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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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3.暗躍(中)

「私は《光の儀式》で、操言の力はないと判別されたの。だから王都で普通に過ごしていたわ。でも一年くらい前に突然、『操言の力を持っている。だから操言士になれ』って、王都の操言士団の方に言われてね。それで急遽見習い操言士になって、操言院の寮に入って朝から晩まで勉強漬けになったの。だけど操言院での勉強は息苦しくて……ふいに胸が痛むようになって……。そんな私を見かねて王黎師匠が休暇をとってくれたわ。操言院から実家に戻って少しの間のんびり過ごそうと思ったんだけど、水の村レイトにちょっとした旅行だよ、って王黎師匠に連れ出されて……そしたら、村を襲うキヴィネに遭遇しちゃったの」

「キヴィネ?」

「六種類の怪魔の中で二番目に強い怪魔よ。しかも間の悪いことに、ちょうどその時王黎師匠はいなくて……キヴィネだけじゃなくてカルーテもたくさん湧いて出るし、エリックさんとルーカスさんが戦ってくれたんだけど、私は怖くて」


 初めてキヴィネと対峙した時の恐怖を思い出して、紀更の声は少し小さくなった。


「その時ユルゲンさんが現れて、助太刀してくれたの。エリックさんも操言士の力が要るって励ましてくれて……それで私、たぶん、初めてまともに操言士として役に立てたと思う。それで、ありがとう、って」


 紀更は思い出す。水の村レイトの噴水広場で初めて操言士として褒められた、感謝された、あの時のことを。報いの言葉をくれた、ユルゲンの青い瞳を。


「そのあとすぐ、王黎師匠の提案で休暇を終わらせて、修行のために祈聖石巡礼の旅をすることにしたの。ユルゲンさんは私たちと一緒に行けば自分の探し物が見つかる気がするからってことで一緒に付いてきてくれて……。ラフーアで怪魔が現れた時も戦ってくれて、始海の塔に向かう途中で海に落ちた私を助けてくれて……私はユルゲンさんに迷惑をかけてばかりいるわね」

「紀更様にとって、傭兵さんは何か特別なんですか? 師匠さんとは違う? 騎士さんとも? ほかの人とは何かが違うんですか」

「それは……どうかしら。わからないわ」


 返事をする紀更の声はとても小さい。

 ユルゲンが自分にとって、王黎やエリック、ルーカスとどうどう違うのか。そうして比較して考えたことはなかった。

 王黎は師匠だ。未熟な自分を育成してくれるために一緒にいる。

 二人の騎士は紀更の護衛という、騎士団からの命令に従って仕事をしているだけ。

 では、ユルゲンは?

 自分の探し物が見つかる気がする、と言って水の村レイトから付いてきたが今は――。


――自分でも不思議なんだが、君が何かを知るたびに驚いたり感心したり……そういう姿を見ているとな、退屈しないんだ。

――どうしたらいいか、どこに行けば正解か。それは俺にもわからん。でもいいんだ。今は紀更……たちと一緒にいさせてもらう。


 探し物はもういいの?

 旅の目的はもういいの? 今はいいの? いつまでいいの?

 いつまで一緒? どこまで一緒?

 師匠でも護衛でもないあなたが一緒にいてくれるのはなぜ?

 一緒にいるためにはどんな理由があればいいの?


(理由がある人とない人……)


 ユルゲンがほかの人と違うところ。それは同行する理由の有無だ。

 王黎やエリックたち、そして紅雷は紀更と一緒にいるための理由がある。それはよほどのことがないかぎり取り下げられることはない明確なものだ。しかしユルゲンの場合は違う。「探し物が見つかる気がしたが、無理そうだから共に行動をするのはここまでだ」と、もしも彼が離れていくことを希望したら引き留める方法はない+。


(ああ……船の上でもこうだった)


 始海の塔へ向かう船の上での、ユルゲンの答えを待つ間の不安感がよみがえる。「君たちと一緒にいても探し物は見つからなさそうだ。一緒にいても自分の目的が果たせないから、共に旅をするのはここで終わりだ」と、もしもそんな風に返されたらと思うと不安で仕方なかった。彼との決別を想像すると、なぜか胸の奥がぎゅっと痛んだ。そしてそうは言わなかったユルゲンにとても安堵した。


(私は、ユルゲンさんと一緒にいるための理由が欲しいのかしら)


 ユルゲンをつなぎ留めておくために。

 始海の塔の最後の夜、彼と話したいと思ったのは理由を得るためだろうか。それなのに胸がつまって、妙に気まずくなってしまって、どうにもぎくしゃくしてしまった。

 一緒にいる明確な理由があれば、そんな不自然さはなくなるだろうか。不安に襲われることはないだろうか。でもそこまでして理由を求めるのはなぜだろう。

 近くを見ているようで遠くを見ている紀更の緑の瞳。戸惑い、困惑、不安、焦り。そこには様々な感情が映って見える。


(紀更様……)


 黙って考え込んでしまったそんな紀更の横顔を、紅雷はおとなしく見つめていた。


(紀更様、どうしてそんな顔をするの)


 つらいのか、苦しいのか。悲しいのか、寂しいのか。紀更の遠い目の裏にある感情が紅雷には読み取れない。やっと見つけたご主人様である紀更のすべてを知っていたいのに、紀更にとってのユルゲンがどんな存在なのかわからない。ユルゲン自身に問うてもその答えは得られなかった。

 紀更にとってユルゲンはどういう存在なのだろう。こんなにも深く重い表情をさせるほど、ユルゲンは紀更に何をしたのだろう。何を言ったのだろう。紀更と共に怪魔と戦った? 海に落ちた紀更を助けた? それだけ? もっと何か、二人だけの特別な時間があったのではないだろうか。紀更もユルゲンも言葉にはしないが、心の奥底で互いのことをとても特別に意識しているのではないだろうか。

 紀更から見たユルゲンという存在。そして、ユルゲンから見た紀更という存在。紅雷の知らない、二人の間合い。


(わかりたいなあ)


 紅雷は紀更を知りたい。紀更を理解したい。遠くを見つめるその意味も、その理由も。紀更が黒髪の傭兵に向ける感情さえもすべてを知っておきたい。紀更に起きることのすべてを隣で見ていたい。そうすればきっと、紀更を支えてあげられるから。明るさをなくしてしまった紀更に、笑顔を取り戻してあげられるかもしれないから。そうして役に立つことができれば、きっととても嬉しいから。

 まっすぐに、ひたむきに、愚直に。たった一人を心の底から大事に思える。それができるのが言従士という存在だとしたら、自分はなんと果報者だろうか。


(ねえ、紀更様……健やかに笑っていてほしいです)


 紅雷は自分のひたいを紀更の腕にこすりつけた。



     ◆◇◆◇◆



「ありがとう。これで仕事ができるわ。それじゃ、あとは任せて、あなたは気を付けて帰ってね」


 女性操言士にうながされて、若い少年の操言士は歩道へと戻っていった。残された女性操言士は、手の中にある祈聖石に視線を落とす。


「ほんとによくもまあ、これだけのモノを……怪魔が近寄れないわけだわ」


 擬態を解いた祈聖石は、両手に収まらないほどの大きな乳白色の石だ。色からして、太陽の光を十分に浴び、なおかつ操言士が守りの祈りを今日の今日込めたばかりだろう。この祈聖石があるかぎり、この周囲に怪魔は近寄れない。


「さて、()()(げつ)(せき)の力、試させてもらうわよ」


 女性操言士は腰に巻いたポーチの中から片手に収まるほどの墨色の石を取り出した。改具月石と呼んだそれを、一回りも二回りも大きな祈聖石の方に近付ける。

 すると、改具月石の周囲にゆらゆらと光が立ち込めて、息でも吸い込んでいるかのように祈聖石から光を吸い取り始めた。


「あら、嘘じゃないのね。ほんとに祈聖石の力を吸い取るんだわ。これなら擬態さえ解ければ祈聖石の無効化は楽になるわね」


 事前に改具月石の効力を知らされてはいたが、動作の様子を目の当たりにして女性操言士は感心する。


「とはいえ結局やることは地味よねえ。ああいう警戒心のないお馬鹿な子がそう何人もいるとは思えないし」

――ポーレンヌ操言支部に配属になって、今日来たばかりなの。このあたりの祈聖石の保守を頼まれたのだけれど、場所と擬態がわからなくて。教えてもらえないかしら?


 そう頼んだ相手は胸元に操言ブローチを付けていたので操言院を修了している、一応一人前の少年の操言士だ。しかし顔付きは幼く、成人したばかりかもしかしたら未成年だったかもしれない。

 その少年操言士は快く祈聖石の場所と擬態を教えてくれて、ついでに擬態も解いてくれた。改具月石の効果を見せるわけにはいかないので親切をよそおって追い払えば、素直に立ち去ってもくれた。


「ふふっ、素直なお馬鹿さんってかわいいわね」


 改具月石の周囲をただよう光がどんどん強くなる。それと比例して、祈聖石の乳白色は濁り、灰色っぽくなっていく。それは太陽のエネルギーを失い、素体に戻った石本来の色だった。


「さて、あたしの役目はあとひとつ。それと祈聖石は念のためにどこかへ捨てないとね。まったく、地道で手間のかかる作業だわ」


 女性操言士は改具月石と、ポーチに収まりきりそうにない祈聖石を手に持って北へ向かって歩き、闇の中へと姿を消した。



     ◆◇◆◇◆



「眠りの効果はどれくらいもつ?」


 煙草をくゆらせながら、三つ編みの男は隣の青年に尋ねた。


「若い成人女性で十時間ほど。成人男性で体格のいい人ですと半分ぐらいです」

「あまり長時間とは言えないな。男女は問わず、なるべく若いのにするか」


 三つ編みの男は口から煙草の煙を吐き出し、夜空を見上げた。昨夜は満月がよく見えたが今日は朝から曇っており、今も夜空には霧状の雲が広く出ている。時折、その雲の隙間からほんのわずかに欠けた月が見え隠れしていた。


「お前は大丈夫か。ここにはなんの恨みもないだろう」

「お気遣いありがとうございます、馬龍(マーロン)様」


 青白い肌の青年ローベルは、三つ編みの男、馬龍に頷いた。


「もう……何もかもがどうでもいいのです」


 馬龍は気遣ってくれたが、ローベルの凍えた心は頑なだった。

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