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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
16/17

節分と鬼とクロマルと 1 ー過去編ー

 季節は巡り、新しい年が明けた。


小太郎は桃李の屋敷から帰ってから、ずっと悩んでいた。


「ねえ天…。オレ…兵士になろうかなって思うんだけど…」

[…! ゲホッ…なんだ急に…]

朝食の最中だったので、天は味噌汁を吹き出した。

「この前桃李に会って来たんだ」

[ああ…]

「オレが罪を償いたいって言ったら、じゃあ戦えない自分の代わりに、国のために戦ってくれって」

[…そうか]

「中国で戦争が始まったみたいだし、まずは兵隊に入って…ええと…」

[はあ…]

天はお椀を置くと、姿勢を正した。

「天?」

[おまえにはムリだ]

「え?」

[やめておけ]

「なんで…」

[人間を殺すんだぞ。おまえにできるのか?]

「……っ」

小太郎は目を見開くと、箸を置いた。

「そう…だね」

[朱丸に言われなかったのか?]

「…朱丸は…その…」

小太郎は言いづらそうに俯く。

[ん?]

《ケンカしてんだよオイラたち。

小太郎が「桃李の代わりに兵士になる」

って言うから、オイラが「そんなの必要ない」って言ったら、「じゃあ他に償う方法があるのか」って言い出して…》

朱丸は思い出しながら言う。

《そもそも、鬼であるオイラたちは人間を殺したって罪にならないんだからさ》

小太郎との言い合いを思い出して、また怒りが湧いたのか、朱丸は声を荒げた。

「うるさい…」

小太郎は頭を押さえる。

《元々鬼としてのオイラと元人間の小太郎じゃ、考え方が違うんだよね。話してるとイライラする》

「うるさい!」

[二人ともやめなさい]

天が静かに言った。

「はい…」

《はーい》


天が食事を再開したので、小太郎も静かに食べ進めた。


次の日、朝から出かけていた小太郎が夕方帰って来た。所々土汚れが付いていた。


[どうしたんだ?その格好は]

「農家に手伝いに行ってたんだ。お礼に野菜もらった」

小太郎が抱えた袋には、大根やカブ、白菜が入っていた。

《お鍋にちょうどいいんじゃない?》

朱丸が嬉々として言う。


[おまえら、仲直りしたのか]

天は二人の様子に苦笑した。

「あー、兵士にならなくても、国のためにできることはあるって、朱丸が…」

《そうそう。困っている人を助けたりね》

「だから、手伝いが必要な人を探してたら、いつのまにか仲直りしてた」

小太郎は、頭をかく。

[そうか…。なら、いい]

天は、野菜を受け取ると、鍋の準備を始めた。


 ある朝。小太郎が起きるとひどく寒かった。

「寒いと思ったら…」

洞窟の入り口から顔を出すと、雪が積もっていた。

[雪か…]

 

「うん」

[この時期は毎年降るな。まあ、山の上だからな。下界の方は降っても積もりにくいが…]


朝食を作っていると、醤油が残り少ないことに気づいた。

「あ、醤油。後で買ってこよう」

小太郎が呟くと、クロマルが飛んできた。

[おしょうゆやサンいくの? クロもいく!]


山を下りる時、いつも走って跳んで木々を伝って行く。

天狗の羽で飛ぶと、妖力を消費するので、少し時間は掛かるが、鬼の跳躍力で移動する方が、小太郎には良かった。


枝から枝に飛び移って行くと、途中で足を踏み外した。

「うわ⁉︎」

《小太郎⁉︎》

「いたた…」

[ダイジョブ?]

地面に落ちたが、大して怪我はしていない。

《珍しいね。小太郎が落ちるなんて》

「…はあ…なんか朝から少し調子が…」

《そうだね。オイラも感じてた。少し苦しいような…》

「昨日妖術の練習したけど、ちゃんと妖力補給しなかったからかな?」

《そうかも…》

[じゃ、クロのハネいちまいあげる]

「ありがと」

小太郎は受け取った羽根を口に咥えた。羽根はキラキラと粒子になっていく。その粒子を飲み込むと息を吐いた。

「はあ…」

《クロマルは父ちゃんの、烏天狗の眷属だから、他のカラスより妖力が強いんだよね》

[うん。コタロー、カイフクした?]

「うん。大丈夫」

山を下り、町に着くと、目的のお醤油屋に向かった。


「お醤油ください」

「はーい」

[ここのおばあちゃん、トリすきなんだ。ハトにいつもマメあげてて、クロもおこぼれもらってる]

「だからついて来たのか」

小太郎は呆れたようにクロマルを見た。

「はい。お醤油ね」

お婆さんから商品を受け取り、料金を支払う。

「ああ、あとこれおまけ…」

お婆さんは小さな紙袋をくれた。

受け取ると、小太郎の手にビリっと痛みが走った。

「痛っ…」

「どうしたの?」

「いいえ。あのコレは…」

「炒り豆よ。明日節分でしょ?」

「節分…」

「鬼を追い出さなきゃね…」

「……」

お婆さんはニコニコ笑った。

[いりまめ? ヤッタ! クロだいすき]

クロマルが喋ると、お婆さんは驚いたのか、口元に手をやる。

「喋るカラスなんて、珍しいわね」

「あ、これありがとうございます。失礼します」

小太郎は、袋を掲げてお礼を言い、その場を後にした。

豆の入った袋をクロマルに持たせて、足早に商店街を抜けた。

「ハアハア…」

[コタロー? どうしたの?]

「…ごめん…ちょっと…座っていい?」

小さな公園に入って、ベンチに座ると息を整えた。

[ダイジョブ?]

「うん。その豆食べていいよ」

[わーい。いただきます。おいしい]

クロマルが豆を食べていると、朱丸が疲れたように言った。

《明日節分だったなんて、すっかり忘れてた。どうりで体の調子が悪いわけだ》

「うん。ただの妖力切れじゃなかったんだ」

[ん? どういうこと?]

《鬼は節分の前後三日間は、巣に篭ってるんだ。力が弱まるから…。今日から少しずつ弱まって、当日は力がほとんどなくなる。三日目はまた、だんだん戻っていく》

[おもいだした。きょねん、コタローすみかのナカデずっとねてたね]

「…ずっと苦しいんだよな。ハア…いやだ」

小太郎は項垂れた。

《…小太郎の場合は、オイラの力で心臓を動かしてるから。オイラの力が弱まるってことは、心臓を動かす力も弱くなっちゃうからね。オイラも毎年苦しくて、もう死んだ方がマシって思っちゃうもん》

クロマルは話を聞きながら、残りわずかとなった豆を見た。

[このまめぜんぶたべていいの?]

「うん。食べちゃってくれる? 持つのもいやだし」

《…オイラたちがその豆食べたら死ぬ》

[え?]

「死ぬっていうのは大袈裟だけど、まあ、すっごくお腹痛くなる」

[…もつのもイヤって…]

「肌に触れるとヤケドするんだ。さっきは袋越しだったけど、それでも痛みが走ったし…」

[でも、ダイズのにものとか、ふつうにたべてたよね?]

《節分のために人間が作ったモノはね、鬼を追い出すって念が篭っているから、ダメなんだよ。オイラたち鬼は、元々神さまだったから、人間の念とか想いっていうのが影響しやすいんだ》

「明日になったら軒先に、イワシの頭を吊るすだろう? 普段はイワシも美味しく食べてるけど、この時期だけは食べたくならない」

[そっか]

クロマルは最後の豆を食べ終えると、小太郎の肩に乗った。

「帰ろうか」

《うん》

公園を出ようとした時、後ろから声をかけられた。


「見つけた。見つけましたぞ」

「え?」

そこには、細身のお爺さんが立っていた。

「喋るカラス…醤油屋の婆さんが言ってたけど、本当に喋っていた」

『話を聞かれてた?』

「そちらのカラス、喋ってましたよね?」

お爺さんは、両手をモミモミさせながら近づく。

「オレたちの話、どこまで聞いてました?」

「話? ああ、カラスが喋ってる事実に夢中で内容までは…」

「そう…」

《オイラたちが鬼だってバレてはなさそうだね》

「そちらのカラス、私に譲っていただけないでしょうか?」

「え?」

「私、見世物小屋をやってましてね。珍しい生き物を集めているんです」

「……」

お爺さんはニヤニヤしながら言う。

「もちろん、お代は支払います。六十円くらいでどうでしょうか?」

(当時の価値で約4万〜5万)

[クロはそんなにやすくないよ!]

「そうです。お断りします。もちろん、どんなにお金を積まれてもお譲りするわけにはいきません」

[コタロー]

クロマルは目をウルウルさせた。

「クロは、父の大事な子なので…」

「お父上の…。では、お父上と交渉をさせていただきたい。会えますかな?」

「ムリです。忙しいので失礼します」

小太郎はその場を去ろうとした。

「この!」

[ギャ!]

お爺さんがクロマルの体を鷲掴んだ。

「な⁉︎」

小太郎が驚くと同時に、お爺さんはクロマルを持ったまま走り出した。

「待て!」


商店街の中を走り、狭い通りに入っていくお爺さん。

「ハアハア…爺さんのくせに、逃げ足速い」

小太郎は速度を上げ、口から蜘蛛の糸を吐き出すと、それをお爺さんの体に巻きつけた。

「ギャ!」

お爺さんは転び、クロマルを手放した。

クロマルは飛んで、小太郎の元に戻る。

「ハア…ハア…っ…う…」

小太郎は胸を押さえて蹲った。

[コタロー、ダイジョブ?]

「だいじょぶ…とりあえず…帰ろう…」

ヨロヨロと歩き、人気のない場所で大きくなったクロマルに乗り、烏天狗の祠に帰っていった。


[そういえば。コタローくものイトなんて、だせたっけ?]

《この前、鬼蜘蛛にヒゲをもらって喰べたんだ。お近づきの印に…って》

「力がだんだん弱まってきてるけど、なんとか出せたから、よかった」


小太郎たちが住処に帰ると、天が待っていた。

[小太郎、大丈夫か?]

「うん。まだ大丈夫だよ」

[節分だなんて忘れていたよ。ああ、また苦しさに耐え続ける小太郎を見るのか]

「天…」


出会いから十数年。一緒に暮らすようになって数年。

まだ明子と一緒に暮らしていた頃は、寝込む小太郎のそばで看病する明子に遠慮していたのか、天はそばにいなかった。

 ここ数年は、苦しむ小太郎の隣でオロオロする天が見られた。

[カラステングさま。クロ、へんなじいさんにつかまった]

元の大きさに戻ったクロマルは、天の肩に止まった。

[ああ、視ていた。気を付けるんだぞ]

[うん]

「天も見世物小屋の爺さんにとっては、珍しい生き物かもね」

小太郎が冗談混じりに言うと、天はジッと小太郎を見つめた。

「なに? 怒ったの? 冗談じゃん…」

[小太郎も気を付けろ。その爺さんの前で妖術使っただろう。小太郎も珍しい術を使う者だと狙われるかもしれんぞ]

「…うん」

真剣な顔つきで話す天に、心配されているんだと思い、背中がくすぐったくなった。


 節分当日。小太郎は夜中から心臓が苦しくて、布団の中で唸っていた。

[大丈夫か。小太郎]

「ハアハア…ぅう…痛っ…ゲホッゲホッ」

天は小太郎の背中をさすった。

「天…寒い…」

《しっかり血が体を巡らないせいで、寒気が強いんだよね》

[火鉢にいつもより多めに炭を入れてるし、湯たんぽも何個か布団に入れてるんだが…]

《洞窟だから、扉がないしね…》

[ちゃんとした家を借りた方が良いんだろうが、収入が不安定だしな]

天は小太郎の布団に入って、体を羽で包んでやった。

「ハアハア…」

[…辛いな…]

天は、そう言いながら、自分の方が辛そうに、眉をしかめた。


 夜が明けて、天は布団から抜け出すと、朝食の準備を始めた。


苦しんでいる中、食欲などないが、少しでも食べれる物をと、天が毎年作っているのは、卵を混ぜたお粥。それも米をだいぶ潰して食べやすくしたものだ。


[小太郎、お粥できたぞ]

「ありがと」

[食べられるか?]

「今は少し、治まってるから…」

基本一日中苦しいのだが、少し治まる時もあった。

お粥を何口か食べると、また布団に蹲った。

[また苦しくなったのか]

「うん…」

苦しそうな呼吸を繰り返す小太郎に、天はつぶやいた。

[毎年、こんなに辛そうなのに、なにか苦しみを取り除く方法はないのか。本当に見ていて辛くなる]

「天…見てるの辛いなら、放っておいてもいいよ。…ぅ…痛…ハアハア…我慢してるしかないんだし…」

[それはいやだ]

天の言葉に小太郎は苦笑した。

「そっか…ぅあ…ぐぅぅ」

天は小太郎の背中をさすった。


 「て…ん…て…ヒュ…」

《父ちゃん》

[ん…どうした?]

ウトウトしていた天は、小太郎の声と朱丸の声に、目を覚ました。小太郎は眠っていたはずだったが。

「ヒュ…息が…できな…」

[小太郎⁉︎]

小太郎の顔色に天の眠気が吹き飛んだ。

顔色は青白く、ガタガタ震えている。

カクンと意識を失った。

[小太郎⁉︎]

《父ちゃん…オイラ…意識が…》

[ええ⁉︎ ど…どど…どうしたら…人間の医者でいいのか⁉︎]

《うん…今は…人間に近い…から…》

天は小太郎の体を抱いて、町に飛んだ。

太陽は高く昇っていた。ちょうど昼頃のようだ。


 小太郎が目を覚ますと、知らないベッドに寝ていた。

口元は何かに覆われているし、腕には管が刺さってい

た。

窓の外は夕焼けに染まっていた。

「ん…んん」

横を見ると天が椅子に座ってうたた寝している。

人間の顔には変化しているが、着物はいつも着てる法衣だった。着物を変化させる余裕がないほど焦っていたのだろう。

《父ちゃん》

小太郎の代わりに朱丸が話しかけた。

[ん? あ…目が覚めたのか?]

「ん…」

口元を覆っている物を取ろうとすると、天が外してくれた。

「それ…なに?」

《酸素マスクだって。息がうまくできない人がつけるらしいよ。お医者さまが説明してた》

「そっか…もう少しつけとく」

天はマスクを付け直すと、医者を呼びに出ていった。


天が医者と戻ってきた。

「意識が戻って良かったです。運ばれてきた時、脈が弱くなっていて、危なかったんです。呼吸も止まりそうで。酸素マスクして強心剤を打ちました」

医者の説明に小太郎は瞬きをした。

「オレ…死にそうだったの?」

[ああ…本当に死ぬかと思っ…]

天は涙目になって、口元を押さえた。

「泣かないでよ」

[すまん]

「お父様。ずっとお祈りされてましたよ」

医者が言い、小太郎は驚いて天を見た。

「明日大丈夫そうなら退院してもいいですよ」

そう言って、医者は出て行った。


「天…お祈りって、何に祈ってたの? 神様?」

《父ちゃん自身が神様みたいなものなのに…》

[あー鬼神かな…。鬼は他の神に嫌われてるからな…]

「そっか」

小太郎は鬼神さまに会った時のことを思い出した。

「ところでこれはなに? この管って抜いていいの?」

腕に刺さった管を引っ張る小太郎。

《抜いちゃダメだよ。心臓の薬を入れてるんだから。少しずつ体に入れてくんだって。点滴って言ってたよ》

「そうなんだ」

[医学は少しずつ進歩してるんだな]

天が頷く。

《父ちゃんだって、お医者さまの話聞いてたでしょ?》

[すまん。難しくて理解ができなかった]

《しょうがないな…》


「それにしても、鬼の力が弱まって、人間の薬が効くなんて…。やっぱりオレが元人間だからかな」

小太郎が、薬が効かなければ死んでいたかもと呟く。


《…鬼の力がほとんどなくなって、人間の体に近い状態になったから、死にかけたとも言えるよ》

「今まで、こんな死にかけるようなことなかったのに」

[昨日、力弱り始めてるのに、術使ったりしたからじゃないか? 今まではムリしなかったんだろ?]

《そういえば、そうかも》

「ハア…ハア…」

[小太郎?]

「…くるし…」

《あー、もう喋らない方がいいよ》

意識を取り戻したばかりだ。声を出すことだけでも体力を削る。


[小太郎の体は今、心臓の弱った人間と同じ状態なんだろ? ムリしたら死ぬぞ。明日も大人しくしておけ]

小太郎は頷くと、また眠った。


 翌朝。退院していいことになり、病院を後にした。

小太郎は寝巻きの浴衣のまま病院に運ばれて来たので寒い。早朝に天が祠から羽織を持って来ていた。

「病院のお金払えなかったから、後で支払いに行かなきゃね」

担保として小太郎の結婚指輪を預けた。

[けっこう治療費高かったな]

「頑張って稼ぐよ」

[とりあえず今日はムリせずにさっさと帰ろう]

心配していたクロマルが、迎えにきた。

[クロはびょういんのナカ、はいれなかったからシンパイだった]

「うん。ごめんね」

クロマルが小太郎の肩に乗った。

[クロにのっていく?]

「うん」

人がいない場所じゃないとクロマルが大きくなれないので、林の方に歩いて行く。


 その時後ろから、人影が近づいた。

天が気配に気づき、小太郎の体を抱き寄せる。

「わ! 何?」

虫取り網を持ったお爺さんがいた。彼は前に会った見世物小屋の店主だ。

「あんたこの前の」

咄嗟に逃げようとしたクロマルが、運悪く網に引っかかってしまう。

「つ、捕まえた」

[はなせ!]

お爺さんは、クロマルを捕まえたまま走り去った。

[クロ!]

天が追いかけようとした時だ。

「…っ…う」

小太郎は胸を押さえ、蹲った。

[小太郎⁉︎]

「ごめ…ちょっと…驚いた…だけ…なのに…」

[……]

「天…オレは大丈夫…だから…クロを…」

[クロマルとは繋がってるから、居場所はわかる。大丈夫だ。小太郎、薬を飲もう。医者から貰っただろう?]

「うん」

[今、水をもらってくるから、ここで待ってなさい]

彼は近くの店に走っていった。

「ハアハア…くそ…」

《もう少しで力も戻ると思うんだけど》


天が水の入ったお椀を持ってきた。

医者から貰った粉薬を飲む。

「はあ…」

[大丈夫か?]

「うん…クロは?」

[…クロマルは今、暗い箱にでも入ってるのか、何も見えないな]

「そう…。さっきのお爺さん、見世物小屋の人だよ。だからきっと、見世物小屋にクロを連れて行ったんだ」

[そうか。この近くにあるのか?]

「田幡神社で豆まき祭りやってて、たぶんそこに」

[じゃあ、行ってみよう。小太郎は動けそうか?]

「うん…」

歩き出した天。

小太郎がついてこないので振り向くと、数歩進んで、息切れを起こしていた。

[小太郎]

「あ…ごめん…」

天は小太郎を横抱きにすると、飛び上がった。

[歩けないなら、ちゃんと言え]

「オレの事、置いて行ってもいいのに。今の体じゃ、クロを助ける事もできないし」

[一人にしておくの心配なんだよ。また発作が起こるかもしれないだろ]

「うん…」

鬼の力が戻ってない今の自分は、重い心臓病を患っている人間と変わりない。

 今日は三日目で、力が徐々に回復していくはずだが、今回は少し症状が重かった。


 神社には、出店がいくつか出ていて、その中に小屋があった。

豆まきのイベント自体は昨日終わっているようだが、他にもイベントがあるようで、出店は今日まで出るようだ。

「昨日の豆まきで地面に豆落ちてるし、オレ、これ以上進めない」

ちょうど出店が集中している辺りから、豆が落ちていた。

[小太郎はここで待っておけ]

神社の入り口近くの縁石に座る。

天は見世物小屋の方に歩いて行った。


天が見世物小屋にくると、中年の男が宣伝をしていた。

「今日は喋るカラスがいますよ。かわいいカラスですよ。歌も歌いますよ」

天は苦笑しながら、中に入った。

中には小さな舞台があり、前には観客が何人かいた。そこに檻に入れられたクロマルが、なにやら喋っていた。

[カー。いらっしゃい。こんにちは]

「おお、本当に喋った」

観客は、感嘆の声を上げる。

「歌も歌うんだろ?何か歌えよ」

[はいはい。カーラース、なぜなくの〜]

微妙に音程のズレた歌を披露する。

[プクク…]

天は我慢できず吹き出した。

[あ、カラステングさま!]

クロマルは主人を見つけ檻の中、嬉しそうに羽ばたいた。

[たすけにキテくれたの?]

[ああ]

他の観客が二人のやり取りに首を傾げる中、クロマルの入った檻は、お爺さんに運ばれて舞台袖に置かれた。

「お次の演目は、火吹き男です」

お爺さんが言うと、若い男が舞台の上に出た。油を口に含むと、マッチにつけた火に吹きかけ、口から火を吹いたように見せた。


 男が舞台袖に移動する。その時、手に持っていた油が観客のすぐ目の前に溢れた。

「おい。危ねえな」

観客の一人が声を上げた。

そこに落ちていたタバコの吸いがらから火が上がった。

完全に火が消えてなかったようだ。

火は舞台を覆った布に引火し、勢いを増す。

観客はパニックになり、外へ逃げ出した。

舞台袖にいた演者も、外に出た。

お爺さんも逃げ、クロマルは体を大きくして、檻を壊した。

[ケホッケホッ]

元の大きさに戻り、咳き込みながら天の肩に止まる。

[大丈夫か?]

クロマルは煙を吸い込んだようで、苦しそうだ。

ポテッと肩から落ち、天は受け止めた。

[クロ!]

気を失ってしまっている。


外に出ると、小太郎がいた。

小屋から逃げ出した時、怪我を負ったお婆さんに、治癒を施していた。

「まあ、痛みが引いたわ。不思議な力を使うのね。あなた」

お婆さんは、お礼を言った。

[力戻ってきたのか?]

天が近づく。

「はあ…天…少しずつ…だけど」

少し苦しそうな小太郎。

[入って来て大丈夫なのか?]

《うん。まあ、豆を踏まないように気を付けて来たけど》

「小屋から煙が上がったから、心配で。クロは?」

[煙を吸ったのか。失神してしまってな]

小太郎はクロマルにも治癒を施す。

[う…ん]

クロマルが目を覚ました。

[あ…コタロー]

「大丈夫?」

[こや…もえちゃうね。あ…みんなにげたのかな?]

クロマルは、ハッと思い出し、慌て始めた。

[ぶたいのウラに、ほかのえんじゃさんもいたけど、にげられたかな? あしのわるいひともおおいし、トカゲやヘビもいたんだ]

[みんなちゃんと逃げられたのか?]

天がそばにいた、見世物小屋のお爺さんに聞いた。

「え? さ、さあ…」

お爺さんは慌てたように言う。

「オレ見てくる」

[頼む小太郎。俺は雨を降らせて火を消す]

[クロもいくよ]

飛ぼうとしたクロマルだが、まだ調子が悪いようで、落ちそうになった。

「クロはまだ休んでて」

[うん]

天は、水の塊を出し、小太郎にぶつけた。

小太郎の周りを水が覆っている。だが呼吸は普通に出来た。

[これで火から守られる]

「うん」


小太郎が小屋の中を進むと、舞台の奥が布で仕切られていて、布の向こう側に狭い空間があった。小さな檻にはトカゲとヘビが入っていて、煙を吸ったのか意識がなかった。

他には、女性が二人と男性が一人いて、男性は両足がなかった。女性二人も足に障害があった。皆、体勢をなるべく低くして、煙を吸わないようにしていた。

「大丈夫ですか?」

「みんな足が悪くて動けなかったんだ」

男性がホッとしたように言う。

《火が強くなってきた。一人ずつ運ぶ時間はないよ》

「じゃあ、天狗の妖術、風でみんなを浮かせて…。できるかな?」

小太郎が、烏の羽を生やし、錫杖で空間に円を描いた。そこから風が発生し、クルクルと回り始める。

風を操り、三人とトカゲたちの檻を浮かせる。

「くっ! 苦しい。力がまだ完全に戻ってないから…」

《小太郎、頑張れ》

崩れかけた小屋の天井に穴を空け、皆を浮かせながら脱出した。

ゆっくり地面に降ろすと、同時に錫杖も羽も消えた。

「ハアッハアッ…」

雨が降っていて、小屋の火は徐々に消えていく。

「助かった。ありがとう」

演者の皆はお礼を言う。

「ハアッ…う…ぐっ…」

小太郎は胸を押さえ、蹲る。

《ハアッハアッ…苦しい。だいぶ…ムリ…した》

「痛っ! うぅ…くるし…ハアッハアッ…っあああ‼︎」

叫び声を上げて、倒れてしまった。

「小太郎⁉︎」

気づいた天が、抱き上げた。

「小太郎! しっかり」

小太郎の肩に止まったクロマルが、彼の様子にハッとした。

[カラステングさま、コタローいきしてない]

[え…⁉︎]

天も呼吸を確認し、息をしていないと気づく。

彼を失う恐怖から、体が震えた。

[小太郎…人工呼吸…]

天は小太郎の口に自分の口を付ける。

しかし、唇が震えて、うまくいかない。

[カラステングさま。しっかり!]

[あ…]

「失礼…」

そこに青年が現れた。彼は片腕がなかった。

彼は小太郎の胸に耳をつけた。

「天狗の心臓は人間と同じか?」

[え…あ、ああ]

突然質問され固まる天。

青年は小太郎の浴衣の前を開く。

「心臓マッサージを」

青年に指示され、ハッとした天は、胸の真ん中に手を置くと、心臓マッサージを始めた。

以前小太郎が池で溺れた時、同じ事をやったと思い出す。人工呼吸も施し、しばらく続ける。

「う…ケホッケホッ」

やがて小太郎が息を吹き返した。

[小太郎]

「…う」

[よかった]

小太郎を抱きしめる天は震えていた。

自分は死にかけたのかと気づく。

とても心配をかけたのだと思い、小太郎は、天の胸に顔をうずめた。

「て…ん…父さん…」

ポツリと言った。

天は、ハッとして、そっと小太郎を見る。

彼の耳が赤くなっていて、まだ照れがあるんだなと天は微笑んだ。

[ありがとう]

天は青年にお礼を言う。

「いいえ。あの、彼は…」

青年が何か言おうとした時、消防団が到着した。

しかしすでに火が消えているので、皆ホッとしていた。

小屋はすでにボロボロだが、元々お祭りが終わったら解体するものだ。

「他の屋台に燃え移る前に火が消えてよかったよ」

消防団員が呟く。

見世物小屋の主人のお爺さんだけは、頭を抱えていた。


お爺さんは、自分だけさっさと逃げたことを、演者たちから非難されていた。

「あの子が助けてくれなかったら、どうなっていたか」

演者の女性が小太郎を指差した。

消防団員は、それを聞き、未だ天に抱っこされたままの小太郎の元に来ると、「協力ありがとう」とお辞儀した。

「クシュン!」

小太郎は、返事の代わりにくしゃみをすると震え出した。

[小太郎、早く帰って暖かくしないと…って

小太郎?]

小太郎が、再度意識を失ってしまい、慌てる天。

[おにいさん。なにかいいかけてたよね?]

クロマルが青年に問うと、彼は小太郎を見た。

「いいや。早く彼を暖めてあげて」

青年は、自分の財布から名刺を出すと、クロマルのくちばしにくわえさせた。

「後で彼にこれを」

ペコリとお辞儀して去っていく。

[にゃんだりょう]

クロマルが器用に喋り、名刺を天に渡す。

そこには

【陸軍士官学校 教官 中野正吉】

と書いてあった。

[せんせいだったの? あのひと]

[なぜ小太郎にこれを…]

[さあ…]


天は小太郎を抱えて、帰って行った。


すっかり鬼の力が戻った小太郎は、いつも通り妖術の練習をしたりしていた。


クロマルが散歩から帰って来た。

くちばしに手紙をくわえている。

[なんだ? その手紙]

天が手に取った。

[コタローにだって]

「オレに?」

手紙の差し出し人には、中野正吉と書いてあった。

「中野正吉さんって、この前オレを助けてくれた人だよね」

[うん]

内容を読んで見る。

【前略 先日は火事での活躍お疲れ様でした。その後、体の調子はいかがですか。

 今回筆を取りましたのは、先日のあなたの行いに感銘を受けたからです。

 私はあなたが、怪我をしたお婆様に治療を施すのを見ておりました。

お婆様の怪我に手を当てると、じんわりと光が溢れ、歩くのも辛そうだった彼女が元気に歩き出すのを見て、あなたが人間ではないのだと思いました。

 あなたのお父様が雨雲を呼び、その後、あなたは不思議な力で人々を助けていました。背中に生えた羽を見て、あなた方の正体は天狗なのだと思いました。

 ここからが本題なのですが、私はあなたの力は国のために役立つと思うのです。

ぜひとも軍に入ってはいただけないでしょうか。

今のところ、徴兵は人間だけに課せられていますが、私は妖怪でもやる気があれば、兵士になっても良いのではと思っております。

 あなたの治癒の力があれば、怪我をした兵士もすぐ治療できますし、即戦力になるでしょう。

 もし興味がありましたら、私の所までおいでください。                    草々

 陸軍士官学校 教官 中野正吉】

二枚目には陸軍士官学校の住所と地図が書いてあった。


手紙を読み終えた小太郎は、難しい顔をして考え込んでいた。

「オレの力が役立つなら、オレ…行ってみようかな」

《はあ⁉︎ だから、罪を償うとかもう考えなくて良いんだって。村で畑仕事の手伝いでもやってりゃいいじゃん。そういう話に落ち着いたでしょ?》

朱丸が声を荒げた。

「…でも」

[まあ、軍には兵士以外にも様々な役割があるが、傷ついた兵士を助ける衛生班とか。小太郎の治癒能力は、確かに役立ちそうだ]

天は頷く。

《父ちゃん…》

朱丸は、てっきり反対すると思った父が肯定したので、肩を落とす。

「オレ、行くよ」

[あのさ。アカマルのいけんもきかないとダメだとおもう。だって、コタローのナカにいるんだから]

クロマルが言い、朱丸は「良く言った」と膝を打つ。

《オイラは反対だよ。治癒を使うと妖力を消耗するじゃん。その妖力はどう補給するの?》

「それは、人間の血をもらえば」

《まあ怪我するって事は血を流してるだろうけど》

「大丈夫だろ?」

《でもね。一気にたくさんの人を治したりしたことなんてないでしょ? 小太郎は亡くなった兵士を喰べられるの? 妖力を多く補給するのに、きっと喰べる事になる》

「それは…」

朱丸の指摘に言い淀む。

[まあ、焦って決めなくていい。よく考えてみるんだな]

天の言葉に頷いた。



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