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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び
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9.会議(下)

 二人の団長、ジャンピエールとドナルドは沈黙した。二人は当初、対怪魔のことだけを考えていたので操言士団がとにかく対応してくれればと思っていた。しかし敵は怪魔だけでなく人間――しかも他国の人間ですでにオリジーア国内に出入りしている。そうなると、都市部内を行き来する人々の中にピラーオルドがまぎれ込んでいないか目を凝らさなければならない。罪人のようにわかりやすく罪を犯してくれるならば騎士団の出番だし、怪しげな人物と共に都市部間を移動しているのなら都市部をまとめている平和民団が目を光らせなければならない。どちらにしろ、怪魔でない人間が相手では騎士団も平和民団も他人事にはできない。自分事である。


「怪魔多発、操言士誘拐、これらはオリジーア全体の問題である。操言士団はもとより、騎士団はピラーオルドと思われる人間がいないか警備を強化せよ。これまでの騒動を見るに、敵が動くとすれば夕方から夜にかけてだ。夜間の都市部内の見回りを交代制で必ず実施すること」

「了解」

「平和民団は陽が沈む前に都市部に帰宅するよう、国民に徹底せよ。急でないかぎり夜間は都市部の外を移動しないこと。昼間であっても国道や街道を移動する際は、操言士団や騎士団に極力護衛を依頼せよ。また騎士団同様に、ピラーオルドと思われる人間、あるいはピラーオルドに加担する怪しい者がいないか目を配るように」

「承知いたしました」


 王の指示を受けて、ジャンピエールとドナルドは頷いた。そしてライアンは最後にコリンに言った。


「ピラーオルドが怪魔を操る以上、ピラーオルドに抵抗するための剣も盾も操言士団である。ピラーオルドに接触する可能性が最も高い操言士団には、敵が怪魔を操っている方法と攫われた操言士の居場所……何よりピラーオルドについて調査を任せたい」

「御意」


 コリンは短く頷く。

 操言士だけに犠牲を強いさせず、騎士団と平和民団も道連れにするというコリンの目論見はひとまず達成された。




 王城の会議室から操言士団本部の本館に戻り、団長執務室の椅子に腰を落ち着けたコリンは一息ついた。


「予定通りでしたね」


 コリンの右腕である幹部操言士ジャックが感情を込めずにコリンに話しかける。ジャックは先ほど終わった王城での会議に陪席者として同席していた。


「事前に話しておいた甲斐がありました」


 コリンは胸をなでおろし、ひとまず安堵する。

 ポーレンヌ城下町の怪魔襲撃騒ぎのあと、操言士団幹部会は王都に帰還した王黎の事情聴取を行った。そしてすぐさま王に謁見し、コリンとジャックの二人で聴取内容を報告していた。それはなぜか。理由はふたつある。

 ひとつは怪魔襲撃と操言士誘拐という人々の生活を脅かす緊急事態が発生した直後だったため、速やかに状況を伝えるべきだったから。そしてもうひとつは、ゆくゆく開かれる三公団会議の場で騎士団、あるいは平和民団に主導権を握られないように、たどり着きたい結論をあらかじめ王と意識合わせしておくためだ。


「騎士団はまだ、操言士団と共に戦闘に身を投じます。ですが平和民団は、防備防衛は他人任せ。特に対怪魔となると操言士団に丸投げがすぎます。操言士が誘拐されようと戦闘で命を落とそうと、彼らは何も思わない」

「何も思わないとまでは言いたくありませんが、操言士を替えのきく消耗品だと思っているのは確かね」


 憤りを表すジャックにコリンは同調した。重ねた年のせいかそれとも話題のせいか、その喋り方は重たく硬かった。

 操言士という存在をオリジーアの国民はどうとらえているか。

 日常生活の中で使われる生活器を、ほぼすべての国民が頼っている。生活器が壊れたり効力が切れたりした際に操言支部に修繕を頼むことは、この国ではよくある日常の営みだ。

 だが操言士と共に働く一般市民はそう多くない。商人や都市部間を行き来する運び屋などが、道中の護衛として操言士を雇い、同じ時間を過ごすくらいだ。国民の大半は操言の力の恩恵で便利な生活を送っていながらも、操言士たちがどのような修行をしてその力を高めているのか、そして時に怪魔との戦闘に身を投じてどのように都市部を守っているのかを知らない。


 国民が操言士について詳しく知らない現状は、操言士団が内情を公にせずどちらかというと隠してきたことが起因している。また、操言士とそれ以外の国民との間にある教育格差や情報格差も、この状況を育ててきたと言える。

 たとえば快晴革命前に流布していた偽史と、快晴革命によって人為的に作られた真史。それらは操言士なら知り得ることだが、平和民団の一般市民は生涯知らぬことだ。そのような違いが、国民の操言士への無知を加速させている。

 知る機会のないことは知らなくて当然だ。だからコリンとしては、国民一人一人を厭う気持ちはない。しかし平和民団の幹部くらいは、操言士を消耗品と見るべきではないと思っている。国の中枢にいる三公団幹部として、操言士という存在がいかにこの国にとって重要であるか、もっと認識すべきだろうと。


「ピラーオルドという明確な〝人間の敵〟がいるとわかれば、騎士団も平和民団も操言士任せにはできないでしょうな。ライアン王も念押しをしてくれましたし」

「けれど、操言士団の負担が軽くなったわけではありません。現状で少なくとも七人は戦力減です」


 コリンは七人という数の大きさを強調した。

 何年もかけて多くの言葉を憶えさせ、操言の力の使い方を習熟させ、ようやく一人前になった若い操言士が短期間に七人も減る。それも抗いようのない病気やけがによる死ではなく、人為的な誘拐によって。痛ましいうえに悔しいことだ。


「行方不明の七名のうち、ヨルラとヒソンファの操言士は三人とも国内部、ポーレンヌの操言士は三名が国内部、一名が守護部です。王都にいる守護部の操言士を何人か補充すれば、都市部の防備に問題はないでしょう」

()()はね。七名全員が帰還しないとなると、今後数十年にわたる損失です。操言士の誕生は完全なる偶然……増やしたくても意図的に増やせるものではない。一人とて欠かすことはできません。それが怪魔との戦闘を得意とする操言士であろうとなかろうとね」


 ジャックの楽観的な物言いを、コリンは厳しく正した。


「攫われないようにするため、すべての操言士に単独行動は控えさせなさい。特に都市部外のフィールドで怪魔と戦う守護部の操言士や、都市部内で一人になりがちな職人操言士は要注意よ」

「ライアン王の指示にはどう応えますか。怪魔を操る手段と行方不明者の捜索。そしてピラーオルドについて調査せよ。これは最も重要、かつ最も困難な命令です」

「それらは基本的に守護部主体で動いてもらいます。国内部は都市部の防衛を優先しなさい。対怪魔戦を得意としない者も、怪魔が襲撃してきたら戦闘は避けられない。最低限のカカコはできるように、全支部に対して訓練を強制しなさい」


 ピラーオルドについて調査せよ――それは待ちの姿勢ではできない。かといってやみくもに動き回っても徒労に終わるだけだろう。彼らの正体を知るためには、彼らを理解する必要がある。彼らが何者で、どんな思想を持っていて、何を目的としてどんな動きをとろうとしているのか。おそらくフォスニアの組織だろうと三公団会議の場では述べたが、正直なところそんなわかりやすい正体ではないと思う。


(闇神様……世界の柱のゆがみを憎み、新たな柱を望む者たち)


 王黎が言葉を交わしたピラーオルドの人間――馬龍とアンジャリ。彼らが伝えたその言葉の意味をコリンは考える。


――すべてを知り、すべてを手に入れる。それはつまりこの世界を統べること。自分が唯一無二の世界の柱になるということ。君は魅力的に思わないかい?


 若い頃の自分に多大な影響を及ぼした、アメジストのような瞳の操言士の言葉がふと思い出される。彼の正体は最後までわからなかったが、彼が残していった数々の言葉と現在の状況は間違いなく無関係ではない。


――そうかな。じゃあ、君がどうにかすればいい。

(まさか、本当に私がどうにかしなければならないなんて)


 コリンは頭を抱え、目を閉じる。先生の言葉はなおも鮮明によみがえった。


――コリン、神様と人の物語は終わっていない。むしろ進行している真っ最中なんだ。いつか必ず、この世界は大きく動き出す。再び誰かが犠牲になる日が来るんだ。

(ピラーオルドの調査……。積極的に動かなければ……彼らに近付こうとしなければ、おそらく何も判明しない)


 彼らがまたどこかに現れた時、果たして操言士の誰かがその場にいるだろうか。そんな偶然は起きるだろうか。そしてその偶然が起きたとして、これまでに七名もの操言士を誘拐している手練れの彼らに抵抗し、彼らの情報を得ることができるだろうか。


(ピラーオルドに接触できる可能性が高く、なおかつ敵に相対することができる熟練者……これまでの経緯を踏まえるとそれは……。そして攫われた操言士の居場所を探る最も手堅い方法は……)


 王の指示に応えるためにできること、すべきこと。そのために必要な「犠牲」――。

 悩ましく沈黙するコリンを団長執務室に残し、ジャックは今後の方針と団長からの指示を四部会と各支部に伝達するため、静かに退室するのだった。

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