節分と鬼とクロマルと 2 ー過去編ー
春が近づき、山の雪も解けた頃。
ある日、天が出かけていき、留守番をしていると、烏天狗の祠にお参りする人が現れた。
「珍しいな…」
そっと見ると5、6歳くらいの男の子だった。
「烏天狗さま。お母さんを助けてください」
男の子は手を合わせて祈る。
《何もこんな山奥の祠まで来なくてもいいのにね。半分くらい忘れられてるお社なのに》
朱丸が呟く。
洞窟の奥から見ていた小太郎は、目を開けた男の子と目が合ってドキリとした。
「烏天狗さま?」
「あ、いや、オレは…」
「いらっしゃったんですね」
「ああ…ええと」
「お願いします。こちらへ来て下さい」
縋るような目線に耐えきれず、小太郎は出てきた。
「烏天狗さま…」
「ごめんオレは、烏天狗じゃないよ。天は…烏天狗は今出かけてて…」
「…でも、神社でお見かけしたのはあなたでした」
「え?」
「前にお祭りがあって、そこでボヤ騒ぎがあったんです。みんなを助けて、お婆ちゃんの怪我を治してたのを、ボクは見たんです。あの時、妖術で雨雲を呼んでたのが大烏天狗さまで、あなたはお弟子さんなんですよね?」
「……」
あの時、居合わせた多くの人間に目撃されていたのだと、今になって気がついた。
助けてくれた中野さん以外にも…。
あの時皆火事の方に集中していたから、お婆さんの治癒を見られていないと思っていた。
おまけに烏天狗が雨雲を呼ぶさまも目撃されていて、自分は弟子だと思われているとは。
弟子なのは間違ってないが。
「あの、お母さんを助けてください。病気で臥せっていて」
「ごめん。オレは病気を治したことがないんだ」
「そうなんですか」
「ごめんね」
男の子の目に涙が浮かんだ。
「烏天狗さまなら、治してくれると思ったのに。お母さん、死んじゃうんだ…」
グスグスと泣きだした男の子に、小太郎はオロオロとし出す。
『どうしよう』
《…帰るように言って。どのみちオイラたちには、どうすることもできないんだ》
朱丸が冷たく言い、小太郎は辛そうに男の子の頭を撫でた。
「ごめんね。泣かないで。町まで送っていくから」
《…小太郎。甘やかさなくていい。小太郎は一応烏天狗の弟子なんだ。神社の時に見てた人間に、弟子だと思われているのなら、それに相応しい行動をするんだ。甘やかしすぎると舐められるぞ》
『…でも』
《小太郎の行動が父ちゃんにも影響するんだ》
『…うん』
そう言われてしまえば、何も言えない。
「ごめんね」
小太郎はバサリと羽を出すと、空へ舞い上がる。
男の子は悲しそうにこちらを見ていた。
「…頂上まで登ってくるの大変だったろうに」
《そこまで高い山じゃないから、大丈夫だって》
小太郎が考えながら空を飛んでいると、叫び声が聞こえた。
下を見ると、山の木々の間に見えたのは走る2つの影。
「あの男の子だ! イノシシに追いかけられてる」
すぐに森に入ると、イノシシを捕まえ地面に押さえつけた。
「プギーッ」
暴れるイノシシ。ポケットから、オヤツ用に入れておいた芋のしっぽを出すと、イノシシにやった。
食べてる隙に、腰を抜かしてる男の子を抱っこすると、空に飛んだ。
「飛んでる…すごい」
男の子はキラキラした目を小太郎に向けた。
「…仕方ないから、町まで送る」
「はい。あなたは…烏天狗さまは、やっぱりお優しいんですね。お婆ちゃんが言ってました。大烏天狗さまは、気まぐれに人間を助けてくれるって。昔、大雨で山崩れが起きた時、ふもとの村が土砂で埋まる前に、不思議な力で土砂を食い止めて、村人が逃げる時間を稼いでくれたって。おかげで死者が出なかったらしいです。村は埋まってしまったけどって」
男の子が嬉々と話す。
「天が…。そうか…」
《父ちゃんも人間助けてたんだね》
「そう…だよな」
小太郎は口元を緩めた。
《何ニマニマしてるんだよ》
『だって天は人間を助けてたんだ。でも舐められたりしてないだろ? だからオレが人間を助けても大丈夫だって』
《限度があるだろ? 小太郎はお人よしだから心配なんだよ》
脳内で会話を交わしているうちに町についた。
「ありがとうございました。烏天狗さま」
「うん…」
「ユウイチくん!」
一人の女性が男の子目掛けて、走ってきた。
「おばちゃん」
「お母さんが…」
女性の言葉に、ユウイチと呼ばれた男の子は不安そうに女性の後についていった。
《死んじゃいそうなのかもね》
小太郎は、そっとユウイチの後を追った。
小鳥に変化して家の中に入ると、布団に寝ている女性が苦しそうに喘いでいた。
「お母さん」
「薬が効かないみたいでね。ずっと苦しんでて」
ユウイチは泣きそうな顔で、母の額の汗を拭ってやっていた。
『……』
《かわいそうだけど、オイラたちには彼女を助けてやれないよ》
『でも、痛みを和らげてあげることはできるかもしれない。前に桃李の熱を下げてあげる事ができたし』
《…はあ…小太郎がやってあげたいんなら、どうぞ。でも、病気が治るわけじゃないし、痛みが落ち着いたとしても、きっと一時的な物だよ?》
『うん』
小太郎は一度外に出て、元の姿に戻った。
それから、ふと思いついたように、持っていた手拭いでマスクのように顔を隠した。
《今さら顔隠しても…》
『それでも、神社にいた人以外には隠せるよ』
《まあ、妖術使ってたりしたら噂になるよね。素顔を見せない方が安心か》
小太郎は玄関の戸を叩く。
先程のユウイチと一緒にいた女性が出てきた。
「あの、どちらさまで?」
「ユウイチ君の友達です。お母さんの具合を見に来ました」
「お医者さまですか?」
「似たようなものです」
「分かりました。どうぞ」
小太郎は先程の母親のいた部屋に通された。
「烏天狗さま?」
ユウイチが言うと、小太郎は静かに頷いた。
「お母さん。烏天狗さまが来てくれたよ」
「カラス…テング?」
「我には病気を治したりすることは出来ぬが、その痛みを和らげることはできる」
小太郎はあえて話し方を変えた。
「お願いします」
母親が言い、ユウイチも頷く。
手を胸の辺りに置いて力を注いだ。
手元が柔らかい光に包まれ、やがて消えた。
「痛みが治まりました。完全に消えたわけじゃありませんが、ありがとうございます」
「一時的な処置にしか過ぎぬ。またいずれ痛みが増えるやもしれん」
「はい」
母親は体を起こすとお辞儀をした。ユウイチは彼女に抱きつく。
「お母さん。大丈夫?」
「ええ。こうして起き上がれるんだもの」
「よかった」
ユウイチは涙を浮かべて笑う。
「烏天狗さまに何かお礼を差し上げないと」
母親が言う。
「うちはあまり裕福じゃないけど」
ユウイチは心配そうにこちらを見た。
「いや。お礼など必要ないが…」
小太郎の言葉に、朱丸が声を上げた。
《いや、くれるんなら貰っておこうよ。ハア…それよりも妖力回復が先だ。苦しくなってきた》
「う…」
小太郎は胸を押さえた。
「烏天狗さま?」
ユウイチが異変に気付いた。
「大丈夫ですか?」
「ハア…ハア…力を使うと妖力が減ってしまうんだ。妖力が減ると苦しくなる」
「そういえば神社でみんなを助けた時、倒れてしまいましたよね。烏天狗さまのような妖怪でも、力を使うのは大変なんですね」
「いや…妖力が減ってこんな苦しむのは、たぶんオレだけだと…ぅ…ぐっ…」
「どうすればいいのですか?」
「回復できればいいんだが」
《あ、神棚にお供え物のお米が…あれをもらったら?》
「神棚のお供え物のお米を少しもらっていいですか?」
「あ…はい」
つい元の話し方になってしまう。
一緒にいた女性が米の皿を持ってきた。
小太郎は数粒掴むと口に入れた。
「はあ…」
胸の痛みが治まる。
「大丈夫ですか?」
女性が聞く。
「ああ…ありがとう」
小太郎は立ち上がり、神棚に礼拝した。
「なんでお米食べたら大丈夫になったんですか?」
ユウイチが聞いてきた。
「神棚にお供えしてある物は、後で自分たちで食べるだろ? それには神力が宿ってて、オレはそれを食べて回復したんだ。烏天狗は元神だから、人間がお供えしてくれた物が力になるんだよ」
ユウイチは感心して頷いた。
小太郎が住処に帰ると天とクロマルが帰っていた。
今日の出来事を話す。
[確かに俺も気まぐれに人間を助けたりするな]
天の言葉に小太郎はホッと息を吐く。
「だよね」
[でもな。今日の事が噂になって、他の人間がおまえを頼って来るかも知れん。安請け合いはするなよ]
「うん…」
《小太郎はお人好しだから、頼まれると断れないんだよね》
[報酬をもらったらどうだ?]
《ああ、今日は野菜もらったよ。後は、妖力を補うのに、神棚のお供え物を分けてもらった。お米とか…》
「オレ鬼なのに、神棚からもらってよかったかな? 鬼神さま他の神から嫌われてるのに」
[まあ、家で祀っているのは、アマテラスさまと地元の氏神だが、アマテラスさまには会った事はないが、氏神のウケノミタマの神とは会ったことはあるぞ。遣いの狐とは仲が良いんだ。今度聞いておこう]
その後。噂を聞いた人が烏天狗の祠に集まった。
小太郎は天が持っていた“カラステングの面”を被って姿を見せた。
噂がどう広まったのか、病気を治してもらえると思っている人間が多かった。
小太郎はそのつど「病気を治せる訳ではない」「自分にできるのは痛みを和らげることくらいだ」と説明していた。
がっかりして帰る人もいたが、末期の症状で薬が効きづらくなった家族を助けたい一心で、頼んでくる人間もいた。
大勢の人間に力を貸すような事態を危惧していたが、それほど多くはなかったので、小太郎は頼んできた人間の家族の元に向かった。
力を使った後は、妖力の回復に神棚のお供え物を分けてもらい、お礼として野菜などをもらって帰った。
[稲荷神社の狐に聞いたが、鬼神は確かに他の神に嫌われてて、子孫の鬼の事も良くは思ってないが、小太郎の事は元人間だからか、嫌ってはないようだ。鬼になったのも、不幸な事故だと言ってた]
《そうなんだ》
天の説明に朱丸は頷く。
[神棚のお供え物を分けてもらうのも、特に問題はないとの事だ]
小太郎はそれを聞いて胸を撫で下ろした。
とあるお金持ちの屋敷に呼ばれた。胸の病気で臥せっている主人に力を使う。
「痛みが和らいだ。ありがとうございます」
老人は素直にお礼を言った。だいぶ病が進行しているのか、力を使っても痛みはまだまだ残っているようだ。どうにかしてあげたいが、これ以上妖力が減ると、自分が倒れてしまう。
「ハア…」
お面の下で、苦しそうに息をした。
「父の病気を治していただけるのではないのですか?」
近くにいた息子であろう男が聞いた。小太郎は首を振った。
「我には病を治せるほどの力はない。祠まで頼んできた人間には説明をしたが?」
「…本当に?」
「我にできるのは痛みを和らげることのみだと、確かに言った」
「本当は治せるのに、力を出し渋っているのでは?」
男の言葉にピクリと反応する。
「それをして我にどんな徳がある?」
「痛みを和らげるだけなら、また呼ばれるだろう? その都度金を要求できる」
男は当然だろう?と腕を組んだ。
「我は金を要求した事などない」
「烏天狗といえどモノノケだろ。見返りもなくこんな…」
「我は見返りなど要らぬ。人間に優しくしたいだけだ」
《小太郎…》
朱丸が苦しそうに声をかけた。
小太郎自身も息が上がっている。
《妖力補給しないと…》
部屋の奥に神棚があった。
「神棚のお供えのお米を少し、頂きたい」
小太郎が言うと、男は目を丸くした。そして、口を押さえて笑い出した。
「見返りなど要らぬと言っていたのに?」
「…あ」
小太郎は先程の自分の発言を思い出した。
《小太郎…》
「そうだな…確かにそう言った」
小太郎は立ち上がり、ふらつきながら屋敷を出た。
「ハア…ハア…っ…ぅ…」
《小太郎…っ…ハア…余計なこと言うから…》
「ごめん…」
近くの公園のベンチに座っていると、クロマルが迎えに来た。
[コタロー。かえろう]
「クロ…」
近くの林に移動して、大きく変化したクロマルに乗って帰った。
クロマルに乗った直後に意識を失ったらしく、次に目を覚ました時には、天とクロマルが心配そうに見ていた。
[小太郎。大丈夫か?]
「天…ぅ…」
[コタロー、しんぱいしたよ。ねてるのに、ずっとくるしそうないきしてた]
[妖力補給のために、クロの羽根を食べさせようとしたが、意識がないとムリだったな]
「そう…でも、回復してるみたい」
[カラステングさまがコタローにちゅうした]
「へ?」
クロマルの言葉に目が点になる小太郎。
《あの…父ちゃんが、小太郎に妖力渡すために、口付けたんだよね…》
「…ふぁ⁉︎」
朱丸の説明に、小太郎は顔色が赤くなったり青くなったりした。
[前に人工呼吸してるんだし、今さらだろ]
「……」
小太郎は、布団に潜り込む。
[小太郎?]
《ちょっとショックみたい》
「クロの方がまだマシだった」
[クロはくちばしのヘンゲ、できないからなぁ]
小太郎の呟きに、クロマルが残念そうに言った。
それからも、人間からの依頼が来ると、小太郎は出かけていったが、妖力を補給できずに倒れたからか、天が前より心配性になっていた。さすがについてきたりはしないが。かわりにクロマルがついてきた。
ある日。力を貸した人間の家から帰ろうとすると、男の子を背中におぶった少女が近づいてきた。小太郎はまだお面を被ったままだった。
「烏天狗さま。どうか、弟の怪我を治してください」
「え?」
「木から落ちてしまったんです」
16歳〜17歳くらいの少女が背負っているのは、7歳〜8歳くらいの男の子だった。
足が酷く腫れていた。どうやら骨折しているようだ。
「痛そうだな」
「お願いします」
少女が頭を下げる。
小太郎が治してあげようとすると、朱丸が言った。
《その怪我は小太郎の力で完全に治るだろうね。でもさ、また噂が広まるよ。“烏天狗は病気は治せないけど、怪我なら治せる”って》
『…でも、そこまでたくさんの人が来るわけじゃないでしょ? だから大丈夫だよ』
小太郎が男の子の足に力を注ぐ。
「わ…痛くない。ありがとう」
男の子は背中から降りると嬉しそうにジャンプした。
「新太郎。また暴れて怪我しないでよ? この前やっと腕も治ったんだから」
「はーい」
新太郎と呼ばれた男の子は、大人しくなった。
「ありがとうございます、烏天狗さま。弟はやんちゃで、すぐ怪我をするんです。病院代がかかってしょうがなくて…」
少女は困ったように苦笑した。
「そうか。…っ」
小太郎はふらつき、たたらを踏んだ。
「天狗さま」
少女は小太郎の体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「すまん。力を使うと疲れるんだ」
「あ…烏天狗さまは、治癒を行った後は、神棚のお供え物を頂くと聞きました。それで妖力を補給していると…」
「ああ…」
「近くに私が住み込みで働いているお屋敷があるので、そちらに」
小太郎は少女に支えられながら歩く。新太郎は後ろからついて来た。
見えてきたのは洋風の建物。
「このお屋敷は空を飛んでいる時に見たことがある」
「そうでしたか」
小太郎は客間に通された。
少しお待ちくださいと少女は出ていった。
《働いているって言ってたけど、ここの女中さんなんだろうね》
朱丸は、《もしかしたら、お礼期待できるかも》とウキウキしだす。
少女は戻ってくると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。烏天狗さま。奥様に事情を話したら、自分で何とかしなさいと言われてしまいまして。神棚のお供え物も持っていくのはダメだと」
《ええ〜⁉︎》
朱丸は不満気に声をあげた。
「そうか。なら仕方ない」
「本当なら、お礼を渡したいのですが、弟の病院代のために、お給金を前借りしてまして」
《ああ…それなら仕方ないよね。て言うかどんだけ怪我してんのあの子》
朱丸のツッコミに小太郎も同意しつつ、席を立った。
「…っ」
ふらついた小太郎を、少女は支えた。
「烏天狗さま」
「すまない」
「…あの…妖力の補給は、他の方法はないのですか?
私にできることがあるなら…」
少女は申し訳なさそうに涙を流す。
「…なら、その涙を頂きたい」
「え?」
「人間の体液でも回復はできるんだ」
「そうですか…」
少女は、彼が涙を口に含むにはどうするのかと考えた。指で拭って舐めるのだろうかと思っていると、彼は被っていたお面を、おもむろに持ち上げた。
半分上がったお面の下から見えた顔が近づくと、少女の頬の涙をペロリと舐めた。
妖力は僅かだが、めまいは治った。
小太郎は再びお面を被る。
「ありがとう。回復できた」
「…は…はい」
少女は赤く染めた頬を手で押さえた。
《小太郎、恋人でもない女性の頬舐めるとか、非常識だって。今鬼神さまから注意されたんだけど》
『あ…そうだよな』
小太郎は、少女に頭を下げて謝った。
「すまない。イヤだったよな」
「いいえ。その…驚いてしまって」
少女は、小太郎の手を握った。
「あの、私名前を言ってなかったので、静と申します」
「そうか」
小太郎はお屋敷を後にした。
それからしばらくたったある日。
天は用事があって異界に帰っていたが、クロマルは小太郎の側に置いていった。
その日は一緒に山で山菜を摘んでいた。
そろそろ祠に帰ろうと、カゴを手に持って、森の上の方を飛んでいると、パンッと乾いた音がした。続いて体に走った鋭い痛み。
「カハッ…!」
口から鮮血が迸った。羽はキラキラと消えていく。
[コタロー⁉︎]
小太郎は妖術で作った羽を撃たれていた。
羽を維持するためには多くの妖力が必要になるが、必要なくなって消す時には、余った妖力を体に戻していた。
突然のことで羽に使っていた妖力が全て霧散した。
衝撃がダイレクトに朱丸を襲い、心臓の血管が悲鳴をあげた。
体を大きく変化させ、クロマルは小太郎を受け止めた。
[コタロー? だいじょぶ?]
「ヒュッ…っう…」
ヒューヒューとおかしな呼吸をする小太郎に、クロマルは焦り出した。
[いそいでかえって、カラステングさまよんでこなきゃ!]
その時、再びパンッと音がした。
[ギャ⁉︎]
クロマルも撃たれたのか、大きさが元に戻り、投げ出された小太郎と共に、森の中に落ちていった。
「う…ゲホッ…」
小太郎は薄目を開けた。
『クロマルは…どこに』
近くには見当たらない。
《近くには…いない…ね…ぅ…ぐぁぁ…》
『朱丸…大丈夫か』
《…ハアッ…ダメだ…血管を治すのに、残りの妖力を使った…もうほとんど残って…ない》
『…そうか』
そこで意識は途切れた。
目を覚ました小太郎は、牢屋のような場所にいた。
いや、実際に牢屋だった。鉄格子が見える。
床で寝ていた体を起こそうとするが、体が痛みを訴えた。
「痛っ! うぐっ!」
心臓だけじゃなく、足も腕も痛い。骨折しているようだ。
「怪我が治っていない?」
《その怪我を治すと、妖力がゼロになるから、体が命を優先するために、残り少ない妖力を保持してるんだ》
『そうか』
《修行して、妖力のうまい使い方を体が覚えたんだね》
『それでも羽を作る時の妖力の使い方は、まだまだだな。もっとうまくいってれば、今回こんな事にはなってない』
《まあね…ハアッハアッ》
『朱丸…』
《苦しくて…。オイラ、意識なくさないように、頑張ってたんだ》
『ありがとう』
この体では動くこともままならない。どうにか妖力を回復しないと。
『クロマルは』
《いないね。ここには…》
小太郎は途端に不安になった。
『生きてるかな?』
《…わからない》
「…ふっ…ぅ…」
涙が頬を伝った。
《泣くなって》
「…うん…。ところで、ここは?」
《オイラも意識朦朧としてたから、わからない》
「そっか…グスッ…」
一度出始めた涙はなかなか止まらない。
「う…ヒクッ…グスッ」
《小太郎…》
「ごめん…ハアッ…苦し…痛い…ハアッ…ぐっ…ぅ」
《ほら…泣くと余計苦しく…なる…ハアッ…オイラも…苦しいんだから》
「ハアッ…ハアッ…」
そこに足音が聞こえてきた。
「烏天狗。調子はどうかな」
20歳〜︎22歳くらいの小太りの青年がやってきた。
「おまえ…は…」
「ボクはこの家の長男だ」
「オレを…撃ったのは…おまえか?」
「撃ったのはボクじゃないよ。猟師だ。まあ、ボクが命令して撃たせたんだけど」
「クロは…カラスは?」
「ああ、あの大きなカラスね。知らないな。君だけ連れてきたから。たぶんあの森にまだ転がってるんじゃない?」
青年の言葉にキレた小太郎。
「おまえ!」
立ち上がろうとしたが、少し動かしただけで酷い痛みが走った。
「ぐあっ! 痛っ…う…ハアッ…ハアッ」
「あれ? 怪我治ってないの? 妖怪ってすぐ治るもんだと思ったけど…」
「ハアッ…ハアッ…」
再び小太郎は意識を失った。
「お兄さん…」
誰かの声に目を覚ますと、先日助けた男の子、新太郎がいた。
「君は…」
「あの…食事を持ってきました。姉に頼まれて…」
新太郎の持ったお盆には、お粥と漬け物が乗っていた。
「…ありがとう」
鉄格子の一番下に空いた隙間から、お盆を入れる。
両腕が折れていて使えない。そのまま犬のように口をつけた。
「あの…大丈夫ですか?」
「ん? 正直言ってしんどいけど…」
「食べるの手伝います」
新太郎は、匙でお粥を掬うと、一口ずつ、鉄格子の外から小太郎の口に入れた。
あまり食欲がないが、少しでも妖力を回復するためにムリしても食べた。
「あの…お兄さんは何をしたんですか?」
「さあ…よくわからない」
「わからないのに、牢屋に入れられているんですか?」
「…君のお姉さんは、静さんは、ここには来ないの?」
「姉を知ってるんですか?」
「うん」
「姉は坊ちゃまから、地下牢には下りないようにって言われてました。だから、ぼくが代わりに…」
「そう…」
小太郎は考えた。
『ここは先日伺ったお屋敷の地下牢。
この家の長男の指示で、静さんはオレと会わないようにしてる。
たぶん静さんは地下牢にいるのがオレだって知らない。長男はオレを殺したいほど憎んでる』
《うん。とう言う事は?》
小太郎が頭の中で推理し始めたので、朱丸も乗っかる。
『長男と静さんは恋人?』
《小太郎にしてはまともな推理かもね》
「静さんは、坊ちゃんと恋人なの?」
小太郎が新太郎に聞くと、彼は首を横に振った。
「いいえ。ただ、坊ちゃまが姉のことが好きなのは知ってます。でも、姉に聞いたけど、告白はされてないそうです。坊ちゃまは近々親の決めた相手と結婚するそうで…」
「…そっか。オレが静さんの涙舐めてたの見てたんだなきっと。自分は好きな人と一緒になれないのに、オレが先に静さんの頬に口付けたから」
「…え? それをしてたの烏天狗さまじゃ…」
新太郎が驚いて小太郎を見る。
「オレが烏天狗だよ。新太郎くん」
「…すみません。気づきませんでした」
「お面をつけてたからね。仕方ないよ。ん…ご馳走様」
お粥を食べさせ終わり、お盆を持った新太郎は、小太郎を観察した。
「あの…逃げないんですか? 烏天狗さまなら簡単に逃げられるのでは?」
「逃げられるなら逃げているよ。妖力が底をついて、怪我も治せないから…君の血をくれる? 少しでいいから」
「はい…」
新太郎が、地下牢に落ちている木の破片で指を切った。血が滲む。
「何をしている?」
新太郎の腕を誰かが掴んだ。坊ちゃんが立っていた。
「あ、あの…烏天狗さまが妖力を回復するのに血を…」
「余計なことをするな!」
「は、はい…ごめんなさい」
新太郎は萎縮し、階段を上がって行った。
(もう少しだったのに…)
小太郎は、坊ちゃんを睨む。
坊ちゃんの後ろから、小さな妖怪が三匹顔を出した。
雀の妖怪のようだ。
小太郎を見ると、彼らはビクッと震えた。
「その雀たちは?」
小太郎が聞く。
「コイツらは新しい商品だ」
「商品?」
「父様が、海外の闇オークションで妖怪を出品してるんだ」
坊ちゃんは三匹を隣の檻に入れた。小太郎の檻とは土壁で仕切られている。
どうやら、今はその三匹しかいないようだ。
小太郎は、呟く。
「実体化していないのに、檻に入れても意味がないんじゃ? すぐに逃げられるだろ?」
「いや、実体化はしている。この首輪をしているからな」
坊ちゃんは革製の簡素な首輪を見せる。
呪文のような文字が書かれていた。
「それって…」
「昔、桃太郎の一族が権力者に頼まれて作ったらしい。妖怪を実体化させる首輪なんだ。妖怪には外せないようになってる。実体化してなかったら、そもそも売れないだろ?」
「…なんのためにそんなもの、作ったんだ」
「…さあ、戦とかに参加させるためとか?」
小太郎はギリッと歯噛みした。
「この首輪、あるお屋敷の倉からたくさん出てきて、父様が買ったんだ。有意義な使い方だろ?」
小太郎は、目の前の男を殴りたくなった。
動かない体をムリに動かそうとし、痛みに唸る。
坊ちゃんは階段を上がって行った。
「くそ…」
上がった息を整えていると、隣の檻から声が聞こえた。
[あの…あなたは、大烏天狗さまのお弟子さんですよね?]
「あ、ああ」
鬼だとはバレていないようだ。
[烏天狗さまは、なぜここに?]
「油断してな」
[お弟子さんといえど、烏天狗さまを海外に売ろうとするなんて、この土地の人間にとっては神さまみたいな存在なのに]
雀たちは[罰当たり]だと言い合う。
「オレ…売られるの?」
[あの人、高値で売れるって言ってましたよ。常に実体化してるみたいだから、首輪しなくていい。儲けたって言ってましたけど]
「…ああ…オレは、その…元人間だからな。逆に姿隠すのに妖力がいるわけで…」
[なるほど]
「妖力を回復できれば、すぐに逃げられるのに」
小太郎は少し考えて、雀に話しかけた。
「体の一部を貰えないか? 喰べれば回復できるのだが…」
[え? ええと…それって]
雀たちは、ザワザワしだす。
「いや、一部っていっても、抜けた羽根の一枚でも貰えれば…」
[ああ、そういうことですか?]
少しして、小太郎の檻の前に、羽根が一枚飛ばされてきた。
[届きました?]
「ああ…」
手を伸ばして、羽根を取ると口に入れた。
妖力が回復し、怪我が治っていく。
「ハア…」
力を入れて鉄格子を曲げ外に出る。
隣の檻の前に行くと、小さな妖怪が逃げられないように、鉄格子がマスの目になっていた。
大きさで檻を分けているようだ。
鉄格子を壊し、雀たちが外に出た。
階段を上ると、屋根が見えた。小さな小屋になっている。この場所はお屋敷の裏手のようだ。
幸い見張りも居なかったので、裏口からそっと出た。
[ありがとうございました。烏天狗さま]
雀がお礼を言う。
「それはどうしようか」
小太郎は首輪を指差した。
[そうですね…]
小太郎にも外せないので、悩んでいると、バサリと羽の音がした。
見ると、天が降りてくるところだった。
「天!」
[小太郎…無事だったか]
「うん…」
[大烏天狗さま!]
雀たちが興奮したように近づいた。
[ん? おまえたちは?]
[ボク達は、このお屋敷の坊ちゃんに捕まっていたんです。でも、お弟子さまが助けてくれて…]
[そうか…]
雀たちは天のファンのようだ。
「あ、天。この子たちの首輪外せる? 妖怪には外せないようになってるんだ」
天が首輪を指でつかみ、念を送ると首輪は切れた。
[ありがとうございます。さすが、大烏天狗さま]
雀たちは嬉しそうに羽をバタつかせ、夜の空に飛んでいった。
[なんの首輪だったんだ?]
「妖怪を実体化させる首輪だって。海外の闇オークションで妖怪を売っていたらしい」
[…ひどい人間もいるもんだ]
天は呟き、懐から小さな包みを取り出した。
「天…それ…」
小太郎は嫌な予感がした。
包みを開くとクロマルがいた。冷たくなっていた。
「クロ…」
[異界で繋げていたクロマルの目が途絶えた時、気絶しているだけだと思っていた。すぐに落ちた森に行った。その時にはもう息絶えていた]
「そっか」
クロマルの亡き骸を手に乗せたまま、小太郎は震えた。
[小太郎…]
「ごめんな。助けてあげられなくて」
泣き始めた小太郎。天はため息をついた。
[俺はおまえが誰かに撃たれて、森に着いても姿がなくて、誰かに連れ去られたんだと気づいたが、居場所がわからなかった。だから、迎えにくるの遅くなった。すまん]
「うん…」
小太郎はクロマルの亡き骸を抱きしめると、さらに泣いた。
[帰ろう]
天は小太郎を抱っこすると飛び立った。
いつもなら、抱っこなんかしなくていいと恥ずかしがるのに、今日は素直な小太郎に、それだけショックを受けているのだと思った。
祠に着いて、地面にクロマルを置いた小太郎。
[あのな小太郎。クロマルがな、自分の亡き骸はおまえの好きにしていいと言っていたぞ]
小太郎はバッと天を振り返った。
「クロマル死んでるのに、なんで…」
[クロマルの魂と話したんだ]
「魂…どこ? どこにいるの? オレも、会いたい」
[今は会えない]
「なんで? 会えないの? なんで?」
[……]
「亡き骸好きにしていいって。わかんない」
[喰べて妖力の一部にしてほしいけど、無理なら埋めて弔ってくれって]
「喰べ…クロを…オレが…?」
[クロマルはおまえの事が大好きだったんだ。だから…]
「ぅ…ヒグッ…オレ…家族…喰べたくない…明子…喰べた時も…苦しくて…天…知ってるのに…う…ぅぅ」
小太郎はしゃくりあげて泣きだした。
[小太郎。ごめん。ごめんな。クロの遺言だったから…]
「う…ふぇ…ヒクッ…」
天は小太郎を抱きしめた。
天のお腹から、クルゥというクロマルの鳴き声が聞こえた。
「え?」
[あ、気づいたか]
《どういうこと?》
[クロマルからは、びっくりさせたいから黙ってて言われたが、さすがにそんなに泣かれちゃなあ]
《父ちゃん?》
[クロマルの魂は、今は俺の中にいるんだ。輪廻に戻るより、みんなの側にいたいからって]
「どういう…」
[烏天狗として、生まれ変わるんだ]
「《ええ⁉︎》」
小太郎も朱丸もこれには驚いた。
《生まれ変わるって…。まさか、父ちゃんが産むの?》
[ああ…]
「なんでもありだな妖怪…」
[俺の中にいるクロの魂に少しずつ力を混ぜてやって、形ができたら生み出すんだ。人間みたいにお腹痛くして産むわけじゃない。人間界では生み出せないから、少ししたら、異界に戻って生んでくるよ]
「そっか。なんだか弟ができるみたいで楽しみだ」
[あんなに泣いてたのにな]
小太郎は目元を真っ赤にしながら笑った。
クロマルの亡き骸は埋めて、墓を作った。
天が異界に行き、しばらくすると鏡から戻ってきた。
「おかえり」
《おかえりなさい》
[ただいま]
天の腕の中には小さなおくるみがあった。
そっと覗くと、烏天狗の赤ちゃんが眠っている。
ちょこんとした小さなクチバシがかわいらしい。
「かわいい」
《かわいいね。まさか弟ができるなんてね》
[…妹だ]
「え?」
[女の子なんだよ。クロは…]
小太郎も朱丸も同時に驚いた。
「《ええ〜⁉︎》」
「烏天狗になって性別変わったの?」
[いや、元々メスだったんだ…]
「え、だって名前、クロマルって…」
[あはは…。それが、その、俺がクロをオスだと思い込んでたんだよな。それで黒丸って付けて…]
「…天…」
《父ちゃん…》
二人は呆れたようにため息を吐く。
[カラスって性別わかりにくいんだよ]
「まあ、それは確かに…」
[名前変えるか?]
天の言葉にクロマルがぐずりだした。
[クりょはいまのにゃまえがいいの!]
「しゃべった」
[カラスだった時の記憶もあるからな]
天が呟く。
[ちゃんとしゃべれにゃいけど、クリョマリュってにゃまえがいいの]
「そっか。今の名前がいいんだね」
[うん]
小太郎はクロを抱っこした。
[コタロー]
クロは嬉しそうに小さな手を伸ばした。
その手が頬に触れた。
[コタロー、にゃかにゃいで]
いつのまにか、涙が出ていた。
「クロが、戻って来てくれて嬉しいんだ」
[うん]
「おかえり…」




