかしサンディはなおも食い下がる。


「気が向いたらって、兄上! 一応招待されている身なんですから、行くか行かないかくらいはきちんとお返事をなさってください」

「あーもうっ、こまっけぇな。こっちは王子だぞ? ただの苗字持ちが主催するパーティーに王子が顔を出してやるんだ。突然行ったところで、感謝こそされ文句は言われねぇだろ」

「そういう問題ではありません。王子であると身分をかざされるなら、それ相応の態度と礼儀をですね」

「わぁーった、わぁった! んじゃ、出席で返事を出しておけばいいんだろ。で、気が向いたら行くわ」

「兄上!」


 レイモンドとサンディは、仲が悪いわけではない。オリジーア始まって以来の初の男兄弟の王子ともてはやされ祝福され、レイモンドは弟サンディの面倒をよく見たし、サンディも三つ年上のレイモンドをよく見習った。

 しかし、いつの頃からか兄のレイモンドは王族らしからぬ行動をとるようになり、城や王都を抜け出しては侍従たちを困らせた。王妃である母のシドニーと王である父ライアンが騎士団や操言士団に尻拭いを頼んだことも、一度や二度ではない。

 頭の回転が速く、書をよく読み、帝王学もつまずくことなく身に付けてきた第一王子が、どうしてこんな風になってしまったのか。サンディは兄の変貌ぶりに混乱しながらも、まだ戻れると信じている。


(兄上の代わりはいない……わたしは、兄上にはなれない)


 ポーレンヌ城で面会した「特別な操言士」。それは紀更という名のごく普通の女性だった。腹の中で何か企みを考えている風でも、特別だと言われてもてはやされている風でも、突如操言士になれと言われたことを拒絶している風でもない。真面目で純朴で、自分自身と向き合おうとしている、十代の普通の女性。


――目指す先にいる私も〝わたし〟で……それ以外にはなれない、というか……その……誰かの代わり、というのは……誰にもできなくて……。


 自由奔放で品性のない第一王子の代わりに、第二王子を次の国王に――そんな声が、当の第二王子であるサンディの耳にまで聞こえてくる。

 だがサンディは、兄レイモンドの本当の優秀さを知っている。今でこそ王族らしからぬと批判されているが、レイモンドは決して馬鹿でも阿呆でも、心の底から自由奔放で王族としての責任を放棄しているわけでもない。玉座を継いで国王になるのは、自分ではなくレイモンドだ。自分が兄の代わりに王になりたい、なれる、などとは思っていない。


(幼い頃憧れた、賢い兄上……。追いつきたい、目指したいとは思いつつも、どこかでそれは違うとも思っていた)


 言葉にはしないものの、ずっとそうくすぶっていた胸の内を、紀更の言葉はそっと洗い流してくれた。焼けついて腫れ上がり、どこか痛かった心がふわっと癒されたのだ。


(兄上を追いかけることも悪くはないが、わたしは〝わたし〟にしかなれない。本当に目指すべきは、兄の代わりではなく、国にとってより善い〝わたし〟だ)


 そう気付かせてくれた紀更という女性に、ぜひ兄も会ってほしい。あの素直で純粋な女性から、きっと兄も何か刺激を受けるだろう。そうすれば、昔のような立派な王位継承者に戻ってくれるかもしれない。

 サンディはそう考えていたのだが兄のレイモンドは真面目に取り合ってはくれず、パーティー当日に気が向いて姿を現してくれることを願うしかなかった。



     ◆◇◆◇◆



――紅雷はメヒュラなのか。種族は? ミズイヌ? 動物型の身体のサイズは? なるほど、そりゃ結構デカいな。それだと騎乗は難しいな。


 紅雷は頬をふくらませて不満そうに、貸し馬屋の馬を見つめている。その脳裏によぎるのは、フリーの傭兵ミケルからの助言だ。


――メヒュラの知り合いから教えてもらったんだが、動物型の身体のサイズが大きいメヒュラは馬に嫌われやすいんだとよ。馬には動物型の姿の方で認識されるらしくてな、デカい動物が背中に乗ってると思われて、それで嫌がられるんだと。小型ならそこまで嫌われないし、ヒューマとの相乗りなら馬もそこまで嫌がりはしない。気にしない性格の馬もいるらしいがごくわずかで、まあつまり、紅雷一人での騎乗は難しいかもしれんな。


「初めて聞きました、そんな話」


 敷地の柵に腕を乗せてそこにもたれる紅雷は、貸し馬屋の馬に恨みがましい目線を向けた。その紅雷に、ユルゲンは短く相槌を打つ。


「俺もだ」

「でも納得です。ただ乗っただけで、馬は嫌がってる感じでしたもん」

「馬に乗れなくても、お前は自分の脚で駆け回れるからいいじゃねぇか」

「よくないですぅー。紀更様と相乗りして、最美さんみたいにビシッと紀更様のお役に立つ野望が叶わないんですから!」


 数日前、偶然にも王都内で再び顔を合わせたフリー傭兵の楊とミケル。せっかくなので相席して夕食をとっていた折、ふと紅雷と馬の相性が悪いという話になり、先の助言を賜ったのだ。

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