表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
3/17

旅立ち -過去編-

 桃太郎の子孫に殺されかけた小太郎は、自分の村に帰った。

学校へ通い、前と変わらない生活を続ける。

違うのは、今心臓に朱丸が住んでいること。


 鬼の体というのは、とても丈夫だった。

母の手伝いで、火起こしをして軽い火傷を負っても、一瞬で治るし、牛の世話をしていて蹴られた時も、普通なら骨を折る大怪我だったのに、打撲程度で済んだ。

 

速く走れるし、木から木へ猿のように素早く飛び移って、高い木から落ちた時も、体をひねって、無事に着地できた。

鬼ごっこをしても、誰にもつかまらなかった。


 《ねえ、小太郎。そろそろ妖力が少なくなって来た。小太郎は普通にご飯を食べているけど、魚とかだけじゃ、妖力を補うのには少ないんだ。オイラが活動するには、どうしても妖怪や人間を食べないといけない。じゃなきゃ、オイラは動けなくなる。そうすると、小太郎の心臓、また止まってしまう》

朱丸がそうして話しかけてくる。

小太郎は、朱丸と頭の中で会話していた。

『人間を食べるのは、無理』

《わかってる。だから、妖怪を食べれるといいんだけど…》

『オレにできるかな?』


小太郎は山へ行く。妖怪はすぐ見つかった。

小さな一つ目小僧が一人で遊んでいた。

《小太郎。ゆっくり近づいて》

朱丸の声に頷き、後ろから近づく。

鬼の爪を出し、グワッと襲いかかる。…かと思いきや、すんでのところで止まった。

一つ目小僧は逃げて行った。

《何やってんの? 小太郎》

『…ごめん』

《逃げちゃったじゃないか》

小太郎の足元に水滴が落ちた。

《泣いてんの?》

『ごめん。オレにはできない』

小太郎は、目元を擦った。朱丸はため息をつく。

《しょうがないな…。小太郎は優しすぎるんだ》


村への道を歩く。

(小太郎が妖怪を抵抗なく倒して、食べれるようにしないと)

朱丸は考えた。

 夕焼けの道を歩いていると、朱丸は気がついた。

《妖力だいぶ減ってる。まずいな。オイラ苦しくなってきた》

『え? 大丈夫? 朱丸』

《オイラだけじゃないよ。小太郎だって…。オイラの動きが鈍くなるってことだから、小太郎の心臓にも影響が…》

「う…ぐっ…」

小太郎は胸を押さえて倒れた。

《小太郎!》

「う…あ…痛い…! 痛い…ハアッ…ハアッ」

(苦しい。力入らない…。あれ…目の前が暗く…)

小太郎が意識を失ってしまったので、朱丸は焦った。

《小太郎! 起きて! 小太郎!》

そこに一人の男が近づく。

「あれ? 正太郎んとこの坊主じゃないか? おい、どうした?」

男は小太郎の顔を覗き込む。

「大変だ。こりゃ」

男は小太郎を抱っこすると、すぐ小太郎の家に走った。


「正太郎大変だ! 小太郎が!」

運ばれてきた小太郎を見て、母は悲鳴をあげた。

顔色は紙のように白く、唇も青い。

正太郎はすぐに医者を呼びに行き、母は次男の正雄に布団を敷くように言う。


細い息をする小太郎を診察した医者は、首を横に振った。

「心臓の動きがだいぶ弱い。残念ですが、今夜が峠かと…」

「そんな…。先生、せめて何か…お願いします」

「…わかりました。強心剤でも処方しておきましょう」

薬の入った袋を母に渡すと、医者は帰っていった。

「小太郎、あんなに元気だったのに」

正太郎は項垂れた。

「兄ちゃん」

弟の正雄は涙を浮かべ、まだ10ヶ月ほどの妹のハナは、家族の様子にグズっている。

《ハア…小太郎…くっ…》

朱丸は、力を振り絞って、腕を振り下ろした。

「ぐっ!」

小太郎が、呻いて目を開けた。

「ゲホッゲホッ」

「小太郎!」

母が小太郎の手を握る。

「ハアッ…オレ…う…痛い…! ああ…!」

「小太郎…どこが痛いの?」

「ハアッ…胸が…」

母は薬を出した。

「先生に薬出してもらったから、飲んで」

力が入らない小太郎は、支えてもらいながら薬を飲んだ。

「ゲホッ…ゲホッ…」

『朱丸』

《小太郎、オイラ、もう限界…》

【ぐるる】

突然、猛獣のような鳴き声が聞こえた。

見ると、小太郎の枕元に猫又のような風貌の大きな妖怪が座っていた。

《火車?》

朱丸が呟く。

『かしゃ?』

《人間の死体を食べる妖怪だ。小太郎を狙いにきたのかも》

『オレ…やっぱり、死ぬ…のか?』

問いかけたその時、朱丸が苦しそうに呻いた。

「う…ぐっ! ああ!」

同時に小太郎も、悲鳴をあげる。

《う…小太…郎…火車を…食べ…て》

『体…動か…ない』

「小太郎!」

母が叫び声をあげた小太郎を覗き込む。目に涙を浮かべている。

その涙が小太郎の口元に落ち、小太郎は舐めた。

(あれ? 少し痛みが和らいだ?)

《小太郎、少し動けそう?》

『うん』

《あのね、火車って妖怪は、葬式を襲ったりして遺体を持ち去るんだって。

家族が亡くなって、悲しみに追い討ちかけるようなことする。

悪い事する妖怪をこらしめるためなら、小太郎も食べれるんじゃない?》

小太郎は少し考える素振りを見せた。

『……うん。そうだね』

小太郎は意を決して、鬼の爪を出し、火車に攻撃する。

火車は、叫び声をあげて倒れた。肉体を持たない妖怪は、死ぬと粒子となって消えてしまう。小太郎は、その粒子を吸い込む。

『はあ。苦しいの治った』

《よかった。妖力も充分回復したよ》

「小太郎? 急に動いて…どうしたの?」

母は小太郎の肩に手を置いた。

「母ちゃん、オレもう大丈夫だよ」

「本当? よかった」

母は小太郎を抱きしめた。

「医者の薬よく効くんだな」

正太郎は、薬のおかげで小太郎が元気になったのだと思っているようだ。

「あーん! あーん!」

妹のハナが大声で泣いた。

「ハナ? 大丈夫よ。よしよし。お兄ちゃんもう大丈夫だからね」

《大人や少し大きい子供には、妖怪は見えないけど、まだ赤ちゃんのハナちゃんは見えたのかも。怖かっただろうね》

『オレが妖怪を殺すところ見ちゃったかな? 心の傷にならなきゃいいけど』


 それからも変わらない日常。小太郎が倒れたことで、家族は少し過保護気味になった。

畑の作業をしていても、少しフラついただけで休むように言われる。小太郎は、本当に大丈夫だから。と苦笑するしかなかった。



 ある日、友達と遊んだ帰り道。夕焼けの中、小太郎は家路を急いでいた。

「小太郎君だよね?」

突然名前を呼ばれて振り返る。見覚えのある軍服を着た少年。

「…桃太郎の子孫の…」

「14代目、桃寿郎だよ」

小太郎は警戒心をあらわにして、後退った。

「なんの用?」

「君と一緒にいた子鬼、どこにいるの?」

「し、知らないよ。あの後、別れちゃったから…」

「ふーん」

目を泳がせる小太郎。桃寿郎は一歩近づく。

「何?」

「君さ…。なんで生きてるの?」

「え?」

小太郎はギクッとする。

「僕の刀で斬られてさ。もう死にそうだったじゃん」

「…それは」

「後遺症も無さそうだし…」

小太郎は走り出した。

「待って」

桃寿郎は小太郎の腕をつかむ。

「離せ!」

「背中見せてよ」

「ヤダ!」

桃寿郎は小太郎の着物の隙間から手を入れた。

「ヒッ!」

「傷ないね。君、小太郎君じゃないでしょ?」

「え⁉︎」

「あの子鬼くんなんじゃない? 死んだ小太郎君を食べて、子鬼くんは小太郎君に成り代わってる」

「そんな…」

朱丸は怒った。

《オイラが小太郎を食べるわけない! そんな高度な術使える鬼、300年前ならいたかもしれないけど、人間を食べなくなった今の鬼が使えるわけない‼︎》

「朱丸はオレを食べたりしないよ」

「君は本当の小太郎君かい?」

「そうだよ」

「じゃあ、君はなぜ生きている?」

「……」

桃寿郎はハア…と息を吐いた。

「ねえ小太郎君。君は僕が鬼を退治するの、邪魔したよね」

「当たり前だ! 朱丸は大事な友達だ」

「君のした事はさ、公務執行妨害になるんだよ?」

「え?」

小太郎は、キョトンとした。

「僕は国の軍に所属する軍人だよ? 鬼退治は、国の命令でやってるんだ。国家反逆罪で捕まっても文句言えないよ?」

「そんな…オレ、知らなくて…」

小太郎は動揺する。

「君はまだ子供だし、君の代わりにお父上が捕まっちゃうかもね」

「そんな、父ちゃんが…」

「君が本当のことを話してくれたら、鬼退治を邪魔したこと、不問にするよ」

小太郎は頭の中で朱丸に話しかける。

『どうしよう朱丸』

《…小太郎の父ちゃんが捕まったら大変だよね。話すしかないかな》

「あの…朱丸は…その…」

「うん」

「朱丸は、オレの中にいます。止まった心臓を動かすために、鬼の秘術っていうの使って、オレの心臓と混ざりあって…」

「そうか…。じゃあさ、今君は鬼なの?」

「鬼…かも…しれないです」

桃寿郎は、破鬼の剣をとり出した。

「え⁉︎」

「鬼なら斬らなきゃね。おそらく、君が日本で最後の鬼だ」

「ヒッ!」

小太郎は逃げ出した。

「待て!」

小太郎は桃寿郎に捕まった。

「助けて!」

《小太郎! 反撃!》

朱丸の声に、小太郎は鬼の爪を出し、迫る刀を防ごうとした。

だが、爪は割れ、そのまま刀は小太郎の腕を切り裂いた。

「うあ‼︎」

《小太郎‼︎》

「あれ? 刀が…」

破鬼の剣は以前と同じように穢れてしまった。

「なんで⁉︎ 人間なの? ああ…そうか。小太郎君は鬼と人間の中間なんだね。これから徐々に鬼になるのかな…」

桃寿郎は刀を仕舞う。

「今日はもうダメだね。また来るよ」

桃寿郎が去っていく。小太郎は腕を押さえて座り込んだ。

「ぐっ…う…」

《小太郎、怪我を治そう》

傷に当てた手に、集中して力を注ぐと、傷は小さくなって消えた。

「ハア…ハア…」

《破鬼の剣で斬られても、こうやって治せたし、小太郎の体はまだ大部分が人間なのかもね》

「う…くっ…」

小太郎は、胸に手を当てて呻いた。

《あ、怪我治したから、妖力…少なくなっちゃった…ハアッ…》

「う…痛い…ハアッ…ハアッ」

そこに、大きな影が近づいた。

「小太郎!」

「父…ちゃん」

「帰りが遅いから…」

「ごめん…なさ…っう…あ!」

胸の辺りをぎゅっとつかむ。

「小太郎⁉︎ 苦しいのか?」

「…助け…て…」

小太郎を抱えて、正太郎は走った。

「すぐ医者に見せるから」

正太郎が走って行くと、小太郎の目に、皆で使っている井戸が見えた。そこには小さな河童がいて、井戸に何やら投げ入れ、イタズラしていた。

「父ちゃん…止まって…」

「え? どうした?」

井戸の前に止まった正太郎は、地面に小太郎を降ろした。

「…っ」

立っているのも辛そうな体を、正太郎は後ろから支えた。

「おい? 水がほしいのか?」

井戸にイタズラする河童の存在は、正太郎には見えていない。

小太郎は、鬼の爪を振り上げ、河童を倒した。

粒子となった河童を食べる小太郎。

《これで妖力回復したね》

「はあ…」

「大丈夫か? 小太郎」

「うん。大丈夫」

「…おまえ、やっぱり様子変だよな。この間から…」

心配そうな父に、小太郎は話しはじめた。

「父ちゃん。オレさ、この前一回死んだんだ」

「え?」

「桃太郎の子孫が朱丸の村人みんな殺して、残ったのは朱丸一人。

オレ、朱丸を庇って代わりに斬られた」

「そんな…」

「朱丸が、止まったオレの心臓を動かしてる。秘術でオレの心臓と混ざって…。だから朱丸はオレの中で生きてる」

正太郎は、複雑そうな顔をした。

「さっきまた桃太郎の子孫が来た。オレを殺そうとした。オレは今、鬼と人間の中間らしい」

「桃太郎の子孫は、また小太郎を殺しに来るのか?」

「たぶん」

「そうか…」

「オレの体、これから完全に鬼になるのかもしれない。今まで通り村にいたら、また狙われる」

小太郎は辛そうに、腕をさすった。さっき斬られた場所だ。すでに治っているが、斬られた時の感覚が蘇った。

「…小太郎。村を出なさい。きっとおまえは、人間よりもずっと長生きで、成長もゆっくりになっていくだろう。ここにいては、桃太郎の子孫に狙われるし、みんなにも人間ではないとバレてしまう」

小太郎は涙を流した。

「う…オレ…みんなと別れるの…寂しい」

「父ちゃんも、小太郎と別れるのは辛い。母ちゃんも、正雄もハナも、おまえの友達だって、みんなおまえが好きだ」

正太郎も目に涙をためた。

「でも、小太郎には生きていてほしい」

「うん」

せっかく朱丸に助けてもらった命を守るためにも、小太郎は村を出る決意をした。


 ある日の早朝、まだ朝日も昇っていない時間に、旅支度を終えた小太郎が家の前にいた。風呂敷の中には、おむすびや水筒、着替えを入れた。

小太郎が村を出ることは、正太郎しか知らなかった。正太郎しか小太郎の正体を知らないからだ。

母が起きる前に、出ることになった。

小太郎は涙を浮かべた。

「父ちゃん。オレがいなくなった後のこと、頼むよ?」

「ああ」

小太郎は行方知れずになる。神隠しにでもあったことにするつもりだ。

「オレ…やっぱり、寂しいよ」

「…小太郎」

正太郎は小太郎を抱きしめた。

「いつか…この村に帰っておいで」

「うん」

小太郎が遠くに去って行くと、正太郎は止めていた涙を流して、嗚咽をもらした。


 小太郎が村を出ると、そこに待っていたのは椿だった。以前あった桃寿郎の部下だ。

「村を出て行くのね」

「おまえ…」

「おまえなんて呼ばないで。私の名前は鳥取椿(とっとりつばき)。桃寿郎様の第一の部下よ」

「オレになんの用だ?」

「こわ〜い。そんな睨まないでよ。私の役目は、あなたの行動を監視すること」

「……」

「桃寿郎様の刀のお清めが終われば、すぐにあなたを殺しに来る。あなたが村を出て行ったりしないか、見張っておけとのご命令よ」

小太郎は、椿を無視して歩いた。

「どこに行くの?」

「…決めてない」

「あら、そうなの?」

小太郎は走った。木の上に跳んで、次々に木に飛び移る。

「ちょっと待ちなさいよ!」

椿は小太郎を追うことができず、どんどん離される。

「ハアッ…ハアッ…無理…」

椿は小太郎を見失った。


「撒いたかな?」

椿が追って来ないことを確認すると、小太郎は木から降りた。


 「どこに行くかな?」

《オイラ、東京に行ってみたいな。産まれた村と、小太郎の村の周辺しか行ったことないし》

「オレも、自分の村の周辺と学校までの道のりくらいかな? 親戚も隣村に住んでいるから、遊びに行ったのも隣村までだし」

《舶来のものが色々あるんでしょ? 東京って。見たことないものや、食べたことないものとかも、いっぱいあるんだろうな》

「…朱丸は、心臓にいるんだよな。そういや、オレが見ているもの、感じているものはわかるのか?」

《わかるよ。小太郎が触れたものも、食べたものの味や匂いもね。不思議だよね。なんでなんだろう》

「オレが考えていることもわかる?」

《うーん。小太郎がオイラに、言葉を伝えようとしている時はわかるけどね。ただ、感覚…? 嬉しいとか苦しいとかは、いつも伝わってるかな》

「そっか」

《オイラが考えていることは、小太郎わかる?》

「オレも朱丸と一緒かな。感覚は少し伝わる」

《そっか》

「…よし。東京に行こうか」

《うん》

小太郎は、東京へ向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ