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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び
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3.帰郷(上)

「操言士誘拐の目くらましのために都市部へ怪魔を引き寄せているとしたら、すべての都市部が危険だ。すでにレイト、ラフーア、ポーレンヌと三か所も被害が出た。ほかの都市部が狙われるのも時間の問題では」

「レイトとラフーアの騒ぎでは、行方不明になった操言士はおりません。そのふたつの都市部の場合、怪魔襲撃よりもむしろ、襲撃の直前に都市部近辺に出現する怪魔の数が増えたことの方が問題かと思われます」

「守護部だけでなく、国内部の操言士たちにももっと都市部の防備をさせるべきではないのか。怪魔が都市部の外から来るのなら、操言士も外にいなければ」

「いや、操言士を都市部の外に配置するのは誘拐のチャンスを与えてやるようなものだ。都市部の防衛は騎士団に任せるのはどうだろう」

「ライアン王にはなんと報告するのか。平和民団の上層部、華族の奴らが例の組織を立ち上げよとの動きを活発にさせているせいで、昨今の王はそちらの対応に苦慮していらっしゃるぞ」

「祈聖石の数を増やせばよいのでは? たとえ怪魔が都市部を襲っても、祈聖石があれば守りとなりましょう。国内部、あるいは民間部の職人操言士に量産体制をとらせればよいかと」

「いや、その祈聖石も無効化されたり行方不明になったりしているそうじゃないか。それもピラーオルドの仕業に違いない。祈聖石だけを頼りにするのはよくないだろう」

「そもそもピラーオルドの正体は? それは他国の組織なのか。対症療法ではなく、ピラーオルドという組織をどうにかする原因療法を考えるべきでは」


 それぞれが自由に意見を出し合う。

 王黎は賛成も否定もせず、黙ってその様を見つめた。


「全員、黙りなさい」


 幹部たちの発言はコリンの一声で終息した。


「ピラーオルドという組織について現在認知しているのは操言士団のみです。まずはこれをライアン王および三公団の上層部に共有します。操言士団の一存で勝手に動くことは許されませんが、王と平和民団の間に生じている緊張状態を考慮すると、諸々の判断と対処を操言士団独自に任される可能性があります。その場合に備えて四部会の状況を洗い出しておきなさい。いいですね」


 ジャックを除く八人の幹部操言士は無言で頷いた。

 幹部操言士九名のうちジャック以外の八人は、二人ずつペアになって四部会を管轄する役目を担っている。物事が大きく動く場合は、二名の幹部操言士と四部会の部長が組織の舵を取るのだ。


「ライアン王への報告は私とジャックで行います。ジャック、王への謁見申請を」

「すでに申請を出しており、明後日の午前中には謁見可能です」

「よろしい。この場で王黎から聞いたことは、全員他言無用です。王黎、あなたも不用意に言いふらさないこと」

「承知しています。旅の一行にも、他言無用であるようにと意識付けはしました」

「最後に、特別な操言士の言従士についてですが」


 コリンの言葉に全員の表情が固まった。

 紀更が己の言従士を見つけたという報告は、王黎が手紙で知らせていたためここにいる全員がすでに知っている。年齢も経験も重ねたベテランの操言士でさえ出会えないまま一生が終わることもある言従士。その稀有な存在を見習いの段階で従えることができたという事実は非常に珍しい事象だ。

 しかし言従士は操言士と違って自己申告だ。容易に偽者を用意することができる。

 そのため、言従士を見つけた操言士は必ず操言士団に報告し、正規の言従士であると認めてもらう必要がある。その認定の手続きは王都に限らず各都市部の操言支部でも行えるが、操言士団本部で行うのがどことなくしきたりとなっていた。


「報告はすでに受けましたが、認定登録はしばし待ちなさい」

「しばしとは具体的にいつまででしょうか」

「操言院の修了試験に合格するまでです。言従士の認定審査は、特別な操言士が初段の資格を得てからにします」

「わかりました。紀更とその言従士には僕から伝えておきます」

「それと今後のあなたについてですが」


 幹部操言士全員の視線が再び王黎に集まった。

 最年少師範の優秀な操言士――それだけが王黎の二つ名ではない。過去に何かと問題を起こしたこともあるやんちゃな一面。それを知っているだけに、コリンが王黎の行動をどう縛るのか、幹部操言士たちは注目した。


「操言士王黎は王都からの外出をしばし禁じます。操言士雛菊と共に特別な操言士の教育にあたるほか、守護部の命ずる王都内での任務に従事しなさい」

「承知しました」


 風のようにひょうひょうとしている王黎にとって、自由に行動ができない制限は息苦しかろう。レオンやロジャーはそう思ってざまあみろとでも言いたそうに唇の端をつり上げた。しかし行動の制限など意にも介さず、王黎は涼しい顔で挨拶をすませると幹部操言士たちに背を向けて、颯爽と大会議室を退室するのだった。

 


     ◆◇◆◇◆



 最美の案内は実に的確だった。

 役場や操言士団本部、騎士団本部、点在する騎士団の詰め所など公的施設の場所。それから良心的な値段で利用できる市場や飲食店、理髪店や仕立屋のほか、武器や防具、薬を売っている店など、日常生活に必要な場所。それと王都の住民が好んで近寄らない、治安のあまりよろしくないエリアや通り。王都で過ごすにあたって最低限必要と思われる場所すべてを、最美はユルゲンと紅雷の二人に案内した。そして紀更の実家も。


「ここが紀更様のご実家……」


 街路に立って呉服屋「つむぎ」の看板を見上げた紅雷は感慨深そうに呟いた。


「一階が店舗で、二階が紀更様たちご家族の居住スペースとなっているそうです」

「最美さん、入ったことがあるんですか」

「いいえ。我が君からうかがいました」


 紅雷に問われた最美は淡々と答えた。


「この地区はどういう場所なんだ」


 通りを行き交う人々や隣近所の建物の様子を注意深く観察しながらユルゲンは最美に問いかけた。


「ここ、マルーデッカ地区は王都ベラックスディーオが拡大するとともに整備された地区です。中流層の方が多く住んでおりますので治安はいい方ですよ。紀更様のご実家のように自営業を営んでいる方が多く、王都外の方でも利用しやすい店があります。地区の北東には光学院があり、操言の力を持たない子供たちが足繁く通っています」

「そうか」

「紀更様、いいところに住んでるんですね」


 紀更が生まれ育ったところ。それだけでユルゲンも紅雷も、このあたりに親近感が湧くような気がした。


「共同営舎はいくつかございますが、どのような条件の場所がよろしいですか」

「利便性は多少悪くても構わないから、なるべく安いところを教えてくれ」

「畏まりました。ではメクレ大通りの端にある共同営舎へご案内します」


 呉服屋つむぎを背にして三人は中央通りに出る。少し南下してルンドネゲ地区に入る。そして東西に伸びるルンド通りを東へ進み、ルンド通りとメクレ大通りの交差点まで進んだ。

 すぐ右手に城壁が見えるそのあたりは王都の南東の端で、北側には穀倉地帯が広がっている。共同営舎の建物はすぐにわかったが、周辺には共同営舎以外に質素な民家しかない。どれかの通りを歩いて栄えているエリアまで出なければちょっとした買い物もできないような、都とは言いがたい辺鄙な雰囲気の場所だった。


「こちらの共同営舎ならそれほど高い値段ではありません。便利とは言い難いですが、第一城壁の南東門が近いのですぐ傍に騎士団の詰め所があり、治安は悪くないかと」

「助かる。俺たちはしばらくここに寝泊まりするから、何かあったら声をかけてくれ」

「我が君にそう伝えます」


 ユルゲンが礼を言うと最美は丁寧にお辞儀をして、二人を共同営舎の玄関口に残して去っていった。


「さて、まずは登録するか」

「は? まさかあたしとあなた、一緒にですか」


 ユルゲンが別れを告げないので、紅雷は口をへの字にした。


「俺とお前はしばらくの間二人パーティだ」

「ちょっと、本気ですか」

「王黎か紀更か、どちらかがお前を呼ぶまで具体的にどうするつもりだ?」

「それは……」

「考えなしだろ。いいから、寝床と仲間は確保しておけ」


 紅雷はまだ文句を言いたい気持ちだったが、故郷を飛び出して流浪していた経験から、ユルゲンの言うとおりまずは寝床を確保しておくことの重要性は身に沁みて理解している。せっかく最美が案内してくれた共同営舎なので、紅雷はおとなしくユルゲンに続いて自分の分も受付で登録をすませた。

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