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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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4.対峙(中)

「あなたも操言士なんですか!?」


 三つ編みの男は目を細めた。それがどうした、と言いたいようだ。

 紀更は一歩前に足を踏み出して男に近寄り、声を張り上げた。


「ローベルさんは一緒なんですか!」

「離れたところで()()をしている。勤勉な男だ。そういうお前は夜遊びか、小娘」

「また怪魔に街を襲わせるつもりなんですか! ラフーアの時みたいに!」

「訊いてどうする?」

「どうする、って」


 三つ編みの男は、王黎とも紀更とも言葉の応酬を愉しんでいるようなきらいがある。だが核心的なことは決して何も漏らさない。男の興味をこちらに惹きつけないと、何も聞き出せそうになかった。


「怪魔は身体を持たない、魂だけの存在。その魂を作るのは闇の神様ヤオディミス。あなた方はヤオディミスの力を何か悪用しているのでは? 怪魔を人為的に出現させたり、操ることができたりするのは、神様の力を使っているからでしょう?」


 始海の塔でラルーカから教えてもらったことを、王黎はしたり顔で語った。王黎自身、それは推測の段階でしかないと本心では思っているが、今はさも真実を知っているかのように男に対して知ったかぶりをする。


「なるほど、少し知恵をつけたらしいな」


 どれほど効果があるかは賭けだったが、男の目の色は変わり、王黎に興味を持ったようだった。


「ならば体感するがいい、()()()を」


 男の目が怪しく光る。男は腰元にある何かを手に握り、紀更たちに聞こえないほど小さな声で何かを呟いた。すると男の頭上に、うっすらと(はなだ)色の冷光を放つ長さ五メイほどの三日月が出現した。その三日月の内側中央には、二回りほど小さく逆向きの三日月が浮かんでいる。それは間違いなく、ラフーア音楽堂でも見かけた紋様だ。


「あれは!」


 王黎が叫ぶやいなや、縹色の三日月模様は粉々に砕かれ、代わりに空を覆い隠すほど大きな角の生えた熊の怪魔が姿を現した。


「グォホオオオ」

「ゲルーネっ!? 最強の怪魔か!」


 長剣を構えていたルーカスが驚愕し叫ぶ。

 後脚で仁王立ちする怪魔ゲルーネは、雄叫びを上げて周囲を威嚇した。周辺の木々に止まっていた鳥たちが、その声に慄いていっせいに夜の空へ逃げていく。

 さらに怪魔はゲルーネだけでなく、八対の節足を生やした二匹のドサバトも砕かれた三日月模様の破片の下に出現した。それだけでは終わらず、三つ編みの男の背後からはカルーテが走り寄ってきて、今にもこちらに飛びかからんばかりに牙をむき出しにする。


「さすがですね。ゲルーネを呼び出せるなんて」

「ローベルか」


 隣にすっと現れた青年に気が付き、三つ編みの男はちらりと彼を一瞥した。


「ローベルさん!」


 音楽堂の中で会話した、青白い表情の青年――ラフーアの操言士ローベル。

 再び目の当たりにしたその姿に、紀更は胸が痛くなった。


「どうして、操言士のあなたが!」

「ギィィィイ!」


 叫び、前のめりになった紀更に向かってカルーテが飛びかかってくる。


「紀更様っ!」


 しゅぽんと音を立ててミズイヌ型になった紅雷はカルーテに体当たりした。

 ミズイヌ型の紅雷とカルーテは、紅雷の方が若干体格が大きい。だがスピードと勢いはカルーテの方が強かったようで、両者ともにぶつかった勢いではじかれた。そしてそれぞれ四本の足を地面に食い込ませて、すぐに体勢を立て直す。


「紀更、紅雷! 二人でまずカルーテを殲滅するんだ!」

「はいっ!」

「エリックさんはドサバトに少しでもいいのでダメージを! ルーカスくんは僕の護衛をお願いします!」

「了解!」

「了解です!」


 司令塔の王黎が全員に指示を出す。そして当の王黎は、己の身が危険にさらされるのを承知で目を閉じ、言葉を紡ぐことに集中する。同じように紀更も、紅雷を強化すべく操言の力を使った。


【紅雷の鋭い一噛みは魂を塵と化す。紅雷の強い一当たりで魂は霧と化す】


 初めて会った時、紅雷は怪魔スミエルに噛み付き、そのまま水中でスミエルを斃してみせた。ミズイヌ型の彼女の歯は人型のそれと違い、本物の犬のように鋭く、牙と呼んでも差し支えがないということだ。

 その紅雷に噛まれたり、あるいは先ほどのように体当たりされたり蹴られたり、物理ダメージを与えられることによって最弱の怪魔カルーテが霧散するように。紅雷のたった一撃でもカルーテを確実に屠れるように。そうイメージして行使される紀更の操言の力が、紅雷の身体を淡く光らせた。


「ふ、んっ!」


 そのあたたかくも強い力を感じながら紅雷はカルーテに挑みかかった。

 闇夜の中に現れるカルーテを、噛んだり体当たりしたり、あるいは前足と後脚を使ってひっかいたり蹴り飛ばしたりして斃していく。もちろん、操言の力を使う紀更を狙って飛びかかってくるカルーテは最優先に屠った。


【十字に重なる巨大な鉄格子、光を発し、怪魔カルーテを導き捕らえ、閉じ込めよ。それは光の檻。ふれるカルーテを焼き尽くす、絶望の空間。入る者は捕らわれる者、決して出ることはできず。私が許すまで光は消えない、消えない光は強き檻なり】


 続いて、紀更は光の檻をイメージして言葉を紡いだ。それはラフーアで王黎に「内省」を教わった時にイメージしたものだ。

 ピクニックのようなあの修行の時からずっと、紀更は就寝前などに考えていた。もしも水の村レイトの時と同じように、カルーテが次から次へと無限に湧き出るような状況になったらどう対処しようかと。そうして考えた末の結論のひとつが「光の檻」だった。

 湧き出るカルーテをこちらに近寄らせないためにはどこかに閉じ込めるしかない。そのためには檻、それも光を苦手とする怪魔にぴったりの、光を放つ鉄格子が最適だ。


(何度も思い描いた……大丈夫、できる!)


 紀更の描くイメージと放つ言葉のとおり、夜の歩道には背の高い樹木ほどの高さの光の檻が現れた。それは三つ編みの男のすぐ近くまで広がり、空間を囲い込む。そして男の背後から現れるカルーテはみな、その光の檻へ誘導されるように引きずり込まれ、閉じ込められた。時折、檻の中で暴れて光の鉄格子にふれたカルーテがその光に焼かれて霧散する。


(意外とできるな)


 戦闘を静観しようとしていた三つ編みの男は、光の檻から離れるように後退した。同じようにローベルも後退して男の隣に立つ。


【エリックさんの剣、軽く振れて、重く切り裂け。闇に染まる怪魔ドサバトに光の罰を! 黒き魂は白き力に貫かれ引き裂かれ、切断されて霧散する!】


 紀更は間髪を容れず、ドサバトに立ち向かうエリックに操言の加護を飛ばした。エリックが地を蹴って剣を振るうと、それまで切断できなかった怪魔ドサバトの節足はまるで小枝でも切るようにたやすく断ち切れる。

 エリックは紀更の付与した加護が切れる前に体勢を変え、ドサバトの足を切り落としていく。そして残ったひょうたん型の本体に長剣を突き刺した。ぷつぷつと何かが割れる音がして、一匹目のドサバトの身体は塵となって霧散していく。


「紀更殿、いいぞ!」


 エリックは一度後退し、長剣を握り直す。

 水の村レイトでキヴィネと遭遇した時とは比べ物にならないほど、操言士としての紀更の支援はよくできていた。


「紀更様、守りは任せてください!」


 そんな紀更の傍で、紅雷は周囲を警戒する。

 カルーテが光の檻に閉じ込められたとはいえ、操言の力は永遠には続かない。新たな怪魔が出現して紀更を攻撃することも考えられる。カルーテへの直接攻撃が不要になった紅雷は、自らの判断で紀更の護衛に回った。

 問題はルーカスと王黎の方だ。

 強大な効果を発揮するためにより多くの言葉を連続で紡いでいる王黎は目を閉じて集中しており、ひどく無防備だ。その姿に気付いたドサバトとゲルーネが、二匹そろって王黎を狙ってくる。


「ピァアァァ!」


 ドサバトが一本の節足を王黎に向けて勢いよく伸ばした。その足先は刃物の切っ先のように鋭利になっており、身体を貫かれたら人間などひとたまりもない。


「ハアァッ!」


 ドサバトの攻撃に気付いたルーカスが、すぐさま王黎とドサバトの間に割って入り、伸ばされた足を長剣で払いのけた。その瞬間、ゲルーネが巨大な拳を王黎とルーカスめがけて振り下ろしてくる。


「王黎殿!」


 ゲルーネの太く大きな拳を、ドサバトの足先のように剣で振り払うのは無理だ。パワーも重さもまったく違う。

 ルーカスはとっさの判断で王黎の腰元に抱きつき、勢いよく地面を蹴った。


「くっ」

「すみません、王黎殿!」


 王黎を押し倒す形になったルーカスは、地面に腰を打ちつけたらしい王黎に謝る。


「いや、ありがとう」


 王黎は少し苦痛に顔をゆがめたが、自力で起き上がる。

 ルーカスはすぐさま、ドサバトとゲルーネに向き合った。ゲルーネは地面をえぐっただけの右手を振り上げ、ルーカスを睨む。瞳のない赤一色のその目玉は、まるで愚弄されて怒っているかのようにキリッと鋭くつり上がった。

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