第ニ夜 ー現代編ー 『協力者』
いじめの描写があります。
最近のいじめってわからないので、表現が古いかもしれません。
東京の下町。川沿いを小太郎は歩いていた。
安宿に泊まり、昼は日雇い労働。夜は悪意を持った人間を探して、その邪心を喰らっていた。
定期的に妖力を補給しなければ、心臓は停止してしまう。
この面倒な体を、いっそのこと捨ててしまおうとしたことは何度もあった。
その度にこの心臓を動かしてくれる相棒が、泣きながら訴えてくる。
《どうか、一緒に生きてくれ》と。
秋空の中、川沿いを歩く小太郎の目に、高校生くらいの少女が映った。
少女は、土手から川をじっと眺めている。
「よし!」
気合いを入れた少女が、ざぶざぶと川の中に入っていく。
「え? ちょっと」
小太郎は思わず声をかけた。
「うーん。見つからない…でも、絶対に諦めないんだから!」
気づいていないのか、少女は必死で手を動かす。
「キャ⁉︎ ここ深い⁉︎ やばっ!」
川の中に少女の頭が沈む。小太郎は慌てて少女の体をつかむと、岸に上げた。
「ゲホッゲホッ」
「大丈夫?」
「あ…ありがとうございます」
少女が無事でホッとする。
「何か探していたの?」
「はい」
「教えて。オレも手伝うから」
「そんな…申し訳ないですよ」
彼女は手をブンブン振った。
「遠慮しないで。オレももうずぶ濡れだしさ」
「あ…すみません」
「それで? 何を探してたの?」
「ペンダントを…お母さんの形見なの…」
「そっか、わかった」
二人でペンダントを探す。
「ないなぁ…」
少女が寂しそうに呟く。
小太郎が何か硬い物を手にとった。
「あ、もしかしてこれ?」
広げた手には、青い石のついたネックレスがあった。
「あ! あった! ありがとうございます」
「綺麗な宝石だね?」
「イミテーションですよ」
「いみて…?」
「本物の宝石じゃないって事です。でも、お母さんがいつも首につけていて、私にとっては宝物だから」
「…そっか」
「探してくれてありがとうございました」
「見つかってよかったよ」
「クシュン!」
少女がくしゃみをした。
「風邪ひいちゃうよ。家どこ? 送ってく」
「え? でも…」
「送らせてよ」
「…はい」
少女の案内で着いた家は、大きなお屋敷だった。
「ここです」
「…大きな家」
「父が社長をしていまして…」
小太郎はハッと焦ったように、頭を下げた。
「ごめん。電話とかで迎えにきてもらえたよな、きっと。気づかなくて…」
「いいえ。川で探しものしてたなんて、バレたくないので」
「え?」
『そういえば、この子、少しだけ悪意の匂いがする。悪意を向けられている匂い』
小太郎が頭の中で朱丸に確認すると、朱丸も確かにと頷いた。
「お嬢? どうしたんです? ずぶ濡れじゃないですか」
若い男性が、近づいてきた。
「ええと、川に落ちちゃって…」
えへへ、ドジだよね…と少女は頭をかいた。
「そいつは? そいつもずぶ濡れですが…」
「あ、彼は、私を助けてくれたの」
「そうですか」
「クシュン!」
「お嬢! 早くお風呂に。風邪ひいちまいます」
「オレは、これで失礼します」
小太郎が出て行こうとすると、少女が呼び止めた。
「待って、あなただってずぶ濡れだし」
「いいえ、大丈夫ですから」
小太郎が慌てると、奥から、どことなく大物な雰囲気のある男性がやってきた。
「どうした? ナオ」
「あ、お父さん」
若い男性が少女の父親に何かを話すと、父親は頷いた。
「ナオが、娘が世話になったそうですね。よろしければ、お風呂使っていってください」
「…はい」
有無を言わせぬ迫力に、小太郎は頷いていた。
お風呂を借りながら、小太郎は思った。
(もしかして、ヤのつく職業の人?)
なぜかそのあと夕飯まで世話になってしまった。
今さらながら自己紹介し、少女は鬼澤ナオという名前だと知った。
鬼がつく名字に少し親近感を覚える小太郎。
帰る時、門の所まで送ってくれたナオに、小太郎は聞いた。
「どうして、ペンダントを探していたこと、内緒にしてたの?」
「…心配かけたくなくて。クラスメイトに川に投げられたの…」
「それって、いじめられてる?」
「…うん。いじめられてるなんて知られたら、家の人、いじめっ子を粛正しそうだし、学校の友達に、家の事知られたくなくて…」
「…ああ…ええと」
「うちね、極道なんだよね」
「…そっか(やっぱり)」
「中学の時、友達と上辺だけの関係だったのが、寂しくて。心から信頼できる親友が欲しかった。そのために、高校は、地元の知り合いがいない所選んだの」
「そっか…オレでよければ、解決してあげるよ」
「…え? どうやって…」
「あのね…」
小太郎はナオにそっと耳打ちした。
次の日、ナオが学校へ行くと、転校生がやってきた。
「鬼山小太郎といいます。よろしく」
(小太郎さん)
昨日、小太郎が言ったのは、自分が高校生として潜入するという話だった。
本当に高校生として転入してきた小太郎に、ナオは少し嬉しくなる。
成人してると聞いていたが、学生服を着ても違和感がなかった。
後ろの席に着いた小太郎は、隣の女子生徒と二言三言会話していた。
休み時間になり、小太郎はナオに話しかけた。
「ナオさんをいじめてるの、オレの隣の席の坂井レナさんって人?」
「え? どうして分かったの?」
「オレ、悪意を持っている人がわかるんだ。彼女から悪意を感じたから」
「…そう…なんだ」
そこにレナがやってきた。
「鬼澤さんさ、ずいぶん仲良さそうだね。鬼山くんと」
「ええと…」
ナオがどう言えばいいか迷っていると、小太郎が言う。
「ナオさんのお父さんとオレの親が知り合いで、前から友達だったんだ」
「…ふーん」
レナが去っていくと小太郎は、「ちゃんと関係を設定しておけば良かった」と言った。
「ナオさん。オレの事は小太郎くんて呼んで」
「う、うん」
お昼休み、ナオはお弁当を広げた。
「わーい! お弁当お弁当!」
嬉しそうなナオの隣で、小太郎も袋を開ける。
「ナオさん。待って」
「え?」
「お弁当…変な匂い」
ナオのお弁当から、ほんのり泥臭さを感じる。
「もしかして、泥水かけられた?」
「…そんな…せっかくヤマトが作ってくれたのに」
ナオは悲しそうに、蓋を閉じた。
「ヤマトって、お屋敷にいた、若い男の人?」
「うん。いつもお弁当作ってくれるの」
「オレの食べる? と言ってもさっき購買で買ったパンだけど」
「うん。一緒に食べよ」
放課後になり、小太郎とナオは昇降口にいた。
「ゴミ捨ては裏庭に持ってくの」
靴に履き替えようと、靴箱を開ける。
「待って! ナオさん!」
「え?」
「靴箱から悪意を感じる」
「え?」
「いや、何かある気がするから、気をつけて」
「…う、うん」
靴箱を開けるが、何もない。
「何もないよ?」
ナオが靴を履いた。
「痛い!」
「どうした?」
「靴の中に…」
見るとナオの足の裏に画鋲が刺さって、血が滲んでいた。
「ひどいことするな」
「痛くて歩くの無理そう…」
ナオが、昇降口の段差に腰を掛けた。
「足、膝に乗せて」
「え? でも…」
ナオの足を膝に乗せると、彼女の顔は赤く染まった。
怪我に手を当てた小太郎が、熱を集中させると、怪我が消えていった。
「え? 痛みが引いた。なんで?」
「よかった」
「…小太郎くんって…いったい…」
「…っ」
立ち上がろうとした小太郎は、フラついて座り込んだ。
「え? 大丈夫?」
「ごめん、少しめまいが…」
「ここで休んでて。ゴミ捨ては私が行ってくるから」
ナオが出て行くと、朱丸が頭の中で話かけてきた。
《小太郎、安易に能力使ったらダメだよ》
『うん』
《ナオさんは大丈夫でも、その力を悪用しようとするヤツが出てくるかもしれないよ?》
『……』
《それに、桃太郎の一族が、噂を聞きつけてやってくるかもしれないのに》
『ごめん』
《もう…。大丈夫? 他人に治癒使うと、いつもより妖力減るし、小太郎自身が疲弊するんだからね》
『うん』
そこにナオが戻ってきた。
「ありがとう、ゴミ捨て」
「うん。小太郎くん大丈夫?歩ける?」
「うん。もう平気…」
「じゃ帰ろう」
次の日、小太郎はレナに呼び出された。
裏庭に行くと、レナと一人の男子生徒がいた。
「ねえ、鬼山くんさ、アタシの邪魔しないでくれる?」
「邪魔って?」
「鬼澤に嫌がらせしてることよ」
レナは堂々と述べた。
「やっぱり君の仕業か。なんでナオさんをいじめてるの?」
「えー? あの子、入学して最初のころ、注意してきたんだよね。先生の話聞こうよとか言って。なんか生意気だなって思ったの」
「…ナオさんは真面目なだけだよ」
「…ねえヒロト。こいつシメてよ」
レナが言うと、ヒロトと呼ばれた生徒は頷く。
「いいぜ。レナの頼みなら…」
ヒロトが小太郎に近づく。
小太郎が目を赤く光らせて睨むと、彼は止まった。
そして、ヒロトの額に指を当て、悪意の靄を吸い込んだ。
ヒロトはポカンと口を開けた。
「へ? 俺…なにしてたんだっけ?」
「ごちそうさま…」
小太郎が舌を出す。
「ちょっと、ヒロト! そいつシメてっていったでしょ?」
「へ?」
小太郎がヒロトに微笑むと、彼は震えて逃げ出した。
「なんで逃げんのよ!」
「まだナオさんをいじめる?」
「あんた一体何者なの? 鬼澤が画鋲でケガしたのに、あんたが手を当てたら治ったみたいだし。まさかそんなマンガみたいなこと」
「見てたんだ?」
「……」
「オレはね、魔物だよ。人の悪意を食べるね。さっきのやつのも食べたんだ。記憶も一緒に食べちゃうんだ」
「魔物?」
「君の悪意も食べちゃうね」
小太郎はレナの額に手を当てると、出てきた靄を吸い込んだ。
「あれ? アタシ…」
小太郎は戸惑うレナを置いて、校舎へ戻っていった。
教室で、ハンカチを落としたレナに、ナオは落としたよと話しかけた。
「あ、ありがとう」
レナはハンカチを受け取り、何事もなかったようにその場を後にした。
「あれ?」
「どうしたの?」
戸惑うナオに小太郎が気づく。
「いつもなら、アタシのものに触るな!とか言うのに」
「ああ。もういじめてこないよ」
「え?」
「ナオさんをいじめていたことも、忘れていると思う」
「…どうして?」
「オレ、催眠術使えるんだ。ナオさんをいじめてた事、忘れる催眠をかけたんだ」
「催眠術…」
「だからもう大丈夫。オレの役目はこれで終わりだね」
「……」
ナオは納得していないような表情をしていた。
それからしばらく経ったある日、小太郎が町を歩いているとナオが現れた。
「見つけた!」
「ナオさん? どうしたの?」
「小太郎さん…私、あれからいじめられなくなりましたよ。クラスの人たちとも仲良くなって、親友も出来て、理想の高校生活を送ってます」
そう言うナオは、あまり楽しくなさそうに見えた。
「そっか。よかったね」
小太郎はあえて気づかないふりをした。
「よくありません」
「…なんで?」
「だって、今度は坂井さんが、逆にいじめられるように…」
「レナさんが…。よかったじゃない? 平和になって」
「…坂井さんだって、クラスメイトなんです。私は、みんなが仲良くないといやなんです」
「…それで? オレにどうしてほしいの?」
「彼女の催眠解いてください。記憶がないから、みんなに私をいじめていた事を指摘されても、わからないとしか言えないから。余計みんなの反感買って、それで…いじめに発展して…」
「…記憶が戻ったら、前よりもっと酷くいじめられるかもよ?」
「…それでも…いいです。今は私、親友もいますし…きっと助けてくれる…」
「…そう…。わかった」
次の日。小太郎が学校に行ってみると、レナがクラスの女子にいじめられていた。
昼休み、レナは体育館に連れてかれ、ボールをぶつけられていた。
「やめてよ。アタシがなにしたっていうの?」
「ナオにしてた事やり返してるだけ」
女子たちが淡々と言った。
「鬼澤さん? アタシ鬼澤さんにこんなことしてない」
「しらばっくれる気? この前もそんな事言って…」
女子たちが、ナオをさんざんいじめてたのにと文句を言う。
「やめて!」
ナオがレナの前に立った。
「ナオ? そいつかばうの?」
「仕返しなんてやめて」
「でも、いじめてた事覚えてないって言うし。そんなわけないのにさ。忘れたふりして許してもらおうなんて」
「それは、オレのせい」
小太郎が現れた。
「あんた、確か転入生の…」
レナが「名前なんだっけ?」と首を傾げた。
「オレが、催眠術で忘れさせた」
「催眠術?」
周りがざわつき始める。
「記憶戻すよ。それでいいんだよね?」
改めてナオに確認すると、彼女は頷く。
小太郎は食べた悪意をレナへ戻す。口から靄が出て、レナの額に戻っていった。
「あれ? アタシ…。鬼山? あれ? あんたまた転校していったんじゃなかったっけ?」
「催眠術でね。坂井さん、私をいじめてたこと忘れていたの」
「催眠術…? 鬼山がやったの?」
「うん。ナオさんをいじめるの、やめてほしくて」
「……。それで? みんなはアタシが鬼澤にした事を、仕返ししようとしてたわけね。アタシの記憶がないのをいいことに・・・」
レナはみんなを睨みつけた。
「ふざけんなよ。覚えておけよ。おまえら」
「記憶戻さない方がよかったんじゃ…」
小太郎がポツリと言った。
「ねえ! なんでみんな仲良くできないの? 私はみんな仲良しでいたいのに…」
「ナオは、坂井さんを許すの?」
クラスメイトたちの顔を見回して、ナオは頷いた。
「許すよ。そうしないと、みんな仲良しじゃなくなるから」
「みんな仲良しって、小学生かよ。アタシはごめんだね。
あんたは相変わらずムカつくし、コイツらはアタシに仕返ししようとしてたわけだし」
レナは体育館の入り口に向かう。入り口からそっと中を覗いていたのは、ヒロトだった。
「あんた、アタシをさっさと助けにきなさいよ」
「だって怖くて…」
「怖いって、女子しかいないじゃない」
「いや、いるじゃん、あいつが…」
ヒロトは小太郎を指差して震えた。
レナはハッと思い出したように、小太郎を見た。
「…そうだ…あいつ、自分の事、魔物って言ったんだ」
「魔物…? やっぱり怖い」
レナはヒロトを連れて、体育館を出ていった。
小太郎はネットカフェにいた。
《なんだか、大変だね、人間って》
『うん。結局、食べた邪心戻しちゃったな』
《ナオさんが後で何か言いそうな気がしてたから、レナさんの邪心を妖力に変換しないでおいてよかったよ》
『記憶だけを戻せればよかったんだけど』
《今のところ、邪心と記憶はセットになってるからね。どうにか切り離す方法がわかればいいんだけど》
『オレが魔物だって言った所も、レナさんの記憶から消すことできなかったし』
《困ったね。噂が広まって、桃太郎の一族が来なければいいけど》
『レナさんのオレに関する記憶を、削除しないとな』
《小太郎が迂闊に、自分の事魔物だなんて言うから》
『それはごめん』
次の日小太郎が学校に行くと、ナオは朝からいじめられていた。
「私のノートに落書きしないでよ」
「え? これ、あんたのだった? 気づかなかった」
「いいから返して」
「でも、鬼澤さんの名前書いてないじゃない?」
「名前の部分、塗り潰されて、読めなくなってるだけ」
「え〜?」
二人のやり取りの中、横から手が伸びて、ノートを取り上げた。
「え?」
「返せよ」
「小太郎くん」
「……っ」
レナは、小太郎をチラ見すると、そこから早足で逃げ出した。
「ありがとう。小太郎くん」
「なるべくそばにいるよ」
「え? あ、うん…」
小太郎の言い方が、すごく優しかったので、ナオはドキリとしてしまう。
「ナオ、お昼一緒に食べよ」
ナオの親友だという、市川ユカが話かけてきた。
「うん。でも、私のそばにいたら、ユカまで坂井さんに…」
「大丈夫。鬼山くんがいるし」
「小太郎くん…?」
「だって坂井さん、鬼山くんと朝会ってから、ずっと警戒してるじゃん」
「…そうだね」
「鬼山くん、ナオの事守ってやってよね」
「あ…うん」
放課後、ユカは部活があると行ってしまった。
ナオは、帰る前にトイレに行くといい、入っていった。
トイレから戻ってきたナオは、少し憂鬱な表情をしていた。
「どうした?」
「え? ううん。なんでもない」
「……」
「あの、私、ちょっと寄る所があるの。先に帰って」
「オレも一緒にいくよ」
「…でも、その、一人じゃないとダメなんだ。だから…」
「…わかった」
小太郎は、髪の毛を一本抜くと、息を吹きかけた。髪は人型になり、教室を出て行こうとするナオのポケットに入った。
ナオは、人通りの少ない裏通りの、ドブ川がある場所へ来ていた。
レナに連れて来られたのだ。
女子トイレでレナに、形見のペンダントを取られ、返してほしかったら言うことを聞くようにと言われた。
それが、小太郎には言わずに、一人でレナについていくことだった。
レナの隣には、マナトという男子生徒がいた。
「ねえ、言われた通りついてきたでしょ? ペンダント返して」
「形見なんだっけ? 母親の。こんな安物が形見だなんて、あんたんちって貧乏なんだ」
「だって、それは…」
「返してほしいんなら、このドブ川に入りなよ」
「え⁉︎ ヤダよ。そんなの」
「じゃなきゃこれ落としちゃおうかな? このドブ川に。
こんな汚いとこ落ちたら、見つからないかも…」
「…そんな」
「ねえ、マナト。鬼澤をさ、落としてよ川に」
「相変わらずやる事がキツいなレナは」
マナトは苦笑する。
「弟のヒロトよりも、俺の方が、よりレナを好きだって、証明してやるよ」
マナトは、ナオの体を欄干の上に持ち上げた。
「きゃ⁉︎ ちょっと、やめてよ!」
ナオの体は、ドブ川に向かい落ちて行く。汚れたドブ川に触れそうになった時、強い風が吹いた。
その風の正体は小太郎だった。
小太郎は背中から、黒い烏の羽根を生やし、ナオの体を抱き抱え、橋の上へと降り立った。
「小太郎くん…」
ナオは、呆然と小太郎を見た。
「鳥人間?」
レナとマナトは口を大きく開けていた。
地面にナオを降ろした小太郎は、レナたちを睨む。
レナとマナトは、その恐ろしさに後ずさりした。
小太郎は、二人の元へ行こうとして、ガクッと膝をついた。
「…うっ…ぐ…この術、妖力ほとんど持ってかれる」
苦しそうに胸を押さえる。背中の羽根はキラキラと消えた。
「小太郎くん…」
心配そうなナオの声。
小太郎はなんとか起き上がると、レナの手からペンダントを取り返し、ナオに渡した。
そうして、レナとマナトの頭をガシッとつかむと、二人の邪心を吸いとった。
「はあ…妖力回復」
小太郎が満足そうに唇を舐める。
レナとマナトはポカンとしていた。
「お嬢!」
「ヤマト…」
そこに現れたのは、お屋敷にいた男性だった。
「鬼山くんから連絡もらって、お嬢が何かに巻き込まれてるって。場所がわからなくて、探してたんです。大丈夫ですか?」
「うん。小太郎くんが助けてくれて」
「お嬢を助けてくれてありがとう。いったい何があったんだ?」
「ヤマト、私から話すから…」
ナオは、いじめられていた事と、ドブ川に落とされそうになった事を話した。
「なんでいじめられてるって、教えてくれなかったんです?
家の名前出せばすぐ解決したでしょ?」
「家の事をクラスメイトに知られたくないから、黙ってたんだよ。
私の家が、極道だって知られて、中学の時みたいに、腫れ物に触るような友達関係はいやだったの!」
「そう…でしたか…気づかなくてすみません」
ヤマトは、端の方でポカンとしているレナたちを見た。
「それで? その二人ですか。お嬢をいじめていたのは」
「え⁉︎ なに? 知らない」
「どういうこと?」
レナとマナトは、怖そうな男性に睨まれて震えた。
「何しらばっくれてるんだ。鬼澤組のお嬢様に手出して、無事でいられると思うなよ?」
「え⁉︎ なに? 怖い怖い!」
「鬼澤組? え?」
レナとマナトが怯えて、お互いを抱きしめる形になった。
「待って、ヤマト。二人は私をいじめてたこと、本当に覚えてないみたい」
「へ⁉︎」
ナオは小太郎にコソッと耳打ちした。
〔小太郎くん。また催眠術かけたの?〕
〔催眠術じゃないよ。オレが二人の中の悪意を食べたんだ〕
〔悪意を食べた?〕
〔オレは人間じゃない。魔物なんだよ。人の悪意を食べることで生きる〕
〔魔物。羽根生えてたもんね〕
〔悪意を食べる時、一緒に関連する記憶も食べてしまうんだ。オレの正体を知られたままなのも、まずいしね〕
〔じゃあ、私の記憶も…?〕
「二人でなにコソコソ話してるんです?」
ヤマトが不審がる。
「あ、ごめん。とにかく、二人は私をもういじめて来ないから」
「許すんですか?」
「まあ、学校で平和に過ごせるなら…」
ナオが微笑んだ。
「鬼澤さんって極道の娘だったんだ…」
レナが呟く。
「あ、すみません。バレちゃいましたね」
「ヤマトが言ったんでしょ」
「そうでした。どうします? 二人転校させます?」
「そんな…」
ナオが悲しそうに言った。
「じゃあ、こうしましょう」
ヤマトはレナたちの前に立った。
「お嬢が極道の娘だって事は、周りには内緒にしろよ?」
「は、はい!」
ヤマトに凄まれて、二人は思わず背筋を伸ばした。
お礼をしたいというナオに、家までついていった。
「そういえば、小太郎くんは、なんで私の居場所わかったの?」
「えっと、ナオさんのポケットに」
「え?」
ナオがポケットを探ると、ピョンと何かが飛び出した。
「キャ⁉︎」
小太郎の手に乗っかったそれは、黒い人型をした物だった。
「それは?」
「オレの髪の毛」
「え?」
「ナオさんがどこにいるかわかるように、術をかけておいたんだ。声も聞こえてたよ」
「そっか…」
小太郎が髪の毛の術を解くと、人型は崩れて一本の髪に戻った。
お屋敷に到着し、客間へ通された。
ヤマトがお茶の用意をしに出て行くと、ナオは小太郎に気になっていたことを聞いた。
「小太郎…さん」
「ん?」
「小太郎さんの正体を知ってしまった私の記憶も、食べてしまうの?」
ナオは寂しそうに言った。
「…本当なら、君の記憶も消してしまいたいんだ」
「…やっぱりそっか」
「でも、さっきも言ったけど、記憶だけを食べるって事が、オレにはまだ出来ないんだ。だから、悪意を食べた時、一緒に記憶を食べるって形になる」
「私は…」
「ナオさんの中には悪意が、邪心がないから。食べることができないんだ」
「…悪い心…?」
「うん。無理にその人の邪心を食べたら、精神がおかしくなるんだよね。だから、ナオさんがオレの事、誰にも言わないでいてくれたら」
ナオは頬を染めた。
「誰にも言わないよ。小太郎さんの秘密、私だけが知ってるんだ」
「今生きてる人間なら、そうなのかな」
「過去に知った人がいるんだ?」
「うん。もうとっくにこの世にいないけどね」
《小太郎、桃太郎一族は知ってるじゃない?》
『ああ、そうか…まあいいや』
朱丸の指摘に返事を返す。
「そういえば、小太郎さんはいくつなの?」
「121歳」
「あれ? 意外と最近」
「いや最近って…」
「もっと大昔から生きてる人だと思ったから」
「そっか」
客間にヤマトとナオの父、鬼澤組の組長が入ってきた。
小太郎は頭を下げた。
「ナオがいじめられていたと、ヤマトから聞いた。気づいてやれなくてすまなかったな」
「ううん。小太郎さんが助けてくれた。お母さんのペンダントも、取り返してくれた」
ナオは、制服の内側に隠していたペンダントを見せた。
「ああ、あいつの形見か。確かナオが小学生の時、母の日にあげたものだったよな?」
「うん。お母さんいつもつけてくれてた」
ナオは懐かしそうに話す。
「ナオさんがあげたペンダントだったのか。だから、いみ…いみて?」
小太郎が言うと、ナオは吹き出す。
「イミテーション。小学生じゃ高いものは買えないもの。お母さん亡くなったの、去年だったんだ。私が高校生になるの楽しみにしてくれてたのに」
ナオは、そっと涙を拭った。
「お礼をしたいんだけど、小太郎さん、何かある?」
「え? えっと」
「なんでもいいぞ」
組長が笑って言う。
《小太郎、仕事を紹介してもらえば?》
朱丸が割り込んできた。
『え? 仕事?』
《ナオさんだったらきっと小太郎の事、他の人に言いふらしたりしないし。ここいらで一人くらい、人間の協力者を作っておくのもいいと思う》
『この町を拠点にするってことか?』
《小太郎といろんな町に行くのも楽しいけど、普通にご飯食べるためにお金稼がないといけないし、オイラはいいけど、小太郎には毎日のご飯が必要だもんね》
小太郎はうーんと考える。
《寝床もご飯もない時もあったしさ。小太郎の外見が変わらないから、長くは一つの場所にいれないけど、5〜6年くらいならいいんじゃない?》
「仕事を紹介してもらえますか?」
「仕事か…。うちの組に入るか?」
「え⁉︎」
「お父さん…」
「…オレ、その…」
「得意なことはなんだ?」
「あ! 小太郎さん、悪意を持ってる人がわかるんだって」
「ほう…」
ナオの言葉に、組長は感心したように頷いた。
「あ、まあ」
「腕っぷしは強い方か?」
「まあ強い方だとは思います(鬼だし…)」
「なら、ボディガードとかいいんじゃないか?」
「ボディガード?」
「悪意を持ってるやつがわかるなら、誰が対象を狙ってるかわかるしな。裏の世界じゃ、狙う、狙われるなんて日常茶飯事だから」
ナオの言葉に「余計なことを」と思ったが、いいかもしれないと思った。
《いいんじゃない? 悪意を持ってるやつがすぐ近くにいる環境なんて、妖力の補給にちょうどいいよ》
朱丸が嬉々として語る。
「やってみます」
「そうか」
「あとできれば、住む場所も…」
「そうか。紹介してやる」
数日後。住む場所も決まった小太郎が、ナオの元を訪ねた。
近くのカフェで待ち合わせた。
「学校はどう?」
「平和に過ごしてるよ。坂井さんのこといじめないように、私がきつく言ったら、みんなわかってくれた。まあ、坂井さんが私の後ろをついて回るから、みんなに妹分みたいに言われてて…。私の素性バレてないはずなんだけど…」
「…そっか(組長気質が滲み出てるのかも…)」
「小太郎さんは? 仕事はどう?」
「まあ、順調にいってるよ」
「そう。小太郎さんは、彼女っている?」
「え? 昔は結婚もしてたけど。今は…」
「そっか。そうだよね。長く生きてるんだもんね。結婚してた人くらいいたよね」
「相手は人間だったから、病気になって亡くなったけどね」
寂しそうな目に、ナオは言い淀む。
「……小太郎さんは、その人のことまだ…」
小太郎は紅茶の入ったカップに口を付けて、ほぅ…と息を吐いた。
「…あれからずっと、恋はしてないな…。置いていかれたくないんだ…」
「…相手が人間じゃないなら…」
「オレは、鬼なんだよ。でも、鬼はオレが最後の一人。それに…オレは元人間だから、やっぱり好きになる相手は人間なんだよね」
「元人間…」
「そろそろ出ようか? オレこの後、依頼が入ってるんだ」
席を立ちかけた小太郎に、ナオは言った。
「…小太郎さんが好きです。いつか私を恋人にしてくれる?」
「…いつかね」
小太郎と別れた後、ナオは決意した。
「小太郎さんのトラウマ、私が消してみせる」