節分と鬼とクロマルと 1 ー過去編ー
季節は巡り、新しい年が明けた。
小太郎は桃李の屋敷から帰ってから、ずっと悩んでいた。
「ねえ天…。オレ…兵士になろうかなって思うんだけど…」
[…! ゲホッ…なんだ急に…]
朝食の最中だったので、天は味噌汁を吹き出した。
「この前桃李に会って来たんだ」
[ああ…]
「オレが罪を償いたいって言ったら、じゃあ戦えない自分の代わりに、国のために戦ってくれって」
[…そうか]
「中国で戦争が始まったみたいだし、まずは兵隊に入って…ええと…」
[はあ…]
天はお椀を置くと、姿勢を正した。
「天?」
[おまえにはムリだ]
「え?」
[やめておけ]
「なんで…」
[人間を殺すんだぞ。おまえにできるのか?]
「……っ」
小太郎は目を見開くと、箸を置いた。
「そう…だね」
[朱丸に言われなかったのか?]
「…朱丸は…その…」
小太郎は言いづらそうに俯く。
[ん?]
《ケンカしてんだよオイラたち。
小太郎が「桃李の代わりに兵士になる」
って言うから、オイラが「そんなの必要ない」って言ったら、「じゃあ他に償う方法があるのか」って言い出して…》
朱丸は思い出しながら言う。
《そもそも、鬼であるオイラたちは人間を殺したって罪にならないんだからさ》
小太郎との言い合いを思い出して、また怒りが湧いたのか、朱丸は声を荒げた。
「うるさい…」
小太郎は頭を押さえる。
《元々鬼としてのオイラと元人間の小太郎じゃ、考え方が違うんだよね。話してるとイライラする》
「うるさい!」
[二人ともやめなさい]
天が静かに言った。
「はい…」
《はーい》
天が食事を再開したので、小太郎も静かに食べ進めた。
次の日、朝から出かけていた小太郎が夕方帰って来た。所々土汚れが付いていた。
[どうしたんだ?その格好は]
「農家に手伝いに行ってたんだ。お礼に野菜もらった」
小太郎が抱えた袋には、大根やカブ、白菜が入っていた。
《お鍋にちょうどいいんじゃない?》
朱丸が嬉々として言う。
[おまえら、仲直りしたのか]
天は二人の様子に苦笑した。
「あー、兵士にならなくても、国のためにできることはあるって、朱丸が…」
《そうそう。困っている人を助けたりね》
「だから、手伝いが必要な人を探してたら、いつのまにか仲直りしてた」
小太郎は、頭をかく。
[そうか…。なら、いい]
天は、野菜を受け取ると、鍋の準備を始めた。
ある朝。小太郎が起きるとひどく寒かった。
「寒いと思ったら…」
洞窟の入り口から顔を出すと、雪が積もっていた。
[雪か…]
「うん」
[この時期は毎年降るな。まあ、山の上だからな。下界の方は降っても積もりにくいが…]
朝食を作っていると、醤油が残り少ないことに気づいた。
「あ、醤油。後で買ってこよう」
小太郎が呟くと、クロマルが飛んできた。
[おしょうゆやサンいくの? クロもいく!]
山を下りる時、いつも走って跳んで木々を伝って行く。
天狗の羽で飛ぶと、妖力を消費するので、少し時間は掛かるが、鬼の跳躍力で移動する方が、小太郎には良かった。
枝から枝に飛び移って行くと、途中で足を踏み外した。
「うわ⁉︎」
《小太郎⁉︎》
「いたた…」
[ダイジョブ?]
地面に落ちたが、大して怪我はしていない。
《珍しいね。小太郎が落ちるなんて》
「…はあ…なんか朝から少し調子が…」
《そうだね。オイラも感じてた。少し苦しいような…》
「昨日妖術の練習したけど、ちゃんと妖力補給しなかったからかな?」
《そうかも…》
[じゃ、クロのハネいちまいあげる]
「ありがと」
小太郎は受け取った羽根を口に咥えた。羽根はキラキラと粒子になっていく。その粒子を飲み込むと息を吐いた。
「はあ…」
《クロマルは父ちゃんの、烏天狗の眷属だから、他のカラスより妖力が強いんだよね》
[うん。コタロー、カイフクした?]
「うん。大丈夫」
山を下り、町に着くと、目的のお醤油屋に向かった。
「お醤油ください」
「はーい」
[ここのおばあちゃん、トリすきなんだ。ハトにいつもマメあげてて、クロもおこぼれもらってる]
「だからついて来たのか」
小太郎は呆れたようにクロマルを見た。
「はい。お醤油ね」
お婆さんから商品を受け取り、料金を支払う。
「ああ、あとこれおまけ…」
お婆さんは小さな紙袋をくれた。
受け取ると、小太郎の手にビリっと痛みが走った。
「痛っ…」
「どうしたの?」
「いいえ。あのコレは…」
「炒り豆よ。明日節分でしょ?」
「節分…」
「鬼を追い出さなきゃね…」
「……」
お婆さんはニコニコ笑った。
[いりまめ? ヤッタ! クロだいすき]
クロマルが喋ると、お婆さんは驚いたのか、口元に手をやる。
「喋るカラスなんて、珍しいわね」
「あ、これありがとうございます。失礼します」
小太郎は、袋を掲げてお礼を言い、その場を後にした。
豆の入った袋をクロマルに持たせて、足早に商店街を抜けた。
「ハアハア…」
[コタロー? どうしたの?]
「…ごめん…ちょっと…座っていい?」
小さな公園に入って、ベンチに座ると息を整えた。
[ダイジョブ?]
「うん。その豆食べていいよ」
[わーい。いただきます。おいしい]
クロマルが豆を食べていると、朱丸が疲れたように言った。
《明日節分だったなんて、すっかり忘れてた。どうりで体の調子が悪いわけだ》
「うん。ただの妖力切れじゃなかったんだ」
[ん? どういうこと?]
《鬼は節分の前後三日間は、巣に篭ってるんだ。力が弱まるから…。今日から少しずつ弱まって、当日は力がほとんどなくなる。三日目はまた、だんだん戻っていく》
[おもいだした。きょねん、コタローすみかのナカデずっとねてたね]
「…ずっと苦しいんだよな。ハア…いやだ」
小太郎は項垂れた。
《…小太郎の場合は、オイラの力で心臓を動かしてるから。オイラの力が弱まるってことは、心臓を動かす力も弱くなっちゃうからね。オイラも毎年苦しくて、もう死んだ方がマシって思っちゃうもん》
クロマルは話を聞きながら、残りわずかとなった豆を見た。
[このまめぜんぶたべていいの?]
「うん。食べちゃってくれる? 持つのもいやだし」
《…オイラたちがその豆食べたら死ぬ》
[え?]
「死ぬっていうのは大袈裟だけど、まあ、すっごくお腹痛くなる」
[…もつのもイヤって…]
「肌に触れるとヤケドするんだ。さっきは袋越しだったけど、それでも痛みが走ったし…」
[でも、ダイズのにものとか、ふつうにたべてたよね?]
《節分のために人間が作ったモノはね、鬼を追い出すって念が篭っているから、ダメなんだよ。オイラたち鬼は、元々神さまだったから、人間の念とか想いっていうのが影響しやすいんだ》
「明日になったら軒先に、イワシの頭を吊るすだろう? 普段はイワシも美味しく食べてるけど、この時期だけは食べたくならない」
[そっか]
クロマルは最後の豆を食べ終えると、小太郎の肩に乗った。
「帰ろうか」
《うん》
公園を出ようとした時、後ろから声をかけられた。
「見つけた。見つけましたぞ」
「え?」
そこには、細身のお爺さんが立っていた。
「喋るカラス…醤油屋の婆さんが言ってたけど、本当に喋っていた」
『話を聞かれてた?』
「そちらのカラス、喋ってましたよね?」
お爺さんは、両手をモミモミさせながら近づく。
「オレたちの話、どこまで聞いてました?」
「話? ああ、カラスが喋ってる事実に夢中で内容までは…」
「そう…」
《オイラたちが鬼だってバレてはなさそうだね》
「そちらのカラス、私に譲っていただけないでしょうか?」
「え?」
「私、見世物小屋をやってましてね。珍しい生き物を集めているんです」
「……」
お爺さんはニヤニヤしながら言う。
「もちろん、お代は支払います。六十円くらいでどうでしょうか?」
(当時の価値で約4万〜5万)
[クロはそんなにやすくないよ!]
「そうです。お断りします。もちろん、どんなにお金を積まれてもお譲りするわけにはいきません」
[コタロー]
クロマルは目をウルウルさせた。
「クロは、父の大事な子なので…」
「お父上の…。では、お父上と交渉をさせていただきたい。会えますかな?」
「ムリです。忙しいので失礼します」
小太郎はその場を去ろうとした。
「この!」
[ギャ!]
お爺さんがクロマルの体を鷲掴んだ。
「な⁉︎」
小太郎が驚くと同時に、お爺さんはクロマルを持ったまま走り出した。
「待て!」
商店街の中を走り、狭い通りに入っていくお爺さん。
「ハアハア…爺さんのくせに、逃げ足速い」
小太郎は速度を上げ、口から蜘蛛の糸を吐き出すと、それをお爺さんの体に巻きつけた。
「ギャ!」
お爺さんは転び、クロマルを手放した。
クロマルは飛んで、小太郎の元に戻る。
「ハア…ハア…っ…う…」
小太郎は胸を押さえて蹲った。
[コタロー、ダイジョブ?]
「だいじょぶ…とりあえず…帰ろう…」
ヨロヨロと歩き、人気のない場所で大きくなったクロマルに乗り、烏天狗の祠に帰っていった。
[そういえば。コタローくものイトなんて、だせたっけ?]
《この前、鬼蜘蛛にヒゲをもらって喰べたんだ。お近づきの印に…って》
「力がだんだん弱まってきてるけど、なんとか出せたから、よかった」
小太郎たちが住処に帰ると、天が待っていた。
[小太郎、大丈夫か?]
「うん。まだ大丈夫だよ」
[節分だなんて忘れていたよ。ああ、また苦しさに耐え続ける小太郎を見るのか]
「天…」
出会いから十数年。一緒に暮らすようになって数年。
まだ明子と一緒に暮らしていた頃は、寝込む小太郎のそばで看病する明子に遠慮していたのか、天はそばにいなかった。
ここ数年は、苦しむ小太郎の隣でオロオロする天が見られた。
[カラステングさま。クロ、へんなじいさんにつかまった]
元の大きさに戻ったクロマルは、天の肩に止まった。
[ああ、視ていた。気を付けるんだぞ]
[うん]
「天も見世物小屋の爺さんにとっては、珍しい生き物かもね」
小太郎が冗談混じりに言うと、天はジッと小太郎を見つめた。
「なに? 怒ったの? 冗談じゃん…」
[小太郎も気を付けろ。その爺さんの前で妖術使っただろう。小太郎も珍しい術を使う者だと狙われるかもしれんぞ]
「…うん」
真剣な顔つきで話す天に、心配されているんだと思い、背中がくすぐったくなった。
節分当日。小太郎は夜中から心臓が苦しくて、布団の中で唸っていた。
[大丈夫か。小太郎]
「ハアハア…ぅう…痛っ…ゲホッゲホッ」
天は小太郎の背中をさすった。
「天…寒い…」
《しっかり血が体を巡らないせいで、寒気が強いんだよね》
[火鉢にいつもより多めに炭を入れてるし、湯たんぽも何個か布団に入れてるんだが…]
《洞窟だから、扉がないしね…》
[ちゃんとした家を借りた方が良いんだろうが、収入が不安定だしな]
天は小太郎の布団に入って、体を羽で包んでやった。
「ハアハア…」
[…辛いな…]
天は、そう言いながら、自分の方が辛そうに、眉をしかめた。
夜が明けて、天は布団から抜け出すと、朝食の準備を始めた。
苦しんでいる中、食欲などないが、少しでも食べれる物をと、天が毎年作っているのは、卵を混ぜたお粥。それも米をだいぶ潰して食べやすくしたものだ。
[小太郎、お粥できたぞ]
「ありがと」
[食べられるか?]
「今は少し、治まってるから…」
基本一日中苦しいのだが、少し治まる時もあった。
お粥を何口か食べると、また布団に蹲った。
[また苦しくなったのか]
「うん…」
苦しそうな呼吸を繰り返す小太郎に、天はつぶやいた。
[毎年、こんなに辛そうなのに、なにか苦しみを取り除く方法はないのか。本当に見ていて辛くなる]
「天…見てるの辛いなら、放っておいてもいいよ。…ぅ…痛…ハアハア…我慢してるしかないんだし…」
[それはいやだ]
天の言葉に小太郎は苦笑した。
「そっか…ぅあ…ぐぅぅ」
天は小太郎の背中をさすった。
「て…ん…て…ヒュ…」
《父ちゃん》
[ん…どうした?]
ウトウトしていた天は、小太郎の声と朱丸の声に、目を覚ました。小太郎は眠っていたはずだったが。
「ヒュ…息が…できな…」
[小太郎⁉︎]
小太郎の顔色に天の眠気が吹き飛んだ。
顔色は青白く、ガタガタ震えている。
カクンと意識を失った。
[小太郎⁉︎]
《父ちゃん…オイラ…意識が…》
[ええ⁉︎ ど…どど…どうしたら…人間の医者でいいのか⁉︎]
《うん…今は…人間に近い…から…》
天は小太郎の体を抱いて、町に飛んだ。
太陽は高く昇っていた。ちょうど昼頃のようだ。
小太郎が目を覚ますと、知らないベッドに寝ていた。
口元は何かに覆われているし、腕には管が刺さってい
た。
窓の外は夕焼けに染まっていた。
「ん…んん」
横を見ると天が椅子に座ってうたた寝している。
人間の顔には変化しているが、着物はいつも着てる法衣だった。着物を変化させる余裕がないほど焦っていたのだろう。
《父ちゃん》
小太郎の代わりに朱丸が話しかけた。
[ん? あ…目が覚めたのか?]
「ん…」
口元を覆っている物を取ろうとすると、天が外してくれた。
「それ…なに?」
《酸素マスクだって。息がうまくできない人がつけるらしいよ。お医者さまが説明してた》
「そっか…もう少しつけとく」
天はマスクを付け直すと、医者を呼びに出ていった。
天が医者と戻ってきた。
「意識が戻って良かったです。運ばれてきた時、脈が弱くなっていて、危なかったんです。呼吸も止まりそうで。酸素マスクして強心剤を打ちました」
医者の説明に小太郎は瞬きをした。
「オレ…死にそうだったの?」
[ああ…本当に死ぬかと思っ…]
天は涙目になって、口元を押さえた。
「泣かないでよ」
[すまん]
「お父様。ずっとお祈りされてましたよ」
医者が言い、小太郎は驚いて天を見た。
「明日大丈夫そうなら退院してもいいですよ」
そう言って、医者は出て行った。
「天…お祈りって、何に祈ってたの? 神様?」
《父ちゃん自身が神様みたいなものなのに…》
[あー鬼神かな…。鬼は他の神に嫌われてるからな…]
「そっか」
小太郎は鬼神さまに会った時のことを思い出した。
「ところでこれはなに? この管って抜いていいの?」
腕に刺さった管を引っ張る小太郎。
《抜いちゃダメだよ。心臓の薬を入れてるんだから。少しずつ体に入れてくんだって。点滴って言ってたよ》
「そうなんだ」
[医学は少しずつ進歩してるんだな]
天が頷く。
《父ちゃんだって、お医者さまの話聞いてたでしょ?》
[すまん。難しくて理解ができなかった]
《しょうがないな…》
「それにしても、鬼の力が弱まって、人間の薬が効くなんて…。やっぱりオレが元人間だからかな」
小太郎が、薬が効かなければ死んでいたかもと呟く。
《…鬼の力がほとんどなくなって、人間の体に近い状態になったから、死にかけたとも言えるよ》
「今まで、こんな死にかけるようなことなかったのに」
[昨日、力弱り始めてるのに、術使ったりしたからじゃないか? 今まではムリしなかったんだろ?]
《そういえば、そうかも》
「ハア…ハア…」
[小太郎?]
「…くるし…」
《あー、もう喋らない方がいいよ》
意識を取り戻したばかりだ。声を出すことだけでも体力を削る。
[小太郎の体は今、心臓の弱った人間と同じ状態なんだろ? ムリしたら死ぬぞ。明日も大人しくしておけ]
小太郎は頷くと、また眠った。
翌朝。退院していいことになり、病院を後にした。
小太郎は寝巻きの浴衣のまま病院に運ばれて来たので寒い。早朝に天が祠から羽織を持って来ていた。
「病院のお金払えなかったから、後で支払いに行かなきゃね」
担保として小太郎の結婚指輪を預けた。
[けっこう治療費高かったな]
「頑張って稼ぐよ」
[とりあえず今日はムリせずにさっさと帰ろう]
心配していたクロマルが、迎えにきた。
[クロはびょういんのナカ、はいれなかったからシンパイだった]
「うん。ごめんね」
クロマルが小太郎の肩に乗った。
[クロにのっていく?]
「うん」
人がいない場所じゃないとクロマルが大きくなれないので、林の方に歩いて行く。
その時後ろから、人影が近づいた。
天が気配に気づき、小太郎の体を抱き寄せる。
「わ! 何?」
虫取り網を持ったお爺さんがいた。彼は前に会った見世物小屋の店主だ。
「あんたこの前の」
咄嗟に逃げようとしたクロマルが、運悪く網に引っかかってしまう。
「つ、捕まえた」
[はなせ!]
お爺さんは、クロマルを捕まえたまま走り去った。
[クロ!]
天が追いかけようとした時だ。
「…っ…う」
小太郎は胸を押さえ、蹲った。
[小太郎⁉︎]
「ごめ…ちょっと…驚いた…だけ…なのに…」
[……]
「天…オレは大丈夫…だから…クロを…」
[クロマルとは繋がってるから、居場所はわかる。大丈夫だ。小太郎、薬を飲もう。医者から貰っただろう?]
「うん」
[今、水をもらってくるから、ここで待ってなさい]
彼は近くの店に走っていった。
「ハアハア…くそ…」
《もう少しで力も戻ると思うんだけど》
天が水の入ったお椀を持ってきた。
医者から貰った粉薬を飲む。
「はあ…」
[大丈夫か?]
「うん…クロは?」
[…クロマルは今、暗い箱にでも入ってるのか、何も見えないな]
「そう…。さっきのお爺さん、見世物小屋の人だよ。だからきっと、見世物小屋にクロを連れて行ったんだ」
[そうか。この近くにあるのか?]
「田幡神社で豆まき祭りやってて、たぶんそこに」
[じゃあ、行ってみよう。小太郎は動けそうか?]
「うん…」
歩き出した天。
小太郎がついてこないので振り向くと、数歩進んで、息切れを起こしていた。
[小太郎]
「あ…ごめん…」
天は小太郎を横抱きにすると、飛び上がった。
[歩けないなら、ちゃんと言え]
「オレの事、置いて行ってもいいのに。今の体じゃ、クロを助ける事もできないし」
[一人にしておくの心配なんだよ。また発作が起こるかもしれないだろ]
「うん…」
鬼の力が戻ってない今の自分は、重い心臓病を患っている人間と変わりない。
今日は三日目で、力が徐々に回復していくはずだが、今回は少し症状が重かった。
神社には、出店がいくつか出ていて、その中に小屋があった。
豆まきのイベント自体は昨日終わっているようだが、他にもイベントがあるようで、出店は今日まで出るようだ。
「昨日の豆まきで地面に豆落ちてるし、オレ、これ以上進めない」
ちょうど出店が集中している辺りから、豆が落ちていた。
[小太郎はここで待っておけ]
神社の入り口近くの縁石に座る。
天は見世物小屋の方に歩いて行った。
天が見世物小屋にくると、中年の男が宣伝をしていた。
「今日は喋るカラスがいますよ。かわいいカラスですよ。歌も歌いますよ」
天は苦笑しながら、中に入った。
中には小さな舞台があり、前には観客が何人かいた。そこに檻に入れられたクロマルが、なにやら喋っていた。
[カー。いらっしゃい。こんにちは]
「おお、本当に喋った」
観客は、感嘆の声を上げる。
「歌も歌うんだろ?何か歌えよ」
[はいはい。カーラース、なぜなくの〜]
微妙に音程のズレた歌を披露する。
[プクク…]
天は我慢できず吹き出した。
[あ、カラステングさま!]
クロマルは主人を見つけ檻の中、嬉しそうに羽ばたいた。
[たすけにキテくれたの?]
[ああ]
他の観客が二人のやり取りに首を傾げる中、クロマルの入った檻は、お爺さんに運ばれて舞台袖に置かれた。
「お次の演目は、火吹き男です」
お爺さんが言うと、若い男が舞台の上に出た。油を口に含むと、マッチにつけた火に吹きかけ、口から火を吹いたように見せた。
男が舞台袖に移動する。その時、手に持っていた油が観客のすぐ目の前に溢れた。
「おい。危ねえな」
観客の一人が声を上げた。
そこに落ちていたタバコの吸いがらから火が上がった。
完全に火が消えてなかったようだ。
火は舞台を覆った布に引火し、勢いを増す。
観客はパニックになり、外へ逃げ出した。
舞台袖にいた演者も、外に出た。
お爺さんも逃げ、クロマルは体を大きくして、檻を壊した。
[ケホッケホッ]
元の大きさに戻り、咳き込みながら天の肩に止まる。
[大丈夫か?]
クロマルは煙を吸い込んだようで、苦しそうだ。
ポテッと肩から落ち、天は受け止めた。
[クロ!]
気を失ってしまっている。
外に出ると、小太郎がいた。
小屋から逃げ出した時、怪我を負ったお婆さんに、治癒を施していた。
「まあ、痛みが引いたわ。不思議な力を使うのね。あなた」
お婆さんは、お礼を言った。
[力戻ってきたのか?]
天が近づく。
「はあ…天…少しずつ…だけど」
少し苦しそうな小太郎。
[入って来て大丈夫なのか?]
《うん。まあ、豆を踏まないように気を付けて来たけど》
「小屋から煙が上がったから、心配で。クロは?」
[煙を吸ったのか。失神してしまってな]
小太郎はクロマルにも治癒を施す。
[う…ん]
クロマルが目を覚ました。
[あ…コタロー]
「大丈夫?」
[こや…もえちゃうね。あ…みんなにげたのかな?]
クロマルは、ハッと思い出し、慌て始めた。
[ぶたいのウラに、ほかのえんじゃさんもいたけど、にげられたかな? あしのわるいひともおおいし、トカゲやヘビもいたんだ]
[みんなちゃんと逃げられたのか?]
天がそばにいた、見世物小屋のお爺さんに聞いた。
「え? さ、さあ…」
お爺さんは慌てたように言う。
「オレ見てくる」
[頼む小太郎。俺は雨を降らせて火を消す]
[クロもいくよ]
飛ぼうとしたクロマルだが、まだ調子が悪いようで、落ちそうになった。
「クロはまだ休んでて」
[うん]
天は、水の塊を出し、小太郎にぶつけた。
小太郎の周りを水が覆っている。だが呼吸は普通に出来た。
[これで火から守られる]
「うん」
小太郎が小屋の中を進むと、舞台の奥が布で仕切られていて、布の向こう側に狭い空間があった。小さな檻にはトカゲとヘビが入っていて、煙を吸ったのか意識がなかった。
他には、女性が二人と男性が一人いて、男性は両足がなかった。女性二人も足に障害があった。皆、体勢をなるべく低くして、煙を吸わないようにしていた。
「大丈夫ですか?」
「みんな足が悪くて動けなかったんだ」
男性がホッとしたように言う。
《火が強くなってきた。一人ずつ運ぶ時間はないよ》
「じゃあ、天狗の妖術、風でみんなを浮かせて…。できるかな?」
小太郎が、烏の羽を生やし、錫杖で空間に円を描いた。そこから風が発生し、クルクルと回り始める。
風を操り、三人とトカゲたちの檻を浮かせる。
「くっ! 苦しい。力がまだ完全に戻ってないから…」
《小太郎、頑張れ》
崩れかけた小屋の天井に穴を空け、皆を浮かせながら脱出した。
ゆっくり地面に降ろすと、同時に錫杖も羽も消えた。
「ハアッハアッ…」
雨が降っていて、小屋の火は徐々に消えていく。
「助かった。ありがとう」
演者の皆はお礼を言う。
「ハアッ…う…ぐっ…」
小太郎は胸を押さえ、蹲る。
《ハアッハアッ…苦しい。だいぶ…ムリ…した》
「痛っ! うぅ…くるし…ハアッハアッ…っあああ‼︎」
叫び声を上げて、倒れてしまった。
「小太郎⁉︎」
気づいた天が、抱き上げた。
「小太郎! しっかり」
小太郎の肩に止まったクロマルが、彼の様子にハッとした。
[カラステングさま、コタローいきしてない]
[え…⁉︎]
天も呼吸を確認し、息をしていないと気づく。
彼を失う恐怖から、体が震えた。
[小太郎…人工呼吸…]
天は小太郎の口に自分の口を付ける。
しかし、唇が震えて、うまくいかない。
[カラステングさま。しっかり!]
[あ…]
「失礼…」
そこに青年が現れた。彼は片腕がなかった。
彼は小太郎の胸に耳をつけた。
「天狗の心臓は人間と同じか?」
[え…あ、ああ]
突然質問され固まる天。
青年は小太郎の浴衣の前を開く。
「心臓マッサージを」
青年に指示され、ハッとした天は、胸の真ん中に手を置くと、心臓マッサージを始めた。
以前小太郎が池で溺れた時、同じ事をやったと思い出す。人工呼吸も施し、しばらく続ける。
「う…ケホッケホッ」
やがて小太郎が息を吹き返した。
[小太郎]
「…う」
[よかった]
小太郎を抱きしめる天は震えていた。
自分は死にかけたのかと気づく。
とても心配をかけたのだと思い、小太郎は、天の胸に顔をうずめた。
「て…ん…父さん…」
ポツリと言った。
天は、ハッとして、そっと小太郎を見る。
彼の耳が赤くなっていて、まだ照れがあるんだなと天は微笑んだ。
[ありがとう]
天は青年にお礼を言う。
「いいえ。あの、彼は…」
青年が何か言おうとした時、消防団が到着した。
しかしすでに火が消えているので、皆ホッとしていた。
小屋はすでにボロボロだが、元々お祭りが終わったら解体するものだ。
「他の屋台に燃え移る前に火が消えてよかったよ」
消防団員が呟く。
見世物小屋の主人のお爺さんだけは、頭を抱えていた。
お爺さんは、自分だけさっさと逃げたことを、演者たちから非難されていた。
「あの子が助けてくれなかったら、どうなっていたか」
演者の女性が小太郎を指差した。
消防団員は、それを聞き、未だ天に抱っこされたままの小太郎の元に来ると、「協力ありがとう」とお辞儀した。
「クシュン!」
小太郎は、返事の代わりにくしゃみをすると震え出した。
[小太郎、早く帰って暖かくしないと…って
小太郎?]
小太郎が、再度意識を失ってしまい、慌てる天。
[おにいさん。なにかいいかけてたよね?]
クロマルが青年に問うと、彼は小太郎を見た。
「いいや。早く彼を暖めてあげて」
青年は、自分の財布から名刺を出すと、クロマルのくちばしにくわえさせた。
「後で彼にこれを」
ペコリとお辞儀して去っていく。
[にゃんだりょう]
クロマルが器用に喋り、名刺を天に渡す。
そこには
【陸軍士官学校 教官 中野正吉】
と書いてあった。
[せんせいだったの? あのひと]
[なぜ小太郎にこれを…]
[さあ…]
天は小太郎を抱えて、帰って行った。
すっかり鬼の力が戻った小太郎は、いつも通り妖術の練習をしたりしていた。
クロマルが散歩から帰って来た。
くちばしに手紙をくわえている。
[なんだ? その手紙]
天が手に取った。
[コタローにだって]
「オレに?」
手紙の差し出し人には、中野正吉と書いてあった。
「中野正吉さんって、この前オレを助けてくれた人だよね」
[うん]
内容を読んで見る。
【前略 先日は火事での活躍お疲れ様でした。その後、体の調子はいかがですか。
今回筆を取りましたのは、先日のあなたの行いに感銘を受けたからです。
私はあなたが、怪我をしたお婆様に治療を施すのを見ておりました。
お婆様の怪我に手を当てると、じんわりと光が溢れ、歩くのも辛そうだった彼女が元気に歩き出すのを見て、あなたが人間ではないのだと思いました。
あなたのお父様が雨雲を呼び、その後、あなたは不思議な力で人々を助けていました。背中に生えた羽を見て、あなた方の正体は天狗なのだと思いました。
ここからが本題なのですが、私はあなたの力は国のために役立つと思うのです。
ぜひとも軍に入ってはいただけないでしょうか。
今のところ、徴兵は人間だけに課せられていますが、私は妖怪でもやる気があれば、兵士になっても良いのではと思っております。
あなたの治癒の力があれば、怪我をした兵士もすぐ治療できますし、即戦力になるでしょう。
もし興味がありましたら、私の所までおいでください。 草々
陸軍士官学校 教官 中野正吉】
二枚目には陸軍士官学校の住所と地図が書いてあった。
手紙を読み終えた小太郎は、難しい顔をして考え込んでいた。
「オレの力が役立つなら、オレ…行ってみようかな」
《はあ⁉︎ だから、罪を償うとかもう考えなくて良いんだって。村で畑仕事の手伝いでもやってりゃいいじゃん。そういう話に落ち着いたでしょ?》
朱丸が声を荒げた。
「…でも」
[まあ、軍には兵士以外にも様々な役割があるが、傷ついた兵士を助ける衛生班とか。小太郎の治癒能力は、確かに役立ちそうだ]
天は頷く。
《父ちゃん…》
朱丸は、てっきり反対すると思った父が肯定したので、肩を落とす。
「オレ、行くよ」
[あのさ。アカマルのいけんもきかないとダメだとおもう。だって、コタローのナカにいるんだから]
クロマルが言い、朱丸は「良く言った」と膝を打つ。
《オイラは反対だよ。治癒を使うと妖力を消耗するじゃん。その妖力はどう補給するの?》
「それは、人間の血をもらえば」
《まあ怪我するって事は血を流してるだろうけど》
「大丈夫だろ?」
《でもね。一気にたくさんの人を治したりしたことなんてないでしょ? 小太郎は亡くなった兵士を喰べられるの? 妖力を多く補給するのに、きっと喰べる事になる》
「それは…」
朱丸の指摘に言い淀む。
[まあ、焦って決めなくていい。よく考えてみるんだな]
天の言葉に頷いた。




