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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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6.裏切りの操言士(中)

「マリカさん、守りの強化なんですけど、さっきディディエと一緒に確認したら、祈聖石がないんです」

「ない? ちょっと、どういうこと?」


 モニカの報告にマリカは顔をしかめた。王黎の目付きもにわかに鋭くなる。


「ディディエ、ほら」


 モニカにうながされて、少年操言士ディディエは重そうな口を動かした。


「あの、すみません。オレ……」

「どうしたの? 何かあったの?」

「オレ……」

「ディディエ、昨夜、キミが見た事実だけを述べてごらん。キミの感情や気持ち、予想なんかもひとまず横に置いて、まずはキミが見た事実だけを教えてほしい」


 言い詰まっているディディエに王黎は落ち着いたトーンで声をかけた。ディディエは浮かない表情をしていたが、しばらくすると意を決して話し始めた。


「昨日の夜、女性の操言士に声をかけられたんです。祈聖石の補修を頼まれたけど場所がわからないから教えてくれって」

「それで、場所を教えたんだね。擬態は?」

「擬態もオレが解きました。それで、もう帰っていいと言われて……年上だったし経験もあるだろうから、オレがいなくても大丈夫だと思って」

「なくなった祈聖石は、その時に教えた祈聖石? それは間違いないかい?」


 無言のまま、ディディエは頷いた。モニカがディディエの背中に手を添えて、慰めるように付け加える。


「今朝ここに来て、二人で探したんです。もしかしたら、いつもと違う擬態になっているのかな、と思って。でも……」

「本当にないんです。どこにも」

「その女性操言士は、ディディエの知っている操言士?」

「いいえ」

「名前とか、ほかに何か言っていた?」

「名乗りませんでした。ポーレンヌに配属になって今日来たばかりだ、って」

「女性操言士はどんな人だった? 何か特徴とかある?」

「女の人にしては背が高くて、マリカさんと同じくらいか、少し高いかも……。あと眼鏡をかけていました」

「髪の色とか服装とか、憶えてる?」

「確か、髪は結っていたと思います。頭の上で、髪が丸くなっていて」

「お団子ヘアってやつかな」

「色は……すみません。暗かったし、憶えていません。服もあまり」

「操言支部に行ってその人を探せば、どこに祈聖石を戻したかわかるかもしれない。その件はマリカに引き継いで、ディディエは何か思い出したらすぐマリカに言うんだよ」


 王黎はディディエを落ち着かせるために努めて穏やかに言った。だがディディエは自分の判断と行動が悪手だったと思っているようで、暗い表情のままだ。


「モニカ、今日は必ずディディエと一緒にいて。もしほかにも祈聖石がなくなっていたり、何か気付いたりしたら、すぐに教えてちょうだい」

「はい、マリカさん。ディディエ、行こう?」


 モニカはディディエの背を押して、えぐられた地面に向かう。えぐられた穴で誰かが足を引っかけて転ばないように、操言の力を使って地面を平らに戻し始めた。


「マリカ、ちょっと」

「ええ、端に行きましょうか」


 王黎とマリカは歩道からそれて、場所を移す。紀更たちもそれに従った。


【陰影の暗幕、暗影の閑寂、我らの声を覆え】


 マリカが言葉を紡ぎ、自分たちの声が他者に聞こえないようにする。


「ポーレンヌ操言支部に配属されたばかりの女性操言士は本当にいるのかい?」

「いいえ、いないと思うわ。昨日話したとおり、操言士四人で一組の班を作って以降、その班で動く体制を確立するため、しばらく支部の人員を増やしたり減らしたりはしないことにしたはずよ。だから昨日ポーレンヌに配属されたばかりの、この街の祈聖石の場所を知らない操言士なんているはずないと思うわ」

「じゃあ、ディディエ君の言う操言士とはいったい誰なんでしょうか」


 ルーカスが首をかしげる。

 一方、紀更は無言で紅雷を見つめた。紅雷も紀更の視線に気付き、何も言うことなく、見つめ返して小さく頷く。意思疎通のとれた二人は、しかし何も言わないまま、だんまりを決め込んだ。


「その女性操言士も気になるけど、優先すべきは消えた祈聖石の補充だ。すぐにでも新しい祈聖石を設置しないと、また怪魔が街に入り込んでしまう」

「そうね。予備があるかどうかわからないけど、国内部の操言士に頼んでおくわ。それに、オドレイ支部長に報告しないと」

「マリカ、昨夜のことでキミ自身が気になったことはないかい? 怪魔の出現だけでなく、祈聖石についてとか」

「いいえ。怪魔は種類も数も、一度に出現するにしては多くて不自然だったと思う。でも出現した時間帯が怪魔の好む夜だったことを考えれば、そこまでおかしくもないと思うの。祈聖石がなくなっていたのなら、怪魔が街に近付けたのも納得できるし」

「そうか」

「気になるのは住民たちの負傷者数だわ。街の南西エリアでは火事も起きていたっていうし、亡くなった人もいるでしょうから。早ければ明日にでも、もしかしたら合同葬儀が行われるかもしれないわね。それに、王都の操言士団の反応も気になるわね」

「僕らはまだ街にいるから、手伝えることがあったら声をかけてくれ」

「ええ、助かるわ。ありがとう」


 マリカはそう言うと再び操言の力を使って、自分たちの声が漏れ聞こえないようにしていた暗幕の効果を消し去った。


「私も街の復旧に努めるわ。王黎こそ、何かあったら教えてちょうだいよ」

「善処するよ」


 手を振り、背中を向けるマリカに王黎は力なく笑う。

 去り際のマリカが一瞬だけ舌なめずりするような視線をユルゲンに送ったのを、紀更と紅雷はしっかりと見ていた。




 マリカと別れた紀更たちは、ポーレンヌ城下町の北エリアを通って街の北西エリアにある騎士団本部を目指した。騎士団本部で夜を明かしたエリックを迎えに行くためだ。

 先頭を歩く王黎は何か考え込んでいるようでずっと黙っている。その雰囲気があまりにも重々しいので、紀更たちはおしゃべりすることもなく黙々と歩いていた。

 城下町の北部は火事や怪魔襲撃などの被害はなかったようで、住人はいつも通りの日常を過ごしている。しかしポーレンヌ城を真南に臨む北広場に差し掛かると、口頭読売師(よみうりし)がひときわ大きな声で朝のニュースを民衆に伝えている場面に出くわし、嫌でも聞こえてしまうその内容から昨夜がいかに非日常だったかを再確認させられた。


「さあ、聞いて聞いて! 今朝一番の最新情報! 昨夜のポーレンヌは大騒ぎ! 南西エリアの大火事で十人、二十人が亡くなった! 巨大な火の玉が突然屋根に落ちてきた、なんて目撃情報もあるけれど原因不明! おまけに街の東側には怪魔が出現! 騎士と操言士が大慌て!」

「おい、なんで街中に怪魔が来るんだ!」

「操言士の守りがあれば、都市部に怪魔は近寄れないはずだろ!?」

「操言士が守りを怠っていたんじゃないのぉ」

「いやいや皆さん! 聞いて聞いて! ここ最近、水の村レイトや音の街ラフーアでも怪魔襲撃事件があったんだ! それを受けてポーレンヌはこれでもか、ってくらいに騎士と操言士が対策をとっていた! 怪魔もきっちり殲滅した!」

「でも、結局襲われてちゃ意味ないわよねぇ」

「今夜は大丈夫かしら。また襲ってくるんじゃないの?」

「操言士がいれば大丈夫だろ!? なあ、そうだろ!?」

「でも、操言士が何人か行方不明らしいぞ」

「本当か!? 操言士なのに逃げたのかよ。おい、どうなんだよ」

「操言士は逃げてなどいませんよって! 今も騎士と操言士は街の復興に精を出しているところ! 再び怪魔が来てもポーレンヌは大丈夫ですよって! 怪魔を斃すのに必要な操言士! 訓練を積んだ強い騎士たち! 彼らは今日も明日も、この街のために働きますよって! それに王都もこのことを気にかけて、何か動きがあるとのこと! さあさ、今夜は安心して眠れるはずだよ!」


 リズミカルに喋る口頭読売師に合の手を入れるように噂話や感想、意見を口にする住民たちの、十人十色の会話も聞こえてくる。

 口頭読売師はおそらく個人商売ではなく、街か城に雇われている者だろう。市民たちから批判めいた声が上がると、すぐさま街の防備体制を強調し、住民たちがパニックにならないように誘導している節がある。

 そんな口頭読売師の足元にある粗末なたらいに何人かが小銭を投げ入れるのを横目にしながら、紀更たちは北広場を西進した。そして騎士団本部の敷地の正面口に到着すると、一人の騎士と立ち話をしているエリックの姿が目に入った。


「エリックさん! お身体は大丈夫なんですか」


 紀更は小走りでエリックに近寄った。

 昨夜の戦闘で汚れたままの騎士の制服だったが、昨夜に比べてやわらかくなった表情から、身体の痛みが消えていることはうかがえた。


「ああ、おはよう、紀更殿。万全ではないが動くには十分だ」

「エリックさん、もう追い出されたんですか」


 ルーカスが心配そうに尋ねると、エリックは苦笑した。


「まあな」

「立てるなら寝台はさっさと空けろ、とのお達しだ」


 ルーカスに答えたのはエリックと話していた背の高い騎士だった。男性にしては肌が白く、緑の瞳がランランと光っている。


「エリックさん、そちらの方は」


 小首をかしげる紀更にエリックは紹介した。


「こちらはポーレンヌ騎士団所属の二等騎士、サイモン・カミングスだ」

「どうも、初めまして」


 サイモンはニカッと笑い、右手を紀更に差し出す。その手におずおずと自分の右手を重ね、紀更も名乗った。


「見習い操言士の紀更、と申します」

「あなたが、噂の特別な操言士か」

「は、い……」


 自ら肯定するのはなんだかおかしな気がして、紀更は曖昧に頷いた。

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