表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
2/17

第一夜 -現代編- 『悪意を喰らう』


「アタシさ、最近ストーカーされてんだよね」

マミが長い髪の毛をいじりながら言った。

「マジ? 最悪じゃん」

友人のナナはスマホを操作しながら相槌を打つ。

「バイト終わんの遅いし、暗い中帰んの怖いんだよね〜。

あー、誰かボディガードしてくれる人いないかな?

主にイケメンで…」

ナナは思い出したように「あ〜」と言った。

「じゃあ、うちのクラスの鬼山くんどう? 鬼山小太郎くん」

「おに…?」

「おーい、鬼山くん!」

ナナが呼ぶと、教室の端っこの席で、机に突っ伏している男子生徒が顔を上げた。

「あっ…なかなかイケメンじゃん」

「でしょ?」

マミの感想にナナは自慢気に笑う。

「…なに?」

眠りを邪魔された小太郎は、不機嫌そうに二人を見た。

ナナはマミの背中を押す。

「この子、B組のマミっていうの。私の親友。最近ストーカーされてるんだって」

「ストーカー?」

小太郎は、マミの顔を見つめた。マミの顔は赤くなった。

「それで?」

「ボディガードしてあげてほしいんだけど…」

ナナが言うと、マミは「ホントに困ってるんだ」と申し訳なさそうに言った。

「オレでいいの?」

「またまた〜、鬼山くん細身のわりに強いんだって聞いたよ? 

男子が噂してたもん。体育で柔道やって、柔道部の主将負かしたらしいじゃん」

「え? すごい!」

ナナの言葉にマミが驚き、小太郎を熱い視線で見つめた。

「あ〜、力加減ミスったんだよな…」

小太郎がブツブツ呟く。

「え? なんて?」

ナナが聞き返してくるので、小太郎は焦った。

「いや、ボディガードだっけ? 引き受けるよ」

「ホント? ありがとう」

マミは嬉しそうだ。

「そういえば、さっき、柔道部の主将くんが、これを置いていったよ」

ナナが小太郎に渡したのは、名前のみ空欄の柔道部の入部届け。

「あ〜もう、シツコいんだから…」





 放課後、小太郎はマミを家まで送って行くことになった。

住宅街を歩く。

「鬼山くんと一緒で、アタシ心強いよ」

嬉しそうに並んで歩くマミ。

「鬼山くんって、一年生の時いなかったよね? 転入してきたんだ?」

「うん」

「もっと早く知り合ってたら良かったな〜。ナナも教えてくれたらいいのに…」

「存在感、薄くしてるからな…」

小太郎は、目をそらし呟く。

「え?」

マミが首を傾げた。


小太郎はハッと何かに気づくと、後ろを振り返る。

「…っ」

苦しそうに胸に手を当てた。

「どうしたの?」

「後ろ…男がついてきてる…彼が君の言うストーカー?」

マミも後ろを見る。

物陰からこちらを見る、制服を着たメガネで小太りの男子生徒がいた。

「そう。アイツ…この前告ってきたんだ。断ったのに、シツコく付き纏ってくるの…」


曲がり角で、小太郎はマミを先に行かせて、待ち伏せした。

男子生徒が小走りで近づいてくると、その前に立ち塞がった。

「な、なんだよおまえ…さっきからマミちゃんと一緒にいて。まさか、彼氏? 彼氏なのか?」

「……。もう彼女に付き纏うな」

「う、うるさい! ぼ、僕のマミちゃんなんだぞ!」

男子生徒が手を振り上げ、小太郎を叩こうとした。

小太郎は、男子生徒の腕を掴むと、静かに下ろした。

「あ…」

「ケンカなんかしたことないんだろ? やめとけよ。言っとくけどオレ鬼強いから」

《鬼だけに…って?》

どこからか声が聞こえ、小太郎は思わず吹き出す。

声は小太郎にしか聞こえていないのか、男子生徒は自分が笑われたのかと顔を真っ赤にして怒った。

「覚えてろよ!」

男子生徒が走り去っていく。

「下手なダジャレ…」

小太郎が呟くと、“声”はクスクスと忍び笑いをした。


 夜8時頃。小太郎はバイト終わりのマミを迎えにきた。

冬が近づく季節。すでに辺りは暗い。

マミのバイトはファミレスの接客だった。


「迎えきてくれてありがとう」

「うん」

「鬼山くんて、彼女いるの?」

「いない」

「だよね。いたらアタシのボディガード引き受けないよね。怒られちゃうもん」

マミは、ミニスカートの裾を摘まむと、クルッと回って見せた。

「ねえ、このスカートかわいいでしょ? 今日おろしたんだ!」

「…短すぎると思う」

「鬼山くんは長い方が好きなんだね…」

なるほど…とマミは呟いた。


 二人は、裏通りを通っていた。

「鬼山くん。この道、暗くない?」

「近道…」

小太郎がさっさと歩いて行くので、マミは仕方なくついていった。

 後ろから誰かが走ってくる気配に振り向くと、昼間のストーカー男子生徒だった。

「マ、マミちゃんは僕のだ! おまえがマミちゃんの彼氏なんて認めない!」

男子生徒はナイフを持っていて、小太郎に向かって突進してきた。

「キャアア!!」

悲鳴をあげたマミを後ろにかばいつつ、男子生徒の腕を捻ってナイフを落とす。そして、彼の背中を壁へと押さえつけた。

「う!」

肩を押さえつけられ、呻く彼の額に小太郎は人差し指を置いた。

「へ…?」

小太郎の目は赤く光り、それを見た彼は大人しくなった。

ちょうど人差し指を置いたあたりから、霧のようなモヤのようなものが出てきた。それは、鬼のような形を作ると、小太郎の口に吸い込まれていった。

「はあ…」

小太郎は大きくため息をつくと、恍惚とした表情を浮かべ、美味しいものを食べた時のように舌なめずりをした。


小太郎が男子生徒を解放すると、彼はそのままズルズルと座り込んだ。

「あれ?…僕は…」

彼は呆けたように呟くと、何事もなかったかのように立ち上がり、その場を去ってしまった。



「えっと…大丈夫?」

その場でぼうっとしたままの小太郎に、マミはおそるおそる話しかけた。

「うん」

「アイツ逃げちゃったね。警察呼ぶ? 鬼山くん刺されそうになってたし…」

「呼んでもムダだよ。アイツは今夜の出来事を覚えていないから。

ストーカーしてたことも忘れてる」

「へ?」

「君への恋心は覚えているかもしれないけど…」

「どういうこと?」

「もう、アイツに付き纏われることはないってこと。もし彼がまた君に告白してきて、君が彼を振ったとしても、再びストーカーになることはない」

「なんで? そんなのわからないじゃん」

マミは断言してくる小太郎に苛立った。

「彼の中の“君へ悪さをしたい”という邪心は、オレが食べてしまったから…」

「……は?」

「じゃあオレ用があるから」

小太郎は去っていった。残されたマミは、ワケがわからないという顔をし、小太郎の後を追うが、もう姿が見えなかった。


 街から少し離れた林の中、小太郎は木に寄りかかり座っていた。

《邪心を食べれてよかったよ。最近補給できてなかったもんね。これでここ数日は、妖力が保てる》

「そうだな。朱丸」

昼間も聞こえた声、“朱丸”に小太郎は頷く。そっと胸に手を当てた。

「誰が悪意を持つ人間かわかるのは便利だけど、朱丸が反応するたびに、心臓がギュッとなるのは慣れないよ」

《苦しい?》

「少しね…」

《それにしても、小太郎はまどろっこしいんだよ。もっと効率よくいかない? 人間を食べるのはいやなのかもしれないけど…》

「オレは人間だった頃の心を忘れたくないんだよ。それに、今現在、人間の悪意、邪心とかを食べることで保っていられるんだ。それで充分だよ」

《まあ、直接食べているのは小太郎だから、オイラはいいんだけど…でもさ…》

「…っ! くる…し! やめ…!」

小太郎は、胸を押さえて蹲った。

「っ…はあ…はあ…」

《…っ…ごめん…やりすぎ…た…ゲホッ…ちょっとだけ血の巡りを…悪く…するつもりで…》

「そんなことしたら、朱丸だって苦しいだろ? オレの心臓なんだから…」

小太郎は、立ち上がろうとしてふらつき、仰向けに倒れた。

《大丈夫?》

「……もしかして、やきもち焼いてたのか?」

《……うん。あのお姉ちゃんと仲良くしてるのイヤだった…》

「そっか…」

小太郎はクスリと笑った。

「おまえがオレの心臓と融合して、もう百年が経つのに、おまえの心はずっと子鬼のままなんだな…」


 (オレだけ大人になって…いや…人間で考えればもう爺さん…いやもう寿命越えてんな…)

小太郎は目を瞑って、小さい頃の朱丸を思い出そうとした。

出会ったばかりの朱丸の姿。

記憶は朧げで、うまく思い出せない。

もう二度と見ることは出来ない。

彼が小太郎の心臓でなくなるなら、小太郎も死ぬのだから。


《あのお姉ちゃんと、恋人になったらイヤだよ》

朱丸の寂しそうな声がした。

「ならないさ。オレはもう誰とも恋はしない。知ってるだろ?」

小太郎は体を起こすと、自分たちの住処へと帰っていった。



次の日、学校へ行くと、マミが小太郎の教室に来た。

「昨日はありがとう! 今朝アイツ現れなかったよ」

「そっか、よかった。昨日帰る時、わざと暗い道通ったんだ。

アイツ誘き出すために…。怖い思いさせてすまなかった」

小太郎は頭を下げた。

「そうだったんだ!」

マミは、小太郎の気遣いに、昨日一瞬下げた好感度をまた上げた。

「鬼山くんて、変わってる人って思ったけど、優しいよね」

「そうかな?」

「昼休みに、裏庭にきて」

「え? わかった」

マミが教室を出て行くと、ナナや男子たちが寄ってきた。

「あれ、マミに告白されるっていうフラグ? やるじゃん鬼山くん」

「いいな〜マミちゃんか。二年生男子たちのアイドルだぜ! 羨ましいなお前!」

《小太郎》

朱丸の声が聞こえ、小太郎は席を立った。

「ごめん。ちょっと…」

小太郎は教室を出て行く。

授業が始まるチャイムがなり、小太郎は、誰もいない中庭に出た。

《小太郎…もうこの街から離れよう》

「そうだな。存在感薄くなるような幻術かけてたけど、オレが目立つ行動とると解けるくらい簡単なやつだったし…」

《まあ、授業中にちょっと目立ったくらいなら平気だと思ったけど…。人気者の女の子と仲良くなっちゃったらね…》

「ていうか、昼休みに呼び出されるって、告白されるってことなの? なんでわかんの?」

《さあ…》


 昼休み。小太郎は裏庭に来た。マミが待っていて、恥ずかしそうに口元に手をあてた。

「鬼山くん。アタシ、鬼山くんのこと好きになっちゃった。アタシと付き合ってください」

「ごめん。付き合えない」

小太郎は即座に断った。

「ええ〜、アタシこれでもめちゃくちゃ人気あるんだから…。ちょっとは悩んでくれてもいいじゃん」

「…オレさ、前に恋人がいたんだ…。でも、彼女は死んでしまった」

小太郎の寂しそうな表情に、マミはため息をつく。

「そっか…忘れられないんだね…彼女のこと」

「うん…それにね…オレ、遠くに行くから…」

「え? 転校しちゃうの?」

「まあ、そんな感じ…」

寂しそうに微笑む小太郎。マミは涙を流した。

「ごめん…泣かせるつもりなかったんだ」

小太郎はハンカチを渡した。

「あれ? アタシも泣くなんて…」

マミはハンカチを目元にあてた。

「じゃあ、オレ教室戻る。そのハンカチはあげるよ」

「あ、ありがとう」

「うん」


 


 次の週、鬼山くんはいなくなった。

スマホを持ってないって言うから、紙に連絡先を書いてもらおうとしたら、どこに引っ越すか決まってないなんて言ってた。

 そんなウソつくなら、あんなに優しくしてくれなければよかったのに…。

 アタシの手には、彼にもらった青いハンカチがあった。



 「次はどこの街に行こうか」

《どこでもいいよ。小太郎と一緒なら》

二人は、新しい街へ向かう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ