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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第01話 特別な操言士と祈聖石
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5.闖入者(中)

 カルーテたちが飛び出してきたのと同じ方角から姿を見せたのは、鈍色の巨大な塊だった。大柄な男性が三人は入れそうな鉄の箱が複数組み合わさり、箱と箱の連結部分は人間の関節のように稼働できるようだ。その鉄の箱を不気味にゆっくりと動かして歩行しているように見える様は、得体が知れず非常に不気味だ。しかも、上部にある箱から無造作に放電を繰り返し、それは近付いてくる。

 先ほどの大きな音は、間違いなくこの怪魔キヴィネが駆動する音だった。


「こんな都市部の近くに、どうしてキヴィネが!」

「しかも昼間ですよ!」


 エリックとルーカスの顔色が急激に変わる。


「最美さん、キヴィネって」


 キヴィネが放電し、空気中に稲妻のような弧が描かれるたびに怯えて瞼を閉じながらも、紀更は問いかけた。


「六種類の怪魔のうち二番目に強い怪魔で、見てのとおり放電現象を操ります。普通は、()()()()()()()()都市部のこんな近くに現れるはずがないのですが」


 最美は淀みなく答えるが、その瞳の奥には戸惑いと疑問と恐れが見て取れた。

 キヴィネはカルーテほど速くは移動しないが、その代わりに無機質な威圧感を放っている。普通の生物のように目や口などの感覚器官があるわけでもなく、二階建ての建物ほどの高さの塊は、何をしでかすのかまったく意図の読めない不気味さに包まれていた。


(こ、怖い……っ)


 カルーテを退治する騎士団の二人に感嘆していた昨日のような余裕を、紀更は持てなかった。それどころか、目の前に迫りくる怪魔という脅威に、背筋が凍り呼吸が震える。怪魔は、やはり人の命を脅かす恐怖の存在なのだ。


――ジジジジ!


 カルーテと違って、キヴィネは動物のような鳴き声を発さない。だが、その鉄の箱から絶え間なく放たれる電火は確実に、こちらへ向かってくる。まるで生物には見えないのに、「紀更を狙う」という意思を持っているかのように、その音は迫ってくる。


「最美さん! 紀更殿を連れて村の中へ!」


 カルーテへの攻撃を続けながら、ルーカスが顔だけ振り向いて大声を出した。

 最美は隣にいる紀更と、そして背後に伸びるレイトの大通りを一瞥する。


「ルーカス様、それはできません! 村へキヴィネを招き入れてしまいます!」


 一瞬迷ったが、最美は首を横に振った。


――最美は紀更の傍にいてね。何かあったら紀更を守るんだよ。


 最美はいま、紀更の傍にいて守ることを王黎から命令されている。その命令を実行するためにも、紀更を怪魔から遠ざけるのは賛成だ。

 しかし、操言士同様に人々を守る立場である言従士としては、都市部へみすみす怪魔を招くことはできない。カルーテならまだしも、キヴィネは巨大だ。放電されながら村の中を歩かれては、村内の道も施設も破壊されてしまうだろう。最悪、村の中にいる住民に被害が出てしまう。苦しいが、ここでなんとか怪魔を殲滅するしかない。


「ルーカス、お前はカルーテに集中しろ! キヴィネにはわたしが行く!」


 カルーテの牙を長剣で受け止めつつその腹に蹴りを入れて振り払ったエリックは、走ってキヴィネの正面に陣取った。

 回数は多くないが、怪魔討伐の任務でキヴィネを斃した経験が、エリックにはある。大きく頑丈な鉄の箱を()()()長剣で断ち割ることはできないが、ネジがからまり合ったような連結部分を切断することなら、なんとかできるかもしれない。狙いやすい場所ではないが、放電に気を付けさえすれば、素早く動くカルーテの首を切り落とすよりは楽なはずだ。


(だが、過去の任務に比べて戦闘可能人員が少なすぎる!)


 エリックは間合いを詰めると、一番近くにあるキヴィネの左足首相当の部分へ剣を振り落とした。


――キイィイーーン!


 鉄と鉄がぶつかり合って生まれた甲高い音が響き、耳をつんざく。

 手応えはあったが、しかし連結部分の切断にはいたらなかった。


――パチッ、ジジジジッ!

「っ!」


 攻撃されたことで怒りを覚えたのか、キヴィネは明確にエリックを狙って、電気を放った。エリックは飛び退き、放電の直撃を間一髪で回避する。


(駄目か! やはり怪魔には)

「きゃあっ!」


 悲鳴が聞こえて、エリックは背後にいる紀更と最美に振り向いた。ルーカスを無視して紀更に狙いをつけたカルーテが一匹、大口を開けて紀更に飛びかかったところだった。しかし最美が瞬時に紀更に覆いかぶさって、身体をねじる。カルーテの牙は紀更ではなく、最美の左の二の腕をかすめた。


「くっ」


 最美は痛みをこらえる小さな悲鳴を上げた。黒い長袖は無残にも牙で裂かれ、さらけ出された皮膚に赤い血がじわりと垂れる。


「最美さんっ、大丈夫ですか!?」

「だい、丈夫ですわ」


 最美は苦しそうな声で返事をする。それから、腰のベルトにくくりつけていた革ケースからダガーを抜き取ると、左腕の出血には構わずそれを右手に持って構えた。


「ギィィィイイイ!」


 カルーテが、今度は最美を狙って再び飛びかかってくる。


「はっ!」


 最美はカルーテの目を的確に狙い、ダガーを真横に振って引き裂いた。


「ギイィ! ギイィ!」


 目を潰されたカルーテは、石と石をこすり合わせたような悲鳴を上げてのたうち回る。それ以上襲ってくることはなかったが致命傷ではないようで、その肉体は霧散しなかった。

 怪魔は動物ではない。普通の動物のように、肉体の活動が停止して命が途絶え、残された肉体が腐って土に還るというプロセスがない。怪魔にとっての死とは、ある程度の物理的ダメージが蓄積したのちに黒い霧と化して消えることだ。そして、怪魔と戦い退治するということは、怪魔の肉体を霧散させて退けることである。


「やあっ!」


 ルーカスは懸命に剣を振るい、途切れることなく森から出現してくるカルーテを紀更たちに近寄らせないように、必死で食い止めている。


(怪魔を斃すには、操言士が必要だ!)


 なんとかキヴィネの足を止めようと隙をうかがっているエリックは渋い表情をした。

 最も弱いカルーテなら、騎士の長剣で霧散させることはできる。しかしキヴィネほどの怪魔になると、騎士の単純な物理攻撃だけでは、多少弱らせることはできても斃すことができない。


「紀更様、わたくしの背に!」

「っ……は、はい」


 最美が紀更を匿う。紀更の表情は怯えきっており、恐怖で呼吸も浅くなっていた。


(この場にいる操言士は紀更殿だけ……!)


 騎士だけでは強い怪魔を斃せない。そこで必要になるのが操言士だ。操言士が操言の力を使って与えるダメージは、物理攻撃の威力をはるかに上回る。戦闘に秀でた操言士ならば、操言の力による攻撃だけでキヴィネを斃せるほどだ。


(キヴィネに攻撃できなくてもいい! キヴィネを弱体化させられればっ!)

――ギイーーーン!


 エリックの長剣が再びキヴィネの連結部分に振り落とされて、にぶい音が鳴る。だがキヴィネにとっては少しばかり揺れを感じた程度でしかないようで、キヴィネはエリックに向けて電撃を放つ攻勢に出つつも、じわじわと確実に紀更と最美の方へ、さらにその先の村の中へと進行する。


(だが、紀更殿はまだ見習い……果たしてできるか!?)


 キヴィネを仕留めるのにこの攻撃では不十分だ。わかっている。それでも、キヴィネの村への接近を遅らせ、かつ護衛対象の紀更を守るために、微々たるダメージでも与え続ける必要があった。普通の物理攻撃ではあまり威力がないとはいえ、同じ箇所に一撃、二撃と加えていけば、せめてその箇所くらいは鉄の箱の結合を切断し、少しはキヴィネの足を止めることができるはずだ。だが、それにも限界がある。

 エリックがじりじりと焦り始める一方で、無限に出現するカルーテを片っ端から相手にしているルーカスの息が上がってきていた。


「はぁっ、はぁっ……くそっ! エリックさん、横!」

「ぬっ!」


 ルーカスの攻撃を逃れたカルーテが、キヴィネへの攻撃の隙をうかがっているエリックをめがけて突進してきた。エリックはすかさず長剣を振り、カルーテを一刀両断する。

 怪魔たちは何か戦略があるのか、キヴィネが村をめがけて侵攻し、カルーテはその障害となる騎士の二人を食い止める役割を担っているようだった。


(駄目だ、王黎殿がいなければ!)


 圧倒的に、こちらの戦力不足だ。エリックは歯を食いしばった。

 紀更はもとより戦力ではないし、最美も戦闘向きではない。それに、従うべき操言士がいないのであれば、言従士一人でできることは限られている。先ほどのように、戦闘慣れしていない紀更をその身を挺してかばうのがせいぜいだ。言従士が力を発揮するには、操言士が必要不可欠なのだ。


「エリックさん……っ」


 この場を切り抜ける作戦が思い浮かばず焦りの表情を浮かべるエリックを、紀更は泣きそうな瞳で見つめた。

 まともに応戦できるのは、騎士団のルーカスとエリックだけ。しかし、カルーテは斃しても斃しても湧いて出るし、キヴィネに対抗できる戦力はない。怪魔に押されている状況は、戦闘素人の紀更でも十分に把握できた。


(怖い……怖いっ。どうしよう……どうしたらいいの!?)


 エリックと同じように焦り、そして身の危険に震える紀更は、すがるように最美を見つめた。彼女の二の腕からは、ゆっくりとだが血が流れている。出血が止まっていない。それでも最美は紀更をかばう姿勢を崩さず、カルーテが襲ってこようものならダガーで応戦するか、自分を犠牲にしてでも紀更を守るつもりでいるようだ。


(私じゃ何もできない……王黎師匠!)


 紀更は胸の中で師匠の名を呼んだ。

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