旅立ち2 ー過去編ー
田舎から、何日間か馬車に揺られ、東京、浅草の辺りに着いた小太郎。
村とは違う雰囲気に興奮していた。
「すげー! これが東京か」
西洋風の建物。田舎にはない高い建物。着物じゃなくて洋服を着た人。赤い髪の外国人。
「朱丸みたいな髪の人いた」
《うん》
西洋から入ってきたお菓子も食べた。
「これ、ちよこれいとっていうんだって、甘くておいしい」
《うん! 他にも色々食べてみようよ》
「お金なくなっちゃうよ。仕事と住む場所探さないと…」
小太郎は、酒屋や八百屋などを訪問して、住み込みで働かせてくれるか尋ね歩いた。
米屋を尋ねた時、ちょうど人手がほしかったという事で、働かせてもらえた。
爺さん婆さんと、お父さんお母さんと、兄妹二人に、産まれてまもない赤ちゃんがいた。
小太郎は店を手伝ったり、家事をしたり、赤ちゃんの世話をして暮らした。
年の瀬も迫るころ、店に軍服を着た大柄な男が現れた。
ちょうど店先で作業をしていた小太郎は、男を見てギクリとした。
(軍服…)
「ようやく見つけた」
「…いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
普段、客に接するように応対した。
「小太郎…だったよな?」
「…人違いじゃありませんか?」
奥から女将さんが出て来た。
「小太郎…あ…お客さまだったのね」
「やはり君は小太郎くんじゃないか」
男は笑う。
「…あの、お米を買わないのなら、お帰りください」
「どうしたの?」
女将さんが近寄った。
「自分は、猿女といいます。吉備津隊という、鬼を斬る部隊に所属してます」
「鬼…ですか」
「最近夜になると、化け物が出るという噂がありまして、その化け物は鬼だというんです」
「まあ」
女将さんは不安そうに頷いた。
「そしてこれがその鬼らしいです」
猿女が取り出した紙には似顔絵が描いてあった。
その顔は、小太郎にそっくりだ。
「小太郎?」
女将さんが呟く。
「はい」
「何かの間違いではありませんか? 小太郎は夜は遅くまで仕事をして、朝も早く起きています。夜中この家から出ていったりしていません」
「ですが、コイツは確実に鬼ですよ。見ていてください」
猿女は石ころを拾うと、小太郎に投げつけた。
「っ!」
「何するんですか⁉︎」
石ころが当たった額が赤くなっている。しかし、少ししてそれは消えた。
「あら?傷が…」
「これくらいの傷なら、鬼はすぐ治る」
「…そんな…小太郎が…鬼?」
信じられないという表情で、女将さんは小太郎を見た。
「……」
「でも、小太郎はとても良い子ですよ」
「女将さん。演技ですよ。そのうちあなたのうちの小さな者から喰われてしまう」
「……」
「とにかく、この子鬼は我々が責任持って、処分する」
猿女は小太郎の首に、輪っかを取り付けた。
「え?何これ」
「一族が開発した鬼用の首輪だ」
「ヤダ!外して!」
外そうとつかむと、首輪が締まった。
「ぐっ⁉︎」
「抵抗すると締まる。鬼の力を弱めるため、鬼の苦手なイワシの血を塗ってある」
「う…く…ゲホゲホッ…」
小太郎は、膝をついた。
「小太郎」
女将さんは小太郎を支えた。
「やめてください」
「鬼をかばうと、あなたも捕縛しますよ」
「そんな…」
小太郎は立ち上がると、女将さんにお辞儀した。
「女将さん。迷惑かけられません。オレ行きます。今までお世話になりました」
「小太郎…」
女将さんは悲しそうに名前を呼んだ。
「いくぞ」
猿女に連れられて着いたのは、洋風の建物だった。
地下へと続く階段を降り、薄暗い空間にたどり着く。
石造りの寒い部屋だ。
そこで待っていたのは、吉備津桃寿郎だった。
「よく来たね」
「…桃寿郎」
「ここなら思う存分刀を振れる」
「……」
「君はもう完全な鬼になったかな?」
小太郎が、猿女の手から逃げようと暴れると、首輪が締まった。
「ぐあっ!」
小太郎は首輪を外そうともがく。
「カハッ…ハッ…ヒュ…息が…」
「あれ? 呼吸がおかしいみたいだ」
桃寿郎が淡々と言う。小太郎は、意識を失って倒れた。
「あれ? 倒れちゃった。今のうちにトドメさしちゃうか」
桃寿郎が破鬼の剣を小太郎の体に突き刺した。
「ぐぁ‼︎」
一瞬目を覚ました小太郎。血を吐いた後、また意識を失くした。
「あれ?」
刀はまたも穢れた。
「あれれ? まだ人間との中間なんだ」
桃寿郎は小太郎を覗き込む。
「心臓刺したつもりだったけど、ずれちゃったか。半分鬼だからかな、少しずつ傷塞がってくね」
「どうしますか?」
「とりあえず牢屋に閉じこめておいて」
「う…」
小太郎が目を覚ました場所は、牢屋の中だった。
《小太郎大丈夫?》
『朱丸』
朱丸が話しかけてきた。小太郎は頭の中で会話する。
「ぐっ!」
胸の辺りに痛みが走る。
「痛って…」
《破鬼の剣で斬られたんだ。小太郎はまだ鬼と人間の中間だって。心臓を狙ってきたけど、オイラが位置をずらしたから、即死は免れたよ》
『そんな器用な事できるんだ?』
《オイラもできると思わなかったけど、切羽詰まって動いたらできた》
「ハアッ…ハアッ…」
小太郎は胸を押さえて、蹲った。
《小太郎…》
『気絶してる間に、怪我を治してたみたいだ。まだ完全には塞がってないけど』
《どうりで、苦しいと思ったよ。妖力が減ってるんだ》
「苦し…心臓痛い…うっ…く」
小太郎は床の上に倒れ震えた。
「どうした? 大丈夫か?」
牢屋を見張る兵士が覗きこんだ。
「痛い…う…あ…助けて…」
苦しそうに呻く小太郎を、兵士は見過ごせず、カギを開けた。
兵士は小太郎を抱きかかえるとオロオロしだした。
「どうしよう」
小太郎が首に手を置く。首輪に気づいた兵士はそれを外した。
鬼は外せなくても、人間なら外せるようだ。
「大丈夫?」
「苦し…うう…」
朱丸は兵士が腕に少し傷を負っていて包帯から軽く血が滲んでいるのに気づく。
《小太郎…その兵士の血を…少し舐めて》
『え?でも…』
人間の血を舐めるなんて、抵抗があった。
「ゲホゲホッ…ぐっ!」
《限界だよ…このままじゃ…ハアッ…妖力切れで死ぬよ》
小太郎は兵士の血を舐めた。
すると力がみなぎり、思わず兵士の腕を噛んでしまった。
「痛い‼︎」
気がつくと、兵士は腕を押さえてこちらを睨んでいた。
無意識に腕を噛んだことに、小太郎は動揺した。
「ごめんなさい…オレ…」
「鬼…」
「え?」
「やっぱり鬼なんだな。桃寿郎様が言った通り…牙が刺さった」
「オレに牙?」
自分の口を触ると牙らしいものがあった。
「オレ…」
《小太郎。ショック受けてるとこ悪いけど、逃げないと》
小太郎は兵士の腹を殴って、彼が怯んだ隙に逃げ出した。
廊下で猿女が待ち構えていた。
「待て!」
「ハアッ!」
小太郎は猿女の腕を爪で引っかいた。
「ぐっ!」
爪に付いた血を見た小太郎は、その匂いに一瞬めまいを覚えた。
「う…」
次の瞬間には衝動的に舐めていた。
「ハア…」
小太郎はうっとりと血を舐めとる。
「う…」
猿女は小太郎の行動に若干引き、変化し始めた瞳に慄く。
赤く光って、瞳孔が猫のように細くなっている。
「ねえ、おじさんって、桃太郎の部下の子孫なんでしょ?」
「なんだ、突然」
「霊力が高いんだね。血を舐めたらわかるよ。もっと欲しいな。オレが鬼として覚醒するのに必要だ」
禍々しいオーラを発しながら近づく小太郎に、猿女は後退る。
「や、やめろ! 来るな!」
「どうしたの?怖いの?」
猿女の血を舐めた後、小太郎の様子は明らかに違っていた。
小太郎が猿女の腕に噛み付く。
「うあ!」
猿女の血を多く舐めた小太郎は、さらに変化した。
髪が赤く染まり、角が二本生え、小さかった牙も長く伸びた。
「ふふ…」
「覚醒したのか⁉︎」
騒ぎを聞きつけた桃寿郎がやって来た。
「くそ! 間が悪い。破鬼の剣が穢れた時に…」
「桃寿郎様」
「猿女…コイツに噛まれたのか?」
「申し訳ありません」
「ももたろの子孫。あんたが一番、霊力高そう」
小太郎は不敵に笑うと、桃寿郎に近づく。
「桃寿郎様、お逃げください」
猿女が拳銃を小太郎に向け発砲した。
「ぐっ!」
小太郎の体に穴を開けるが、すぐに弾が出て傷が塞がる。
「そんなもの効かないよ」
「うう…」
猿女は噛まれた腕を押さえ、膝をついた。
「猿女!」
「ハアッハアッ」
腕の傷は熱を持ち腫れ出した。猿女自身も熱を出したのか、ひどく苦しそうだ。
「コイツに何をした?」
「知らない。噛んだだけだよ?」
そこへ牢屋を見張っていた兵士が来た。
「桃寿郎様。申し訳ありません。私の不手際で」
「いいから猿女を連れて行ってくれる?」
「はい」
兵士が猿女を抱えて去っていく。
「ねえ、ももたろの子孫さん。鬼を殺す刀もなくて、オレに勝てるつもり?」
「…君…小太郎くん…だったよね? ねえ、僕とかくれんぼしない?」
「かくれんぼ?」
「うん。君が鬼で…。もし、君が勝ったらここから逃がしてあげる。もう君を殺そうとしないよ」
「…ウソだ」
「本当だよ」
「…わかった。いいよ。どうせ、オレが勝つし。その時にはももたろの子孫さんも部下たちも、みんな殺してるから、オレを殺そうとする人はいないし」
小太郎がそう言うと、桃寿郎は震えた。
「…そ…そうだね」
桃寿郎が30秒数えてと言うので、小太郎は言われた通り30秒数えて探し始めた。
応接室のような部屋へ来た小太郎。
「とうじゅろさーん。いないかな?」
後ろから近づく気配に振り向くと、縄を持った17〜18の眼鏡の少年がいた。
小太郎が少年に爪で攻撃しようとすると、桃寿郎が小刀で斬りつけてきた。
腕を斬られた小太郎が怯んだ隙に、少年に縄で縛られてしまった。
「とうじゅろ…卑怯だぞ。かくれんぼに内緒で人を増やすなんて」
「…犬養助かったよ」
桃寿郎は小太郎を無視した。
「こんな縄…」
小太郎が縄を外そうと力を入れるが、思ったように力が入らない。
「無駄だ。その縄には鬼の苦手なイワシの血が塗ってある」
「またかよ」
小太郎がもがくと、縄は体を締め付けてきた。
「ぐっ…」
呼吸ができなくなって、鬼化が解かれ、倒れた。
気がつくと、また牢屋にいた。
「あれ?オレ…」
《小太郎。惜しかったね。もう少しで、桃太郎の子孫も部下たちも、いっぺんにやっつけられたのに》
『え? 何があった?』
《覚えてないの? 小太郎あのおじさんの血舐めて、襲い掛かったら、角も生えて鬼化してさ。強かったよ》
「え? オレが…」
《小太郎…?》
「う…オレ…そんな…。人を傷つけて…鬼になったなんて」
《小太郎…今さら…》
「う…グスッ…ごめんなさい。ごめんなさい…」
《……》
小太郎は涙を流して、ひたすら謝罪の言葉を口にした。
《いつまで泣いてるのさ》
小太郎が泣き止まないので、朱丸は呆れていた。
『だって…』
《ここから早く逃げようよ》
『…いやだ。オレ、もういい。もう…桃寿郎に討伐される』
《はあ!?》
朱丸は小太郎の言葉に怒った。
《何言ってんの?》
『だって、オレ人を襲うなんて…。それだけは絶対しないようにしようと思っていたのに。鬼になっても人間の心だけは失くさないでいたかったのに』
《小太郎…》
「オレ…う…グスッ…」
そこに、先程犬養と呼ばれていた少年が、牢屋の外から声をかけてきた。
「子鬼くん。破鬼の剣のお清めが終わるまで、約3日。その間、最後にしたいことあれば叶えてあげよう」
「いいです。ほって置いてください。う…グス」
「…子鬼くん…名前なんていうの?」
「う…名前なんて知って、どうするんですか?」
「君と仲良くなりたいなって…」
「どうせ死ぬのに…」
「……」
犬養は悲しそうに息を吐く。小太郎は辛そうに呟いた。
「あの…一つだけ教えてください…」
「なに?」
「オレが攻撃しちゃった人、大丈夫ですか?」
「ああ…。熱を出して苦しそうだったけど、薬を飲ませたから大丈夫そうだよ。君が噛んだ傷は治るのかな?」
「…人を噛んだりしたの、初めてだから」
「そっか。まあ死にはしないだろうって、軍医も言ってたし」
「…そう…ですか」
小太郎は少し安堵した表情を見せた。
「…敵を心配するんだ? 君って鬼らしくないね」
「…優しい鬼だって…います」
「そう…かもね」
小太郎は犬養に背中を向けた。
「もういいでしょ? 行ってくださいよ」
「子鬼くん。僕ね、弟がいたんだ」
「……そうですか」
「7歳で死んじゃったんだよ。胸の病気で」
「……」
「君…何歳?」
「7歳…」
「そっか。やっぱり、同じくらいの歳かなって思ってさ。弟と重ねて見ちゃったんだ。君がもし人間だったら…」
小太郎は犬養を見た。少し涙を溜めた目をしていた。
「これから死ぬ人間…いや鬼に、同情なんかしないでください」
小太郎は布団にくるまった。
朱丸が頭の中で話しかけてきた。
《小太郎。あのね、オイラ…生きたいよ。小太郎と一緒に生きたいんだ。お願いだから、生きる方を選んで…》
『朱丸』
《小太郎の中から出れなくても、一緒にいたいんだ。小太郎の心臓が止まった時願った。小太郎と生きること…。オイラのたった一つの願い、叶えてよ》
『…朱丸…。うん。そうだよな。ごめんな…。オレが死んだら、朱丸も死ぬんだよな…』
小太郎は涙を流した。
「うああ! 痛い! ハアッハアッ」
小太郎が床の上で苦しんでいた。
「え?また?」
見張りの兵士は困った。先程と同じ展開だからだ。小太郎に噛み付かれた事を思い出し、腕を触る。
「どうしよう、さっきの事もあるし…」
「どうした?」
犬養が様子を見にきた。小太郎の苦しむ姿に呆然とする。
「仮病かもしれないですし…。犬養様?」
犬養の辛そうな表情に、兵士は首を傾げる。
「あ、いや…。さっきは仮病じゃなかったろ?」
「まあ…ひどく苦しそうで、汗も凄かったですし。でも考えてみれば、鬼なのに病気なわけ…」
「兄ちゃんオレ、元は人間…だよ。ぐっ…うっ!」
小太郎が言う。
「え!? そういえば、桃寿郎様も言ってた。鬼が心臓に住み着いて、君自身も鬼になったって」
犬養が納得したように言った。
「時々、オレの中の鬼が…暴れて…う! ぐっ…ゲホッゲホッ…あぁ‼︎」
小太郎は胸を押さえて、のたうち回った。
「お兄ちゃん…苦しい…助けて…」
「カギを…」
「え?」
「早く」
「は、はい」
犬養は兵士からカギを貸りると、牢屋の扉を開け、小太郎を抱き上げた。
「大丈夫?」
「う…兄ちゃん…」
「ん?」
小太郎は苦しむ顔から、スッと笑顔になると言った。
「騙してごめんね」
「え?」
小太郎は犬養の腹を殴って、後ろから近づく兵士も殴った。
「う!」
犬養と兵士は痛みで立てない。
「バイバイ」
小太郎は牢屋から走り去った。
「待て…くそ…鬼だからか、あんな子供でも、一発が重い」
兵士が悔しそうに言う。
「そんな…子鬼くん…」
犬養は弟に騙された気分だと嘆いた。
ちょうど桃寿郎は刀のお祓いでいなかったので、小太郎は建物から楽々逃げられた。
すぐ見つからないように、東京を出ることにした。
《そういえば、あの猿女っておじさんは小太郎に噛まれて熱出してたけど、見張りの兵士さんは大丈夫だったよね?》
『そういえば…』
《なんでだろう。もしかして、小太郎が鬼化していた時に噛まれたから熱が出たのかな? 兵士さんの時は鬼化してなかったもんね》
『そうかも…』
小太郎と朱丸はそんな話をしながら、歩いていた。