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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
17/17

節分と鬼とクロマルと 2 ー過去編ー

春が近づき、山の雪も解けた頃。


 ある日、天が出かけていき、留守番をしていると、烏天狗の祠にお参りする人が現れた。

「珍しいな…」

そっと見ると5、6歳くらいの男の子だった。


「烏天狗さま。お母さんを助けてください」

男の子は手を合わせて祈る。

《何もこんな山奥の祠まで来なくてもいいのにね。半分くらい忘れられてるお社なのに》

朱丸が呟く。

洞窟の奥から見ていた小太郎は、目を開けた男の子と目が合ってドキリとした。

「烏天狗さま?」

「あ、いや、オレは…」

「いらっしゃったんですね」

「ああ…ええと」

「お願いします。こちらへ来て下さい」

縋るような目線に耐えきれず、小太郎は出てきた。

「烏天狗さま…」

「ごめんオレは、烏天狗じゃないよ。天は…烏天狗は今出かけてて…」

「…でも、神社でお見かけしたのはあなたでした」

「え?」

「前にお祭りがあって、そこでボヤ騒ぎがあったんです。みんなを助けて、お婆ちゃんの怪我を治してたのを、ボクは見たんです。あの時、妖術で雨雲を呼んでたのが大烏天狗さまで、あなたはお弟子さんなんですよね?」

「……」

あの時、居合わせた多くの人間に目撃されていたのだと、今になって気がついた。

助けてくれた中野さん以外にも…。


あの時皆火事の方に集中していたから、お婆さんの治癒を見られていないと思っていた。


おまけに烏天狗が雨雲を呼ぶさまも目撃されていて、自分は弟子だと思われているとは。


弟子なのは間違ってないが。


「あの、お母さんを助けてください。病気で臥せっていて」

「ごめん。オレは病気を治したことがないんだ」

「そうなんですか」

「ごめんね」

男の子の目に涙が浮かんだ。

「烏天狗さまなら、治してくれると思ったのに。お母さん、死んじゃうんだ…」

グスグスと泣きだした男の子に、小太郎はオロオロとし出す。

『どうしよう』

《…帰るように言って。どのみちオイラたちには、どうすることもできないんだ》

朱丸が冷たく言い、小太郎は辛そうに男の子の頭を撫でた。

「ごめんね。泣かないで。町まで送っていくから」

《…小太郎。甘やかさなくていい。小太郎は一応烏天狗の弟子なんだ。神社の時に見てた人間に、弟子だと思われているのなら、それに相応しい行動をするんだ。甘やかしすぎると舐められるぞ》

『…でも』

《小太郎の行動が父ちゃんにも影響するんだ》

『…うん』

そう言われてしまえば、何も言えない。

「ごめんね」

小太郎はバサリと羽を出すと、空へ舞い上がる。

男の子は悲しそうにこちらを見ていた。


「…頂上まで登ってくるの大変だったろうに」

《そこまで高い山じゃないから、大丈夫だって》

小太郎が考えながら空を飛んでいると、叫び声が聞こえた。

下を見ると、山の木々の間に見えたのは走る2つの影。

「あの男の子だ! イノシシに追いかけられてる」

すぐに森に入ると、イノシシを捕まえ地面に押さえつけた。

「プギーッ」

暴れるイノシシ。ポケットから、オヤツ用に入れておいた芋のしっぽを出すと、イノシシにやった。

食べてる隙に、腰を抜かしてる男の子を抱っこすると、空に飛んだ。

「飛んでる…すごい」

男の子はキラキラした目を小太郎に向けた。

「…仕方ないから、町まで送る」

「はい。あなたは…烏天狗さまは、やっぱりお優しいんですね。お婆ちゃんが言ってました。大烏天狗さまは、気まぐれに人間を助けてくれるって。昔、大雨で山崩れが起きた時、ふもとの村が土砂で埋まる前に、不思議な力で土砂を食い止めて、村人が逃げる時間を稼いでくれたって。おかげで死者が出なかったらしいです。村は埋まってしまったけどって」

男の子が嬉々と話す。

「天が…。そうか…」

《父ちゃんも人間助けてたんだね》

「そう…だよな」

小太郎は口元を緩めた。

《何ニマニマしてるんだよ》

『だって天は人間を助けてたんだ。でも舐められたりしてないだろ? だからオレが人間を助けても大丈夫だって』

《限度があるだろ? 小太郎はお人よしだから心配なんだよ》

脳内で会話を交わしているうちに町についた。

「ありがとうございました。烏天狗さま」

「うん…」

「ユウイチくん!」

一人の女性が男の子目掛けて、走ってきた。

「おばちゃん」

「お母さんが…」

女性の言葉に、ユウイチと呼ばれた男の子は不安そうに女性の後についていった。

《死んじゃいそうなのかもね》

小太郎は、そっとユウイチの後を追った。


小鳥に変化して家の中に入ると、布団に寝ている女性が苦しそうに喘いでいた。

「お母さん」

「薬が効かないみたいでね。ずっと苦しんでて」

ユウイチは泣きそうな顔で、母の額の汗を拭ってやっていた。

『……』

《かわいそうだけど、オイラたちには彼女を助けてやれないよ》

『でも、痛みを和らげてあげることはできるかもしれない。前に桃李の熱を下げてあげる事ができたし』

《…はあ…小太郎がやってあげたいんなら、どうぞ。でも、病気が治るわけじゃないし、痛みが落ち着いたとしても、きっと一時的な物だよ?》

『うん』

小太郎は一度外に出て、元の姿に戻った。

それから、ふと思いついたように、持っていた手拭いでマスクのように顔を隠した。

《今さら顔隠しても…》

『それでも、神社にいた人以外には隠せるよ』

《まあ、妖術使ってたりしたら噂になるよね。素顔を見せない方が安心か》

小太郎は玄関の戸を叩く。

先程のユウイチと一緒にいた女性が出てきた。

「あの、どちらさまで?」

「ユウイチ君の友達です。お母さんの具合を見に来ました」

「お医者さまですか?」

「似たようなものです」

「分かりました。どうぞ」

小太郎は先程の母親のいた部屋に通された。

「烏天狗さま?」

ユウイチが言うと、小太郎は静かに頷いた。

「お母さん。烏天狗さまが来てくれたよ」

「カラス…テング?」

「我には病気を治したりすることは出来ぬが、その痛みを和らげることはできる」

小太郎はあえて話し方を変えた。

「お願いします」

母親が言い、ユウイチも頷く。

手を胸の辺りに置いて力を注いだ。

手元が柔らかい光に包まれ、やがて消えた。

「痛みが治まりました。完全に消えたわけじゃありませんが、ありがとうございます」

「一時的な処置にしか過ぎぬ。またいずれ痛みが増えるやもしれん」

「はい」

母親は体を起こすとお辞儀をした。ユウイチは彼女に抱きつく。

「お母さん。大丈夫?」

「ええ。こうして起き上がれるんだもの」

「よかった」

ユウイチは涙を浮かべて笑う。

「烏天狗さまに何かお礼を差し上げないと」

母親が言う。

「うちはあまり裕福じゃないけど」

ユウイチは心配そうにこちらを見た。

「いや。お礼など必要ないが…」

小太郎の言葉に、朱丸が声を上げた。

《いや、くれるんなら貰っておこうよ。ハア…それよりも妖力回復が先だ。苦しくなってきた》

「う…」

小太郎は胸を押さえた。

「烏天狗さま?」

ユウイチが異変に気付いた。

「大丈夫ですか?」

「ハア…ハア…力を使うと妖力が減ってしまうんだ。妖力が減ると苦しくなる」

「そういえば神社でみんなを助けた時、倒れてしまいましたよね。烏天狗さまのような妖怪でも、力を使うのは大変なんですね」

「いや…妖力が減ってこんな苦しむのは、たぶんオレだけだと…ぅ…ぐっ…」

「どうすればいいのですか?」

「回復できればいいんだが」

《あ、神棚にお供え物のお米が…あれをもらったら?》

「神棚のお供え物のお米を少しもらっていいですか?」

「あ…はい」

つい元の話し方になってしまう。

一緒にいた女性が米の皿を持ってきた。

小太郎は数粒掴むと口に入れた。

「はあ…」

胸の痛みが治まる。

「大丈夫ですか?」

女性が聞く。

「ああ…ありがとう」

小太郎は立ち上がり、神棚に礼拝した。

「なんでお米食べたら大丈夫になったんですか?」

ユウイチが聞いてきた。

「神棚にお供えしてある物は、後で自分たちで食べるだろ? それには神力が宿ってて、オレはそれを食べて回復したんだ。烏天狗は元神だから、人間がお供えしてくれた物が力になるんだよ」

ユウイチは感心して頷いた。


小太郎が住処に帰ると天とクロマルが帰っていた。

今日の出来事を話す。

[確かに俺も気まぐれに人間を助けたりするな]

天の言葉に小太郎はホッと息を吐く。

「だよね」

[でもな。今日の事が噂になって、他の人間がおまえを頼って来るかも知れん。安請け合いはするなよ]

「うん…」

《小太郎はお人好しだから、頼まれると断れないんだよね》

[報酬をもらったらどうだ?]

《ああ、今日は野菜もらったよ。後は、妖力を補うのに、神棚のお供え物を分けてもらった。お米とか…》

「オレ鬼なのに、神棚からもらってよかったかな? 鬼神さま他の神から嫌われてるのに」

[まあ、家で祀っているのは、アマテラスさまと地元の氏神だが、アマテラスさまには会った事はないが、氏神のウケノミタマの神とは会ったことはあるぞ。遣いの狐とは仲が良いんだ。今度聞いておこう]


 その後。噂を聞いた人が烏天狗の祠に集まった。

小太郎は天が持っていた“カラステングの面”を被って姿を見せた。


噂がどう広まったのか、病気を治してもらえると思っている人間が多かった。

小太郎はそのつど「病気を治せる訳ではない」「自分にできるのは痛みを和らげることくらいだ」と説明していた。

がっかりして帰る人もいたが、末期の症状で薬が効きづらくなった家族を助けたい一心で、頼んでくる人間もいた。

大勢の人間に力を貸すような事態を危惧していたが、それほど多くはなかったので、小太郎は頼んできた人間の家族の元に向かった。


力を使った後は、妖力の回復に神棚のお供え物を分けてもらい、お礼として野菜などをもらって帰った。


[稲荷神社の狐に聞いたが、鬼神は確かに他の神に嫌われてて、子孫の鬼の事も良くは思ってないが、小太郎の事は元人間だからか、嫌ってはないようだ。鬼になったのも、不幸な事故だと言ってた]

《そうなんだ》

天の説明に朱丸は頷く。

[神棚のお供え物を分けてもらうのも、特に問題はないとの事だ]

小太郎はそれを聞いて胸を撫で下ろした。


 とあるお金持ちの屋敷に呼ばれた。胸の病気で臥せっている主人に力を使う。

「痛みが和らいだ。ありがとうございます」

老人は素直にお礼を言った。だいぶ病が進行しているのか、力を使っても痛みはまだまだ残っているようだ。どうにかしてあげたいが、これ以上妖力が減ると、自分が倒れてしまう。

「ハア…」

お面の下で、苦しそうに息をした。

「父の病気を治していただけるのではないのですか?」

近くにいた息子であろう男が聞いた。小太郎は首を振った。

「我には病を治せるほどの力はない。祠まで頼んできた人間には説明をしたが?」

「…本当に?」

「我にできるのは痛みを和らげることのみだと、確かに言った」

「本当は治せるのに、力を出し渋っているのでは?」

男の言葉にピクリと反応する。

「それをして我にどんな徳がある?」

「痛みを和らげるだけなら、また呼ばれるだろう? その都度金を要求できる」

男は当然だろう?と腕を組んだ。

「我は金を要求した事などない」

「烏天狗といえどモノノケだろ。見返りもなくこんな…」

「我は見返りなど要らぬ。人間に優しくしたいだけだ」

《小太郎…》

朱丸が苦しそうに声をかけた。

小太郎自身も息が上がっている。

《妖力補給しないと…》

部屋の奥に神棚があった。

「神棚のお供えのお米を少し、頂きたい」

小太郎が言うと、男は目を丸くした。そして、口を押さえて笑い出した。

「見返りなど要らぬと言っていたのに?」

「…あ」

小太郎は先程の自分の発言を思い出した。

《小太郎…》

「そうだな…確かにそう言った」

小太郎は立ち上がり、ふらつきながら屋敷を出た。

「ハア…ハア…っ…ぅ…」

《小太郎…っ…ハア…余計なこと言うから…》

「ごめん…」


近くの公園のベンチに座っていると、クロマルが迎えに来た。

[コタロー。かえろう]

「クロ…」

近くの林に移動して、大きく変化したクロマルに乗って帰った。

クロマルに乗った直後に意識を失ったらしく、次に目を覚ました時には、天とクロマルが心配そうに見ていた。

[小太郎。大丈夫か?]

「天…ぅ…」

[コタロー、しんぱいしたよ。ねてるのに、ずっとくるしそうないきしてた]

[妖力補給のために、クロの羽根を食べさせようとしたが、意識がないとムリだったな]

「そう…でも、回復してるみたい」

[カラステングさまがコタローにちゅうした]

「へ?」

クロマルの言葉に目が点になる小太郎。

《あの…父ちゃんが、小太郎に妖力渡すために、口付けたんだよね…》

「…ふぁ⁉︎」

朱丸の説明に、小太郎は顔色が赤くなったり青くなったりした。

[前に人工呼吸してるんだし、今さらだろ]

「……」

小太郎は、布団に潜り込む。

[小太郎?]

《ちょっとショックみたい》

「クロの方がまだマシだった」

[クロはくちばしのヘンゲ、できないからなぁ]

小太郎の呟きに、クロマルが残念そうに言った。


 それからも、人間からの依頼が来ると、小太郎は出かけていったが、妖力を補給できずに倒れたからか、天が前より心配性になっていた。さすがについてきたりはしないが。かわりにクロマルがついてきた。


 ある日。力を貸した人間の家から帰ろうとすると、男の子を背中におぶった少女が近づいてきた。小太郎はまだお面を被ったままだった。

「烏天狗さま。どうか、弟の怪我を治してください」

「え?」

「木から落ちてしまったんです」

16歳〜17歳くらいの少女が背負っているのは、7歳〜8歳くらいの男の子だった。

足が酷く腫れていた。どうやら骨折しているようだ。

「痛そうだな」

「お願いします」

少女が頭を下げる。

小太郎が治してあげようとすると、朱丸が言った。

《その怪我は小太郎の力で完全に治るだろうね。でもさ、また噂が広まるよ。“烏天狗は病気は治せないけど、怪我なら治せる”って》

『…でも、そこまでたくさんの人が来るわけじゃないでしょ? だから大丈夫だよ』

小太郎が男の子の足に力を注ぐ。

「わ…痛くない。ありがとう」

男の子は背中から降りると嬉しそうにジャンプした。

「新太郎。また暴れて怪我しないでよ? この前やっと腕も治ったんだから」

「はーい」

新太郎と呼ばれた男の子は、大人しくなった。

「ありがとうございます、烏天狗さま。弟はやんちゃで、すぐ怪我をするんです。病院代がかかってしょうがなくて…」

少女は困ったように苦笑した。

「そうか。…っ」

小太郎はふらつき、たたらを踏んだ。

「天狗さま」

少女は小太郎の体を支えた。

「大丈夫ですか?」

「すまん。力を使うと疲れるんだ」

「あ…烏天狗さまは、治癒を行った後は、神棚のお供え物を頂くと聞きました。それで妖力を補給していると…」

「ああ…」

「近くに私が住み込みで働いているお屋敷があるので、そちらに」

小太郎は少女に支えられながら歩く。新太郎は後ろからついて来た。

見えてきたのは洋風の建物。

「このお屋敷は空を飛んでいる時に見たことがある」

「そうでしたか」

小太郎は客間に通された。

少しお待ちくださいと少女は出ていった。

《働いているって言ってたけど、ここの女中さんなんだろうね》

朱丸は、《もしかしたら、お礼期待できるかも》とウキウキしだす。

少女は戻ってくると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。烏天狗さま。奥様に事情を話したら、自分で何とかしなさいと言われてしまいまして。神棚のお供え物も持っていくのはダメだと」

《ええ〜⁉︎》

朱丸は不満気に声をあげた。

「そうか。なら仕方ない」

「本当なら、お礼を渡したいのですが、弟の病院代のために、お給金を前借りしてまして」

《ああ…それなら仕方ないよね。て言うかどんだけ怪我してんのあの子》

朱丸のツッコミに小太郎も同意しつつ、席を立った。

「…っ」

ふらついた小太郎を、少女は支えた。

「烏天狗さま」

「すまない」

「…あの…妖力の補給は、他の方法はないのですか?

私にできることがあるなら…」

少女は申し訳なさそうに涙を流す。

「…なら、その涙を頂きたい」

「え?」

「人間の体液でも回復はできるんだ」

「そうですか…」


少女は、彼が涙を口に含むにはどうするのかと考えた。指で拭って舐めるのだろうかと思っていると、彼は被っていたお面を、おもむろに持ち上げた。

半分上がったお面の下から見えた顔が近づくと、少女の頬の涙をペロリと舐めた。


妖力は僅かだが、めまいは治った。


小太郎は再びお面を被る。

「ありがとう。回復できた」

「…は…はい」

少女は赤く染めた頬を手で押さえた。

《小太郎、恋人でもない女性の頬舐めるとか、非常識だって。今鬼神さまから注意されたんだけど》

『あ…そうだよな』

小太郎は、少女に頭を下げて謝った。

「すまない。イヤだったよな」

「いいえ。その…驚いてしまって」

少女は、小太郎の手を握った。

「あの、私名前を言ってなかったので、静と申します」

「そうか」

小太郎はお屋敷を後にした。


 それからしばらくたったある日。


天は用事があって異界に帰っていたが、クロマルは小太郎の側に置いていった。

その日は一緒に山で山菜を摘んでいた。

そろそろ祠に帰ろうと、カゴを手に持って、森の上の方を飛んでいると、パンッと乾いた音がした。続いて体に走った鋭い痛み。

「カハッ…!」

口から鮮血が迸った。羽はキラキラと消えていく。

[コタロー⁉︎]

小太郎は妖術で作った羽を撃たれていた。

羽を維持するためには多くの妖力が必要になるが、必要なくなって消す時には、余った妖力を体に戻していた。

突然のことで羽に使っていた妖力が全て霧散した。

衝撃がダイレクトに朱丸を襲い、心臓の血管が悲鳴をあげた。

体を大きく変化させ、クロマルは小太郎を受け止めた。

[コタロー? だいじょぶ?]

「ヒュッ…っう…」

ヒューヒューとおかしな呼吸をする小太郎に、クロマルは焦り出した。

[いそいでかえって、カラステングさまよんでこなきゃ!]

その時、再びパンッと音がした。

[ギャ⁉︎]

クロマルも撃たれたのか、大きさが元に戻り、投げ出された小太郎と共に、森の中に落ちていった。


「う…ゲホッ…」

小太郎は薄目を開けた。

『クロマルは…どこに』

近くには見当たらない。

《近くには…いない…ね…ぅ…ぐぁぁ…》

『朱丸…大丈夫か』

《…ハアッ…ダメだ…血管を治すのに、残りの妖力を使った…もうほとんど残って…ない》

『…そうか』

そこで意識は途切れた。


目を覚ました小太郎は、牢屋のような場所にいた。

いや、実際に牢屋だった。鉄格子が見える。

床で寝ていた体を起こそうとするが、体が痛みを訴えた。

「痛っ! うぐっ!」

心臓だけじゃなく、足も腕も痛い。骨折しているようだ。

「怪我が治っていない?」

《その怪我を治すと、妖力がゼロになるから、体が命を優先するために、残り少ない妖力を保持してるんだ》

『そうか』

《修行して、妖力のうまい使い方を体が覚えたんだね》

『それでも羽を作る時の妖力の使い方は、まだまだだな。もっとうまくいってれば、今回こんな事にはなってない』

《まあね…ハアッハアッ》

『朱丸…』

《苦しくて…。オイラ、意識なくさないように、頑張ってたんだ》

『ありがとう』

この体では動くこともままならない。どうにか妖力を回復しないと。

『クロマルは』

《いないね。ここには…》

小太郎は途端に不安になった。

『生きてるかな?』

《…わからない》

「…ふっ…ぅ…」

涙が頬を伝った。

《泣くなって》

「…うん…。ところで、ここは?」

《オイラも意識朦朧としてたから、わからない》

「そっか…グスッ…」

一度出始めた涙はなかなか止まらない。

「う…ヒクッ…グスッ」

《小太郎…》

「ごめん…ハアッ…苦し…痛い…ハアッ…ぐっ…ぅ」

《ほら…泣くと余計苦しく…なる…ハアッ…オイラも…苦しいんだから》

「ハアッ…ハアッ…」

そこに足音が聞こえてきた。

「烏天狗。調子はどうかな」

20歳〜︎22歳くらいの小太りの青年がやってきた。

「おまえ…は…」

「ボクはこの家の長男だ」

「オレを…撃ったのは…おまえか?」

「撃ったのはボクじゃないよ。猟師だ。まあ、ボクが命令して撃たせたんだけど」

「クロは…カラスは?」

「ああ、あの大きなカラスね。知らないな。君だけ連れてきたから。たぶんあの森にまだ転がってるんじゃない?」

青年の言葉にキレた小太郎。

「おまえ!」

立ち上がろうとしたが、少し動かしただけで酷い痛みが走った。

「ぐあっ! 痛っ…う…ハアッ…ハアッ」

「あれ? 怪我治ってないの? 妖怪ってすぐ治るもんだと思ったけど…」

「ハアッ…ハアッ…」

再び小太郎は意識を失った。


「お兄さん…」

誰かの声に目を覚ますと、先日助けた男の子、新太郎がいた。

「君は…」

「あの…食事を持ってきました。姉に頼まれて…」

新太郎の持ったお盆には、お粥と漬け物が乗っていた。

「…ありがとう」

鉄格子の一番下に空いた隙間から、お盆を入れる。

両腕が折れていて使えない。そのまま犬のように口をつけた。

「あの…大丈夫ですか?」

「ん? 正直言ってしんどいけど…」

「食べるの手伝います」

新太郎は、匙でお粥を掬うと、一口ずつ、鉄格子の外から小太郎の口に入れた。

あまり食欲がないが、少しでも妖力を回復するためにムリしても食べた。

「あの…お兄さんは何をしたんですか?」

「さあ…よくわからない」

「わからないのに、牢屋に入れられているんですか?」

「…君のお姉さんは、静さんは、ここには来ないの?」

「姉を知ってるんですか?」

「うん」

「姉は坊ちゃまから、地下牢には下りないようにって言われてました。だから、ぼくが代わりに…」

「そう…」

小太郎は考えた。

『ここは先日伺ったお屋敷の地下牢。

この家の長男の指示で、静さんはオレと会わないようにしてる。

たぶん静さんは地下牢にいるのがオレだって知らない。長男はオレを殺したいほど憎んでる』

《うん。とう言う事は?》

小太郎が頭の中で推理し始めたので、朱丸も乗っかる。

『長男と静さんは恋人?』

《小太郎にしてはまともな推理かもね》

「静さんは、坊ちゃんと恋人なの?」

小太郎が新太郎に聞くと、彼は首を横に振った。

「いいえ。ただ、坊ちゃまが姉のことが好きなのは知ってます。でも、姉に聞いたけど、告白はされてないそうです。坊ちゃまは近々親の決めた相手と結婚するそうで…」

「…そっか。オレが静さんの涙舐めてたの見てたんだなきっと。自分は好きな人と一緒になれないのに、オレが先に静さんの頬に口付けたから」

「…え? それをしてたの烏天狗さまじゃ…」

新太郎が驚いて小太郎を見る。

「オレが烏天狗だよ。新太郎くん」

「…すみません。気づきませんでした」

「お面をつけてたからね。仕方ないよ。ん…ご馳走様」

お粥を食べさせ終わり、お盆を持った新太郎は、小太郎を観察した。

「あの…逃げないんですか? 烏天狗さまなら簡単に逃げられるのでは?」

「逃げられるなら逃げているよ。妖力が底をついて、怪我も治せないから…君の血をくれる? 少しでいいから」

「はい…」

新太郎が、地下牢に落ちている木の破片で指を切った。血が滲む。


「何をしている?」


新太郎の腕を誰かが掴んだ。坊ちゃんが立っていた。

「あ、あの…烏天狗さまが妖力を回復するのに血を…」

「余計なことをするな!」

「は、はい…ごめんなさい」

新太郎は萎縮し、階段を上がって行った。


(もう少しだったのに…)

小太郎は、坊ちゃんを睨む。

坊ちゃんの後ろから、小さな妖怪が三匹顔を出した。

雀の妖怪のようだ。

小太郎を見ると、彼らはビクッと震えた。

「その雀たちは?」

小太郎が聞く。

「コイツらは新しい商品だ」

「商品?」

「父様が、海外の闇オークションで妖怪を出品してるんだ」

坊ちゃんは三匹を隣の檻に入れた。小太郎の檻とは土壁で仕切られている。

どうやら、今はその三匹しかいないようだ。


小太郎は、呟く。

「実体化していないのに、檻に入れても意味がないんじゃ? すぐに逃げられるだろ?」

「いや、実体化はしている。この首輪をしているからな」

坊ちゃんは革製の簡素な首輪を見せる。

呪文のような文字が書かれていた。

「それって…」

「昔、桃太郎の一族が権力者に頼まれて作ったらしい。妖怪を実体化させる首輪なんだ。妖怪には外せないようになってる。実体化してなかったら、そもそも売れないだろ?」

「…なんのためにそんなもの、作ったんだ」

「…さあ、戦とかに参加させるためとか?」

小太郎はギリッと歯噛みした。

「この首輪、あるお屋敷の倉からたくさん出てきて、父様が買ったんだ。有意義な使い方だろ?」

小太郎は、目の前の男を殴りたくなった。

動かない体をムリに動かそうとし、痛みに唸る。

坊ちゃんは階段を上がって行った。

「くそ…」

上がった息を整えていると、隣の檻から声が聞こえた。


[あの…あなたは、大烏天狗さまのお弟子さんですよね?]

「あ、ああ」

鬼だとはバレていないようだ。

[烏天狗さまは、なぜここに?]

「油断してな」

[お弟子さんといえど、烏天狗さまを海外に売ろうとするなんて、この土地の人間にとっては神さまみたいな存在なのに]

雀たちは[罰当たり]だと言い合う。

「オレ…売られるの?」

[あの人、高値で売れるって言ってましたよ。常に実体化してるみたいだから、首輪しなくていい。儲けたって言ってましたけど]

「…ああ…オレは、その…元人間だからな。逆に姿隠すのに妖力がいるわけで…」

[なるほど]

「妖力を回復できれば、すぐに逃げられるのに」

小太郎は少し考えて、雀に話しかけた。


「体の一部を貰えないか? 喰べれば回復できるのだが…」

[え? ええと…それって]

雀たちは、ザワザワしだす。

「いや、一部っていっても、抜けた羽根の一枚でも貰えれば…」

[ああ、そういうことですか?]


少しして、小太郎の檻の前に、羽根が一枚飛ばされてきた。

[届きました?]

「ああ…」

手を伸ばして、羽根を取ると口に入れた。

妖力が回復し、怪我が治っていく。

「ハア…」

力を入れて鉄格子を曲げ外に出る。

隣の檻の前に行くと、小さな妖怪が逃げられないように、鉄格子がマスの目になっていた。

大きさで檻を分けているようだ。

鉄格子を壊し、雀たちが外に出た。

階段を上ると、屋根が見えた。小さな小屋になっている。この場所はお屋敷の裏手のようだ。

幸い見張りも居なかったので、裏口からそっと出た。


[ありがとうございました。烏天狗さま]

雀がお礼を言う。

「それはどうしようか」

小太郎は首輪を指差した。

[そうですね…]

小太郎にも外せないので、悩んでいると、バサリと羽の音がした。

見ると、天が降りてくるところだった。


「天!」

[小太郎…無事だったか]

「うん…」

[大烏天狗さま!]

雀たちが興奮したように近づいた。

[ん? おまえたちは?]

[ボク達は、このお屋敷の坊ちゃんに捕まっていたんです。でも、お弟子さまが助けてくれて…]

[そうか…]

雀たちは天のファンのようだ。

「あ、天。この子たちの首輪外せる? 妖怪には外せないようになってるんだ」

天が首輪を指でつかみ、念を送ると首輪は切れた。

[ありがとうございます。さすが、大烏天狗さま]

雀たちは嬉しそうに羽をバタつかせ、夜の空に飛んでいった。


[なんの首輪だったんだ?]

「妖怪を実体化させる首輪だって。海外の闇オークションで妖怪を売っていたらしい」

[…ひどい人間もいるもんだ]


天は呟き、懐から小さな包みを取り出した。

「天…それ…」

小太郎は嫌な予感がした。

包みを開くとクロマルがいた。冷たくなっていた。

「クロ…」

[異界で繋げていたクロマルの目が途絶えた時、気絶しているだけだと思っていた。すぐに落ちた森に行った。その時にはもう息絶えていた]

「そっか」

クロマルの亡き骸を手に乗せたまま、小太郎は震えた。

[小太郎…]

「ごめんな。助けてあげられなくて」

泣き始めた小太郎。天はため息をついた。

[俺はおまえが誰かに撃たれて、森に着いても姿がなくて、誰かに連れ去られたんだと気づいたが、居場所がわからなかった。だから、迎えにくるの遅くなった。すまん]

「うん…」

小太郎はクロマルの亡き骸を抱きしめると、さらに泣いた。

[帰ろう]

天は小太郎を抱っこすると飛び立った。

いつもなら、抱っこなんかしなくていいと恥ずかしがるのに、今日は素直な小太郎に、それだけショックを受けているのだと思った。


祠に着いて、地面にクロマルを置いた小太郎。

[あのな小太郎。クロマルがな、自分の亡き骸はおまえの好きにしていいと言っていたぞ]

小太郎はバッと天を振り返った。

「クロマル死んでるのに、なんで…」

[クロマルの魂と話したんだ]

「魂…どこ? どこにいるの? オレも、会いたい」

[今は会えない]

「なんで? 会えないの? なんで?」

[……]

「亡き骸好きにしていいって。わかんない」

[喰べて妖力の一部にしてほしいけど、無理なら埋めて弔ってくれって]

「喰べ…クロを…オレが…?」

[クロマルはおまえの事が大好きだったんだ。だから…]

「ぅ…ヒグッ…オレ…家族…喰べたくない…明子…喰べた時も…苦しくて…天…知ってるのに…う…ぅぅ」

小太郎はしゃくりあげて泣きだした。

[小太郎。ごめん。ごめんな。クロの遺言だったから…]

「う…ふぇ…ヒクッ…」

天は小太郎を抱きしめた。

天のお腹から、クルゥというクロマルの鳴き声が聞こえた。

「え?」

[あ、気づいたか]

《どういうこと?》

[クロマルからは、びっくりさせたいから黙ってて言われたが、さすがにそんなに泣かれちゃなあ]

《父ちゃん?》

[クロマルの魂は、今は俺の中にいるんだ。輪廻に戻るより、みんなの側にいたいからって]

「どういう…」

[烏天狗として、生まれ変わるんだ]

「《ええ⁉︎》」

小太郎も朱丸もこれには驚いた。

《生まれ変わるって…。まさか、父ちゃんが産むの?》

[ああ…]

「なんでもありだな妖怪…」

[俺の中にいるクロの魂に少しずつ力を混ぜてやって、形ができたら生み出すんだ。人間みたいにお腹痛くして産むわけじゃない。人間界では生み出せないから、少ししたら、異界に戻って生んでくるよ]

「そっか。なんだか弟ができるみたいで楽しみだ」

[あんなに泣いてたのにな]

小太郎は目元を真っ赤にしながら笑った。


クロマルの亡き骸は埋めて、墓を作った。


 天が異界に行き、しばらくすると鏡から戻ってきた。

「おかえり」

《おかえりなさい》

[ただいま]

天の腕の中には小さなおくるみがあった。

そっと覗くと、烏天狗の赤ちゃんが眠っている。

ちょこんとした小さなクチバシがかわいらしい。

「かわいい」

《かわいいね。まさか弟ができるなんてね》

[…妹だ]

「え?」

[女の子なんだよ。クロは…]

小太郎も朱丸も同時に驚いた。

「《ええ〜⁉︎》」

「烏天狗になって性別変わったの?」

[いや、元々メスだったんだ…]

「え、だって名前、クロマルって…」

[あはは…。それが、その、俺がクロをオスだと思い込んでたんだよな。それで黒丸って付けて…]

「…天…」

《父ちゃん…》

二人は呆れたようにため息を吐く。

[カラスって性別わかりにくいんだよ]

「まあ、それは確かに…」

[名前変えるか?]

天の言葉にクロマルがぐずりだした。

クりょ(クロ)はいまのにゃまえ(なまえ)がいいの!]

「しゃべった」

[カラスだった時の記憶もあるからな]

天が呟く。

[ちゃんとしゃべれにゃい(しゃべれない)けど、クリョマリュ(クロマル)ってにゃまえ(なまえ)がいいの]

「そっか。今の名前がいいんだね」

[うん]

小太郎はクロを抱っこした。

[コタロー]

クロは嬉しそうに小さな手を伸ばした。

その手が頬に触れた。

[コタロー、にゃかにゃいで(なかないで)

いつのまにか、涙が出ていた。

「クロが、戻って来てくれて嬉しいんだ」

[うん]

「おかえり…」









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