大震災の夜 -過去編-
震災の描写があります。苦手な方はご注意ください。
小太郎は、桃寿郎たちの元を逃げだした後、東京から去った。
そして、関東周辺を転々とし、色々なところで働いた。
大体は田舎の方で、農家の手伝いなどをして暮らした。
結局小学校を卒業できなかったが、基本の読み書きと計算はできたし、農家に住み込むことで出来た兄弟に、勉強を教えてもらったりした。
小太郎が生きたこの15年の間に、明治は終わり、大正を迎えた。
生活の中に西洋の物が増えて行き、小太郎もその恩恵を受けていた。
現在、小太郎が働いているのは、横浜にある純喫茶だった。
港が近く、外国人の客も多い。いつしか英語も話せるようになった。
小太郎の実年齢は22歳だったが、鬼の成長スピードはゆっくりなので、大体15歳くらいの見た目だった。
「お待たせしました」
常連の客にコーヒーを出す。
「ああ、ありがとう。コタロー」
トーマスは、コーヒーの香りを楽しむ。
彼はイギリスから来た、30代後半の医師だった。
突然、地面が揺れた。
「地震⁉︎」
「早くテーブルの下に隠れて!」
トーマスに押されて、小太郎は頭を隠す。
しばらくして揺れが収まり、辺りを見回す。
「…っ」
ガラスが割れて、散乱し、テーブルや棚が倒れていた。
客や小太郎以外の給仕は、大怪我こそないものの、ガラスで負った傷や、痛そうに頭を押さえる人などがいた。
他にも何名か客がいたはずだが、パニックになって外へ飛び出したようだ。
「すごい揺れだったね。コタローは大丈夫?」
「ああ…オレは平気…トーマスは?」
「大丈夫だよ」
店の奥から声が聞こえた。
「助けてくれ!」
「マスター⁉︎」
声は喫茶店の主人の物だった。
「余震がきたら危ないし、ボクが助けに行く。小太郎は怪我人を外に誘導して」
「うん」
少ししてトーマスが出てきた。マスターはいない。
「あれ?マスターは?」
「棚が彼の上に倒れてたけど、意外と重くて起こせない。他に大人を呼んで来ないと」
「オレが行くよ。力あるから」
「ホントに?」
小太郎がトーマスと店の奥に行くと、マスターの足の上に棚が倒れていた。
「マスター!」
「トーマス、小太郎くんと君じゃ…」
「大丈夫。動かせるよ」
「え?」
小太郎は、一人で簡単に棚を起こした。
「ワォ!」
「え⁉︎ そんな力持ちだったの? あっ、痛!」
「骨が折れてるかも」
トーマスは、マスターの足に添え木をし、彼を運び出した。
怪我人を病院に運ぶと、すでに超満員で、近くの教会に運んだ。
教会には怪我を治療している人がいたが、知識のある人がボランティアで診ているようだった。
トーマスも治療に参加した。
小太郎は、町を回って、人々を助けて回った。
「お母さん…どこ?」
5歳くらいの少女が、一人きりで泣きながら歩いていた。
周りでは火災も起きていて危険だ。
「大丈夫? 一緒に探すよ」
「うん」
「名前なんていうの?」
「リカ…」
「リカちゃんのお母さん! いませんか!」
小太郎はリカの手を繋いで、声を上げて歩いた。
また地面が揺れた。
「余震だ」
「怖いよ〜」
リカが泣き、小太郎は大丈夫だよ、と彼女を抱きしめ、収まるのを待つ。
近くで何かが崩れる音がした。
ハッとして上を見ると、大きな看板が落ちてくるところだった。
思わずリカに覆い被さり、彼女を守る。
-ガンッ!
強い衝撃が、脳に響いた。
「お兄ちゃん…?」
小太郎の記憶はそこで途切れた。
「…っ…う…」
目を開けると、心配そうに見つめるトーマスがいた。
「ト…マス?」
「コタロー。よかった、目が覚めて」
「…オレ…」
「頭を打ったんだ。血がだいぶ出ていてね」
小太郎がそっと、自分の頭を触ると、布が巻かれていた。
空はすでに暗くなっている。
「長い…時間…気絶していた…のか?」
「まあ、二時間くらい? 気分はどう?吐き気はない?」
「大丈夫。あの子は?」
「お母さんを一緒に探してあげてた子だろ? コタローを心配して、しばらくいたけど、母親が迎えに来て、去って行ったよ。お礼を言っておいてくれって言われた」
「そっか…よかった」
「ボクは他の人を診にいくけど、何かあれば言うんだよ」
「オレも手伝うよ」
小太郎が起き上がった。
「うっ…クラクラする」
「こらこら。しばらく安静にしているんだ」
「うん…」
小太郎は再び横になった。
《小太郎、大丈夫?》
朱丸が話しかける。
『うん。だいぶ治ってる。ただ治癒に力使って、妖力が減ってきてる』
《だいぶ血が出てたし、くらくらするのそのせいかも。
自分の治癒力じゃ怪我は治せても血は戻せないし》
「うん…っ…ぐ…ハアッ…」
《妖力…ハアハアッ…回復…しなきゃね》
『でも…妖怪…いないし…探しに行く…体力が…』
《人間なら、いる》
『人間を食べるわけないだろ?』
小太郎が頭の中で抗議した。
「う…ぐぁ…」
苦しさに、背中を丸めた。
《ハアッ…昔、血を…舐めたことあった…でしょ? ゲホッゲホッ…忘れちゃった?》
『…ああ…桃寿郎の…手下…の…。ずっと、妖怪がいる場所で…生活してたから…』
トーマスが異変に気づいて戻ってきた。
「コタロー! どうした。苦しいの?」
「トーマス…ハアッハアッ…ぐっ…」
「胸?お腹?どこが苦しい?」
トーマスは、胸の辺りをギュッとつかんでいる、小太郎の手に触れる。
(血のにおい…)
トーマスの手に血が少しついている。
小太郎は彼の手をつかむと、その血を舐め取った。
「え⁉︎ 」
一瞬だけ小太郎の目が赤く光る。
「はあ…」
「コタロー?」
「はっ! ごめん…う…ゲホッ…苦しい…足りない…」
再び背中を丸めて苦しそうに息をした。
トーマスは小太郎を抱き抱えると、教会の裏手の林に来た。
周りに人はいない。
手近な岩に小太郎を座らせる。
「ハアッ…ト…マス?」
「コタローは、ヴァンパイアなの?」
「へ?」
「血を舐めて、目が赤く光って…」
真剣な目で聞くトーマス。
「…ヴァンパイアじゃ…ないよ」
「…そうだよね。ごめんね。そういう物語をよく読んでたから…」
トーマスはごまかすように、苦笑した。
「ハアッ…ハアッ…うっ…」
小太郎は、胸の辺りをわしづかむと、座っていた岩からバランスを崩し倒れ伏す。
「コタロー!」
「ハアッハアッ…ぐっ…う…助け…」
トーマスは小太郎を抱き起こす。小太郎は、さっきの手と違う場所にも血がついているのを見て、それを舐めた。
「ちょうだい」
「血を舐めたら苦しいの治るの?」
「うん…」
「さっき、患者さんの怪我を治療していて、ついたんだね」
小太郎は息を吐いた。
「落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
今回は、角が生えたりしなかった。
《桃寿郎の部下みたいに霊力の高い人間じゃなければ、血で鬼化しないんだね》
『そうだね』
見た目が鬼っぽくなったり、理性を失くしたりする条件があるのだと、再確認した。
「コタローはヴァンパイアじゃないのなら、ええと?」
さすがにここまで見られて、ごまかすのは難しそうだ。
「オレは鬼だよ」
「オニ? 読んだ小説に出てきた」
「オレが最後の生き残りだけど…」
「みんな、死んだ?」
「人間を襲うから、倒されたんだ」
トーマスは「う…」と、防御態勢をとった。
「コタローも襲う?」
「襲わない…」
「フウ…よかった」
トーマスの大げさな芝居に、クスリと笑う。
「妖力が無くなると命に関わるから、だから血を舐めた」
「ヨウリョク? 血で回復するの?」
「いつもは妖怪の命…体の一部でも大丈夫だけど、それを喰べてる。人間の血は喰べないようにしてたんだ。近くに妖怪がいなくて、緊急事態だったから」
「そう…」
「トーマス。オレが鬼だって事、秘密にして…」
「ん?」
「鬼を倒す一族に狙われてるんだ」
「わかった」
教会に戻り、怪我人の手当てを手伝う。
「そういえば、トーマスはオレが怖くないの?」
「怖いわけないさ。コタローが優しい人だって、ボクは知ってる」
その後、救助隊が到着して、小太郎はトーマスとよく働いた。
数日後の夜、妖怪を喰べるため、森に向かった小太郎。
この町に来てからは、町の中や森で喰べていた。山はここからだと大分距離があったから。
『いつもなら、町にもいるのにな』
《地震が来たから住み家に隠れてるのかも》
『今まで悪さをする妖怪を喰べて来たけど』
《悪さをする妖怪だけを喰べるっていう条件、守ってる場合じゃないよ。そもそも小太郎が決めた条件だからね》
森に入っても妖怪の気配はあまりしない。
いや、微かに感じるのだが、木霊などの自然霊に近い妖怪がいる程度だ。
さすがに小太郎も、無害な木霊を喰べる気にはなれない。
《そういえば、地震とか水害とかを起こすのは、強い妖怪だって、前に爺ちゃんに聞いたことある。強い妖怪に怯えて、異界に帰っちゃったのかも》
『困ったな。そろそろ妖力が切れそうなのに』
小太郎は森を出て、トーマスのところに戻った。
「コタロー…顔色が悪い。またヨウリョクとやらが足りないのか?」
「うん。いつもなら妖怪を喰べるんだけど、地震の影響か、見当たらないんだ」
「逃げちゃったの?」
「そうかも…うっ…」
胸を押さえた小太郎の背中を、トーマスはさすってあげる。
《小太郎、あのさ…》
朱丸が提案を出した。
『でも…それは…』
《今は人が多いから、深夜移動しよう》
「コタロー?大丈夫?」
「大丈夫だよ」
トーマスが心配そうに背中をさする。
朱丸が提示した案を受け入れるべきか、眠る時間まで考えた。
深夜。小太郎は眠っているトーマスの隣から、そっと起き出した。
「…っ…う…く…」
妖力が底をつき始める。選り好みしている場合じゃなかった。
移動した場所は、遺体がまとめて置かれている場所。
「ハアッハアッ…う…あぁ!」
その場に膝をつく。
《小太郎、ハアッハアッ…この死んでしまった人を…喰べて》
「そんなこと…できな…ぐっ…うぅ…痛…痛い!」
《怪我で運ばれてくる人も…減ったし、こっそり血を舐める…のもできないでしょ? それともトーマスに頼む?》
「それは、トーマスに…傷を作って…もらうって、ことだろ?」
《イヤなんでしょ? う…ぐっ…ゲホゲホッ…だったら…》
「ハアッハアッ…っ…」
小太郎は遺体の一つに齧り付く。
肌や服の血はとっくに固まっているので、齧って血を啜る。
そう何度も遺体を喰べたくない。なるべく、多くの妖力を取り入れるため、少しだけ肉も喰べた。
「コタロー?」
振り向くと、トーマスがいた。
「トーマス」
口元を拭う。
「遺体を食べたの? 角と牙が生えてる。赤い瞳に赤い髪…」
人間の肉を喰らったことで、見た目が鬼に変化したようだ。
やはり血よりももっと、妖力が多いようである。
「なんで追って来たの…」
見られたくなかったのに…。
ポツリと言った。
「…小太郎が起きた時、ボクも目が覚めてね。苦しそうにしてたし、やっぱり心配で…」
トーマスは頭をかいた。
「言ってくれれば、ボクが血をあげたのに…」
「…傷つけたくない」
小太郎は息を吐く。
「本当は死んでしまった人だって、喰べたくない」
「その角と牙は?」
「人間を喰べたら出てきた。元々小さい牙はあったけど」
「クール! コタローかっこいい! ボク、オニがかっこいいって思ったの初めてだ!」
「へ?」
《ファ⁉︎》
「ボク、日本のオニとかヨーカイ出てくる小説好きでさ」
トーマスは、興奮しながら説明した。
「オニって、すごく怖いものって書かれてるのが多かったから、ボクが出会ったのが、コタローみたいな優しいオニで良かったよ!」
小太郎はトーマスの態度にポカンとしていた。
『実際に角が生えてるの見たら、オレの事怖くて、離れていく思ったのに』
《まあ、楽観的な性格してるもんね。トーマスって》
トーマスが、ありのままの自分を受け入れてくれた事が、とても嬉しかった。
「そこで何をしているんですか?」
そこに一人の軍人が現れた。
「鬼⁉︎」
彼は小太郎を見ると、驚き、腰に下げていた軍刀に手をかけた。
「まさか、遺体を喰べていたのか? その男性も鬼なのか?」
彼はトーマスに目を向ける。
「違う! 彼は人間だ!」
「本当に? とにかく、我々の野営地に来ていただこう」
小太郎は、爪を出して彼を襲おうとした。
「ヒッ⁉︎」
怯んだ隙に、トーマスの手を取って逃げ出した。
二人は林の中に入った。
「ハアッハアッ…コタロー、早過ぎ…」
「あ…ごめんトーマス」
「鬼を倒す一族って、さっきの軍人?」
「いや、桃太郎の一族なんだけど…」
「桃太郎⁉︎ それって有名な日本の昔話だよね!」
トーマスは興奮気味に聞いた。
「うん。今は軍の一部隊として存在してるって。さっきの人が連絡したら、オレの居場所がバレる。ここから離れなきゃ」
「もうバレているわよ?」
声のした方に振り向くと、桃寿郎の部下である鳥取椿がいた。
「椿…なんで…」
「…たまたまね、災害派遣隊として来てたのよ。隣町にね。そしたら、不思議な少年がいるって噂を聞いてね。非力そうなのに、重いガレキをひょいひょいどかすし、怪我してもすぐ治ってるみたいって。そんな力があるのって、あなたくらいでしょ?
昼間探していたけど見つけられなくて。でもさっき、見回りの兵が鬼が出たって言うから、起きてきたのよ」
椿は眠そうにあくびをした。
「桃寿郎もここに?」
「桃寿郎さまね! もちろん来てるわ」
椿の後ろから、桃寿郎が現れた。
「椿、先に行かないでよ。迷っちゃう」
「すみません。でも、見つけましたよ」
「ああ。久しぶりだね。小太郎くん」
「桃寿郎…」
「角…。鬼化してるのに理性があるんだ?」
「……」
「少し大人っぽくなったかな? 鬼でも成長するんだね」
「おまえたちは老けたな」
「あはは! ひどいな。大人になったんだよ」
「おまえたちって、私も⁉︎」
椿が叫ぶ。
「そうみたいだね」
桃寿郎が苦笑する。
「さてと、やっと見つけたんだ。今日こそとどめを刺すよ」
桃寿郎が破鬼の剣を振るう。小太郎は刀を爪で弾いた。
「その爪!」
「オレだって強くなってる。喰べた妖怪の力取り込んで」
「力を取り込む…昔の文献で見たよ。喰べた妖怪が強いほど、その鬼は強い力を得る。おもしろいよね。蜂の妖怪喰べて、お尻の針で攻撃してくる鬼がいたんだって、それ読んで笑ったよ」
桃寿郎は思い出したのか、クスクス笑った。
「君のその爪は、猫又だね? 破鬼の剣は鬼の体を斬る。もちろん爪も。鬼以外なら斬られない。考えたね」
攻防が続き、小太郎の爪が桃寿郎の腕を引っ掻いた。
「しまった!」
爪に少し血がついた。小太郎はそれを舐める。
瞬間ブワッと、力が溢れたのを感じた。
「すごいな。桃寿郎…。さすが桃太郎の子孫。この一雫で…っ⁉︎」
小太郎は頭を押さえた。
「う…ダメだ。堕ちる…」
次に顔を上げた時、小太郎は笑っていた。
「とうじゅろ…たべたい。くわせろ…」
「まずい!理性が飛んでる! そこの君! ここから去れ!」
桃寿郎がトーマスに叫ぶ。
トーマスは、小太郎の変化を呆然と見ていた。
小太郎は、桃寿郎にひたすら攻撃を繰り返す。
「強い…コイツ…」
「桃寿郎さま!」
「椿!祝詞を!」
椿は祝詞を唱え始める。
「う…⁉︎」
小太郎は頭を押さえた。
「なんだ⁉︎ あたまがわれそうだ…ぐっ…う!」
「ハアッハアッ…鬼の力を封じる祝詞さ」
「う…ぐぅ…やめ…やめろ…」
桃寿郎は刀を小太郎の腹に刺す。
「ぐあ‼︎」
腹を押さえて倒れた。
「う…ゲホッ…」
血を吐いた小太郎は、角が消え、髪の色も戻っていく。
「鬼化が解かれたね」
桃寿郎は、先程小太郎に付けられた傷を押さえた。
「たったこれだけの傷なのに、ひどい痛みだよ。ハアッ…おかげで心臓を狙えなかった」
「ゲホッゲホッ…桃寿…ろ…オレは…?」
「覚えていないのか…僕の血を舐めて、理性を飛ばしたんだ」
「オレは…また…?」
小太郎は辛そうに顔をしかめた。
「とどめを刺してあげよう。苦しいでしょ?」
桃寿郎が刀を向けると、トーマスが小太郎の前に立ち塞がる。
「トーマス…?」
「ちょっと、退いてよ」
「もうやめろ! こんな子どもに」
「子ども? 君も見たでしょ。この子は鬼だ。僕が立ち去れと言ったのに、ここに残った。理性の失くしたこの子に、君は殺されていたかもしれないんだよ」
トーマスは、一瞬ビクリと震えて、小太郎を見た。
小太郎は桃寿郎の言葉を咀嚼した。
(そうだ…オレはトーマスを殺していたかもしれないんだ)
《小太郎!しっかりしろ! 今はここから逃げる事が先だろ!》
朱丸の声にハッと思考を戻す。
「ゲホッゲホッ!」
「コタロー!」
再び血を吐いた小太郎に、トーマスが焦った声を出した。
「死んじゃうよ」
「ト…マス」
トーマスは小太郎に耳打ちした。
「動ける?」
「ハアッ…ゲホッゲホッ!」
「ムリそうだね」
「いい加減退いてくれない?」
桃寿郎がイライラしたように言う。トーマスは桃寿郎の方へ向き直ると、手を背中に回し、小太郎の口元に人差し指を差し出した。
「かじって…」
囁くトーマス。小太郎は辛そうにゆっくり首を横に振った。
「少しでも回復して、ここから逃げるんだ」
「…ご…めん」
プツリと牙を立て、指から血を啜る。
怪我を治そうと、勝手に消費されていく妖力が、体力を削る原因でもある。
少しだけ、回復した体力。立ち上がって走り出した。
「な⁉︎ 動けたの?」
桃寿郎は追いかけた。
追いつかれないよう全速力で走って、船着場に来た。
「ハアッハアッ…ゲホッ…うっ…」
また吐血した。
《小太郎…オイラ…苦しい》
「ああ…オレも…もう…走れない」
《船だ。小太郎、船で逃げよう》
壊れた漁船などがある中に、壊れかけの小舟があった。
小舟を漕いで、岸から離れる。血の跡も途切れるから、どこへ逃げたかわからないだろう。なんとか沖に出たところで、意識が朦朧とし出す。
《小太郎…?》
「ハアッハアッ…もう…意識が…」
《こんなところで…死ぬよ…》
小太郎は自分の体を抱きしめた。
「寒い…」
《出血が酷いんだ》
「ハアッ…ヒュッ…ッ…カハッ…」
《小太郎…ダメだ…ハアッ…ちゃんと…息…して…》
小太郎は胸を押さえて蹲った。
《小太郎…》
「ダメ…だ…も…うまく…息できな…」
小太郎は意識を失った。
《小太郎!起きて!…ダメだ…オイラも…意識が……死ぬ…のか…心臓…止ま…》