第一夜 -現代編- 『悪意を喰らう』
「アタシさ、最近ストーカーされてんだよね」
マミが長い髪の毛をいじりながら言った。
「マジ? 最悪じゃん」
友人のナナはスマホを操作しながら相槌を打つ。
「バイト終わんの遅いし、暗い中帰んの怖いんだよね〜。
あー、誰かボディガードしてくれる人いないかな?
主にイケメンで…」
ナナは思い出したように「あ〜」と言った。
「じゃあ、うちのクラスの鬼山くんどう? 鬼山小太郎くん」
「おに…?」
「おーい、鬼山くん!」
ナナが呼ぶと、教室の端っこの席で、机に突っ伏している男子生徒が顔を上げた。
「あっ…なかなかイケメンじゃん」
「でしょ?」
マミの感想にナナは自慢気に笑う。
「…なに?」
眠りを邪魔された小太郎は、不機嫌そうに二人を見た。
ナナはマミの背中を押す。
「この子、B組のマミっていうの。私の親友。最近ストーカーされてるんだって」
「ストーカー?」
小太郎は、マミの顔を見つめた。マミの顔は赤くなった。
「それで?」
「ボディガードしてあげてほしいんだけど…」
ナナが言うと、マミは「ホントに困ってるんだ」と申し訳なさそうに言った。
「オレでいいの?」
「またまた〜、鬼山くん細身のわりに強いんだって聞いたよ?
男子が噂してたもん。体育で柔道やって、柔道部の主将負かしたらしいじゃん」
「え? すごい!」
ナナの言葉にマミが驚き、小太郎を熱い視線で見つめた。
「あ〜、力加減ミスったんだよな…」
小太郎がブツブツ呟く。
「え? なんて?」
ナナが聞き返してくるので、小太郎は焦った。
「いや、ボディガードだっけ? 引き受けるよ」
「ホント? ありがとう」
マミは嬉しそうだ。
「そういえば、さっき、柔道部の主将くんが、これを置いていったよ」
ナナが小太郎に渡したのは、名前のみ空欄の柔道部の入部届け。
「あ〜もう、シツコいんだから…」
放課後、小太郎はマミを家まで送って行くことになった。
住宅街を歩く。
「鬼山くんと一緒で、アタシ心強いよ」
嬉しそうに並んで歩くマミ。
「鬼山くんって、一年生の時いなかったよね? 転入してきたんだ?」
「うん」
「もっと早く知り合ってたら良かったな〜。ナナも教えてくれたらいいのに…」
「存在感、薄くしてるからな…」
小太郎は、目をそらし呟く。
「え?」
マミが首を傾げた。
小太郎はハッと何かに気づくと、後ろを振り返る。
「…っ」
苦しそうに胸に手を当てた。
「どうしたの?」
「後ろ…男がついてきてる…彼が君の言うストーカー?」
マミも後ろを見る。
物陰からこちらを見る、制服を着たメガネで小太りの男子生徒がいた。
「そう。アイツ…この前告ってきたんだ。断ったのに、シツコく付き纏ってくるの…」
曲がり角で、小太郎はマミを先に行かせて、待ち伏せした。
男子生徒が小走りで近づいてくると、その前に立ち塞がった。
「な、なんだよおまえ…さっきからマミちゃんと一緒にいて。まさか、彼氏? 彼氏なのか?」
「……。もう彼女に付き纏うな」
「う、うるさい! ぼ、僕のマミちゃんなんだぞ!」
男子生徒が手を振り上げ、小太郎を叩こうとした。
小太郎は、男子生徒の腕を掴むと、静かに下ろした。
「あ…」
「ケンカなんかしたことないんだろ? やめとけよ。言っとくけどオレ鬼強いから」
《鬼だけに…って?》
どこからか声が聞こえ、小太郎は思わず吹き出す。
声は小太郎にしか聞こえていないのか、男子生徒は自分が笑われたのかと顔を真っ赤にして怒った。
「覚えてろよ!」
男子生徒が走り去っていく。
「下手なダジャレ…」
小太郎が呟くと、“声”はクスクスと忍び笑いをした。
夜8時頃。小太郎はバイト終わりのマミを迎えにきた。
冬が近づく季節。すでに辺りは暗い。
マミのバイトはファミレスの接客だった。
「迎えきてくれてありがとう」
「うん」
「鬼山くんて、彼女いるの?」
「いない」
「だよね。いたらアタシのボディガード引き受けないよね。怒られちゃうもん」
マミは、ミニスカートの裾を摘まむと、クルッと回って見せた。
「ねえ、このスカートかわいいでしょ? 今日おろしたんだ!」
「…短すぎると思う」
「鬼山くんは長い方が好きなんだね…」
なるほど…とマミは呟いた。
二人は、裏通りを通っていた。
「鬼山くん。この道、暗くない?」
「近道…」
小太郎がさっさと歩いて行くので、マミは仕方なくついていった。
後ろから誰かが走ってくる気配に振り向くと、昼間のストーカー男子生徒だった。
「マ、マミちゃんは僕のだ! おまえがマミちゃんの彼氏なんて認めない!」
男子生徒はナイフを持っていて、小太郎に向かって突進してきた。
「キャアア!!」
悲鳴をあげたマミを後ろにかばいつつ、男子生徒の腕を捻ってナイフを落とす。そして、彼の背中を壁へと押さえつけた。
「う!」
肩を押さえつけられ、呻く彼の額に小太郎は人差し指を置いた。
「へ…?」
小太郎の目は赤く光り、それを見た彼は大人しくなった。
ちょうど人差し指を置いたあたりから、霧のようなモヤのようなものが出てきた。それは、鬼のような形を作ると、小太郎の口に吸い込まれていった。
「はあ…」
小太郎は大きくため息をつくと、恍惚とした表情を浮かべ、美味しいものを食べた時のように舌なめずりをした。
小太郎が男子生徒を解放すると、彼はそのままズルズルと座り込んだ。
「あれ?…僕は…」
彼は呆けたように呟くと、何事もなかったかのように立ち上がり、その場を去ってしまった。
「えっと…大丈夫?」
その場でぼうっとしたままの小太郎に、マミはおそるおそる話しかけた。
「うん」
「アイツ逃げちゃったね。警察呼ぶ? 鬼山くん刺されそうになってたし…」
「呼んでもムダだよ。アイツは今夜の出来事を覚えていないから。
ストーカーしてたことも忘れてる」
「へ?」
「君への恋心は覚えているかもしれないけど…」
「どういうこと?」
「もう、アイツに付き纏われることはないってこと。もし彼がまた君に告白してきて、君が彼を振ったとしても、再びストーカーになることはない」
「なんで? そんなのわからないじゃん」
マミは断言してくる小太郎に苛立った。
「彼の中の“君へ悪さをしたい”という邪心は、オレが食べてしまったから…」
「……は?」
「じゃあオレ用があるから」
小太郎は去っていった。残されたマミは、ワケがわからないという顔をし、小太郎の後を追うが、もう姿が見えなかった。
街から少し離れた林の中、小太郎は木に寄りかかり座っていた。
《邪心を食べれてよかったよ。最近補給できてなかったもんね。これでここ数日は、妖力が保てる》
「そうだな。朱丸」
昼間も聞こえた声、“朱丸”に小太郎は頷く。そっと胸に手を当てた。
「誰が悪意を持つ人間かわかるのは便利だけど、朱丸が反応するたびに、心臓がギュッとなるのは慣れないよ」
《苦しい?》
「少しね…」
《それにしても、小太郎はまどろっこしいんだよ。もっと効率よくいかない? 人間を食べるのはいやなのかもしれないけど…》
「オレは人間だった頃の心を忘れたくないんだよ。それに、今現在、人間の悪意、邪心とかを食べることで保っていられるんだ。それで充分だよ」
《まあ、直接食べているのは小太郎だから、オイラはいいんだけど…でもさ…》
「…っ! くる…し! やめ…!」
小太郎は、胸を押さえて蹲った。
「っ…はあ…はあ…」
《…っ…ごめん…やりすぎ…た…ゲホッ…ちょっとだけ血の巡りを…悪く…するつもりで…》
「そんなことしたら、朱丸だって苦しいだろ? オレの心臓なんだから…」
小太郎は、立ち上がろうとしてふらつき、仰向けに倒れた。
《大丈夫?》
「……もしかして、やきもち焼いてたのか?」
《……うん。あのお姉ちゃんと仲良くしてるのイヤだった…》
「そっか…」
小太郎はクスリと笑った。
「おまえがオレの心臓と融合して、もう百年が経つのに、おまえの心はずっと子鬼のままなんだな…」
(オレだけ大人になって…いや…人間で考えればもう爺さん…いやもう寿命越えてんな…)
小太郎は目を瞑って、小さい頃の朱丸を思い出そうとした。
出会ったばかりの朱丸の姿。
記憶は朧げで、うまく思い出せない。
もう二度と見ることは出来ない。
彼が小太郎の心臓でなくなるなら、小太郎も死ぬのだから。
《あのお姉ちゃんと、恋人になったらイヤだよ》
朱丸の寂しそうな声がした。
「ならないさ。オレはもう誰とも恋はしない。知ってるだろ?」
小太郎は体を起こすと、自分たちの住処へと帰っていった。
次の日、学校へ行くと、マミが小太郎の教室に来た。
「昨日はありがとう! 今朝アイツ現れなかったよ」
「そっか、よかった。昨日帰る時、わざと暗い道通ったんだ。
アイツ誘き出すために…。怖い思いさせてすまなかった」
小太郎は頭を下げた。
「そうだったんだ!」
マミは、小太郎の気遣いに、昨日一瞬下げた好感度をまた上げた。
「鬼山くんて、変わってる人って思ったけど、優しいよね」
「そうかな?」
「昼休みに、裏庭にきて」
「え? わかった」
マミが教室を出て行くと、ナナや男子たちが寄ってきた。
「あれ、マミに告白されるっていうフラグ? やるじゃん鬼山くん」
「いいな〜マミちゃんか。二年生男子たちのアイドルだぜ! 羨ましいなお前!」
《小太郎》
朱丸の声が聞こえ、小太郎は席を立った。
「ごめん。ちょっと…」
小太郎は教室を出て行く。
授業が始まるチャイムがなり、小太郎は、誰もいない中庭に出た。
《小太郎…もうこの街から離れよう》
「そうだな。存在感薄くなるような幻術かけてたけど、オレが目立つ行動とると解けるくらい簡単なやつだったし…」
《まあ、授業中にちょっと目立ったくらいなら平気だと思ったけど…。人気者の女の子と仲良くなっちゃったらね…》
「ていうか、昼休みに呼び出されるって、告白されるってことなの? なんでわかんの?」
《さあ…》
昼休み。小太郎は裏庭に来た。マミが待っていて、恥ずかしそうに口元に手をあてた。
「鬼山くん。アタシ、鬼山くんのこと好きになっちゃった。アタシと付き合ってください」
「ごめん。付き合えない」
小太郎は即座に断った。
「ええ〜、アタシこれでもめちゃくちゃ人気あるんだから…。ちょっとは悩んでくれてもいいじゃん」
「…オレさ、前に恋人がいたんだ…。でも、彼女は死んでしまった」
小太郎の寂しそうな表情に、マミはため息をつく。
「そっか…忘れられないんだね…彼女のこと」
「うん…それにね…オレ、遠くに行くから…」
「え? 転校しちゃうの?」
「まあ、そんな感じ…」
寂しそうに微笑む小太郎。マミは涙を流した。
「ごめん…泣かせるつもりなかったんだ」
小太郎はハンカチを渡した。
「あれ? アタシも泣くなんて…」
マミはハンカチを目元にあてた。
「じゃあ、オレ教室戻る。そのハンカチはあげるよ」
「あ、ありがとう」
「うん」
次の週、鬼山くんはいなくなった。
スマホを持ってないって言うから、紙に連絡先を書いてもらおうとしたら、どこに引っ越すか決まってないなんて言ってた。
そんなウソつくなら、あんなに優しくしてくれなければよかったのに…。
アタシの手には、彼にもらった青いハンカチがあった。
「次はどこの街に行こうか」
《どこでもいいよ。小太郎と一緒なら》
二人は、新しい街へ向かう。