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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
6/17

大震災の夜 -過去編-

震災の描写があります。苦手な方はご注意ください。


 小太郎は、桃寿郎たちの元を逃げだした後、東京から去った。

そして、関東周辺を転々とし、色々なところで働いた。

大体は田舎の方で、農家の手伝いなどをして暮らした。

結局小学校を卒業できなかったが、基本の読み書きと計算はできたし、農家に住み込むことで出来た兄弟に、勉強を教えてもらったりした。

 小太郎が生きたこの15年の間に、明治は終わり、大正を迎えた。

 生活の中に西洋の物が増えて行き、小太郎もその恩恵を受けていた。

現在、小太郎が働いているのは、横浜にある純喫茶だった。

港が近く、外国人の客も多い。いつしか英語も話せるようになった。

小太郎の実年齢は22歳だったが、鬼の成長スピードはゆっくりなので、大体15歳くらいの見た目だった。


 「お待たせしました」

常連の客にコーヒーを出す。

「ああ、ありがとう。コタロー」

トーマスは、コーヒーの香りを楽しむ。

彼はイギリスから来た、30代後半の医師だった。


 突然、地面が揺れた。

「地震⁉︎」

「早くテーブルの下に隠れて!」

トーマスに押されて、小太郎は頭を隠す。

しばらくして揺れが収まり、辺りを見回す。

「…っ」

ガラスが割れて、散乱し、テーブルや棚が倒れていた。

客や小太郎以外の給仕は、大怪我こそないものの、ガラスで負った傷や、痛そうに頭を押さえる人などがいた。

他にも何名か客がいたはずだが、パニックになって外へ飛び出したようだ。

「すごい揺れだったね。コタローは大丈夫?」

「ああ…オレは平気…トーマスは?」

「大丈夫だよ」

店の奥から声が聞こえた。

「助けてくれ!」

「マスター⁉︎」

声は喫茶店の主人の物だった。

「余震がきたら危ないし、ボクが助けに行く。小太郎は怪我人を外に誘導して」

「うん」

少ししてトーマスが出てきた。マスターはいない。

「あれ?マスターは?」

「棚が彼の上に倒れてたけど、意外と重くて起こせない。他に大人を呼んで来ないと」

「オレが行くよ。力あるから」

「ホントに?」

小太郎がトーマスと店の奥に行くと、マスターの足の上に棚が倒れていた。

「マスター!」

「トーマス、小太郎くんと君じゃ…」

「大丈夫。動かせるよ」

「え?」

小太郎は、一人で簡単に棚を起こした。

「ワォ!」

「え⁉︎ そんな力持ちだったの? あっ、痛!」

「骨が折れてるかも」

トーマスは、マスターの足に添え木をし、彼を運び出した。


 怪我人を病院に運ぶと、すでに超満員で、近くの教会に運んだ。

教会には怪我を治療している人がいたが、知識のある人がボランティアで診ているようだった。

トーマスも治療に参加した。

小太郎は、町を回って、人々を助けて回った。


 「お母さん…どこ?」

5歳くらいの少女が、一人きりで泣きながら歩いていた。

周りでは火災も起きていて危険だ。

「大丈夫? 一緒に探すよ」

「うん」

「名前なんていうの?」

「リカ…」

「リカちゃんのお母さん! いませんか!」

小太郎はリカの手を繋いで、声を上げて歩いた。


また地面が揺れた。

「余震だ」

「怖いよ〜」

リカが泣き、小太郎は大丈夫だよ、と彼女を抱きしめ、収まるのを待つ。

近くで何かが崩れる音がした。

ハッとして上を見ると、大きな看板が落ちてくるところだった。

思わずリカに覆い被さり、彼女を守る。

-ガンッ!

強い衝撃が、脳に響いた。

「お兄ちゃん…?」

小太郎の記憶はそこで途切れた。


 「…っ…う…」

目を開けると、心配そうに見つめるトーマスがいた。

「ト…マス?」

「コタロー。よかった、目が覚めて」

「…オレ…」

「頭を打ったんだ。血がだいぶ出ていてね」

小太郎がそっと、自分の頭を触ると、布が巻かれていた。

空はすでに暗くなっている。

「長い…時間…気絶していた…のか?」

「まあ、二時間くらい? 気分はどう?吐き気はない?」

「大丈夫。あの子は?」

「お母さんを一緒に探してあげてた子だろ? コタローを心配して、しばらくいたけど、母親が迎えに来て、去って行ったよ。お礼を言っておいてくれって言われた」

「そっか…よかった」

「ボクは他の人を診にいくけど、何かあれば言うんだよ」

「オレも手伝うよ」

小太郎が起き上がった。

「うっ…クラクラする」

「こらこら。しばらく安静にしているんだ」

「うん…」

小太郎は再び横になった。


《小太郎、大丈夫?》

朱丸が話しかける。

『うん。だいぶ治ってる。ただ治癒に力使って、妖力が減ってきてる』

《だいぶ血が出てたし、くらくらするのそのせいかも。

自分の治癒力じゃ怪我は治せても血は戻せないし》

「うん…っ…ぐ…ハアッ…」

《妖力…ハアハアッ…回復…しなきゃね》

『でも…妖怪…いないし…探しに行く…体力が…』

《人間なら、いる》

『人間を食べるわけないだろ?』

小太郎が頭の中で抗議した。

「う…ぐぁ…」

苦しさに、背中を丸めた。

《ハアッ…昔、血を…舐めたことあった…でしょ? ゲホッゲホッ…忘れちゃった?》

『…ああ…桃寿郎の…手下…の…。ずっと、妖怪がいる場所で…生活してたから…』

トーマスが異変に気づいて戻ってきた。

「コタロー! どうした。苦しいの?」

「トーマス…ハアッハアッ…ぐっ…」

「胸?お腹?どこが苦しい?」

トーマスは、胸の辺りをギュッとつかんでいる、小太郎の手に触れる。

(血のにおい…)

トーマスの手に血が少しついている。

小太郎は彼の手をつかむと、その血を舐め取った。

「え⁉︎ 」

一瞬だけ小太郎の目が赤く光る。

「はあ…」

「コタロー?」

「はっ! ごめん…う…ゲホッ…苦しい…足りない…」

再び背中を丸めて苦しそうに息をした。


トーマスは小太郎を抱き抱えると、教会の裏手の林に来た。

周りに人はいない。

手近な岩に小太郎を座らせる。

「ハアッ…ト…マス?」

「コタローは、ヴァンパイアなの?」

「へ?」

「血を舐めて、目が赤く光って…」

真剣な目で聞くトーマス。

「…ヴァンパイアじゃ…ないよ」

「…そうだよね。ごめんね。そういう物語をよく読んでたから…」

トーマスはごまかすように、苦笑した。

「ハアッ…ハアッ…うっ…」

小太郎は、胸の辺りをわしづかむと、座っていた岩からバランスを崩し倒れ伏す。

「コタロー!」

「ハアッハアッ…ぐっ…う…助け…」

トーマスは小太郎を抱き起こす。小太郎は、さっきの手と違う場所にも血がついているのを見て、それを舐めた。

「ちょうだい」

「血を舐めたら苦しいの治るの?」

「うん…」

「さっき、患者さんの怪我を治療していて、ついたんだね」


小太郎は息を吐いた。

「落ち着いた?」

「うん。ありがとう」

今回は、角が生えたりしなかった。

《桃寿郎の部下みたいに霊力の高い人間じゃなければ、血で鬼化しないんだね》

『そうだね』

見た目が鬼っぽくなったり、理性を失くしたりする条件があるのだと、再確認した。

「コタローはヴァンパイアじゃないのなら、ええと?」

さすがにここまで見られて、ごまかすのは難しそうだ。

「オレは鬼だよ」

「オニ? 読んだ小説に出てきた」

「オレが最後の生き残りだけど…」

「みんな、死んだ?」

「人間を襲うから、倒されたんだ」

トーマスは「う…」と、防御態勢をとった。

「コタローも襲う?」

「襲わない…」

「フウ…よかった」

トーマスの大げさな芝居に、クスリと笑う。

「妖力が無くなると命に関わるから、だから血を舐めた」

「ヨウリョク? 血で回復するの?」

「いつもは妖怪の命…体の一部でも大丈夫だけど、それを喰べてる。人間の血は喰べないようにしてたんだ。近くに妖怪がいなくて、緊急事態だったから」

「そう…」

「トーマス。オレが鬼だって事、秘密にして…」

「ん?」

「鬼を倒す一族に狙われてるんだ」

「わかった」


 教会に戻り、怪我人の手当てを手伝う。

「そういえば、トーマスはオレが怖くないの?」

「怖いわけないさ。コタローが優しい人だって、ボクは知ってる」


その後、救助隊が到着して、小太郎はトーマスとよく働いた。


 数日後の夜、妖怪を喰べるため、森に向かった小太郎。

この町に来てからは、町の中や森で喰べていた。山はここからだと大分距離があったから。

『いつもなら、町にもいるのにな』

《地震が来たから住み家に隠れてるのかも》

『今まで悪さをする妖怪を喰べて来たけど』

《悪さをする妖怪だけを喰べるっていう条件、守ってる場合じゃないよ。そもそも小太郎が決めた条件だからね》


森に入っても妖怪の気配はあまりしない。

いや、微かに感じるのだが、木霊などの自然霊に近い妖怪がいる程度だ。

さすがに小太郎も、無害な木霊を喰べる気にはなれない。

《そういえば、地震とか水害とかを起こすのは、強い妖怪だって、前に爺ちゃんに聞いたことある。強い妖怪に怯えて、異界に帰っちゃったのかも》

『困ったな。そろそろ妖力が切れそうなのに』


小太郎は森を出て、トーマスのところに戻った。

「コタロー…顔色が悪い。またヨウリョクとやらが足りないのか?」

「うん。いつもなら妖怪を喰べるんだけど、地震の影響か、見当たらないんだ」

「逃げちゃったの?」

「そうかも…うっ…」

胸を押さえた小太郎の背中を、トーマスはさすってあげる。

《小太郎、あのさ…》

朱丸が提案を出した。

『でも…それは…』

《今は人が多いから、深夜移動しよう》

「コタロー?大丈夫?」

「大丈夫だよ」

トーマスが心配そうに背中をさする。

朱丸が提示した案を受け入れるべきか、眠る時間まで考えた。


 深夜。小太郎は眠っているトーマスの隣から、そっと起き出した。

「…っ…う…く…」

妖力が底をつき始める。選り好みしている場合じゃなかった。


移動した場所は、遺体がまとめて置かれている場所。

「ハアッハアッ…う…あぁ!」

その場に膝をつく。

《小太郎、ハアッハアッ…この死んでしまった人を…喰べて》

「そんなこと…できな…ぐっ…うぅ…痛…痛い!」

《怪我で運ばれてくる人も…減ったし、こっそり血を舐める…のもできないでしょ? それともトーマスに頼む?》

「それは、トーマスに…傷を作って…もらうって、ことだろ?」

《イヤなんでしょ? う…ぐっ…ゲホゲホッ…だったら…》

「ハアッハアッ…っ…」

小太郎は遺体の一つに齧り付く。

肌や服の血はとっくに固まっているので、齧って血を啜る。

そう何度も遺体を喰べたくない。なるべく、多くの妖力を取り入れるため、少しだけ肉も喰べた。


「コタロー?」

振り向くと、トーマスがいた。

「トーマス」

口元を拭う。

「遺体を食べたの? 角と牙が生えてる。赤い瞳に赤い髪…」

人間の肉を喰らったことで、見た目が鬼に変化したようだ。

やはり血よりももっと、妖力が多いようである。

「なんで追って来たの…」

見られたくなかったのに…。

ポツリと言った。

「…小太郎が起きた時、ボクも目が覚めてね。苦しそうにしてたし、やっぱり心配で…」

トーマスは頭をかいた。

「言ってくれれば、ボクが血をあげたのに…」

「…傷つけたくない」

小太郎は息を吐く。

「本当は死んでしまった人だって、喰べたくない」

「その角と牙は?」

「人間を喰べたら出てきた。元々小さい牙はあったけど」

「クール! コタローかっこいい! ボク、オニがかっこいいって思ったの初めてだ!」

「へ?」

《ファ⁉︎》

「ボク、日本のオニとかヨーカイ出てくる小説好きでさ」

トーマスは、興奮しながら説明した。

「オニって、すごく怖いものって書かれてるのが多かったから、ボクが出会ったのが、コタローみたいな優しいオニで良かったよ!」

小太郎はトーマスの態度にポカンとしていた。

『実際に角が生えてるの見たら、オレの事怖くて、離れていく思ったのに』

《まあ、楽観的な性格してるもんね。トーマスって》

トーマスが、ありのままの自分を受け入れてくれた事が、とても嬉しかった。


 「そこで何をしているんですか?」

そこに一人の軍人が現れた。

「鬼⁉︎」

彼は小太郎を見ると、驚き、腰に下げていた軍刀に手をかけた。

「まさか、遺体を喰べていたのか? その男性も鬼なのか?」

彼はトーマスに目を向ける。

「違う! 彼は人間だ!」

「本当に? とにかく、我々の野営地に来ていただこう」

小太郎は、爪を出して彼を襲おうとした。

「ヒッ⁉︎」

怯んだ隙に、トーマスの手を取って逃げ出した。


 二人は林の中に入った。

「ハアッハアッ…コタロー、早過ぎ…」

「あ…ごめんトーマス」

「鬼を倒す一族って、さっきの軍人?」

「いや、桃太郎の一族なんだけど…」

「桃太郎⁉︎ それって有名な日本の昔話だよね!」

トーマスは興奮気味に聞いた。

「うん。今は軍の一部隊として存在してるって。さっきの人が連絡したら、オレの居場所がバレる。ここから離れなきゃ」


「もうバレているわよ?」

声のした方に振り向くと、桃寿郎の部下である鳥取椿がいた。

「椿…なんで…」

「…たまたまね、災害派遣隊として来てたのよ。隣町にね。そしたら、不思議な少年がいるって噂を聞いてね。非力そうなのに、重いガレキをひょいひょいどかすし、怪我してもすぐ治ってるみたいって。そんな力があるのって、あなたくらいでしょ?

 昼間探していたけど見つけられなくて。でもさっき、見回りの兵が鬼が出たって言うから、起きてきたのよ」

椿は眠そうにあくびをした。

「桃寿郎もここに?」

「桃寿郎()()ね! もちろん来てるわ」

椿の後ろから、桃寿郎が現れた。

「椿、先に行かないでよ。迷っちゃう」

「すみません。でも、見つけましたよ」

「ああ。久しぶりだね。小太郎くん」

「桃寿郎…」

「角…。鬼化してるのに理性があるんだ?」

「……」

「少し大人っぽくなったかな? 鬼でも成長するんだね」

「おまえたちは老けたな」

「あはは! ひどいな。大人になったんだよ」

「おまえたちって、私も⁉︎」

椿が叫ぶ。

「そうみたいだね」

桃寿郎が苦笑する。

「さてと、やっと見つけたんだ。今日こそとどめを刺すよ」

桃寿郎が破鬼の剣を振るう。小太郎は刀を爪で弾いた。

「その爪!」

「オレだって強くなってる。喰べた妖怪の力取り込んで」

「力を取り込む…昔の文献で見たよ。喰べた妖怪が強いほど、その鬼は強い力を得る。おもしろいよね。蜂の妖怪喰べて、お尻の針で攻撃してくる鬼がいたんだって、それ読んで笑ったよ」

桃寿郎は思い出したのか、クスクス笑った。

「君のその爪は、猫又だね? 破鬼の剣は鬼の体を斬る。もちろん爪も。鬼以外なら斬られない。考えたね」

攻防が続き、小太郎の爪が桃寿郎の腕を引っ掻いた。

「しまった!」

爪に少し血がついた。小太郎はそれを舐める。

瞬間ブワッと、力が溢れたのを感じた。

「すごいな。桃寿郎…。さすが桃太郎の子孫。この一雫で…っ⁉︎」

小太郎は頭を押さえた。

「う…ダメだ。堕ちる…」

次に顔を上げた時、小太郎は笑っていた。

「とうじゅろ…たべたい。くわせろ…」

「まずい!理性が飛んでる! そこの君! ここから去れ!」

桃寿郎がトーマスに叫ぶ。

トーマスは、小太郎の変化を呆然と見ていた。

小太郎は、桃寿郎にひたすら攻撃を繰り返す。

「強い…コイツ…」

「桃寿郎さま!」

「椿!祝詞を!」

椿は祝詞を唱え始める。

「う…⁉︎」

小太郎は頭を押さえた。

「なんだ⁉︎ あたまがわれそうだ…ぐっ…う!」

「ハアッハアッ…鬼の力を封じる祝詞さ」

「う…ぐぅ…やめ…やめろ…」

桃寿郎は刀を小太郎の腹に刺す。

「ぐあ‼︎」

腹を押さえて倒れた。

「う…ゲホッ…」

血を吐いた小太郎は、角が消え、髪の色も戻っていく。

「鬼化が解かれたね」

桃寿郎は、先程小太郎に付けられた傷を押さえた。

「たったこれだけの傷なのに、ひどい痛みだよ。ハアッ…おかげで心臓を狙えなかった」

「ゲホッゲホッ…桃寿…ろ…オレは…?」

「覚えていないのか…僕の血を舐めて、理性を飛ばしたんだ」

「オレは…また…?」

小太郎は辛そうに顔をしかめた。

「とどめを刺してあげよう。苦しいでしょ?」

桃寿郎が刀を向けると、トーマスが小太郎の前に立ち塞がる。

「トーマス…?」

「ちょっと、退いてよ」

「もうやめろ! こんな子どもに」

「子ども? 君も見たでしょ。この子は鬼だ。僕が立ち去れと言ったのに、ここに残った。理性の失くしたこの子に、君は殺されていたかもしれないんだよ」

トーマスは、一瞬ビクリと震えて、小太郎を見た。

小太郎は桃寿郎の言葉を咀嚼した。

(そうだ…オレはトーマスを殺していたかもしれないんだ)

《小太郎!しっかりしろ! 今はここから逃げる事が先だろ!》

朱丸の声にハッと思考を戻す。

「ゲホッゲホッ!」

「コタロー!」

再び血を吐いた小太郎に、トーマスが焦った声を出した。

「死んじゃうよ」

「ト…マス」

トーマスは小太郎に耳打ちした。

「動ける?」

「ハアッ…ゲホッゲホッ!」

「ムリそうだね」

「いい加減退いてくれない?」

桃寿郎がイライラしたように言う。トーマスは桃寿郎の方へ向き直ると、手を背中に回し、小太郎の口元に人差し指を差し出した。

「かじって…」

囁くトーマス。小太郎は辛そうにゆっくり首を横に振った。

「少しでも回復して、ここから逃げるんだ」

「…ご…めん」

プツリと牙を立て、指から血を啜る。

怪我を治そうと、勝手に消費されていく妖力が、体力を削る原因でもある。

少しだけ、回復した体力。立ち上がって走り出した。

「な⁉︎ 動けたの?」

桃寿郎は追いかけた。


 追いつかれないよう全速力で走って、船着場に来た。

「ハアッハアッ…ゲホッ…うっ…」

また吐血した。

《小太郎…オイラ…苦しい》

「ああ…オレも…もう…走れない」

《船だ。小太郎、船で逃げよう》

壊れた漁船などがある中に、壊れかけの小舟があった。


小舟を漕いで、岸から離れる。血の跡も途切れるから、どこへ逃げたかわからないだろう。なんとか沖に出たところで、意識が朦朧とし出す。

《小太郎…?》

「ハアッハアッ…もう…意識が…」

《こんなところで…死ぬよ…》

小太郎は自分の体を抱きしめた。

「寒い…」

《出血が酷いんだ》

「ハアッ…ヒュッ…ッ…カハッ…」

《小太郎…ダメだ…ハアッ…ちゃんと…息…して…》

小太郎は胸を押さえて蹲った。

《小太郎…》

「ダメ…だ…も…うまく…息できな…」

小太郎は意識を失った。

《小太郎!起きて!…ダメだ…オイラも…意識が……死ぬ…のか…心臓…止ま…》


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