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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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5.痕跡(上)

()(そう)結集!】


――閉じられていた王黎の目がパッと開かれた。

 王黎は両腕を左右に大きく広げ、まっすぐにゲルーネを視界に入れる。

 王黎自身を逆三角形の頂点にして、右肩、左肩、腕の上、頭上、さらにその上と、次から次へと光り輝く真っ白な槍や鉾が、王黎の背後から空間を貫くように空中に出現した。


【一斉突貫!】


 肩がちぎれんばかりの勢いをつけて、王黎は両腕を前方に振り切った。王黎のその動きに合わせて十、二十、三十にも及ぶ槍や鉾が、ゲルーネに向かって一直線に飛んでいく。


「グオォオ!!」


 ゲルーネのひたいに、頬に、首に、胸に、腕に、腹に、足に。あまたの輝く槍と鉾が突き刺さる。


【聖光流通!】


 なおも王黎は操言の力を発揮する。ゲルーネを貫いた槍や鉾の一本一本が光り輝き、ゲルーネの黒い体毛を一本残らず照らし出す。その光の眩しさはゲルーネの身体を内側から焼き尽くし、巨大な熊のようなゲルーネは徐々に半透明になり、やがて消え失せた。


「やった……」


 安堵した紀更はぽろりと呟く。

 だが王黎は気を抜かない。周囲を照らしている槍と鉾の輝きの残りを頼りに、近くにいるはずの三つ編みの男とローベルの姿を捜した。


【指の太さの麻縄、彼の者を三重に縛り上げよ!】


 薄闇の中にかろうじて見つけた三つ編みの男の輪郭に向かって、王黎は叫ぶ。麻縄の幻影が空中に出現し、三つ編みの男を拘束しようと飛んでいった。


【縄の拘束は(あか)き炎に焼かれ、その指は我には届かぬ、我にはさわれぬ】


 三つ編みの男は右手のひらを前方に広げ、鋭い目付きで言葉を編んだ。

 王黎が操言の力で出現させた麻縄の幻影は、男に到達する前に一瞬だけ赤く燃え、姿がかき消える。


「くそっ」


 見かねたルーカスが、男をめがけて走り出した。操言の力で拘束できないなら、物理的な力で身柄をおさえるしかない。


――ピィィ~……ピィァ~……。


 しかしその瞬間、男の横でローベルが横笛を吹いた。

 紀更が作り出した光の檻の中で唸り声を上げていたカルーテたちが、まるで用済みであるかのように自然と霧散する。そしてそれ以上カルーテが暗闇から出現することはなくなる。けれどもそれはあくまでも、カルーテという恫喝手段をローベルが自ら引き下げたにすぎなかった。


――フゥ~ピィ~……!


 続けざまに、ローベルが奏でた笛の音。

 鼓膜から内耳へと伝わるその音の攻撃的な振動が、紀更たち六人をいっせいに襲う。


「くっ、ぁっ」


 走っていたルーカスの足は止まり、膝が折れて地に付いた。


「ぃったいっ……痛いっ!」


 何本もの針がいっせいに耳の一番奥を突き刺しているような痛みが走って、紅雷が悲痛に叫んだ。


「これ、っは」


 両耳を両手でふさぎ、目をぎゅっと閉じて耳の奥の痛みに耐える紀更は、ラフーアの夜のことを思い出した。

 あの音楽堂の中でも、ローベルが吹いた笛の影響で紀更は動けなくなった。あの時は今回のように耳の奥が痛むのではなくしびれるように動けなくなっただけだったが、彼の笛の音が何かトリガーになったのは同じだ。


(それなら……っ!)


 紀更はあの夜紡いだ言葉を、痛みに耐えながらもう一度紡いだ。


【魅惑の歌声……女神の歌声……笛の音を連れて、空へ響け……】


 あの時はこれで身体が動いた。ステージの上で協奏する女性の歌声がローベルの笛の音を彼方へ連れていくようにイメージすることで、彼の笛の音の効果を相殺できたのだ。


【強き風音、けたたましき波音……優しき雨音、(さや)けし砂音……痛々しき笛の音を鎮めよ……我ら六人の聴覚を、悪しき笛の音から守り給え】


 一方、紀更と同じように両耳をふさぎ、痛みに顔がゆがむ王黎も口を動かしながら操言の力を使った。

 ローベルから笛の音の攻撃を受ける仲間全員の耳に、笛の音が聞こえないほどの自然の音が発生し、流れ込むように。紀更とはまた違った視点でローベルの笛の音を中和しようとして言葉を重ねる。

 紀更と王黎の操言の力のおかげか、六人の耳の奥は静まり、針で刺されたような痛みは徐々にやわらいでいった。


「馬龍! これ!」


 その時、三つ編みの男とローベルの間に誰かが割って入った。暗くてはっきりと顔は見えないがそれは眼鏡をかけた女性のようで、手のひらに乗せた何かを二人に差し出している。


「反応が!」


 不機嫌そうな表情か蔑んだような表情しかしていなかった三つ編みの男の顔に、驚愕の色が浮かぶ。


「お前……」


 女性が差し出した手のひらから視線を上げ、三つ編みの男――馬龍と呼ばれた男は目を見開いて王黎を見つめた。


「そうか、お前か!」

「なんっの……ことだっ」


 ローベルの笛の影響から脱しつつある王黎は、苦しげに問う。耳の奥の痛みは多少やわらいだものの、まだキリキリとした感覚が残っていた。


「アンジャリ、ローベル、今夜はもう退くぞ。急ぎ闇神様(やみがみさま)に報告しなければ」

「はい、馬龍様」

「ちょっと馬龍、まだ数が足らないわよ」

「また来ればいい。いざとなれば見習いでも構わないのだから。それより報告が先だ」

「待てっ」


 長剣を支えにして立ち上がりつつ、ルーカスが馬龍たちを引き留める。背中をこちらに向けていた馬龍は振り返り、ルーカスと王黎、そして紀更へと順番に視線を向けた。


「名前を知りたがっていたな。教えてやる、我らは〝ピラーオルド〟。世界の柱のゆがみを憎み、新たな柱を望んで闇神様の(もと)に集いし者。そして我が名は馬龍だ」

「ピラーオルド……馬龍」


 繰り返す王黎を、馬龍は愉快そうに見つめた。


「お前のその()は我ら闇神様がもらう。震えて待っていろ、〝闇の子〟よ」


 馬龍は長い三つ編みをひるがえし、紀更たちに背を向ける。次の瞬間、その場でジャンプした三人の姿は一瞬にして消え去った。まるで最初から何もなく誰もいなかったように、夜の静かな気配だけが残る。


「消えた?」


 唖然とするルーカスの背中に、王黎は呟いた。


「いざというときにジャンプひとつで大きく跳躍移動できるように、あらかじめ、自分の足に操言の加護を与えていたんだと思うよ」


 耳の奥の違和感はようやく平常に戻ってきた。普通に声を発して会話ができるくらいには聴力が回復している。


「僕もよくやる手だけど、やられるとこうも悔しいとはね。そう遠くには行っていないと思うけど、夜だし深追いはやめておこう」


 王黎はルーカスに近付き、彼の肩にぽんと手を置いた。

 操言の力を使って空を飛ぶことはできない。しかし脚力を強化して少し遠くへ飛んだり、速く走ったりすることはできる。身体に負荷がかかるのでそうめったにやらないが、その場からさっさと退散したい場合、己の足の跳躍力を向上させてわずかなジャンプだけで一瞬にして遠くへ飛び上がる手は、王黎もたまに使うものだ。最近では実家にいる紀更に旅行の誘いをした時にそれを行った。あの時残された紀更には、王黎が瞬間移動したように思えたことだろう。


「ルーカスくんは軽症だね?」

「はい。耳の奥がまだ少しちくちくしますけど、怪魔からのダメージはほとんどありません。剣の方は手入れをしないと使いものにならなさそうですが」

「武器は仕方ないね。今夜はこれ以上戦闘にならないことを祈ろう。ユルゲンくんは?」

「耳の奥、頭ん中がまだギンギンする。が、それ以外は大丈夫だ」

「それは上々。キミの助太刀が間に合ってよかったよ」

「悪いな、遅くなって」

「来てくれたからいいよ」


 王黎はユルゲンに苦笑しながら、地面に尻を付いている後衛のエリックに近付いた。その傍には紀更の言いつけ通りミズイヌ型の紅雷がいた。耳への攻撃が相当効いたのか弱々しい表情をしていたが、ルーカス同様に怪魔からのダメージはなさそうだ。


「エリックさん、大丈夫ですか」

「ああ……だが悪い、動けそうにない」

「ここからなら騎士団本部が近いですから、そこへ行ってきちんと手当をしてもらいましょう。ユルゲンくん、手伝ってくれるかな」

「ああ」


 腰元の鞘に両刀をしまい込みながら、ユルゲンもエリックに近付いてくる。


「王黎殿、自分が支えます。エリックさん、いきますよ」


 同じく長剣を鞘にしまったルーカスも近寄り、ユルゲンと二人でエリックの脇の下に腕を回し、その身体を持ち上げた。


「うっ」

「大丈夫ですか」

「ああ」


 どこかに痛みが走ったらしいエリックの顔が苦悶にゆがむ。


「少しの間、我慢してくれ」

「面倒を、かける」


 励ますような物言いのユルゲンに、エリックは途切れ途切れに頷いた。


「紀更と紅雷は無事かい?」

「はい、大丈夫です。紅雷、人型に戻ってくれる?」

「はいっ」


 しゅぽん、と音を立てて紅雷は人型へと姿を変える。紀更はそんな紅雷の調子を確かめた。


「耳の奥はどう? まだ痛い?」

「うーん……もう少ししたら大丈夫になりそうです」

「紀更、さっき使った操言の力で対処できるかもしれないから、紅雷を治癒してあげるといい。キミの言従士の紅雷なら、効果は抜群のはずだから」

「あ、そうですね」


 王黎に言われて紀更は頷いた。そして歌う女神をイメージしながら、紅雷に向かって言葉を紡ぐ。すると耳に残っていたローベルの笛の音はすっかり消えたようで、紅雷の表情は明るくなった。


「すごい! 耳の中、スッキリしました!」

「そう? よかった」


 紀更は小声で呟き、安堵する。

 その時、カルーテを捕らえるために紀更が作り出した光の檻が、自分の役割が終わったことを悟ったかのように薄れて消えた。光源がなくなり、周囲が一気に暗くなる。


「それじゃ、行こうか」


 王黎がそう言って先導し、六人は城下町北西エリアにあるポーレンヌ騎士団本部を目指して、混乱続く夜の道を歩き出した。



     ◆◇◆◇◆

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