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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
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2.羨望(下)

「紀更様、大丈夫ですか!?」


 咳き込む紀更の背中を、隣に座っている紅雷がやさしくなでる。


「マリカ、突然現れないでよ。驚くじゃないか」

「あらいやだ、神出鬼没のあなたに言われたくないわ、王黎。それに、あなたは別に驚いていないじゃない」


 王黎は席を立つと椅子をひとつ調達し、自分の隣にセッティングする。

 王黎の用意したその椅子に自然に腰を下ろしたその女性――マリカは長い赤毛を肩から払った。ツンと張り出した胸が現れ、女性的な魅力をこれでもかと放つ。デコルテ部分がレースになっている黒いノースリーブは店内を照らす明灯器の灯りの下でやけに色っぽく見えた。


「食事中にお邪魔してごめんなさいね。王黎が来ていると聞いて、捜していたの」

「みんな、彼女はポーレンヌ操言支部の操言士、マリカだよ」

「王黎とは同期なのよ。よろしくどうぞ」


 マリカはエリック、ルーカス、紅雷、そして紀更と順番に視線をやって、一人ずつの顔を確認する。金色の目が細められ、グラマラスな姿態からよりいっそう妖艶な空気があふれた。


「同期というと、操言院を修了した時期が同じということですか」

「そうよ。その時修了試験に合格したのは四人でね、一番若いのが王黎で十三歳よ。年下の同期なんて、正直面白くなかったわ」


 ルーカスの問いに答えるマリカは、演技がかったようなため息をついた。


「でも若い頃から優秀な人は本当に優秀なのね。私はまだ六段だけど、王黎なんて二十六歳の時、操言院修了からたった十二年で最高位の師範でしょ? 優秀を通り越してアタマがおかしいんじゃないかと思うわ」


 マリカは口元だけでくすくすと笑う。


(六段、師範……)


 六段や師範という単語の重みがまだ実感としてわからない見習い操言士の紀更は、腑に落ちない表情になった。

 確かに、これまで紀更が見てきた対怪魔戦での王黎や、修行で紀更を指導する王黎は非の打ち所のない優秀な操言士に見える。だが、それが「師範」という肩書きとどう合致しているのか。言葉と実態との調和が、紀更にはまだ感覚的に理解できなかった。


「マリカ、ポーレンヌの操言支部は騎士団みたいに部隊編成をしているらしいって聞いたんだ。詳しく教えてくれないかい?」


 王黎が尋ねると、マリカは頬杖を突きながら上機嫌で説明した。


「あら、よくご存じね。部隊なんて言うほど大げさなものじゃないわ。四名の操言士で一組の班を作っているのよ。守護部の五段以上の操言士を班長にして、四段以下の守護部が一名、段位問わず国内部が二名という構成を基本にしてね」

「有事の際はその班単位で対応するわけか。じゃあマリカは、その班長の一人だね」

「ええ、そうよ。全部で十班あるのだけど、ポーレンヌ城下町全体を十分割して、各班に持ちエリアを割り当てているわ。レイトやラフーアのように万が一怪魔が出現したら、出現エリアの班が率先して対応するの」

「なるほどね。班以外の組織単位はあるのかい?」

「班以外にはないわ。でも、班に組み込まれていない操言士は最優先エリアというのを割り当てられているの。怪魔との戦闘が苦手な操言士であっても、緊急時には自分の受け持つエリア内にいる市民を最優先に保護せよ、ということね」

「エリックさん、ルーカスくん。どうですか、騎士のお二人から見ると」


 王黎は二人の騎士に感想を求めた。


「班を作るというのは基本だな。人数が多い場合、複数人をまとめて管理、配置するためには合理的だ。構成も能力を基本にしているようだし、いいんじゃないか」

「持ちエリアを割り当てるというのもいいですね。自分が守るべき範囲が事前に定まっている方が動きやすいですから」


 エリックもルーカスも肯定的に頷いた。

 操言士団の中には国内部、守護部、民間部、教育部という()()(かい)があり、すべての操言士は四部会のどれかに所属している。そのうえで、働く場所として各都市部にある操言支部に配属されるが、支部の中の構成は自由――という名の、ほぼ無秩序なのが現実だ。支部長の采配に一任されているため、明確な組織構成というのはない。四部会の所属、および操言院修了試験時に受領する操言ブローチや段位によって個々のおおよその性質は把握できるため、各々の能力にあった仕事が振られるのが普通だ。

 そうした支部の状況からすると、班を組み有事に備えてエリアを受け持つという取り組みは、これまでにない斬新な試みと言えるだろう。


「騎士団を参考にしているのよね。これを機に操言士団は変わっていくかしら。怪魔襲撃事件のおかげで操言士団が発展していく……そう考えると皮肉なものね」


 マリカは目を細めた。だがすぐにパチッと見開いて、待ちきれないという表情で王黎を見やった。


「それで、王黎。その()が〝特別な操言士〟なんでしょう? いつになったら紹介してくれるのよ」


 マリカはテーブルの下で足を組み、右手で王黎の眉間を指差した。


「ああ、そうだったね。彼女は見習い操言士紀更。今は祈聖石巡礼の旅の途中。それから、そちらの二人は紀更の護衛をしてくれている騎士団のエリック・ローズィさんと、ルーカスくん。紀更の隣にいる娘は紀更の言従士紅雷だよ」

「言従士!?」


 マリカは腰を上げんばかりに驚いた。それまでの演技がかった空気が壊れ、素の表情が出てきたようだ。


「嘘でしょ!? 本当なの!?」

「出会ったのは数日前だけどね」


 王黎はひょうひょうと答える。その一方で、激しく驚くマリカになんと返してよいのかわからず、紀更と紅雷は二人そろって特に口を開くことはなかった。


「マリカも知っていると思うけど、言従士が自分の操言士を間違えるはずないだろう? 紅雷の方が紀更を見つけたんだよ」

「そんな……だってまだ、ただの見習いでしょ?」

「言従士にとってはたった一人の操言士だ。見習いかどうかなんて関係ないさ」


 王黎は穏やかにほほ笑んだ。


「でも女性同士なのね」

「それも別に関係いないよ。男性同士の操言士と言従士だっているんだから」

「そう……そうよね」


 マリカは何かが腑に落ちたようで落ち着きを取り戻した。そして再び作り物のような大人の女の顔になり、紀更に話しかける。


「紀更ちゃんは知ってる? 操言士と言従士って、男女の組み合わせが多いのよ。言従士と出会える操言士自体少ないのに同性なんて珍しいわよ。残念……いえ、よかったわね」


 マリカはうっすらとほほ笑んだが、紀更は頬が強張るのを感じた。なぜだかマリカに対しては、ほかの人にするように自然と相槌が打てなかった。


(残念? なんで? 何が? それを言い直してまで、何が〝よかった〟なの)


 思わず発してしまいそうになる言葉をすんでのところで呑み込む。何かほかに返事をしようと思ったが、喉まで上がってくる言葉はどれも淀んでいて、どうにも発する気になれない。


「紅雷ちゃんは自分が言従士だ、って、どうやって自覚できたのかしら」


 反応の薄い紀更から、マリカは紅雷へと顔を向けた。マリカに見つめられた紅雷はマリカの金色の瞳を見つめ返したが、問いかけには答えない。拗ねた子供がするようにぷいっと横を向いた。そして紀更の二の腕に手を回す。

 紅雷は紀更に対しては感情をむき出しにするが、紀更以外の人間にはおいそれと心の内をさらけ出さない。紀更に屈託なく笑いかける紅雷と、貝のように黙ってしまう紅雷。どちらが本当の紅雷なのだろうかと紀更は思ったが、どちらも紅雷の自然な姿なのだろう。

 紀更とそれ以外の人間との間に明確な線引きをすること。それは決して褒められることではないだろうが、それも言従士の側面なのだとしたら仕方がない気もする。ならば紅雷の言動の責任は、紅雷の操言士である自分にもあるだろう。


「あの、すみません。紅雷はあまり話さないみたいで」


 紅雷の手綱を握るべき操言士として、紀更は紅雷の無礼をマリカに詫びた。自分自身に関する返事はする気にならなかったが、紅雷の代わりに発するような言葉ならどうにかマリカに返せた。


「そう、いいのよ。言従士だからかしら。主人だけに忠実なのね。羨ましいわ」


 どこが羨ましいのだろう。なぜ羨ましいのだろう。紀更はマリカの真意が読めなかったが、あえて尋ねることはしなかった。


「王黎、まだしばらくポーレンヌにいるんでしょ?」


 椅子を引き、マリカは立ち上がった。王黎の肩にぽんと手を置いてほほ笑む。


「ポーレンヌは広くて、祈聖石を巡るのも時間がかかるからね。明日、明後日はたぶんまだいるよ」

「紀更ちゃんのこと、みんな知りたいと思うわ。よかったらポーレンヌの操言士たちに会わせてあげてね」

「もう行くのかい? 夕食は?」

「お酒の気分になったから酒場に行くわ。じゃあね」


 マリカはそう言うと颯爽と去っていった。残り香がふわりと空気中にただよう。

 残された五人の間には妙な沈黙が下りた。二人の騎士は黙々と食事を続け、紀更もしばらく手を止めていたが何事もなかったように食事を再開する。紅雷だけはぶすっとした表情のままだった。


「マリカは」


 王黎は取り繕ったような薄い笑顔で言った。


「ポーレンヌに来たのは二年か三年前、だったかな。それまではずっと王都にいてね、まあ……王都の人らしいよね」


 王都の人らしい――その言わんとしているところが、紀更にはよくわからない。だがエリックとルーカスは何かを感じ取ったようで、ますます口を閉ざす。


「彼女自身は悪い人じゃないんだよ」


 王黎のマリカへのフォロー。それでもごまかせない何かをすでに感じていた紀更は、重くまとわりつく嫌な気持ちがくすぶるのをなかったことにはできそうになかった。

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