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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
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明子との日々 ー過去編ー



 台風が過ぎ去った漁村。

青い空の下、小太郎たちは後片付けに追われていた。

大地震の後に台風と…。災難続きだったが、小太郎と明子の結婚式を良いものにしようと、村人たちはせっせと働いた。

結婚式は神社で挙げて、そのあとは家で宴会となるだろう。だが、家代わりだった小屋も失った。


「今さらだけど、オレ鬼だけどいいのかな?」

「小太郎さんがいいんです」

明子は微笑む。

「でもお母さんは、私が人間じゃない人と結婚するなんて、思ってもいないと思います」

「そりゃそうだよ…。なんかお母さんを騙すみたいで…」

「小太郎さん」

明子は小太郎の手を握る。

「私ね、小さい頃は、結婚する人は人間でも妖怪でも、どちらでもあり得ると思ってたの。だって、そこに存在しているし、友達だったから」

「うん」

「妖怪が私にしか見えないものだって知っても、その思いは変わらなかった。だから、何が言いたいかっていうと、小太郎さんが人間でも鬼でも関係なくて、小太郎さんだから好きになったっていうか…」

明子は、しどろもどろになりながら話す。

「お母さんの事は気にしなくていいんです」

「…うん」

小太郎は、自分が鬼である以上、家族になる人にも隠し事をしないといけないと思うと、心にわだかまりが残るようだった。


小太郎は鈴木家に婿入りすることになった。

だが、婚姻届は出さない。


小太郎は、自分は実家から行方不明扱いにされているだろうけど、まだ死亡したことにはされていないだろうと思った。


戸籍は実家にあるだろうけど、結婚するからと言って届けを出せば、自分の存在が知られるリスクがある。桃太郎の一族に居場所を知られるわけにいかない。


明子は事情を知っているので何も言わないが、明子の母には色々取り繕う必要があった。


 壊れかけた神社の修復。宴会の行える場所など、諸々の準備が整い、結婚式は行われた。

明子の着物は、震災の中なんとか母が「これだけは」と持ち出して、無事だった、母の嫁入り道具だった。

二人は桜のデザインされた指輪をお互い付けた。

結婚式には小太郎の友人、トーマスも参加した。


 小さな小屋で明子と母と3人での生活。台風が来る前と同じ生活だ。同時に少しずつ震災前の生活に戻そうと、皆で村を再建する。

そうしてやがて、鈴木家の新しい家ができ、3人で引っ越した。


 《小太郎はずっとこの村にいるつもりなの?》

ふと、朱丸が聞いてきた。

『え…結婚したんだし、そのつもりだけど』

《小太郎、鬼は歳の取り方が人間と違うんだ。忘れてたわけじゃないだろう?》

『うん…』

《周りの人間に歳を取らない小太郎は、不審がられるよ。鬼だとバレる危険がある。5年くらい経ったら、この村を離れた方がいいよ》

『それって、明子さんを連れて住む場所を転々とするってことか? そんなの…彼女が可哀想だ』

朱丸はため息を吐く。

《小太郎はちゃんとわかってて結婚したんだと思ったよ。でもそういえば、明子さんと相談してる感じなかったもんな》

『…ごめん』

《明子さんと相談しなよ》


 小太郎は明子を人気のない林に呼んだ。

「どうしたの?」

「お母さんに聞かれたくない話があって…」

「話って?」

「オレ、鬼だから人間と同じには歳を取らないんだよ。だから、一ヶ所に留まってると、不審がられる。今までずっと、数年過ごしたら、その場所から移動してたんだ。ごめん、その事忘れてて…。結婚する前にちゃんと話すべきだったのに」

「ええと…小太郎さんは数年経ったら、この村から出て行くってこと?」

「うん…」

「私も一緒についていけば良いんだよね?」

「でも…お母さんを置いて行けないだろう?」

「…それは」

明子は渋い表情をした。

「…こんな大事なこと伝え忘れるなんて…。結婚式まで挙げたのに、みんなに申し訳ないよ」

「小太郎さん…」

明子は怒ったように、低い声を出した。

「離婚しようと思ってるの?」

小太郎はピクリと肩を揺らした。

「小太郎さんは私が好きじゃなくなったの?」

「違うよ。オレだって出来ればついて来てほしい。でも…」


[それなら、おまえがこの村で暮らし続けても、不審がられなけりゃいいんだな?]


「そうだけど、そんな方法…って…うわ!」

後ろを見ると烏天狗が立っていた。

「天ちゃん」

明子が手を振った。

「おまえっていつも突然だよな…」

小太郎が呆れた声を出す。

[そんなことより、おまえの見た目が年相応に見えるようにすればいいんだな]

「できるのか?」

《烏天狗さんの妖術…》

朱丸が興味津々だ。

[俺がかけてやるわけじゃない。小太郎の修行次第だ]

「修行…」

[変化の術を応用したものになる。まずは変化の術の習得からだ]

「大変そうだ」

《おもしろそうだよ》

げんなりする小太郎に対し、朱丸はワクワクと心を弾ませる。

自分の気持ちと正反対の感情が朱丸から流れてきて、小太郎は複雑な表情になった。


 小太郎は朝は漁に出て、午前中は商店街に魚を売りに行ったり、夜には変化の修行と中々忙しかった。

妖力補給のため、たまには妖怪を喰べにも行った。


たまには明子とデートをしたりもした。


 [変化の術は想像が大事だ。しっかり頭の中で像を描いてみろ]

烏天狗の言葉に、小太郎は烏を思い描く。

小太郎の体が靄に包まれ見えなくなると、次の瞬間には烏になった。

「できた!」

小太郎は羽根を広げて空を飛んだ。

《やったね》

「う…」

地面に降りた烏は、すぐに小太郎に戻った。

[どうした?]

「ハアッ…妖力の減りが早い」

《確かに…結構疲れる》

[妖力か。小太郎は俺の術を使えるようになっても、そもそも持っている力の量が違うんだな。俺のように神に近い妖怪の持っている力が、この森を焼きつくすくらいの熱量だとして、おまえの持っている力は、焚き火くらいの物…と考えるとわかりやすいか?]

烏天狗は、両手で大きさを示す。

《じゃあ、妖力を満杯まで体に蓄えても、烏天狗さんのように変化をずっと維持するのは無理じゃ…》

「それじゃ、見た目を年相応に見えるようにするっていうのも…」

[ずっとは無理だな…じゃあ、こうするか…]

烏天狗は懐から、お面を取り出した。

張り子の面だ。いかつい烏天狗の顔が形作られている。怒ったような目元と、立派なくちばし。

[これを被って誤魔化せ…]

「ええ…」

小太郎は不満気に面を被る。

「確かにこれなら誤魔化せるだろうけど…」

《どんな感じ? 鏡は?》

[鏡はないが、そこの水たまりにでも写せ]

見ると、うっすらと烏天狗の面を被った姿が見えた。

《ふーん》

朱丸は思ったのと違ったのか、唸る。

「怖いんだけど…」

[そうか?]

《子どもに泣かれそう…》

[文句言うなら返せ]

小太郎は、取り返そうとした烏天狗の手をひょいとよけた。

「一回明子に見せてから…ね」


家に帰って明子に見せると「怖い」と苦笑された。


 次の日、小太郎は烏天狗にお面を返しに行った。

いつも修行している山は烏山と言って、大昔、烏天狗が神として祀られていた山だ。彼は今でもこの山に住んでいる。

小太郎は今日も、顔だけを別人に変化させたり、年老いた顔を練習したりした。

「この面明子も怖いってさ」

[この美しさがわからないとはな…]

烏天狗は少し残念そうに、それをしまう。

 

 ふと、山の中に人の気配がした。

[誰かが山菜採りにでも来たのか?]

「あ…」

小太郎の目にチラッと映ったのは、桃寿郎の部下の猿女だった。猿女はだいぶおじさんになっていた。

「あの人、オレが昔噛んだ…」

《本当だ》

「傷は治ったみたいだな」

《まだそんなこと気にしてたの? まったく。それより見つからないようにしないと》

[そちらにも、誰かいるぞ]

烏天狗の声に見ると、反対側には犬養がいた。あの時は細身の少年だった彼も、立派な青年になっていた。

《桃寿郎はいないみたいだね》

「オレを見たことがないかって、また似顔絵かなんかで探してたのかも。山に潜伏してると思ったのかな」

見つかるのも時間の問題だ。小太郎は、変化で顔を別人に変えた。

山菜採りのフリをして、堂々と出て行った。


「そこのあなた…ここいらで、こんな人を見ませんでした?」

犬養が似顔絵を見せてきた。

「さあ…わかりません」

「そうですか…」

犬養の横を通り過ぎて、小太郎は急にガクンと膝をついた。

「ハアハアッ…う…」

人が倒れる気配に気づいたのか、犬養が戻ってきた。

「大丈夫ですか?」

顔を伏せている小太郎を覗きこもうとする犬養。

だが、横から大きな手が出てきて小太郎を抱き寄せた。

大きな体の男は、小太郎の顔が見えないように胸に当てている。

「すまない。息子は少し体調が悪いみたいだ」

彼は小太郎を連れて、森の奥に消えた。


 「ハアハア…」

[大丈夫か?]

「烏天狗…さん。ありがとう」

烏天狗は人間の姿から、元の烏天狗に戻る。

《変身して実体化もできるなんて…。烏天狗さんはすごいな》

朱丸も疲れたように、息を吸う。

[練習で妖力を使ったから、保たなかったんだな]

「うん。オレもあんな早く…妖力切れると思わなかった」

小太郎は苦しそうに、胸を押さえる。

「ハアハア…う…ぐっ…」

[妖力補給しないとな。動けるか?]

「ハアッハアッ…ごめん…送って…家に…」

[妖怪を喰わないのか?]

「明子にもらう」

[……]

烏天狗は渋い顔をした。明子と口づけをして、回復すると言っているのだ。

[気に食わんな]

「え?」

[明子と睦み合うのだろう? なぜ俺が送ってかねばならん?]

小太郎は頬を染めた。

「違うって!…ぐ…ゲホッゲホッ…うあ…」

小太郎はその場に倒れた。

「ハアッハアッ…」

[小太郎…?]

烏天狗が頬をパチパチ叩く。

意識が朦朧としているのか、反応しない。

[はあ…]

烏天狗は小太郎を抱えて、鈴木家に向かった。

 

 小太郎が目を覚ますと、布団の中だった。

「ここ…」

隣を見ると、明子が寝ていた。すっかり夜らしい。

手は明子のと繋がれていた。明子の目元には少し涙の跡がある。

『心配かけちゃったかな』

《そうだよ。小太郎に口づけして、それからずっと心配そうに側にいたよ》

『それで…烏天狗さんはなんでそこで落ちこんでんの?』

明子の反対側には、膝を抱えて座りこみ、顔を伏せた烏天狗がいた。

《怒られてたから。明子さんに…》

『え?』

《小太郎が気を失った状態で帰ってきたでしょ? 妖力が切れたって聞いて、明子さんが「口づけして補給してあげなきゃ」みたいな事を言って、小太郎を布団に運んでって言ったら、烏天狗さんが小太郎を乱暴に床に投げたんだよ》

『へ、へえ〜…(ひどい)』

《それで「病人になんてことするの」って明子さんがすごい怒ってて。烏天狗さんがその後何度話しかけても無視してて》

『そりゃ落ち込むな…』

[俺だって小太郎が桃太郎の一族に見つからないように協力したのに…]

烏天狗がボソボソと言う。

「そうだよね。ありがとう」

小太郎が言うと、烏天狗は「フン」とそっぽを向く。


 明朝、小太郎が明子に桃太郎の一族が来たと話し、烏天狗のおかげで見つからなかったと言うと、明子は機嫌を直したのか笑顔になった。

「えらいね。天ちゃん。小太郎さんを守ってくれてありがとう」

[あ、ああ]

烏天狗は嬉しそうにくちばしをかく。


それから桃太郎一族に見つからないようにと、お寺の縁日に行った時に、狐の面を買ってきて、小太郎は外に出る時、それを被った。

周りの人には、顔に大きな傷ができて、見せたくないと言った。


 数ヶ月後、明子の母が亡くなった。

悲しむ明子を支える。

母親が亡くなった事で、小太郎と明子は村を出て行くか話した。

明子は、村に小さい頃亡くなった父の墓があり、母もそこに眠っている。だから、この村を出ていくのはどうしても辛いという。

小太郎は、お面を被ることでなんとかなりそうだと、明子の願い通り、このまま村に住むことにした。


 10年の月日が流れた。

明子は25歳。小太郎の見た目は16歳。村人の前ではお面を被っている小太郎。身長や体格は誤魔化せないが、親に似て成長しにくい体だと言えば、そういう人もいるんだなと納得してくれた。


小太郎と明子の間に子どもは出来なかった。


 

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