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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第07話 高飛車な操言士と修了試験
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3.呉服屋つむぎ(上)

「うぅ~……紀更様以外の操言士の力ってこうなるんですね~。ちょぉ~違和感~」

「ぶつくさ言わずにさっさと歩け。風呂屋までもう少しだ」

「あぁ~……汗をかいて砂にもまみれて気持ち悪い~」


 紀更が操言院を出て自宅に向かって歩いている頃、第一城壁西門から王都へ帰還したユルゲンと紅雷は、サバートド地区を歩いていた。王都の外に怪魔が出現しており、退治依頼が出ていたので請け負ったのだ。ただし、操言院にいる紀更とは会えなかったので、操言士団に頼んで紀更ではない操言士の加護を付与してもらってから王都の外に出た。

 すると、自分の操言士ではない別の操言士の力がどうも身体に馴染まなかったのか、怪魔との戦闘が始まる前から、そして終わってからも紅雷はぐずぐずと文句を垂れていた。


「しかも退治数でまた負けた~」

「物心ついた時から傭兵をやってる俺に、普通の村娘のお前が勝てるわけないだろ」

「悔しぃ! それにもう村娘じゃなくて、あたしは紀更様の言従士だもん!」

「へいへい」


 低い声でぶつくさ言っているのもなかなか耳障りだが、甲高い声でキィキィと叫ばれるのはもっと耳にこたえる。それでもユルゲンは紅雷を見放しはしない。戦闘中に彼女が窮地に陥らないように、目を配りフォローもしつつ、一人で戦えそうなときは信じて任せてきた。


「戦闘力は確実に上がってきてる。悔しさを励みにとにかく経験を重ねるんだな。そうすれば十年後ぐらいには、俺より多くの怪魔を斃せるようになるんじゃないか」


 王都に来てからほぼ毎日、汗水垂らして仕事をこなしていた成果なのか、紅雷の体力は増え、攻撃と防御の技術はお世辞なしに向上してきている。メヒュラなので、ヒューマの女性に比べると身体能力のポテンシャルが高いことも起因しているかもしれない。


「ふんっ、だ! 紀更様から加護をもらえれば、明日にだってあなたより強くなれるんだから!」

「そうかよ。それはよかったな」


 紀更のいない日々が続いていたが、ユルゲンと紅雷は互いを相棒として、こうして憎まれ口をたたきながらもそれなりにうまく過ごせていた。


「おい……なあ、おいっ」


 その時ふと、野太い声がユルゲンを呼び止めた。


「お前、ユルゲンじゃないか」

「あ? おう……お前らは」

(ヤン)とミケルだ。音の街ラフーア以来だな」


 左右に店が立ち並ぶ石畳の道に立っている、赤毛と金髪の傭兵二人組。それはウージャハラ草原の怪魔退治依頼の折、ユルゲンがパーティを組んだフリーの傭兵、楊とミケルだった。ラフーア中央音楽堂の前に出現した怪魔とも、王黎やエリックたちと協力して戦った記憶はいまだ新しい。


「今度は王都に稼ぎに来てるのか」


 拳と拳を軽くふれ合わせる傭兵流の挨拶を交わし、ユルゲンは気楽に話しかけた。

「ああ、ゼルヴァイス城の城主から、馬と荷物を王都に届ける依頼を受けてな」

「馬と荷物?」

「王都からゼルヴァイスに来た一行が、どういうわけか馬と荷物を置いていったらしい。それを王都に届けてくれってな。いつもより馬が多くて手間のかかる旅路だったが、なかなかいい報酬を得られたよ」

「そりゃよかったな」

「王都にとどまるつもりはなかったんだが、思いのほか仕事が多くて稼げそうだから長居をしているんだ。そういうお前は? あの操言士や騎士たちと一緒じゃないのか」


 赤髪の楊に問われて、ユルゲンは短く答えた。


「ラフーアで組んでいたパーティは解散した。俺はお前らと同じで、ここで稼いでる」

「そうか。ラフーアの時もそうだったが、王都周辺も少し怪魔が多いみたいだな。南ほどじゃないみたいだが」

「南?」


 楊の言葉に、ユルゲンはわずかに首をかしげた。


「ヨルラの里とか、国の南側では異様なほど怪魔が湧き出てるんだとよ」

「オレたち傭兵としては稼げていいが、操言士さんたちはたいへんらしいな。ポーレンヌじゃ怪魔が街を襲った挙句、操言士が誘拐だか事件だかで行方不明になったそうだ。操言士と組むなら操言士の身の安全に気を付けろよ。操言士なしじゃ、怪魔に完全には太刀打ちできんからな」

「ああ、肝に銘じておく。じゃあな」


 楊とミケルにそう告げて、ユルゲンはまた歩き出した。ユルゲンの隣でずっと黙っていた紅雷も、一歩うしろをちまちまと歩く。


「お前は紀更以外の人間とはほんと喋らねぇのな」

「人見知りなんですよー。ほっといてくださーい」


 紅雷は唇を尖らした。

 実際は人見知りなどほとんどしないのだが、どうも紀更と出会って以降、紀更以外の人間と話す意義を薄く感じてしまい、つい口を閉ざしてしまう。それほど会話が必要な場面があるわけでもなく特に困ってはいないので、ユルゲンの小言は右耳から左耳に聞き流しておいた。


「風呂屋から出たら、つむぎに行ってみるか」

「紀更様のご実家? なんでです?」

「お前は日付を気にしてないだろうが、今日は紀更が自宅に戻ってくる日だよ」

「えっ、うそ! 紀更様に会える!?」

「いつまでもぐちぐちと文句を垂らされたんじゃ、俺の気が滅入る。紀更に会ってすっきりしろ」

「賛成、賛成ですよ! 傭兵さん、気が利くじゃないですか!」


 自宅を訪ねたところでうまく紀更と会えるかどうかはわからないが、文句を言いながらもひとつひとつの仕事を手抜きすることなく取り組む紅雷には褒美になるかもしれない。ユルゲンは妙な親心で、風呂屋を目指して歩みを速めた紅雷の背中を見つめた。


(褒美になるのは自分も……だな)


 ユルゲンの胸の奥にある情けない下心。おそらく紅雷は、それに気付いている。けれども、気付いていながらもあえて触れずにいてくれている。つついて暴き出そうとはしない紅雷のその気遣いは、情けなさに情けなさが重なるのを承知で今のユルゲンにはありがたい。


「ほら、さっさとお風呂屋さんに行きますよ!」


 意外と敏い相棒に急かされて。ユルゲンも歩調を速めた。




「ん~……いるいる! 紀更様がいますよ!」

「落ち着け、騒ぐな」


 サバートド地区にある風呂屋を利用して全身の汗と泥汚れを落としたユルゲンと紅雷は、ミニノート川に架かる橋を渡って南下し、マルーデッカ地区の呉服屋「つむぎ」に向かった。しきりに匂いを嗅ぐ紅雷によれば、紀更は在宅のようだ。


「いらっしゃいませ」


 紅雷が呉服屋「つむぎ」の正面ドアを開けると、中にいた女性が紅雷を客だと思って笑顔で出迎えた。


「どうぞご覧になって、ご入用でしたらお声かけくださいね」


 ほかの客の接客中なのか、女性はそれだけを伝えると先客と話し始めた。

 店内は店の外で想像したよりも広かった。中央には長方形の大きな一本脚のテーブルがあり、その上にはボタンやレース、羽根飾りなどの小物素材が丁寧に並べられている。店の壁側には丁寧に折りたたまれた絹、麻、木綿など種類豊富な布が一定の間隔を開けて並べられている。店の奥には服のデザイン見本帳もあるようで、どうやら素材を売るだけでなく仕立ても受けているようだった。


「きれい」


 紅雷は中央のテーブルの上に並べられた小物たちに目を奪われた。

 紅雷の故郷であるアルソーの村は良くも悪くも質素で、このように華美な装飾品はあまりお目にかからない。農業や林業に従事するための簡素な服装が村人たちの主だったので、きらきらと淡い桃色の光を放つボタンひとつとっても、紅雷の目には新鮮に見えた。


「なんか買うのもいいんじゃねぇか。金は貯まってきただろ」

「いえ! 汚したり、なくしてしまったりしたら怖いので!」


 ボタンやリボン、羽根飾りのひとつくらい、汚れたりなくしたりしてもそう困らないだろうに。ユルゲンはそう思ったが、やけに目を輝かせて店内を見ている紅雷にそれを言うのは悪い気がして口を閉ざした。


「あれ……紅雷とユルゲンさん?」


 その時、店の奥の階段から紀更が下りてきた。店内にいる紅雷とユルゲンの姿を見て、驚きつつも嬉しそうにほほ笑む。


「紀更様っ!」


 紀更の姿を見つけた紅雷は喜んで駆け寄り、紀更の手を取ってぶんぶんと上下に振った。


「お元気ですか! ああ~お久しぶりです! 会いたかったです~!」

「大げさよ、紅雷」


 紀更は苦笑すると、なだめて落ち着かせるように紅雷の上腕をやさしくなでた。そこへ、接客の終わった女性が近付いてきょとんとした表情を浮かべた。


「紀更、お知り合いの方?」

「うん、えっと」

「初めまして、紅雷と申します。アルソーの村出身で、紀更様のお師匠さんと一緒に旅をしていた者です」

「あらあら、そうなの? 私、紀更の母の沙織です」


 明るく礼儀正しいが、自分の娘を様付けする紅雷を沙織は少し訝しんだ。


「あの、そちらの方も?」


 さらにその怪訝そうな目線は、紅雷のうしろに立つ大柄な黒髪の男、ユルゲンにも向けられる。


「同じく、共に旅をしていたユルゲンです」


 落ち着いた声色で名乗ったユルゲンは、沙織の目が語る不審さを不快に思うこともなく、丁寧に頭を下げた。しかし沙織の中では紀更と紅雷とユルゲンがそろって旅をする姿が想像できないようで、怪訝な面持ちを崩さなかった。


「母さん、王都の外を旅するのに、紅雷にもユルゲンさんにもとても助けてもらったのよ。帰ってきてから少し話したでしょ」

「そう、そうね……。でもどうして一緒に? 旅は王黎さんと、騎士の方々と一緒じゃなかったの?」

「ああ、もう、それはまた今度話すから。紅雷、ユルゲンさん、お茶を出しますからどうぞ二階に上がってください」


 自宅での団欒の時間に、紀更は両親に旅の話をしていた。ただし、始海の塔や怪魔との戦闘など、両親を心配させるような話題以外のことで、どこへ行って何を見ただとか誰に会っただとか、都市部にある祈聖石をひとつずつ巡っただとか、そういう話をだ。もちろん、紅雷やユルゲンについてもどんな人物でどんな会話をしながら親交を深めたのか、伝えたつもりだった。

 だが父はともかく母も紀更同様に王都からほとんど出たことのない人なので、今ひとつ王都の外の様子にピンとこないようだった。言従士というものも説明してはみたが、思うほど理解は得られなかった。かろうじて、「二人の騎士が護衛のために一緒にいてくれた」という点だけは、娘の安全が確保されていることがわかって安心したのかすんなりと呑み込めたようだったが。

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