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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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6.裏切りの操言士(下)

「サイモンとは様々な訓練を共にした仲なんだ」

「訓練を?」

「山あり谷ありの訓練を共に乗り越えた仲間は、年上だろうが年下だろうが同期だろうがそうじゃなかろうが、細く長い付き合いになる。まあ、腐れ縁とも言うな」


 そう言って笑うサイモンはエリックよりもおしゃべりが好きそうな印象だ。どちらかというと物静かなエリックとは正反対のようにも思えるが、これまで見たことがない、リラックスして話すエリックの表情から推察するに、友人のような親しい関係なのだろう。王黎が各都市部に操言士の知り合いがいるように、エリックにも王都以外の都市部に騎士の知り合いがいる、ということだ。


「エリック、お前たちはこのあとどうするんだ。しばらくポーレンヌは、昨夜の騒ぎの復興だの対応だので慌ただしいぞ」

「王黎殿、ここの祈聖石巡りは今日もまだ予定通り続ける、ということでいいんだな?」


 サイモンがエリックに尋ね、エリックは王黎に問う。王黎はすぐには答えず、少し間を置いてから口を開いた。


「一度、宿に戻りましょうか。今後のことはそこで」

「わかった」

「休めるうちに休んでおいた方がいいぞ、エリック」


 サイモンはそう言うとバシッとエリックの背中をたたいた。その振動が全身に響いたのか、エリックは苦悶の表情を浮かべた。


「夜はくれぐれも用心するんだぞ。じゃあ、またな」


 エリックの反応に満足したサイモンはニカッと笑った。そして騎士の外套をひるがえして騎士団本部の敷地内へ去っていく。

 エリックをパーティに加えた紀更たちは、宿へと歩き出した。




「談話室だと人がいますから、ちょっと狭いですけど僕らの客室へ行きましょう」


 宿へ着くなり王黎はそう言って、自分とユルゲンに割り当てられた客室に全員を誘った。

 寝起きするためだけの二人用の客室に来客用の椅子などがあるはずもなく、負傷者のエリックだけが寝台に腰掛けて、残りの五人は他人の顔が見えるようにどことなく円になって立った。


【陰影の暗幕、暗影の閑寂、我らの声を覆え】


 念のため、王黎は操言の力で暗幕を下ろして自分たちの声が誰かに聞かれないように配慮する。


「王黎師匠」


 紀更は不安げに王黎を見つめた。王黎は重々しい表情で口を開く。


「エリックさん、僕らはいま、操言士マリカに会ってきました」

「昨夜くらら亭に姿を見せた、王黎殿の同期の方か」

「そこで聞いた話を含めて、昨夜のことを整理します。まず、ラフーアで行方不明となっていた操言士ローベル。彼は水の村レイトと音の街ラフーアに怪魔を引き寄せた疑いがかかっていますが、そもそも、彼はいま、〝ピラーオルド〟という何かの組織に属しているものと思われます」

「昨夜、馬龍という方が名乗った組織ですね」


 ルーカスが神妙に頷く。


「ローベルは操言士団ではなくピラーオルドにいる。つまり国に背信した〝裏切りの操言士〟です」

「裏切りの操言士?」


 紀更は初めて聞く単語を繰り返した。

 王黎は紀更の方を向き、彼女の純粋な緑の瞳にどこか悲しげに説明する。


「紀更には初めて教えるね。国を裏切って離反した者。そうして、たとえば他国へ流れた者。そういう操言士は裏切りの操言士と呼ばれるんだ」

「離反……」

「国を裏切ることは決して許されることじゃない。裏切りの操言士であると裁定された者は、どんな理由があったのだとしても捕らえて処刑される。残念なことだけど、過去に実際、何人もの操言士がオリジーアを裏切った」

「ローベルさんも?」

「そうだよ。彼はもう、ラフーアの操言士じゃない。オリジーアを裏切った罪人だ」


 紀更の表情が陰る。しかしその暗い表情とは裏腹に、紀更の胸中は妙な納得感で凪いでいた。


(そう、だから……)


 音の街ラフーアで怪魔の出現を聞いても動かなかったローベル。それどころか昨夜、紀更たちを笛の音で阻害してきたローベル。


――王黎師匠みたいに怪魔と戦える操言士の方が少数で、ああいう操言士が普通なの? それとも、あの人は異質なの?


 音の街ラフーアで抱いた疑問の答え。それは簡単なことだった。彼は紀更が思う「普通の操言士」などではない。人々を守り支えるという役目を放棄し、国を裏切った背信者。紀更が丁寧に疑問を抱く余地もないほど、オリジーアの操言士としての道をとうに外れていた罪人だったのだ。

 新たに知ってしまった操言士の暗い面に対する残念な気持ちと、ローベルへ感じていた疑問に答えが出て納得してしまった爽快感が紀更の中で混合する。裏切りの操言士という存在に対して何か悲しみを抱くべきだろうに、その感情は湧いてこない。けれども何か別の、どんよりとした灰色の気持ちが紀更の胸の中にむくむくと積もった。


「ピラーオルドが何を目的としたどんな組織なのかは不明です。ですがローベル、馬龍、そして昨夜アンジャリと呼ばれていた女性はピラーオルドのメンバーです。ほかにもメンバーがいる可能性は十分考えられるでしょう」

「師匠さん。そのアンジャリという女性が……」


 暗い表情で沈黙している紀更の代わりに紅雷がおずおずと呟いた。王黎はゆっくりと頷く。


「昨夜、ピラーオルドのアンジャリという女性は、ポーレンヌの若手操言士ディディエに、配属になったばかりだと偽って近付いた。補修するからという口実でディディエを騙し、北西エリアにある祈聖石の擬態も解かせた。そしておそらくその祈聖石をどこかへ持ち去りました」

「祈聖石を持ち去っただと!?」


 初めて聞く話にエリックは声を荒げた。


「そ、そういうことですか!?」


 マリカと話していた時は点と点が結び付いていなかったルーカスも、ディディエの言う操言士と自分たちが見た馬龍の仲間と思しき女性が同一人物であるという事実に気が付き、驚愕する。


「マリカに確認したところ、最近ポーレンヌに配属になったばかりの操言士はいないはず、とのことでした。ではディディエが会った操言士は誰なのか。眼鏡とお団子ヘアという特徴からして、アンジャリに間違いないと思います」

「擬態を解いた祈聖石をどこかへ持ち去り、街の守りに穴を開ける。そしてそこに怪魔を呼び寄せる。そういうことか」


 昨夜の手口が見えたエリックは悔しそうに口元をゆがめた。


「レイトもラフーアも、おそらく同じ手口です。事前に祈聖石を移動させるなり無効化工作をするなりしておいてから、夜間に怪魔を呼び寄せて街を襲わせた。つまりこの一連の怪魔襲撃事件はローベルの私怨ではない。ピラーオルドによる組織的な行為です」


 すると王黎は紀更と紅雷を順番に見つめた。


「紀更と紅雷は、ディディエの言う操言士がアンジャリだとあの場で気付いていたね? そして、マリカの前ではそれを言わずに黙っていた。正しい判断だったよ」


 紀更と紅雷は互いに顔を見合わせた。それから紀更が小さな声で言う。


「私たちが見たこと、知ってること……不用意に言わない方がいい気がしたんです」


 マリカがどことなくいけ好かないのであまり話をしたくないというのが本音だったが、結果的に正しい判断だったのなら、もう本音など関係ないだろう。


「うん、それでいい。始海の塔のこともそうだけど、どうやら僕らは前代未聞、正体不明の異常事態に関わってしまったみたいだ。それが誰にとってどんな意味をもたらすのか影響がわからない以上、諸々のことはなるべく他言無用にしておいた方がいいね」


 王黎はそう言ったが、昨夜、王黎に向かって叫んだ馬龍を思い出してエリックとルーカスは妙な沈黙を作った。


――そうか、お前か!


 前代未聞、正体不明の異常事態。本当にそうだろうか。少なくとも王黎はローベルや馬龍、彼らの背景について何か知っていた、気付いていたのではないだろうか。昨夜何かに合点のいった馬龍が自分たちの組織名を明かしたのも、彼らと王黎がまったくの無関係ではないことの証ではないだろうか。

 黙る二人の騎士を横目にしかし王黎は続けた。


「昨夜の馬龍たちの会話で、とても気掛かりなことがあります」

「『数が足らない、見習いでも構わない』、か」


 呟いたユルゲンに王黎は大きく頷いた。王黎だけでなくユルゲンも、彼らのその会話に引っかかっていたようだ。今ひとつ理解できない紀更は、不思議そうな表情で王黎に尋ねる。


「王黎師匠、どういうことですか」

「僕も昨夜は意味がわからなかった。でも、さっき口頭読売師がいた広場で聞こえた噂話でつながったよ」

「さっき……操言士が行方不明って」


 住民の噂話と馬龍たちの会話のつながりに気が付き、紀更は慄いた。


「火事による陽動と怪魔の襲撃。それらの騒ぎの裏で、ピラーオルドの三人は操言士を誘拐していたと考えられます」

「だが、それは噂だろう。操言士が行方不明というのは、操言支部に確認したのか?」


 エリックは王黎に厳しく問いかける。王黎は首を横に振った。


「少なくともマリカはそのようなことは言っていなかったし、操言支部会館でもそのような話は聞こえてきませんでした。ただ、まだ昨夜の被害の全貌が見えていないだけかもしれません。オドレイ支部長と直接話ができていないので、ポーレンヌ操言支部がどこまで操言士の安否を確認できているかは不明です。でももしかしたら、噂話が真実を言い当てているかもしれない」

「ピラーオルドの目的は操言士を誘拐すること? 怪魔の襲撃はそのための目くらましだった? でも、どうして操言士を」


 紀更は恐れと不安が足元からじわじわと上ってくるのを感じた。

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