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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第07話 高飛車な操言士と修了試験
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5.それぞれの試験前(上)

 二日間の自宅休養を終えて、紀更は再び操言院に戻った。あいにくと天気はまた雨だ。雛菊が自分は雨女だと申告していたが、確かに雛菊の講義がある日やその時間帯は雨のことが多い気がする。だが徐々に真夏に近付きつつある季節なので、雨が降って気温が下がればかんかん照りよりかは過ごしやすいので、紀更は雨が嫌いではなかった。


「さて、修了試験までは残り三日だ。試験の詳細が公開されたので、今日はまずそれを伝える」


 操言院の教室に集合した紀更、アンヘル、雛菊の三人。

 まずアンヘルが、黒板に試験の詳細を書き出していく。紀更はそこに書かれた文字を目で追い、内容を憶えようと努めた。


「今月の修了試験を受ける見習い操言士は、紀更くんを含めて六名。男女が半々ずつだ。年齢はばらばらだが、上は十八歳、下は十六歳なのでほぼ同世代だな」

「十八……」

「珍しくもないわよ。成人するまでに卒業するのが大半だけどね」


 年齢を聞いて少し驚いた紀更に、雛菊は横から声をかけた。


「当日は、弐の鐘が鳴り終わるまでにここ第二教室棟の第十七教室に集合だ。三名の試験監督がいるので、必ず名乗ること。試験監督は修了試験のあらゆる雑務をする係だ。合否判定には基本的に関与しないが、試験監督に従わない態度は合否に関わる。持ち物は一切なし。むしろ持ち込めないと心得よ」

「カンニング防止のためよ。たまにいるのよね、特に口頭試問が不安な子とか」

「用語を書いたメモを持ち込み、試験官に見えないように操言の力を付与して隠し持つ愚か者も過去にはいたが、試験監督や試験官が見過ごすことはない」


 アンヘルは断言した。

 紀更は当然、カンニングをするつもりもそのほかのズルをするつもりもないので、何も持ち込まないようにすることと名乗ることだけを記憶に刻む。


「午前中は知識の口頭試問だ。試験会場は第一教室棟の第三教室で行われる。順番に呼ばれるので、試験監督と共に、第三教室へ移動すること」

「移動ですか?」


 第二教室棟の教室に集合するのに、わざわざ第一教室棟へ移動する理由がわからず、紀更は疑問符を浮かべた。するとアンヘルは解説してくれた。


「ほかの受験生に試験内容が漏れ出ないようにするためだ。第三教室には試験監督が操言の力で暗幕のカーテンを下ろし、声が外に漏れないようにする。第十七教室に残った試験監督も、同様に第十七教室に暗幕を下ろし、外の声が一切聞こえないようにする。いかなる不正もさせないために、念には念を入れるのだ」

「なるほど、理解しました」

「口頭試問が終われば、再び試験監督と共に第十七教室へ戻る。これを六名分繰り返して午前は終了だ。昼休憩を挟んで、午後の鐘が鳴るまでに今度は屋外運動場に集合だ」


 屋外運動場は、操言の力を使う授業以外に使われる場所だ。早くから操言院に入った子供たちの体力向上や身体の発達促進のために、操言の力を一切使わない運動の授業が行われることがあるのだ。

 紀更はもう成人の身で運動の授業はなかったので、運動場に行ったことはなかった。


「場所はわかるな?」

「はい。寮棟から一番近いところですよね」

「そうだ。そして午後は技術の分野だ。その場で試験官から課題が出されるので、基本的には課題のクリアを目標にすること。ただし、内容によっては絶対にクリアできないものもある。そのことに気付いたら慌てずに、今の自分にできる最大限の成果を出すように努めるんだな」

「クリアできない課題を出すことがあるんですか?」


 またしても紀更は不思議に思って尋ねた。


「君は、いついかなる状況でも操言士が完璧に力を発揮できると思うかね?」

「いいえ」

「操言の力をもってしてもできないことは多々ある。しかし、少しでも望む結果に近付けるように努力はすべきだ。そうした努力や創意工夫が、試験までに習得した技術でどれくらいできるのかを見られている、と思いたまえ」

「努力と創意工夫……はい、わかりました」


 アンヘルは今日も鼻を鳴らし、終始尊大な態度だ。しかし慣れたのか、それとも今はこうして試験当日の詳細を教えてもらえることが助かるからなのか、紀更はまったく気にならない。強く一方的に言われても、素直に頷いて受け止めることができた。


「技術分野の課題はほかの受験生も見ている前で行われる。そのため、受験生によって違う課題が出されることもあるし、全員同じ課題が出されることもある。どんな課題が出されるのか、こればかりは当日にならないとわからない。だが、過去に行われた修了試験で出された課題の一部は公開されている。今日から試験までの残り時間は、基礎訓練ののち、過去の課題に実際に取り組んでもらう」

「それから、一日の終わりには私が模擬口頭試問を行うわ。内容は事前にアンヘルさんが用意してくれたものだから、本番の内容から的外れにはならないはずよ。安心してちょうだい」

「はい、ありがとうございます」


 試験当日のことを想像して、紀更は武者震いした。


「技術分野の課題を終えたら、そのまま休憩なしに能力を測る課題が与えられる。これはたまに例外もあるが、ほぼ毎年、全員同時に取り組むこととされる」

「同時に?」

「能力を測るから相対値があると便利なのよ。つまり、受験生同士の違いを見るの」

「受験生の能力値に著しい差はないはずだから、その差が重要視されることはほとんどないがな。だがまれに、ほかの操言士と同時に力を使うことで、一人の時とは違う反応を起こす者もいる」

「違う反応……それはどういうものですか」


 紀更はアンヘルを見上げて尋ねた。


「一人の時より操言の力が大きくなったり小さくなったり、一人の時はできたことが他者と同時に施行するとできなくなったり、いろいろだ」

「自分以外の操言士が近くにいて、しかも同時に力を使う場面で、自分の紡ぐ言葉に集中できるかどうか、というのも見られているわ。口頭試問もそうだけど、もしも試験中に混乱したらまずは落ち着いて、素早く基本を思い出すことね。それと、目的設定を誤らないこと。どこがゴールなのか、設定を誤らなければ混乱の迷路から抜け出せるわ」

「以上だが、質問はあるか」


 試験の要点を黒板に書き終えたアンヘルが、教壇越しに紀更に問いかける。紀更は頭の中で試験当日の動きをシミュレートし、手を上げた。


「技術分野の課題ですが、もしも同じ課題だった場合、ほかの受験生を真似するのはいいのでしょうか」

「ああ、問題ない。能力課題もそうだが、同じ会場にいる以上、影響を与え合うことは試験官も考慮している。ただし、ほかの受験生を助けることはよくないから気を付けたまえ」

「助ける?」

「具体的にどうすべきか助言を与えたり、本人の代わりに課題をクリアしたりすることだ」

「なるほど」

「アンヘルさん、能力課題後の予定がまだです」


 納得する紀更の横から、雛菊が指摘した。


「ああ、そうだったな。能力課題の終了をもって修了試験の行程はすべて終了。その場で解散となるので寮に戻って休んでいい。そして次の日、やはり弐の鐘が鳴る前に第十七教室に集合すること。そこで合否が言い渡される」

「受験生全員の前で、ですか」

「そうだ。その後の予定は合否発表のあとで伝えられる。合否次第で異なるからな」

(合否次第……)


 誰かが受かると誰かが落ちる。そういう試験でないことはわかるが、全員の前で合否が言い渡されるというのは考えただけでも緊張する。


(本当に、修了試験をむかえるのね)


 だが、どんな課題を与えられるのだろうかと考えるとわくわくもしてくる。

 これまでの経験と訓練、王黎との修行や操言院復帰後のマンツーマン授業を無駄にしないように、精一杯頑張ろう。待ってくれている紅雷、それに両親とユルゲンに、胸を張って合格したと言えるように。

 紀更は試験までの残り時間も集中して学びに励んだ。



     ◆◇◆◇◆



「兄上、入りますよ」


 王都ベラックスディーオの第二城壁に囲まれた敷地に、厳かに建つ王城。石材を中心にレンガや木材など、あらゆる建築資材を組み合わせて高く、広く、大きく作られた王城は、オリジーアとオリジーア王家を象徴する建造物だ。外壁の多くには白い漆喰が塗られ、晴れた日には陽光をよく反射する。城そのものが光を放ち、光の神様カオディリヒスであると名乗っているかのようだ。

 その広い王城の中、第一王子のレイモンド・フォス・オリジーアの私室に第二王子のサンディ・ヴィッツ・オリジーアが訪れたのは、修了試験二日前のことだった。


「ああ、またこんなに汚して。おとなしく清掃の女中を入れたらどうですか、兄上」


 レイモンドの部屋の床の上には、つけペンや手紙、未使用なのか使用済みなのかわからない手拭、質のいい靴やベルト、開いたままの本やへんに折れ曲がった地図などが乱雑に転がっている。最後に見た時はもう少し落ちている物が少なかったはずだが、しばらく見ない間にレイモンドはまた散らかしたようだ。

 片付いていることの方が珍しいと知っていても、とても王子の部屋とは思えない惨状にサンディはため息をつく。しかし、汚部屋(おへや)の主はどこ吹く風だった。


「汚れが気になったらな」

「汚れていなくても、散らかっていますよ。自分で片付けないなら、人に片付けてもらってくださいよ」


 弟のサンディはまるで母親のように兄を注意する。ソファに腰掛けてのんびりとワインを堪能しているレイモンドは弟の小言など受け入れる気がないようで、返事はしなかった。そんな兄に困りつつ、サンディはレイモンドと向かい合うようにソファに腰掛けた。

 紫紺の髪に赤い瞳という王族の特徴を有する二人は、よく似た顔立ちをしている。だが弟のサンディがさっぱりと短く清潔感のある髪を維持しているのに対して、兄のレイモンドは前髪も襟足も雑に伸ばしており、乱雑な言葉遣いもあいまって同じ王族のようには見えない。


「兄上もペレス家のパーティーに行かれるのですか」

「ペレス家? ああ、なんか招待状があったな。その辺に転がってるだろ」


 レイモンドは床を指差したが、サンディは散らかった床をもう一度視界に入れることはせず、レイモンドから視線をそらさなかった。

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