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貴女が貴女である為に  作者: 干した干物
一章・結局は私の自己満足に帰結するから。
1/2

死後の世界?何それ。

初投稿です。よろしくお願いします。

いつかきっと、壊れてしまう。

どんなに価値があっても、周囲から大切にされていても。

ほんの些細なことでさえ幾重にも積み重なれば粉々に打ち砕けて。

脆くて弱くて。

触れられる度に汚れが広がり戻らない。

見られる度に心が抉られて。

祀られる度に虚実は拡大し、中身が霧散する。


全身に貼り付けられた理想のメッキの中はドロドロに腐っていて最早、生きてすらいない。

生きている意味を持たない所謂ところの死人―…それが私。



私は今、思い出した。

この後、彼がやって来て剣で私の心臓を突き刺す。

解放の幕開け。

その時の表情と言ったら。

もう、我慢出来なかった。

凝り固まった表情を砕き、涙を流しながら笑みを浮かべた。

…これで私は自由だ。

ずっと憧れていた自由が虚空に漂い、そっと上をみて手を伸ばす。

あと少し。もうあと少しでそれに手が届く。

死の淵に頑張って頑張って手を伸ばした。

生気が抜けて死に体の身体がそれを最後に欲した。

もう腕の震えはなかった。

寒さなんて感じない。痛みも苦しみも。

けれど涙だけは止まらなかった。

そして、こぼれ落ちた涙が冷たい石の床に落ちる頃、私の体は動かなくなっていた。





☞☞☞☞☞






―彼女がその言葉を言い終えるまでに、走り出した。


鳴くカラスの声は止み、駆け回る子達が親に手を引かれていく。

残照残る空はいつの間にか暗く、微睡みの空気は鋭く澄んでいた。


街灯に照らされる私は一心不乱に逃げていた。

煩音を振り落とすように頭を振り、空を叩きつけるかのように固く握った拳を振っていた。


激しい頭痛と共にぐるりと視界が歪んでまともに進むことが出来ない。

靴を介しない足裏から腱へと伝う振動が体を大きく歪め、真っ黒なアスファルトに散る小石に足裏を裂き、真っ赤な足跡を残して逃げていく。

細切れの、辿々しい呼吸を精一杯に正気を置いていく。

私はただただ、受け入れられなかった。

先の彼女が私に言い放った言葉に。家族の存在に。私が生きていることに。

時間が経つにつれて身体が重く苦しくなってくる。喉から血の味がして足から熱が引いていく。

もう、足の感覚はなかったのかもしれない。

涙が溢れていた。それを自覚したくなくて歯を食いしばって堪えようとして、さらに溢れて。

更に強く頭を振った。頭に響く声を振り払うように、その涙を振り払うように。

罵詈雑言はもう慣れた。そう思っていたのに。今になって一気に押し寄せて頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。幼い頃から我慢していた。そういうものだと思い込むようにしていた。なのに。なのに…。

今になって私を突き破るかのように反響を繰り返す。

…うるさい。うるさいうるさいうるさい!

向き合うことに耐えられなくて、幼子の様に喚いて。

鳴り響く声から逃げようとして、やがてその声の一切が掻き消された。


爪が剥がれた血塗れの足が横断歩道の白い線を踏んだ時、私は顔を上げて真横を大きく開いた瞳で眺めた。

私の身長を遥かに超える高さの、大型のトラックが爆音を鳴らしながら眼前に迫った。

止まる気配はなかった。

無慈悲にも私の小さな体を覆い尽くそうと、その車体が迫る。

そして信号機から漏れる青い光と共に私は最期に思った。


『…あれっ。もしかして、私って…不幸…?』


バンッ!

何かが破裂したような音が響いて体が弾き飛ばされた。





☞☞☞☞☞





私の名前は百合園(ゆりぞの) 心結(みゆ)

16歳の女子高生。

どこにでもいる普通の学生。

トラックに轢かれて死んだと思ったのに。まだしぶとく生きているらしい。

体を動かそうにも反応が鈍い。あと目もあまり見えない。

これは恐らく、四肢欠損又は脊髄損傷に加え眼球破裂又は損傷と言ったところだろうか。

…どうしようとも、軽く詰んでいた。

これが一般的に、後に死んだ方が幸せと言わしめる状態か。

うん。なかなかに不便だ。

どうなのだろう。この状態は不幸なのだろうか。

五体満足に生きていても果たしてこの状態より絶対に“幸せ”なのだろうか。幸せってなんだっけ?…幸せ。

私は多分幸せだよ?世の中には私よりも不幸な人がいっぱいいるんだ。明日の食べ物の心配をする人に激しい暴力を加えられながらも逃げ出せない人、長時間の労働で過労死する人。

そのどれをとってみても私のは不幸とは言えない。不幸足り得ない。…だから不幸と思っていはいけない、幸せなんだ。

幸せで幸せで。毎日が幸せで、不幸な人が羨望の眼差しを向けるくらい…。………。…?…羨望?…うらやむ?わたしをうらやむの?…なんで?なんでなんで?どうして?どうし―――


「ようこそ、いらっしゃい。」


凛とした上品な声が響いた。

乾いてひび割れた地面に水がそっと染み渡っていくかのような、そんな慈しみ溢れる声だった。

湧き出る雑音が打ち消されて、まるで入眠前のように心穏やかになっていって。


「差支えがなければ、どなたか教えて頂けますか。」


声が私に話し掛けているのだと気付くのにそう、時間は要しなかった。

だから口を開いて急いで言葉を紡ぎ出す。


「ええっと…。わたしは…。百合園 心結って言います。…もしよかったら貴女の名前も教えてくれませんか?」


一泊の間の後、彼女の声が再び響いた。


「ミユと言うのですね。…変わった名前です。遠い異国の方ですか。わたくしの名前はアルトワイト・オル・アメリアと申します。どうぞ、よろしくお願い致します。」

「アメリアさん?外国の人なんだね…。それにしても日本語が上手だ――、あれ?」


言葉は口を介して相手に伝えられる。口を開き、声帯を震わせた後に空気の振動を相手が受け取り、そのパターンを認知して―。

―してない。

口を開いてない。喋ってない。なのに、言葉が相手に伝わっていく。

…なにこれ。

それに、私は今何語で相手に会話をしているんだ?

そもそも言語として成すものを伝えている?

全く分からない。もしかして、これは夢で。トラックに轢かれたのも、あの“家族”の元に生まれて来たのもこうして意識があることも。

もしかしたら私はもっと別の形で―。


「ミユ?どうしたのですか?」


その綺麗な“声”が私を心配する素振りをみせる。

本当にそこには気持ちがあるのか、意思があるのか…実体があるのか。

確かめなければいけない。もっともっと、この声を知りたかった。


「貴女は…、アメリアは誰なの?」


そう問う声はやけに震えていた。

なにかに懇願するかのように。


「誰と訊かれましても…。わたしはわたしです。アルトワイト家の嫡女にして由緒正しき聖女アメリア。それ以上でもそれ以下でもありません。」


一瞬、感覚のない体が固まったような気がした。

ただならぬ単語がすっと通り抜けようとした。

その高威力の単語に張り詰めた心がとき解される。


「せ、聖女?って…。まさかあの宗教的な意味合いの聖女?」

「…宗教的な意味合い…。…まあ、そうなりますね…。」


どこか可笑しかったようでアメリアはふふっ、と笑い声を零す。

確かに、世の中には未だに雑多な宗教が蔓延っていてキリスト教に至ってはバチカンとかいうよくわかんない国までつくってるから。だから聖女がいても何ら不思議じゃないんだ。

それにしても今はどういう状況なのだろうか。

事故を負った私に語り掛けるアメリア。更にはテレパシーにも似た意思疎通。

―ここは日本なのだろうか。もしかして、事後に“幸運”にも実験施設に運ばれていて、今は脳に電極が差し込まれて…。などという、とんでも妄想が脳裏を過ぎった。


「そういうミユはどなたです?」


意趣返しのつもりかアメリアは私に同じことを訊き返した。

しかし、私はアメリアのように聖女などという恥ずかしい肩書きは一切ないごく普通の高校生なのだ。

勿論、物理や数学オリンピック金メダリストなどのような大層な称号も一切ない。

こんなことを思ったけれどアメリアが聖女という肩書きに誇りを持っていたら土下座しよう。

許してくれるといいな。


「私は勿論、令和の世を生きるごく普通の一般市民にしてただの高校生だよ。」


言い切ったとばかりに胸を張った、つもりだ。

そんな私にアメリアは疑問に満ちた声を向ける。


「レイワと言うのは貴国の年号ですか?そしてコウコウセイというものはなんですか?」


アメリアは名前からして外国人なので日本に詳しくないのかもしれない。

そして高校生は…。これは高校生という単語を知らないだけなのか。高校生という概念を知らないのか。

それ以前にこの伝え合っている言語なのだけれど…、考えすぎると変な坩堝に嵌るから放置しよう。


「高校生っていうのは中等教育機関に通う学生の総称みたいなものだね。」

「…中等教育機関。」

「うん。文部科学省が定めた指導内容に沿うように造られた学校だね。」

「…そう、ですか。」


アメリアはなにか考えている素振りを含んだ口調だった。

…私は世の中に詳しいという自覚は無い。

けれども、もうすぐ技術的特異点が現れ、AIが人間の知能を超えると叫ばれる昨今、未だに時代遅れの形式を価値観に含んだ人々がいることも理解している。

それが愚かなこととは思わない。

その国の経済状況、成り立ちに民族に思想に宗教に。それらの雑多なものに影響され続けて人格や知識、価値観が形成される。

中国やロシアなどがその身近な例だ。

一党独裁による情報統制の成された中国に戦争時に同じく情報統制を安易に行うロシア。対抗馬を簡単に暗殺しようとする姿が日本生まれの平和漬けの私にはまるで遠い異世界かのように感じさせる。

だから、何かの理由があってアメリアのように高校という、私にとっての当たり前を知らないことも十分に有り得ることだった。


「…ところで、ミユはここは何処か(・・・)ご存知ですか?」

「ここは…。」


体が動かない上に真っ暗で何も見えない。

ここが何処か。そんなこと私も知りたいが、アメリアも同じ状況であるということに深い安堵を覚えた。


「ごめん…。私にも分からない。…ところでアメリア。もしかして、アメリアもトラックに轢かれたとか?」


ほんの軽い冗談だった。

大体、トラックにどのような因果関係があるというのか。


「…トラックと言うのは存じ上げませんが、私は確かに死んだはずです。」


抑揚の無い声だった。

私と同様に当たり前を呟くように。


「わたしはここを死後の世界だと思っておりました。でも、少しおかしく感じます。」

「…死後の世界。」


そんな突拍子の無い言葉に、ただ思考をぐるぐると往々させることしかできなかった。

死後の世界とは。

勿論、私はそんな言葉を否定するつもりはない。

現代科学では人間の意思等は脳の複雑なシナプス回路を通じて生み出されるものと考えられている。

そこに霊的ななにかを介することはない。ミクロな視点でみれば酷く機械的で全て技術的にはAIで代用が可能である…と。当然死んだのであれば機械同様機能が停止して全てシャットアウトされるだけである。

しかし、いつの時代であっても科学的通説は覆されてきたという歴史がある。

神や悪魔、幽霊は連れてきた前例が無いからこそ存在を否定も肯定もできない。その言った者勝ちな世の中に歯痒い思いがありつつも公平性を呑み込んで大体の人は生きている。


「わたし達の教理として死後、異教徒(・・・)と出会うこと自体有り得ないことですから。」


異教徒。

アメリアからすれば私は他の異教徒の一人なのだろう。

その言葉がやけに拒絶感を孕んでいるように感じられて胸にぽっかり穴が空いたような感覚に襲われる。


「アメリアは敬虔な信徒?なんだね…。」

「...いえ。誤解を与えてしまいました。わたしはそんなものは、まともに信じておりません。」


まるでうっかりしていたというように、告げる。


「一先ず、自由になれましたから。もう少しのんびりと過ごしましょう。」

「う、うん。」


わたしと違ってアメリアは憂いの無い声で言った。

ふぅーっ、と僅かにアメリアが息を吐いて、無言になる。


「そ、そうだ。アメリアって―。」

「―あそこ、見えます?」


アメリアって好きな小説とかゲームってある?

そう訊こうとして遮られた。

私は幼い頃から少し人見知りで、話すキッカケとしてよく相手の好きなものをおいて会話をするのだ。

それが小学校の頃の初対面の子に話しかける為の常套手段だった。


アメリアはそっと私に上を見るように促した。

そこには確かに薄らとした光が漏れていた。

光が零れている。液体のように。ぽたぽたと。


「あれは、何です?」

「あれは…。」


あれは陽射しなのだろうか。

ちょうど真上辺りで何か光るものが零れ落ちている。

何なのだろうか。分からないけど、耳を澄ませばどこかで聞こえてくる。

ポタッ、ポタッと。

勘違いかもしれないけど、そう聞こえた。

水?雨漏り?

それを眺めていると、真っ暗だった世界が次第に明るくなっていって、今では眩しいくらいに光り輝いていた。

とっても眩しくて、暫くは何も見えなかった。

ゆっくりと時間が経つ。状況を少しでも理解できる時間はあったのかもしれないが。

しかし、私の頭は真っ白になった。

その有り得ない状況にただ目を丸くしたまま、硬直するのだった。


なんじゃこりゃ。


鮮明になった瞳で眺めた光景は私の予想を優に超えるものだった。

複数人に囲まれた女性が私を抱き、大粒の涙を流していた。

恐らく私はとても小さくて。いや、私は産まれたばかりの赤子で。

実際に見たことが無くても察しがついてしまう。

これは、これは明らかに出産の場面だ。


え、待って。

どういうこと?

…そういうこと?


(なんじゃこりゃぁああああ!)

「おぎゃぁああああああ!」


赤子の口からはただ泣き声が響くだけだった。

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