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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
18/18

天の過去。そして… ー過去編ー

 烏天狗となったクロマル。

最初赤ちゃんだった彼女も、一月もしないうちにヨチヨチと歩き出すようになった。

幼児用の着物を着て歩くクロマルは、かわいらしく、小太郎は嬉しそうに手を繋ぐ。


もう少し大きくなったら一緒に修行すると言うクロマル。

烏天狗に二人目の弟子ができた。小太郎にとって妹弟子。


クロマルはまだ自分で人間に化けることができない。

町に行く時に、天が妖術でクロマルを人間に化けさせた。


一緒に買い物をすると、クロマルは可愛いと褒められて、嬉しそうだ。



 ある春の日、烏天狗の祠に二人の兵士がやってきた。

二人は近くの駐屯地から来た事と、階級と名前を言った。

「烏山の周辺の町では、烏天狗が病気の人を治療している」という噂を聞いてきたと言う。


小太郎は烏天狗のお面をつけて二人の前に出た。


「我は病を治せるわけではない。痛みを和らげることができるだけだ」

兵士は頷く。

「では、怪我は? 子供が怪我を治してもらったと聞きました。骨折していたのにすぐ歩けるようになったと」

小太郎は一瞬戸惑ったが、正直に話すことにした。

「ああ。確かに子供の怪我を治したな」

「やはり…」

二人の兵士は、少し興奮したようにお互いを見つめた。

「それで?そなたたちは何用でこちらに来たのだ?

誰か治療してもらいたい人でもいるのか?」

「いいえ。我々は、烏天狗さまにこの国を守るために、協力していただきたいと…」

《協力…?》

朱丸が訝しげに呟いた。

「協力とは?」

「戦地に赴き、傷ついた兵士たちを治癒することです」

「そうか…」


小太郎は朱丸に相談した。

『どう思う? オレは助けたいと思ってるけど』

《前にも言ったけど、妖力を回復するのに、亡くなった兵士を喰べることができるの? できるって言うならいいよ》

『……それは』

《できないでしょ? 断った方がいいよ》


小太郎は辛そうに声を出した。

「…我は、我には…できぬ。すまない」

「そうですか」

一人の兵士が「どうする?」と、もう一人に声をかけた。

もう一人は困ったように唸り始めた。

「ええと、困ってるようだが、どうしたのか?」

小太郎は思わず声をかけた。

「いえ。烏天狗さまに協力を求めるのは、上層部の命令だったので。このまま帰ったら、ひどく怒られるのではと…」

小太郎はそれは可哀想だと思ったが、なぜ軍の偉い人が一妖怪に助けを求めるのかと不思議に思った。

「そもそも我は、治療をする能力はあるが、戦闘力が高いわけではない。強い妖を味方につけた方が勝てるだろう」

「それもそうですが、そもそも妖怪を見れないので…」

《そりゃそうだ》

朱丸は苦笑した。

《父ちゃんは強いけど、人間の争いに関わるのは嫌そうだもんね》

[そうだな]

後ろの方で、姿を消していた天が呟いた。


『どうしよう、朱丸。このまま帰ったら怒られるって』

小太郎が可哀想だと言うと、朱丸はため息を吐く。

《そんなのこっちの知ったことじゃないでしょ?

それにさ…唯一見える妖怪がたまたま便利な能力持ってて、じゃあ、人間側が使ってやろうって、下心が見え見えでしょ》

『それは…そうかも…』

《きっぱりお断りして、帰ってもらいなよ》

小太郎は、「ええと…」と言いにくそうにしていた。


[ならこう言えばいい]

後ろから天が助言してきた。


「…我は妖だ。そしてこの烏山の麓では、神としても崇められている。神は人間同士の争いには関わらぬ。そちらの申し出は「神を使役したい」と言っているのと同義である。

おぬしらの上司には、「神を使おうというのか」とお叱りを受けたと言っておけ。それで引き下がるであろう」


天の言葉をそのまま言うと、兵士たちは「なるほど」と頷き、目の前にある小さな祠に手を合わせた。

「神さま…。そうですよね。ここに建っている祠も、ずっと昔に建てられたようですし、この辺りに住む人たちは、昔から神として祀っていたのですね」


兵士たちが帰って行く。


「天はすごいな。オレなんて言えばいいのかわからなくて…」

[まあ、本当のことを言っただけだが]

「本当のこと…。オレは言ってない。オレは神さまじゃないし、本当は鬼なのに…」

《まあそうだけど、父ちゃんの弟子だから、烏天狗でもあるよ》

[そうだな。お前も烏天狗なんだ。だから神だと名乗ったのもウソじゃない]

「…うん」


小太郎は少し考えてから呟いた。

「もし、亡くなった人を喰べる以外に、妖力をたくさん回復できる方法があったならな」

《え? 小太郎…》

「そしたら助けてあげられるのかな」

《小太郎。もう忘れよう。人間のことは人間たちに任せればいいんだよ》

「でも…オレも、元は人間だし…」

洞窟の中、ゴザの上でくつろぐ天とお昼寝中のクロマル。

考えこむ小太郎。


[小太郎。昔話をしようか]

天が呟いた。

「昔話?」

[ああ。昔、俺には妻と息子、娘が二人いた]

[ん…なんのお話?]

クロマルが起きた。

[クロもお話聞くか?]

[うん]


[妻は烏の妖怪だが、俺の血を継いだ子供たちは烏天狗となった。

三人の子供たちは、人間と結婚すると人間界で暮らし始めた。俺と妻も息子とその嫁と暮らした。娘たちも同じ村に住んでいた。

ある時、戦が始まり、村の若い男は徴兵され、息子も参戦した。烏天狗だから人間の戦などで死んだりしないと思っていた。

だが、息子は死んだ。

妖術で人間に化けているけど、本来肉体を持たないから、死んだら消える。息子はいなくなった。

戦の最中、村が焼き払われ、娘たちは我が子を守ろうとして死に、娘を助けに行った妻も。結局娘の子どもたちも助からなかった。

 俺は息子の嫁と二人で暮らし始めた。息子の子どもは、人間の腹では育たなかった。旦那が人間の子は、娘たちは産むことができたが。

そのうち、嫁は新たな伴侶を見つけ、去っていった。

俺は、それからしばらくは妖怪界にいた。

平和な時代になって人間界に行くと、仲の良い人間はできたが、伴侶を作る気にはなれず、相手が妖怪でも、深い関係にはなれなかった。

友達になった人間も、皆すぐ死んでしまう。そのうち、幼い明子にあった。娘のように思った。

それから小太郎にも朱丸にも出会って、クロマルにも出会えた]

天は長い話を終えるとお茶を啜った。

[父さまの子どもたち、みんな死んじゃったんだ]

クロマルは寂しそうに言った。

[クロのお兄さんとお姉さん…]

「そんな過去があったんだね」

《父ちゃんの子たちなら、すごく強いだろうに》

[まあ、何が言いたいかというと、たとえ強い妖怪でも、死ぬ時は死ぬ]

「うん」

[…小太郎にも、戦地にはあまり行ってほしくない]

天がぼそりと呟いた。

「え?」

[…お前にはムリだのなんだの言ったが、本当は、その…俺が行かせたくないんだ。もう二度と帰ってこないんじゃないかって、不安になる]

目を潤ませて、ポツポツと話す天。

「…天…ごめん。そんな不安にさせてたなんて…」

[父さま。ヨシヨシ]

クロマルが手を伸ばして天の頭を撫でる。

「もう、行くなんて言わないよ」

[…本当か?]

「そんな悲しい過去を聞かされちゃ…。それに、天に泣かれちゃたら]

[泣いてないぞ!]

《いや、目真っ赤になってるよ》

[うるさい!]

天は後ろを向いた。耳が赤く染まっていた。



 ある夜。小太郎が一人で歩いていると朱丸が《あっ》と声をあげた。

『どうした?』

《足元を見て。珍しい》

そこには赤い綺麗な花が咲いていた。

『ただの花だろ?』

《ただの花じゃないんだ。これは鬼花(きか)という花で、数年に一夜しか咲かない花なんだ。妖花なんだよ。香りで誘い、匂いを嗅いだ人間の生気を吸う》

『へー』

《一夜しか咲かなくても十分生気を喰べられるし、普段はお日様の光で栄養取ってるからね。生気を喰べるのは、種を遠くに運ぶためだって。昔じいちゃんに教えてもらった》

小太郎が感心していると、

《小太郎。この花の匂い嗅いで》

と言ってきた。

『なんで? 生気吸われるんだろ?』

《人間はね。鬼は妖力をもらえる。鬼花は人間の生気をたくさん吸うんだ。人間は近くを通ったらその香りに抗えない。だから、蓄える生気の量が多いんだ。

小太郎が少しもらっても、種を飛ばすのには支障ないよ》

『だからこんな飲み屋街に咲いてるのか。確かに、少し前までは夜の人通り多かった。今は戦時中だからか、皆閉まってるけど』


小太郎が香りを嗅ぐと、妖力がブワッと増えた。

髪は赤くなり、角が生えた。

「わっ、強いな。鬼化しちゃった」

《角隠して》

朱丸が慌てた。


そこに、青年が通りかかった。

前に小太郎を地下牢に入れた、お屋敷の坊ちゃんだ。

小太郎に気付き、隠れた。

「あれは、烏天狗。角が生えてる? まさか、鬼?」

坊ちゃんはニヤリと笑う。

「本当は鬼だったのか。いいこと思いついた。これであいつに復讐できる」


 ある日、小太郎が農家さんに、山の山菜や川魚などを、米や味噌などと交換してもらえないかとクロマルと出かけた。

生活必需品が配給制になって、山に住んでいる小太郎には、配給品を手に入れる術がなかった。

(そもそも妖は食事を必要としない。小太郎が例外なので)


農家に行く途中、おばあちゃんが足を痛そうにして蹲っていた。

「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっと挫いてしまってね」

小太郎は足に手をあて、治癒をする。

「あら? 痛みが消えた。あなた、もしかして…」

おばあちゃんは小太郎を、まじまじと見る。

「ええと…」

小太郎は遠慮がちに、懐から烏天狗のお面を見せた。

「まあ! やっぱり烏天狗さま。素顔を見てもよろしかったの?」

「ええ…まあ…」

[兄さまは恥ずかしがりやなだけなの]

クロマルは微笑む。

「こちらのお嬢さんは」

「妹です」

「まあ。妹さんがいらしたのね。大きな荷物持って」

クロマルは小さな体で、山菜と川魚の入った桶を持っている。

[あのね。クロたち、これとお米とかお味噌とかを交換してほしくて]

「まあ、そうなの?」

おばあちゃんは困ったように、首を傾げた。

「交換できるかわからないけど、とりあえずうちに…」

小太郎とクロマルはおばあちゃんの後をついて行った。


結果的に、交換できたのは、畑の野菜のみだった。


[お米もお味噌も交換できなかったね]

「自分たちが食べる分が無くなっちゃうから、しょうがないよ。米も政府が買い上げていっちゃうから」

《そっか…》


 帰るために烏山の上を飛んでいると、森の中から「天狗さま〜」と呼ぶ声がした。


烏天狗の面をつけ、降りてみると、足首を怪我した15、6才くらいの少年がいた。

「うさぎを追っていたら怪我を…」

診てやると、確かに腫れていた。

「骨は折れてないようだ」

だが、この足では山を下りることは難しそうだ。

小太郎は足首に手をあて、治してやった。

「ありがとうございます」

「気を付けて帰れ」

小太郎がめまいを起こし、近くの木に手をついた。

[コタロー、大丈夫? クロの羽根喰べる?]

「ん…」

頷いたところで、急にクロマルが視界から消えた。

「え?」

振り返ると、少年とは別の青年がクロマルの体を押さえ、くちばしを掴んでいた。

彼は、以前小太郎を牢屋に閉じ込めた、お屋敷の坊ちゃんだ。

「クロ⁉︎」

[んん!]

小太郎がクロマルを助けようと動いた時、後ろから誰かに押され、転ばされた。上から押さえつけられる。

「…っ⁉︎」

横目で見るとさっき助けた少年だった。彼は小太郎のお面を外す。


飛んできて、治癒も行って、妖力が減ってしまい、抵抗する力が出なかった。

「お前…何を…」

「ごめんなさい。天狗さま」

少年は自分のポケットから油紙に包まれた何かを取り出した。

油紙を開き、中から指の先くらいの小さなカケラを、小太郎の口に入れようとした。

何かを食べさせられようとしていると気付き、口をぎゅっと結ぶ。

少年は小太郎の鼻を塞いだ。さすがに息が続かず、口を開ける。その隙に何かを入れられた。飲み込むまで、口と鼻を押さえられた。

「んぐ…」

飲み込んでしまった。

「ゲホッ…ゴホッ…」

《小太郎…吐き出して!》

慌てたように朱丸が叫ぶ。

『やっぱり毒?』

《毒じゃないけど、…いや、鬼にとっては毒だ》

「いったい、何を…っ…う…痛っ…ぐっ…うう…」

だんだんと、痛みが襲ってきた。

胃から食道、喉が焼けるように痛む。

気道が狭くなったのか、息がしにくい。

「痛っ…う…ハアッ…ヒュ…息が…」

吐き出そうとするがうまくいかない。

「苦しいよね。君に食べさせたのは桃だよ」

クロマルを抱き上げた青年が言う。

「吉備津家から借りた書物に、鬼の弱点が書いてあったんだ」

クロマルを見ると、目を閉じて微動だにしない。

「クロ⁉︎ クロに何をした?」

「眠ってもらっただけだよ。妖怪にも効く眠り薬があってね」

クロマルの首には、妖怪を実体化させる首輪がつけられていた。

「おまえっ! クロにもその首輪…っ…う…ぐっ…ああっ…」


少年は青年の後ろでオロオロしていた。

おそらく青年に雇われ、怪我もわざとしたのだろう。


「う…ゴホッ…」

ようやく桃を吐き出すが、同時に吐血した。

「オレが鬼だって、どうして…」

「前に見たんだ、君が角を生やすところ。君を吉備津家に引き渡すよ。どうなるかな? やっぱり殺されちゃうかな?」

青年の愉快そうな声に、小太郎は「そういうことか」と呟いた。

「復讐するのなら、クロを巻き込まないでほしかったが…」

呟くともう意識が持たなかった。



クロマルが目を覚ますと、洋風の部屋の中。椅子に腰掛けた青年に抱っこされていた。

「目が覚めた?」

[ここはどこ? コタローは?]

「ここは岩田財閥のお屋敷で、ボクの部屋だよ。自己紹介がまだだったね。ボクは岩田耕一郎。この家の長男だよ。君はね、ボクのペットになるんだ」

[そんなのヤダよ]

「君に拒否権はない。この首輪してる限り逃げられないよ」

クロマルは首輪を引っ張るが、外れない。

[外して]

「いやだ」

[…ねえ、コタローは? どこ?」

「コタローって、あの鬼のこと?」

[…鬼じゃない。コタローは…兄さまは、烏天狗だよ。クロの兄さまだよ]

「誤魔化さなくていいよ。桃を食べて苦しんでたんだ」

[…とにかく、家に返して。父さまきっと心配してる]

「父さまって、大烏天狗かな?」

[うん]


その時、外から叫び声が聞こえた。


窓を開け、バルコニーから下を覗くと、天が庭で執事に凄んでいるところだった。


[父さま!]

クロマルが叫ぶと、天は二階のバルコニーに飛び移った。

驚いた耕一郎は、尻もちをつき、抱っこされたままだったクロマルが、とっさに天に飛びつく。

[クロ、大丈夫だったか?]

[うん]

天はクロマルの首輪に気づくと、それが以前妖怪を実体化させる為のものだったと思い出し、怒りを露わにした。

[クロを売るつもりだったのか⁉︎]

言いながら、首輪に念を送って外してやる。


コワモテの天が怒ると、余計怖い。

さらに、雷を操るためか、だんだん雲行きが怪しくなってきた。

「ヒィ…!」

耕一郎は、恐ろしさのあまり失神した。

[あ、父さま! コタローがどこに行ったか聞けてない!]

クロマルが慌てて耕一郎の体を揺さぶる。

[起きて!]

しかし起きる気配はない。天は困ったように頭をかく。

[確かに…。居場所を聞けたらよかったな。カラスに探させているが…。まだ見つけられていない]

お屋敷で働く人たちに聞いてみるが、今回の事件は耕一郎と、彼が単独で雇った人間だけだったようで、誰も知らなかった。

[コタロー…]

クロマルが不安そうに呟いた。


 一方、小太郎側。

目を覚ますと、座敷牢にいた。

「う…」

右腕が牢屋の鉄格子に繋がれている。

手首に巻かれているのはただの縄なのに、力が入らない。

《小太郎、やっと起きた。大丈夫?》

朱丸が話しかける。

小太郎は声を出すのも辛く、頭の中で返事をした。

『もう、胃や喉は痛くないけど、心臓が苦しい』

《うん。治療に妖力使って、ほぼないよ》

『そうか。手首のこの縄、力が抜ける。もしかして』

《うん。鬼の苦手なイワシの血が塗ってある》

『そうか』

小太郎はハッとして、周りを見回す。

『クロは?』

《ここにはいない》

『じゃあ、どこに…』

《ええと、とりあえず順を追って説明するね》

『うん』


《小太郎が倒れた後、クロとオイラたちは、荷車に乗せられて、山を下りたんだ。周りから見えないように、上に布を被せられてた。小太郎に桃を食べさせた男の子と、もう一人おじさんがいたよ。

 話し声から察するに、坊ちゃんのお屋敷に到着した。二人は坊ちゃんを手伝う代わりに、米を受け取ってたみたい。それで帰っていった。クロはどこかに連れてかれちゃった。

 それからしばらく経って、オイラたちは麻袋に入れられたんだ。

どこかに運ばれて、たぶん車に乗せられた。

その後、たぶん船に乗ったよ。数時間後に、ここに入れられた》

小太郎は頷く。

『じゃあ、ここって…』

《吉備津家のお屋敷》

『やっぱり…』

《オイラたちを運んでた人…兵士の一人があの坊ちゃんのこと、話してた。

岩田財閥の長男で、耕一郎って名前らしい。

“鬼を捕まえた”って電話があったんだって。

“想い人を取られた”って言ってたって》

小太郎はため息をついた。

『その人、静さんに告白すらしてないのに…』

《だよね…》

朱丸も呆れたように息を吐く。


「う…痛…っ…」

《妖力回復しないと辛いね》


座敷牢のある地下に誰か入ってきた。

見ると、10才くらいの少年だ。彼は牢の鍵を開けた。

「出ろ。当主さまがお待ちだ」

「当主? もしかして、桃李?」

少年は、小太郎に繋がれている縄を、鉄格子から、自分の手に持ち替えると、そのまま引っ張った。

「ちょっと…待っ…」

「早く来い」

地下から外に出ると、日の光が眩しい。どうやら朝のようだ。随分と眠っていたらしい。

そのまま裸足で庭を歩かされる。

「あの、オレ、草履が…」

「運ばれて来た時から履いてなかったぞ」

「え?」

「どこかで落としたんだろ」

「そんな…」

酷いな…と思いながら、鬼に対するあつかいが良いわけないかと思い直す。

「ハアッ…ぃ…た…くるし…」

空いている左手で胸を押さえた。歩く速度が遅くなる。少年は小太郎に構わず、縄を引っ張り続ける。

「待って…苦しい…歩けな…」

膝をついた。

「おい! 何やってる!」

少年が縄を引っ張ると、手首が擦れて、血が滲んだ。

うつ伏せに倒れる小太郎。

「う…痛っ…ハアハアッ…」


「どうしたの?」

上から声がした。

見ると、縁側にメガネをかけた誠実そうな青年がいた。

少年は姿勢を正した。

「正二さま。あの、鬼を当主さまの所に連れて行くとこで…」

「ああ。僕も当主さまから呼ばれている。僕が連れて行くよ。君は戻っていい」

「はい」

少年は敬礼すると去っていった。

「ハアッ…ハアッ…ぐっ…ぅ…」

小太郎は苦しさに意識が朦朧としていた。


正二と呼ばれた青年は、小太郎の側に来ると、彼の背中をさする。

「胸が痛むの?」

「…ぅ…痛…ぃ…くる…し…」

しばらくして、痛みが少し落ち着く。

「落ち着いた?」

「…はい…」

正二は小太郎に肩を貸すと、縁側に座らせた。

「ハア…ハア…」

呼吸を整えていると、彼は濡れた手拭いを持ってきた。

小太郎の顔や手足を拭く。

「…ありがと…」

「うん。当主さまの部屋は奥にあるんだ。動ける?」

「うん…」

正二に支えられながら、なんとか立ち上がるが、それだけの動作で息が上がる。妖力がほぼ底をつき、心臓はもう限界だと訴えた。

「う…ぐっ…」

「鬼だよね。君は…なんでそんなに…」

正二は今にも死にそうな彼が本当に鬼なのかと、疑った。

「妖力が…もう…なくて…。オレ、妖力なくなると、心臓が動かなくなっちゃうから…」

正二は以前読んだ報告書を思い出す。

「ああ。そういえば、心臓に小鬼がいて、妖力がなくなると、怒って暴れるんだっけ?」

《はあ⁉︎ 違うんだけど⁉︎》

朱丸が足を踏み鳴らして怒った。それが伝わり、心臓がバクンと跳ねる。

「うあ‼︎ …ぁ…っ…」

衝撃に意識を失い、小太郎の体が崩折れた。

「ちょ…⁉︎」

正二は、小太郎を支えながら、床に彼を横たえた。

「ねえ…起きて…」

小太郎の頬を軽く叩く。

「…ぅ…」

目を開けると、正二はホッと息を吐いた。

「大丈夫?」

「…ぁ…ケホッ…コホッ…」

「まだ動けないよね。落ち着くまで待つよ」

小太郎は頷く。

背中が床についていると、呼吸が苦しくて、体を横向きにしようと動いた。

正二がそれに気付き、手伝ってくれた。

「…苦しいとこの体勢の方がいいよね。…僕も喘息持ちだから、わかるよ。僕は体が弱くて、徴兵されなかったんだ」

「…あの…あなたは…」

「…あ、まだ名前も言ってなかったね。僕は、鳥取正二」

「…と…っとり…?」

「うん。君が怪我をさせた。吉備津隊、鳥取正一の弟だよ」

小太郎はヒュッと息を詰めた。朱丸も驚いたようで、心臓がドクリ鳴る。

「…う!」

痛みに呻く小太郎に、正二は眉を下げた。

「ごめん。イジワルな言い方したね」

「…ぁ…ごめんなさい…オレ…お兄さんを…」

小太郎は涙目になった。

「…そうだね。兄さんは苦しんでた」

「……っ」

「さっきの男の子も、吉備津隊の兵士の息子だ。鬼を憎んでる」

「……ぁ…」

小太郎は涙を流した。

「ヒュッ…ぅ…う…ゲホッ…ゲホッ…」

呼吸を乱した小太郎の背中を、正二はさすった。

正二の態度は一貫性がない。小太郎は聞いた。

「…オレを許すの?」

「…わからないんだ」

「え?」

「兄さんを傷つけられたし、桃李さまも死ぬところだった。だから本当は許せないんだと思う。でも、君の噂を聞いた。烏山の周辺の町でね」

「…それは…」

「鳥取家は、昔から妖怪の研究をしてるんだ。僕は子どもの頃から烏天狗に憧れていて、その研究をしてた。よく烏山に行ってたけど…。

最近になって、烏天狗に弟子ができたって聞いた。

その弟子は、病気の人の痛みを和らげたりしてるって。みんなが感謝してると聞いた。神さまだと思っているって。

 岩田財閥の坊ちゃんから、鬼を捕まえたって報告を受けて、彼の話したその鬼の印象が、僕が町で聞いた烏天狗の弟子の姿と重なった時、本当に驚いたよ。町の人から神さまだと言われる君が、本当に悪い鬼だとは、僕は思えない」

「……オレのしたことが、それで許されるわけじゃない」

正二は頷いた。


「そうだ、お兄さんは、今は?」

「兄さんは徴兵されて、今、満州にいるよ」

「そう…」

痛みもだいぶ落ち着いてきた。小太郎は正二と当主の元に向かった。


 屋敷の奥にある部屋に着いた。

「桃李さま。正二です。鬼も一緒です」

正二が声をかけた。小太郎はやはり桃李が当主なのかと、久しぶりの再会に少し嬉しく思った。

女中が障子を開くと、奥の座椅子に座っている人影。

桃李がいた。

彼は痩せ細り、座っていることすら辛そうだった。

その姿は死期が近い人間のそれ。

小太郎は息をのんだ。

(あんなに痩せて…、桃李…もう…死んでしまうんだ…)

 小太郎は、涙をグッと堪えた。


「よく来たね」

「……」

正二と小太郎は、畳の上に正座した。

桃李のそばには、奥方の桜がいた。その横には、4、5歳くらいの男の子がいた。

桜は男の子にコソコソと何かを耳打ちした。

男の子は、手に持った小さな木刀を掲げると、小太郎のところに走ってきた。

「鬼はこのわたしが退治してやります!」

男の子は木刀を小太郎の頭に振り下ろした。

「…ぁ…」

小太郎から、我慢していた涙が溢れた。

「…ぅ…っく…」

「あれ? 泣いた。鬼、弱い」

男の子が笑う。桃李が静かに声をかけた。

「桃吉郎。母さまのところに戻ってなさい」

「はーい」

男の子が桜の元に戻ると、桃李は、小太郎を見て、涙を流した。

彼は浴衣の袖で涙を拭き、何事もなかったように姿勢を正す。


「さて。こちらに来てもらったのは、最後の鬼の処遇について申し渡すためである。

 現在、吉備津家の当主は私である。

仮の桃太郎で会った叔父上が急逝したので、一時的に私の元に戻った。

本来なら息子の桃吉郎が継ぐのだが、まだ幼いためである。

私にはもう、破鬼の剣を振るう力がない。

 よって鬼は処刑はしない。烏天狗として治癒能力を使うように。国のために尽くすことを命じる」


小太郎は瞬きした。

破鬼の剣がなくても、鬼は殺せる。

破鬼の剣を使った方が、倒しやすいというだけだ。

鬼はすぐに回復するから、その刀を使えば回復し辛い。

ましてや小太郎は、今までの鬼よりも倒しやすい。妖力がなくなれば心臓が止まるのだから。


桃李は、小太郎を殺させないために、軍の中に置くことで、守るつもりなのだ。


小太郎はその事に気付き、桃李の想いに涙した。


正二と共に桃李の部屋から出た所で、胸の痛みが増した。

「ぐっ…う…ぁ…」

意識を失い、前のめりに倒れる。正二が支えて、床に頭を打たずに済んだ。

「鬼…くん」

正二は、そういえば名前を聞いてないと思った。

前に桃李が、鬼にも個体名があると言ったのを思い出す。今はとりあえずこう呼ぶしかない。

「鬼くん。大丈夫?」

小太郎の呼吸は弱くなっていた。このまま放っておけば、命が尽きるかもしれない。吉備津家の多くの人にはその方が都合がいいだろう。

(桃李さまが、鬼くんを見ていた時、優しい眼差しを向けていた。殺すのではなく、軍に預ける。桃李さまは鬼くんに生きていてほしいんだな)


正二は桃李の部屋に、こっそり入ると周りを見回す。

今は布団に寝ている桃李以外は誰もいない。

正二はホッと息をついた。


「正二?」

「桃李さま。すみません。起こしてしまいました?」

「ううん。まだ寝てなかったから。どうしたの?」

「あの…鬼…くんが…」

「小太郎がどうかした?」

(鬼くんの名前は小太郎というのか)と、正二は頭の中で呟く。

「倒れてしまって。呼吸も弱くなってます」

「え? 妖力がそんなになかったの?」

「鬼くんを捕まえる時に、桃を食べさせたとの事です」

「ああ…桃か…」

桃李は額を押さえた。

「それは…苦しかったろうに…」

「それで妖力を戻すのには…」

「ああ、前に人間の血を舐めて回復するのを見たな。あ、でも、おれの血を舐めて暴走していたから。安易に与えるのは危険か。

確か、文献には妖怪を喰べて回復したとも書いてあったっけ」

桃李が「父さまの報告書は別の部屋に保管してあったよな…」と、記憶を巡らせている。

正二は「そういえば」と口を挟んだ。

「あの…烏山の周辺の町で、烏天狗の弟子が治療をして帰る時に、妖力の回復に、神棚のお供え物を食べていたと聞きました」

「え? ああ…その弟子って小太郎のことだよね。うん。そっか。お供え物ね」

桃李は、本棚の上の方に備え付けてある神棚を指差した。

正二は、神棚に手を合わせると、お供え物を見た。

米と水と塩。なぜか金平糖が数粒。

「この金平糖は?」

「ああ。桃吉郎が置いていたんだ」

「ではこれを…」

正二は金平糖を手に取った。


廊下に倒れている小太郎の口に金平糖を入れた。

しばらくして、小太郎は目を覚ました。

「…う…」

「大丈夫?」

「正二さん。すみません。ご迷惑を…」

「いや…」

「妖力回復してる…?」

もう苦しくない。それに口の中が甘い。

「ああ。神棚にお供えしてあった、金平糖をね」

「金平糖…」

「意識ないから、米とか水は難しいかと。塩もあったけど、どれくらい食べさせればいいのかわからなかったから」

確かに塩をたくさん食べるのはキツそうだ。

どれくらい食べれば回復するのか、まだ試したことはないが。


《金平糖いいね。意識なくても口に入れてもらえば溶けるし》

『だったら塩でも』

《おいしい方がいいって》

朱丸は住処に帰ったら、烏天狗のお社にお供えしておこうと思った。




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