第四夜 ー現代編ー 『小太郎は令和の桃太郎に出会う』
間違いが複数あったのであげ直します。
ある日曜日。小太郎は周一と池袋に来ていた。
周一が、好きなアニメのコラボカフェに行くのに、小太郎を誘ったからだった。
いつもは一人で行ってるらしいが、二人以上じゃないと頼めない料理があるとか。
ついでに小太郎にアニメの布教をしようとしているようだ。
「かわいいでしょ? 僕、このキャラが特に好きなんだ」
自分の推しを熱く語る周一に、小太郎は苦笑しながら頷く。
「そっか…」
《ええと、何がどう違うの? オイラ全員同じ顔に見える…》
朱丸の言葉に小太郎は同意した。
明治から生きている小太郎は、ここ最近の時代の変化に時々戸惑う。
昔はアニメといえば子どもの見るものだった。
今は大人も楽しんでる。
周一が見せてくる女の子のキャラクターも、正直他の女子キャラとの区別がつかなかった。
嬉しそうにコラボ料理を食べる周一。
小太郎も、パフェを食べた。
実は甘いものが好きだ。
カフェを出て、アニメショップを見る周一に付き合う。
終始笑顔の周一に、なんだか孫を見るような感覚になる。
『普通の人間だったら、孫とかいたのかな?』
《なに、急に…。普通の人間ならとっくに死んでるでしょ?》
小太郎の呟きに、朱丸が突っ込んだ。
駅へ向かって歩いていると、悲鳴が聞こえた。
「ひったくりだ!」
と男の声。
小太郎たちが振り返ると、若い男がレースのついたポシェットを手に走ってくる。
小太郎は男を捕まえ、腕を後ろに捻って、地面に押さえつけた。
「痛ってぇ! 離せコラァ!」
駅の交番から、警官が走ってきた。犯人を警官に引き渡す。
犯人の男は警察署に移送された。被害者の若い女性と小太郎たちは、交番で詳しい話をした。
話によると、カバンをひったくられたのは、これが初めてではなく、ついこの間も被害にあったらしい。
先程から、女性の後ろに控えている男性がいた。彼は左腕を骨折しているらしく、腕を吊っていた。
「この間はカバンを盗られてしまったんです。大した物は入ってなかったようですが」
男性は困ったようにため息をついた。
警察にお世話になるのも何度目か…。
そう呟いた男性を、申し訳なさそうに見る女性。
女性は分厚いメガネをして、マスクをしている。
色々事情があるようだ。
事情聴取を終えて、男性は小太郎に、「少しお話しが…」と言ってきた。
「え?」
「頼みたいことがあるのですが…」
深刻そうな雰囲気に、周一には先に帰ってもらった。
近くのカフェで、話を聞いた。
「改めまして、私こう言うものです」
男性は名刺を出した。
(株)ハニーエンターテイメント モデル部門
佐藤 裕也
「佐藤さんですね。僕は鬼山小太郎です。それで、そちらの方は…」
隣に座る被害者の女性に目線を移す。彼女はマスクとメガネを外した。
「相野ののかです。モデルをやってるんです。佐藤さんは私のマネージャーで…」
とてもかわいらしい人だった。大きな目と愛らしい唇が印象的だ。
「モデルさんですか…」
「一応、雑誌以外にも、テレビにも出てるんですが、鬼山さん、驚かないんですね」
少し不満そうなののか。
「すみません。雑誌も読まないし、テレビも見ないもので…」
「これからは見てください」
ぷくっと頬を膨らませる彼女に、苦笑する。
『テレビ買った方がいいかも…』
《うん。安いの探せばあるよ。オイラずっと買おうって言ってたじゃん。小太郎、お金ないから無理って…》
『朱丸は、時代劇が見たいだけだろ?』
《あはは…》
誤魔化すように笑う朱丸。
「実は、彼女のお兄さんが、事件を起こして警察に捕まりまして。その後から、後ろを尾けてくる人がいたり、彼女の家の鍵を開けようとした痕跡があったり、ひったくりまで。この怪我は、この間のひったくり事件の時、ののかを守ろうとして、やってしまいまして」
佐藤は腕をさすった。
「お兄さんの事件って?」
「特殊詐欺の下っ端だったようです。いわゆる出し子ってやつですね」
黙し取った金を口座から引き出す役目の人だ。
「ののかはお兄さんのこともあって、今は仕事を休んでいます。住んでいる場所も、別の場所に移して。マスコミにも狙われたりするので…」
佐藤は頭をかく。
「私、来週から大学に入学するんです。それで、ボディーガードを探してて。大学でも学生として側にいてくれる人が良いんですけど、年齢的にちょうどいい人が見つからなくて…」
ののかの言葉に小太郎はピンときた。
「それで、僕に?」
「犯人を取り押さえた時に、動きが素人じゃなかったので。もしかしたらと…」
佐藤が言う。
「もし、違ってたらごめんなさい…」
「いいえ。合ってます。ボディーガードの仕事してます。警備会社とかに勤めてるわけじゃなくて。個人でやってますけど…」
「じゃあ、お願いしていいですか?」
ののかは上目使いでこちらを見た。
「はい」
「鬼山さんは、いくつなんですか?」
「21です」
「若い…。でも、大学生でもちょうどいい年齢ですね」
「いつも高校生に間違えられるんですけど、大丈夫ですか?」
「あはは。大丈夫ですよ。私もこの春まで高校生だったんですから」
警護の細かい確認をして別れ、契約書を郵送してもらうことになった。
バーの仕事で周一と顔を合わせた。
「それで、この間の人のボディーガードすることになってさ。最近、ボディーガードの仕事が入ってこなかったから、ちょうどよかったよ」
「相野ののかってマジか。あの時の女の子。うわー、ついてきゃよかった」
周一は悔しそうに呟く。
「ねえ。ののかちゃんってどんなだった?」
「え? かわいい子だったけど…」
「いいなぁ。僕も間近で見たかった」
「周一って、アニメ以外にも興味あったんだ」
「そりゃあ、僕だって二次元以外にも興味あるさ。彼女だってほしいし…」
「…ニジゲン? なに?」
「わかんないんかい…」
ハテナを飛ばす小太郎に、周一は苦笑した。
周一に、ハッキングをお願いして、大学生の学生証を手に入れた。
偽名を使った。名前は鈴木光太郎。
かつて、明子と結婚していた時に名乗っていた姓だ。
「懐かしいな」と小太郎は微笑う。
ののかは、佐藤に大学まで車で送ってもらった。
大学の裏門の前で待ち合わせた。
小太郎がののかを迎えに行ければ一番いいのだが、戸籍のない小太郎は、免許を取れないので、車が使えない。
佐藤に免許がないと話すと、車でののかを送り迎えすると言ってくれた。佐藤もののかの事が心配で、姉と一緒に住んでいる家に、ののかを居候させているらしい。
佐藤の今の仕事はののかを守ることだというので、素直に甘えた。
「鬼山さん。おはようございます」
「おはようございます。相野さん。あの、大学に入る上で、知り合いのハッカーに、学生のデータを書き換えてもらったんです。偽名を使ったんで、“鈴木光太郎”でお願いします」
「そっか。わかった。鈴木くんって呼ぶね。あとさ、同級生なのに敬語じゃ変だから、タメ口で。それから私のこと、ののかって下の名前で呼んで」
「うん。わかった。ののかさん」
小太郎とののかは入学式を終え、翌日から大学生としての生活がスタートした。
ののかは文学部だった。小太郎も一緒に同じ講義を受けた。
小学校を卒業出来なかった小太郎には、講義の内容は少し難しかったが、ののかの護衛としてここにいる自分には、理解する必要もない。けれど、近代史の授業で自分の生きていた時代の話を聞いて、なんだか不思議な気持ちになった。
基本的な読み書き計算と、天皇家の歴史については農家に居候していた時、兄姉に習ったが、他の教科は習う余裕がなかった。
『明治よりも前の時代のことも、勉強したいな…。他にはどんな授業があるんだろう…』
《時代劇に出てきた歴史上の人物の話とかも聞けるかな?》
『うん。たぶん…』
《小太郎。学校っておもしろいね》
朱丸が嬉しそうに言う。
一日が終わり、裏門の前で佐藤の車を待つ。
裏門は、表側の校門よりも人は少ない。
二人で話をしていると、佐藤の車が来た。
「ちょっと、二人で話をするなら、学校の中で目立たないようにしなさい。マスコミに写真でも撮られたらどうするんだ?」
「え? ごめんなさい」
小太郎は怒った佐藤に驚いた。
「ののかが気を付けないとダメでしょ? 鬼山くん、芸能関係のことはよくわかってないんだから」
「ごめんなさい。佐藤さん。うっかりしてた」
ののかはメガネをしてマスクを着けていたが、見る人が見ればののかだとわかる。
佐藤はののかを車に乗せて去っていった。
小太郎は、夜の繁華街にいた。
悪意を喰べるためだ。
悪さをするチンピラをつかまえて、悪意を喰べた。
「やっぱり、そこら辺のチンピラじゃ、量も少ないしおいしくないよな」
町でチンピラから喰べられるのは、小さい悪意だ。
悪意は闇の深さに関係する。
恨みや妬みが強い悪意ほど濃いものとなる。
裏社会での依頼は得てして恨み恨まれの世界で、命を狙われる人を守る仕事が多い。そんな相手の悪意ほど大きく濃いものだ。そんな悪意を食べれば一月はもった。
『組から回してくれる仕事最近ないから。やっぱり、オレが若いから信用されないみたいでさ。実績を積んで信用してもらうしかないんだよな』
《だよね…》
『濃い悪意はさ。やっぱりおいしいんだよ。濃厚なミルクみたいでさ』
《わかる。そういや、小太郎が小さい頃住んでた村って、酪農してたよね。ミルクって聞いたら、思い出した》
家に帰ると、結構遅い時間だが佐藤から電話があった。
どうやら、大学の中で仲良さげに歩く小太郎とののか写真が、ネットに出回ったようだ。
学校の中でも、基本マスクをしていたののかだが、たまたま外した時に撮られたようだ。
【まあ、ののか本人だとバレないように、学校の中でもマスクをして気をつけてはいたんだ。今回のは、しょうがないのかもしれない。でも、鬼山くん。これからは、なるべくののかから距離をとって護衛してくれないか?】
「わかりました」
それから大学で、ののかから離れて護衛することにした。
教室で席につくと、一人の男子学生が話しかけてきた。
「ねえ、君さ。どっかで見たことある」
「え?」
「ああそうだ。ネットニュースで見たんだ。“人気モデル、相野ののかに恋人か?”って…。ねえ、ののかちゃんは? この大学にいるんでしょ?」
「まあ…前の方の席、座ってるし…」
「ホントだ! かわいい…」
「……」
ののかをジッと見る男。その目はどうデートに誘うかと、獲物を見るような目だった。
「彼女にはちょっかい出すなよ?」
「は…?」
小太郎の言葉に、男は低い声を出す。
「なに? やっぱりおまえって彼女の恋人なわけ?」
「……」
教室に教授が入ってきた。
「無視すんな…」
「先生来たから…」
小太郎が男に、席に座れと手で示すと、舌打ちした彼は席に座った。
昼休みになり、食堂に来た小太郎は、ののかとは少し離れて席に座った。
カレーライスを食べていると、先程教室で話しかけてきた男が後ろから近づく。
男は水の入ったコップを小太郎の頭の上で逆さにした。
頭から水をかぶって、カレーライスまで水っぽくなってしまった。
「あ、ごめん。手がすべった」
男はニヤニヤしながら言った。
「ちょっと、何するんですか!」
ののかは、男に詰め寄る。
「ののかちゃん。ねえ、コイツってののかちゃんの恋人? 俺の方がいい男だと思わない?」
「鈴木くんとはそういう関係じゃないです」
小太郎はガタッとイスから立ち上がった。
「あーあ。カレーが台無しになった」
「ん? なんだよ」
「オレさ。食べ物粗末にするヤツって、許せないんだよね」
「粗末にって…。水っぽくなったって食えばいいじゃん」
「食べたよ。もったいないし…」
「んじゃ、いいじゃねえか」
「おいしく食べたかったってこと…」
「…んだよ。だったら、新しいの買えばいいんじゃ…」
「食べものがなかった時代知らないもんね。君は…」
「はあ⁉︎」
《小太郎怒ってる。確かに戦後の時は辛かったもんね。ホント、食べ物のことになると怒るよね》
「なんだよ! やるのか⁉︎」
「ちょっと、コッチ…」
小太郎は男を連れてトイレに入った。
「で⁉︎ 殴るの?」
「いや、君のこと喰べようかと思って…」
「え⁉︎」
(昨日のチンピラだけじゃ、妖力足りない。コイツの悪意で少し回復しよう)
先程まで出かかっていた悪意のもやが引っ込んだ。
「あれ?」
《引っ込んじゃったね。残念…》
「アンタって…男…食うって。ソッチの人…?」
「え?」
男は何やら勘違いしているようだ。
個室から、少し明るめの髪の学生が出てきた。
「なに揉めてんの?」
「助けて。コイツが俺のこと…」
男は涙目で訴える。
「暴力はいけない」
学生は小太郎の前に立った。
「コイツが先に手出してきたんだけど」
「許して…」
男はトイレを出ていった。
「ハア…」
小太郎は、疲れたようにその場を離れた。
「今日は友達と一緒に駅前のクレープ屋さんに行きたい」というののか。
佐藤に連絡を取ると、駅前で待ってるという。
ののかと、最近仲良くなったというリコを少し後ろから護衛した。
しばらくして、路地から急に出てきた怪しい男が、ののかに近づいた。
「キャア⁉︎」
男はののかのカバンを盗ろうとするが、ののかが必死で抵抗する。
小太郎は男の腕を掴むと捻りあげた。
「痛っ! 痛いっつうの! 離せ‼︎」
ののかはカバンを抱えて、リコと一緒に少し離れた。
「なんで、ののかさんのカバンを狙った?」
「なんでって…金が…」
「隣に彼女もいたのに。金目当てじゃないんだろ?」
小太郎はリコを見る。
「それは…」
「何が目的なんだ?」
「…言えない」
「言わないと…」
小太郎が腕に力を入れた。
「ギャア‼︎ やめっ‼︎ 折れる‼︎ 言う‼︎言うから‼︎」
力を弱めると、男は話し出した。
「雇われたんだ。相野ののかのネックレスを奪えって」
「ネックレス?」
「もしかして、これのこと?」
ののかが、上着のポケットからネックレスを出した。
ヒモに大きな黒い石が付いていた。石はツヤツヤと光っている。
「多分それ…」
「お兄ちゃんがくれたんだけど。なんでこれがほしいの?」
「それは知らない」
「ホントか?」
「SNSで募集してたバイトだから知らねーんだよ!」
「じゃあ、今まで私のこと狙ってきた人も、みんなバイトってこと?」
ののかが首を傾げる。
「多分、そうじゃないかな!」
男は小太郎の隙をつき、手を振り払うと逃げていった。
「あ…逃げられた」
バーで周一と話をした。
「ののかちゃんのお兄さんがくれたネックレスか。それを狙う闇バイト…。特殊詐欺で捕まったお兄さん」
周一は「うーん」と考え込んだ。
「そのネックレスはお兄さんが盗んだものって可能性もあるよね。特殊詐欺って、ヤのつく人たちが主体になってることもあるし…。まあ、鬼澤組はやってなさそうだけど」
周一の話に小太郎も頷く。
「もしかしたら、ネックレスやばいものとか?」
「その可能性もあるよね」
「そういえば、ののかさん。ネックレスをつけてたら、少し肌がピリピリしたから今はつけてないって言ってた」
「アレルギーってこともあるけど、マジでやばいやつかもよ」
「うーん。調べたいけど…」
「小太郎が一回預かっておいたら? それを狙ってくるってことは、ののかさんが持ってたら危ないじゃん」
周一のアドバイスに小太郎は頷く。
次の日。小太郎はののかにネックレスを預けてほしいと頼む。
ののかは、自分が持ってるのも確かに怖いと、預けてくれた。
「お兄ちゃんが最後にくれた物だから、大切にしたかったけど、盗まれてしまった方が安心だったかな」
哀しそうに言うののか。
「お兄ちゃん。年が離れてるせいか、私のことすごい可愛がってくれてね。こんなことなかったら、ずっと大切に身に着けておきたかったんだ」
「そっか。後で絶対返すね」
「うん」
ネックレスを周一と見てみた。
「うーん。見た感じ、黒ダイヤって感じだけど…」
周一はルーペで表面を見る。
「ただの石だね。多分。価値はないよ」
「そっか」
「まあ、もしこの石を誰かに盗まれたらさ…」
周一はカバンから小さな紙袋を取り出した。
そこから、小さな一円玉くらいの、黒くて丸い物をテーブルに置いた。
「これは?」
「盗聴器兼発信機」
「こんな小さいのあるの?」
「僕が作ったんだ」
「すごい…」
「黒いから目立たないと思うんだけど…」
周一は石にそれを貼り付けた。
「受信機はこれね」
小さなトランシーバーのような物を渡された。
ののかのマネージャー佐藤に電話し、どうやらののかが狙われたのは、お兄さんからもらったネックレスを奪おうとしたからだと話した。
【そんな危険な物、捨ててしまえばいいのに。でも、お兄さんが最後にくれた物だって、大切にしてたもんな】
佐藤が電話の向こうでため息をついた。
「とりあえず、オレが預かることにしました」
【そうか。よろしく頼むよ】
大学の構内を歩いていると、ののかを狙う人物がチラホラいた。
やはり、SNSで集めたバイトのようだ。
ネックレスを奪おうと近づく者は、悪意の匂いがするので、そういう人間が近寄ってきた段階で、鬼の覇気を滲ませた。すると、得体の知れない恐怖を感じるのか、ののかに近づく悪者はいなくなった。
とある日。大学でののかの護衛を終え、夜、繁華街に向かった。
そろそろ妖力がなくなりそうだった。
『ハア…悪意持った人間…見つからない』
《うん…》
今日はなぜかうまく喰べれなかった。
「なんか…暑いな…」
「火事だ!」
大きな声に周りを見れば、皆上を向いていた。
8階建ての飲食店が入るビル。その5階部分から煙が出ていた。
「火事…か」
《そうか。災害があれば、皆協力する。悪い事するやつは少なくなるよね》
悪意を持った人間が見つからなかったのは、このせいだと、朱丸が言う。
かなり火が強いようだ。
「誰か! 娘を助けて! 逃げ遅れたの…」
その声によく目を凝らす。
窓から体を半分出している人影があった。
「…っ!」
小太郎は人気のない路地裏に入り、烏の羽を出した。
すぐに飛び上がって、ビルの5階に着く。
下から「なんだあれ⁉︎」「鳥?」という声が聞こえた。
窓にしがみつく女の子。小太郎は彼女を抱っこすると、他に逃げ遅れた人がいないか見た。
どうやら逃げ遅れたのは、少女だけのようだ。
下を見ると、ようやく消防車が到着したようだ。
人混みの中に降りるわけにいかないので、近くの公園まで、彼女を抱っこしたまま飛んだ。
人がいないことを確認して降りる。
「鳥さん…ありがとう」
6〜7歳くらいの少女は、キラキラした瞳で見てきた。
「うん。ケガはしてない?」
「うん」
小太郎は少し考えてから言った。
「…オレはね。烏天狗だよ」
「カラステング…」
「うん…っ…」
小太郎は胸を押さえた。
「大丈夫?」
「ハアッ…平気…お母さんが迎えにくるよ…ここで待っていてね」
「うん…」
小太郎は飛び上がり、移動した。
「…っ…妖力が」
同じ公園の中だが、少し離れた茂みの中に降りた。
羽が消える。
「…ハアハアッ…う…ぐっ…痛っ!」
胸を押さえて蹲る。
《小太郎…ハアハアッ…妖力少なくなってるのに…羽出したら…やばいって…》
『わかってる…でも…すぐにでも…助けなきゃ…あの子…きっと…』
《うん…そう…だね》
苦しそうに答える朱丸。
《あのさ…ここで動けなくなると…マズイかも…少し…人の通るとこに…》
小太郎は、茂みの中から這い出した。
「ハアハアッ…うぁ…痛い…ゲホッ…苦し…」
地面に倒れ込むと、もう体を動かせなくなった。
「ハアッ…ハアッ…ぐっ…ぅぅ…助け…」
「大丈夫か⁉︎」
誰かの声に、薄く目を開ける。
涙で滲んで、良く見えないが、若い男性だとわかった。
「ハアハアッ…痛っ! 痛い…ぅう…」
「どこが痛い? 胸か?」
小太郎は頷く。
「救急車呼ぶから…」
「いい…すぐ…治ま…る」
「…薬持ってる?」
首を横に振る。
「寒い…」
小太郎は胸を押さえたまま震えた。
男性が自分の上着を小太郎にかけてくれた。
「…ん」
フワリと不思議な香りがした。
(なんだろ…この匂い…)
「地面に倒れたままじゃ、余計体温持ってかれるな。移動する。動けそう?」
男性の言葉に頷く。力が入らない。
男性は小太郎を横抱きに抱き上げると、近くのベンチに降ろした。
横になって、体を丸める。
「痛い…うぅ…ハアハアッ…くるし…ぐぅぅ…」
「辛そうだな…」
男性が小太郎の背中をさすってくれた。
「ハアハアッ…」
(やっぱり、いい匂いする。安心する匂い。でも、朱丸が警戒してる?)
しばらくすると、胸の痛みが少し落ち着く。
「大丈夫か?」
「ハアッ…ハアッ…ありがとう。少し落ち着いた」
「よかった…」
起き上がろうとする小太郎の体を、支えてくれた。
男性の顔を見ると、以前大学のトイレで、ケンカを仲裁しようとした人だった。
「あれ? 大学で会った人?」
「うん」
男性はクスッと笑った。
「気がつかなかったの?」
「さっきは目がよく見えてなかったから」
「そっか。俺は経済学部一年の、吉備津桃仁っていうんだ」
《吉備津…?》
朱丸が反応した。ドクリと心臓が鳴る。
「うっ…」
小太郎は胸を押さえて呻いた。
「おい…大丈夫か?」
「ご…めん…ハアッ…平気…」
「まだ苦しいんだろ?」
「ん…苦し…けど…さっきよりは…ええとオレは…鈴木光太郎。オレも一年で…文学部」
「そうか…あのさ、さっき火事あったんだ。向こうで。知ってる?」
小太郎は、ピクリと反応した。
「…いや」
「烏天狗が女の子を助けたらしいんだ。こっちに飛んで来たらしい。見た?」
「見て…ない」
「そっか。ええと、もう大丈夫そうなら、オレ行くね。バイトあって…」
「うん。ありがとう。助けてくれて。あ、上着…」
「今度返してくれたらいい。春っていっても、夜は冷えるし」
桃仁は、去っていった。
《小太郎。彼は…もしかして、桃太郎一族の関係者…いや、桃太郎の子孫本人かも。胸がざわつく感じがしたんだ》
『確かに吉備津って名字は珍しいけど…』
小太郎は、息を吐いた。
『吉備津くん。いい匂いした…。なんか、胸の痛み、少し和らいだ』
《確かに…あんなに苦しかったのに、落ち着いたし。今まで妖力補給するまで、苦しいの落ち着くことなんてなかったのに》
不思議な存在の彼が、自分たちにとって敵か味方か。
桃太郎一族なら、自分が鬼だと知られてはいけない。
『帰ろうか。なんとか歩けそうだし…』
次の日。小太郎は重い体を起こした。
「ハア…やばい…体調悪化してる…。昨日しっかりと妖力補給しておけばよかった」
《うん。吉備津くん? 彼からもらった力? よくわかんないけど…一時的な物なのかも…ちゃんと補給しないとダメだね》
「ハアハア…怠い…めまいする…頭痛い」
《心臓は大丈夫? オイラ痛みはないけど…》
「うん…今のところは…」
本当なら家でゆっくり寝てたいけど、寝てるだけじゃ、回復しない。妖力が少なくなってるのが原因だ。
《ねえ小太郎。学校でさ、悪意喰べれるかな? 妖怪はいなそうだし。それか、誰かから血でももらう?》
「うーん」
小太郎は、大学の裏門でののかに会った。
「おはよう。鈴木くん」
「おはよう…」
「顔色悪いね。大丈夫?」
「うん…」
一時限目の講義を終えて移動し、二限目の講義では、大きい階段教室に入った。
そこには、昨夜助けてくれた、吉備津桃仁がいた。
「おはよう。えっと、光太郎…だったよな?」
「おはよう、吉備津くん…」
桃仁は少しムッとした表情をした。
「桃仁って呼んで。名字で呼ばれるのイヤなんだ」
「そっか。わかった」
「顔色悪いな。ムリするなよ?」
「うん。あの、上着。ありがとう」
小太郎は上着が入った紙袋を渡す。
「ああ…」
桃仁は受け取ると、自然に小太郎の隣に座った。
《小太郎。彼が本当に桃太郎の子孫なのか、探りを入れてみよう》
『うん』
朱丸の言葉に小太郎は頷く。
もし桃太郎の子孫なら、距離を置いたほうがいいが、彼の不思議な力も気になった。
「桃仁くんっていうんだ? 私相野ののか」
ののかは、小太郎と仲良くしている桃仁が気になったのか、マスクを外して挨拶した。
「⁉︎ ののかちゃん…?」
突然現れた有名人に、桃仁は声を上げた。
「シー!」
ののかは、指を口元に当てる。
「ごめん。びっくりして」
「えへへ…いいよ」
ののかは前の席に座った。
授業の後半になって、朝よりだいぶ体調が悪くなっていることに気づいた。
《小太郎。オイラ、動くの辛い。なんか苦しい》
『うん。オレも、苦しい。息がしにくい』
小太郎は、机に顔を伏せた。
「ハアハア…」
「光太郎? 大丈夫?」
桃仁が小太郎の異変に気づいた。
『やば…気絶するかも。ののかさん、守らないといけないのに…』
《教室の中だから大丈夫だよ…》
『うん…』
小太郎は、桃仁の手に触れた。
「ん?」
「桃仁…ごめん…助けて」
蚊の鳴くような声しか出せない。
焦ったような表情の桃仁を見ながら、意識が薄れた。
「んん…」
呼吸が楽になる感覚に目を覚ます。
口に何か当てられていた。
酸素マスクをしているのだと気づいた。
「鈴木くん。よかった。目覚まして…」
小太郎はベッドに寝かされていた。ののかが酸素缶を持って、小太郎に酸素を送っていた。
「ののか…さん…」
「うん。もう苦しくない?」
「ん…あり…がと…」
どうやらここは、医務室のようだ。
ベッドのカーテンを少し開けて、白衣を着た女の先生が様子を見に来た。
「目覚ましたのね。体調はどう?」
「大丈夫…」
まだ少し胸が苦しいし、倦怠感が強くて、動くのが辛かった。
「ののかさん。今って…」
「今は昼休み。教室で失神しちゃった鈴木くんを、桃仁くんがここに運んだんだ」
「そっか。桃仁は?」
「午後の授業取ってなくて、バイト入れてるからって帰ったよ」
ののかは少し怒ったような顔で、小太郎の頬をつねった。
「痛い…」
「鈴木くん。私、怒ってるんだから…」
「え?」
「病気のこと黙ってたから…」
「病気って…オレ…病気ってわけじゃ…」
《まあ、厳密には違うもんね。妖力なくなると苦しくなるだけだし…》
朱丸が言う。
「だって、桃仁くんから聞いたよ? 昨日も発作起こしてたって。なのに、薬も持ってないって」
「いや。オレ薬効かない体質なんだ…」
「え? そうなの?」
「うん…」
ののかは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめん…」
「いや…あのさ、本当に病気ってわけじゃないから。たまたまだから」
「ホント?」
「うん。それより、ののかさん昼ご飯まだだよね? 一緒に食堂行く?」
「うん」
小太郎は、ベッドから降りた。
(あれ…やっぱ、ダメかも…歩けない)
小太郎は、床に膝をついた。
「鈴木くん…ダメだよ。無理しちゃ…」
ののかが、ベッドに戻るのを手伝う。
「うん…ハア…ごめん…ゲホッゲホッ…」
《小太郎…ちゃんと妖力補給しないとダメだね》
『うん。苦しいの…治らない…』
医務室の先生が小太郎の手首を触る。
「やっぱり、まだ徐脈気味ね。脈がだいぶ遅い。ちゃんと病院で診てもらってきてね」
「…はい」
《妖力少なくなると、オイラが動き辛くなるからなんだけどね》
「ののかさん、昼ご飯…」
「大丈夫。リコにパンでも買って来てもらうから…」
ののかはスマホで連絡をとった。
少しして、リコが来た。
「お待たせののか」
「ありがとう」
リコからパンの入った袋を受け取る。
「それにしても、ののかったら、彼氏が倒れたからって、“医務室にパン買って持って来て”なんてさ。自分で買いに行けばいいのに」
「ちょっと事情があって、そばを離れられなくて…」
ののかは頬をかいた。
「彼氏って否定しないんだ? あのネットニュース、ガセだと思ったのに…」
「うん…。言わないでね。誰にも…」
「わかった。でも、あのネットニュース、みんな信じてるかもよ」
「うん…」
ののかは、小太郎の事を、自分のボディーガードだと説明しないようだ。
ボディーガードだと言ったら、事情を根掘り葉掘り聞かれるだろうから。
リコが医務室を出て行く。
「あんなこと言って良かったの?」
「大丈夫。リコは約束守る人だよ」
出会ってから、一月も経ってないが、ののかは職業柄、人間関係には敏感で、どんな人なのかすぐわかるそうだ。
彼女はパンをかじる。
「ん…このパン美味しい! あ、鈴木くんはどれ食べる?」
「オレ食欲ないからいい…」
「そっか…」
ののかは、袋に一緒に入っていたコーヒー牛乳を飲んだ。
昼休みがそろそろ終わる。ののかは心配そうに聞いた。
「鈴木くん。午後の授業出れそう?」
「…うん。大丈夫」
「ホントに? ムリしようとしてない? 私、ウソはわかるんだから…」
「……」
「…私、一人で行ってもいいかな?」
「でも…」
ののかを狙う者が減ったとはいえ、自分がそばにいなければ、再び狙われるかもしれない。
今、例のネックレスは小太郎が持っているが、それを狙う者は知らないわけで。
「私も、午後の授業休んで…」
ののかの言葉に小太郎は焦る。
「それは。オレのせいで、ののかさんの勉強邪魔したら、オレ怒られる…」
正直、今回倒れてしまって、その間ののかを警護できなかったから、信用問題に関わる。最悪、契約を打ち切られる可能性もある。
これ以上信用を失うと、後の仕事をもらいにくくなる。
「…でも」
心配そうなののか。
「大丈夫だから…」
《でも、小太郎。歩くのも無理そうじゃん》
『うん。どうしよう…』
そこへ男子学生二人がケンカしながら入ってきた。
ベッドのカーテンの隙間から様子を伺う。
服がボロボロで、傷だらけだ。
「ちょっとどうしたのよ。その格好」
医務室の先生が駆け寄った。
「コイツのせいなんスよ」
「あ⁉︎ 俺のせいにすんな!」
「俺はやめようって言ったじゃん」
「はあ⁉︎ 動画撮ってたじゃねえか!」
二人で言い合う。
「もう、なんのことかわかんない。ちゃんと説明しなさい」
二人の説明によると、カラスの巣を見つけたので、イタズラをする様子を動画に撮っていたら、怒ったカラスに思い切り攻撃されたらしい。
先生は呆れたように、息を吐く。
「まったく、そんなことして…」
言い合いを続ける二人から、悪意のもやが出ていた。
《小太郎、あの二人の悪意を喰べれるかな》
『こっちに来るかな?』
《ののかさんに協力してもらおう》
「あの…ののかさん。喉乾いちゃって。お水もらえる?」
「あ、うん」
カーテンを開けて、ののかが学生二人の前に出る。
「あれ? ののかちゃん。マジでこの学校いたんだ」
「噂になってたもんな。医務室にいるってことは、具合でも悪いの?」
二人が興味深々で聞いてくる。ウォーターサーバーは二人の後ろにあった。
「あの、水ほしいんだけど…」
「ああ」
男が水を紙コップに入れ、ののかに渡した。
「ありがとう」
「っていうかさ。もしよかったら、放課後一緒にお茶しない?」
「ごめんなさい。私…」
「ののかさん…」
小太郎が声をかける。
「あ、ごめん。お水…」
ののかがコップを持って行くと、二人もついてきた。
「ののかちゃん。その人…ネットニュースで一緒に写ってた人だよね」
「恋人って書いてたけど、ホント?」
「えっと…この人は…」
ののかが困ったように、小太郎を見る。
二人の悪意のもやは、引っ込んでいた。
《あー引っ込んじゃったね》
朱丸が残念そうに言った。
「恋人ってわけじゃないよ」
小太郎が言う。
「ののかちゃん。俺、彼氏に立候補していい?」
「あ…抜け駆けすんな。俺も俺も!」
二人が、また言い合いを始めると、悪意のもやが出て来た。
小太郎は男達の頭をサッと触って、二人いっぺんに悪意を喰べた。
「へ?」
「あれ?」
男二人はポカンとした。
「今って、なんの話してたっけ?」
「ええと…?」
ののかは、二人の様子を不思議そうに見た。
妖力が回復して、午後の講義に出る事ができた。
その夜。佐藤から電話がきた。
「はい」
【ののかから聞いたが、今日倒れたらしいな】
「あ…はい」
【体調を整えるのも仕事の内だと僕は思う。申し訳ないが、君の警護には不安がある。今日でやめてもらう】
「…はい。あの、ののかさんを守るのは…?」
【ちゃんと他の人を雇うから、心配しなくていい】
「…はい」
【報酬は日数分払う。後日、うちの事務所に取りに来てくれ】
「分かりました」
小太郎は電話を切った。
「はあ…」
布団にうつ伏せに倒れた。
《小太郎…落ち込んでる?》
「…うん。クビになるなんて…まあ、倒れちゃったから、しょうがないけど…」
《うん》
「あ…ネックレス…」
小太郎はポケットから預かっていたネックレスを取り出す。
「明日、渡してくるか…。もう少し学生でいたかったな」
《授業おもしろかったもんね》
学校に通ったことのない朱丸には、いい体験だったようだ。もちろん小太郎にとっても。
「うん。オレ、勉強好きだな。この時代に生まれていたらなぁ」
《まあね》
「まあ、明日はまだ学生でいよう」
次の日、大学に行くと、ののかが申し訳なさそうに近づいてきた。
「鈴木くん」
「おはよう。ごめんね。急にクビになっちゃって」
「私が、佐藤さんに、鈴木くん倒れたこと言ったから」
「いや、ののかさんのせいじゃないよ。警護の途中で倒れちゃうような人じゃ、不安だって」
「うん…」
「それで、新しい護衛は?」
ののかがチラリと見た方には、少し年上のような男性が座っていた。一応若作りはしているようだ。
胸が少しざわついた。悪意の匂いがする。
「ののかさん…彼は…」
「佐藤さんが見つけてきた人…」
「信用しない方がいいかもしれない」
「え?」
ネックレスを返そうにも、悪意の匂いのする護衛が見ているので、返しそびれていた。
《小太郎。ネックレスを狙ってる人かもしれないよね。あえて小太郎が持ってるって見せたら、ののかさんが狙われないんじゃない?》
小太郎は、確かにそうだなと、朱丸の助言を受け入れた。
小太郎は護衛の男が見ている時、ポケットからネックレスを出した。
「ののかさん。このネックレス、もう少しオレが預かってていい?」
「え? う、うん」
もう一度ポケットにしまう。護衛はこちらをしっかりと見ていた。
「おはよう。光太郎。体大丈夫か?」
桃仁が来た。
「うん。医務室に運んでくれてありがとうね」
「ああ」
ののかの護衛は、小太郎が一人になる時を待っているかもしれない。
ネックレスを奪おうとしてきたら、捕まえようと思った。
一応ののかが心配なので、ののかの受ける授業についていった。
休み時間。ののかがトイレに入って、小太郎は一人になった。護衛の男が話しかけてきた。
「ちょっといいか?」
人気のない階段の踊り場に誘導する男。
ネックレスを奪おうとしてくるだろうなと小太郎は思った。
男がポケットから、小さな箱を出す。
「え?」
彼はそれを小太郎の胸に押し当てた。
ーバチッバチッ!
「うあ!」
電気が走って、小太郎は蹲る。
「ぐっ…ぅ…ゲホゲホッ」
小さな箱はスタンガンだったようだ。
《ヒュ…ヒュッ…小太郎…オイラ…体が…ビリビリする》
小さく痙攣を起こす朱丸。心臓が不規則に動いた。
「ハアッ…心臓が…ヒュッ…ぅ…」
胸を押さえて蹲る小太郎に構う事なく、男は小太郎のポケットを探る。
「おい…ネックレスどこだ?」
「ぁ…ぅ…」
小太郎は意識が朦朧としてきた。
男は小太郎の首のヒモに気づくと、引っ張る。
例のネックレスは、小太郎がかけていた。
男はヒモを引きちぎり、自分のポケットにしまうと、すぐに去っていった。
「ぅ…ハアッ…苦しい」
「え⁉︎ 光太郎!」
桃仁が気づいてくれた。
「大丈夫か? また発作?」
「ぅ…」
意識を失った。
目を覚ますと桃仁の顔があった。
また医務室にいた。
「桃仁…」
「はあ…よかった。目覚まして…」
「ありがとう。助けてくれて」
「おまえさ。ちゃんと薬持っておけよ?」
「オレ、薬効かない体質でさ…」
「え? そうなのか。じゃあ、いつも、苦しいの我慢してるのか?」
「…うん。でも、苦しくなるのは病気のせいってわけじゃないからさ。まあ、色々事情があるんだ」
「……」
桃仁は、辛そうな表情で、小太郎の頭を撫でた。
(やっぱり、桃仁の手、安心する)
小太郎は無意識のうちに、その手を掴むと、頬ずりした。
「え?」
「へ?」
自分がしている事に気づいて、小太郎は慌てた。
「ご、ごめん! オレ何やって…」
「いや…びっくりしたけど…」
桃仁は、頬を赤く染めた。
「あの…そういえば、今何時?」
ごまかすように聞く。
「12時なったとこ」
「あ、ののかさんは?」
「彼女なら、友達とお弁当食べるって、中庭に」
「そっか…じゃ、オレも…」
すでにネックレスは相手の手に渡った。
ののかに危険が迫ることは、もう無いと思うが、念のため、彼女の元に向かうことにした。
「あ、じゃあ、俺売店行って、昼飯買ってくる。先に行ってて。光太郎のも適当に選んでくる」
桃仁は、売店に向かった。
中庭でリコとお弁当を食べる、ののかを見つける。
「あ、鈴木くん。どこにいたの? 急にいなくなって」
「ああ…桃仁とちょっと…」
小太郎が襲われて倒れた事は知らないようだ。
「そういえば護衛は?」
ネックレスを奪っていった男は見当たらない。
「それが、途中からいなくなって…」
「そう…」
おそらく、目的を果たし去ったのだろう。
「契約途中でいなくなるなんてさ。佐藤さんに言わなきゃ…」
少し怒ったように、彼女はおにぎりを食べた。
「なんの話かよくわかんないけど…」
リコが首を傾げる。
「ああ、ごめん。こっちの話。それより、リコの玉子焼きちょうだい」
「どうぞ。代わりにタコさんウィンナーくれる?」
「うん」
ほのぼのした二人のやり取りを見て、頬が緩んだ。
悲鳴が聞こえた。
声のした方を見ると、大型のバイクが猛スピードでこちらに走ってくる所だった。
バイクは、ののかを狙っているようだった。
「ののかさん!リコさん!」
驚きのあまり、動けなくなっている二人。
とっさにバイクの前に立ちはだかった。
ードンッ
大きな音がして、小太郎の体は跳ね飛ばされ、
後ろにある建物の壁に背中を打ち付けた。
「ガハッ! ゲホッゴホッ!」
血を吐き、腹を押さえて蹲った。
「ぐ…う…」
「やめて!」
ののかの悲鳴にそちらを見ると、バイクのメットを被ったまま、男がののかを押さえつけていた。
何か探しているのか、ポケットなどを探っている。
ネックレスは他の人が盗っていったのに。
リコは男を引き剥がそうとしているが、体格差もありビクともしない。
「ののか…さん…ぅ…ぐ…」
痛みで動けない。妖力を使って回復を試みるが、酷いケガなのか治るのに時間がかかりそうだ。
(はあ…これ…内臓逝ってるかも…)
「おいやめろよ!」
男子学生達が集まってきて、男をののかから引き剥がした。
男の先生が来て、バイクの男を取り押さえていた。
(よかった。ののかさん無事だ)
「ののかちゃん大丈夫?」
男子学生達が聞く。
「うん。ありがとう。あ、鈴木くんは…」
倒れている小太郎を見て、ののかが駆け寄った。
「鈴木くん!」
「…ハアッ…ぐっ…ぅ」
「大変!」
「今救急車呼んだからな」
桃仁が小太郎の背中を撫でた。
「う…ん」
いつのまにか意識がなくなった。
目を覚ましたら病院だった。
集中治療室のような病室で寝ていた。
酸素マスクをつけている。
『ん…朱丸…オレ…』
《なんかね。内臓損傷してるって言ってた。それで、手術してたけど…》
『手術…。なんかすごい体調いいんだけど…』
《輸血したからじゃないの? 人間の血入れてさ。それでめちゃくちゃ妖力増えたんじゃない?》
『ああ。もうケガも全部治ってるな』
《霊力の高い人の血が混ざってなかったのが、不幸中の幸いというか…》
『鬼化してなくてよかったな』
小太郎は、酸素マスクを取って起き上がる。
病室の窓の向こうに、泣きそうな顔の、ののかがいた。
隣には桃仁もいた。
看護師と何やら話していた二人は、病室の中に入ってきた。
「大丈夫か?」
「うん」
「よかった。心配したよ」
涙を拭きながら、ののかが言う。
「あの男は…?」
「うん。警察に連れてかれたよ。やっぱりネックレスを探してたみたい」
小太郎は目を伏せた。
「実はネックレスさ、盗まれちゃってたんだ」
「え?」
「あのバイクが来る前に、ののかさんの護衛の男に襲われて、持ってかれちゃって」
「そうだったの?」
「ごめん…」
桃仁は黙って話を聞いていた。
「よくわからないけど、光太郎が倒れてたの、その男に襲われたからか」
「あ…うん。スタンガン当てられて、抵抗できなかった」
「ええ⁉︎」
ののかが驚いて、口に手を当てる。
「大丈夫だったの?」
「うん…。あのさ、ネックレス取り返した方がいい?」
「え?」
「お兄さんから最後にもらった物だって、本当は大事にしたかったって…」
「…うん」
「たぶん、お兄さんが関わってた特殊詐欺の、大元の組の持ち物だったんだと思う」
「…それって、ヤクザってこと?」
「うん。どこの組かはわからないけど、調べたら…」
ののかは首を振った。
「いいよ。探さなくて。危険なことして、鈴木くんがまたケガしたらいやだもん。お兄ちゃんのくれた物大切にしたかったけど、他にも宝物はあるから、だから大丈夫」
ののかは微笑んだ。
二人が帰って行き、小太郎は盗聴器兼発信機の受信機の電源を入れた。
【兄貴、それですか? 取り返してきたやつ】
【ああ。さっきも組が必死に探してたブツがどんな物かって、みんな見に来たよ】
【俺、なんでそれをみんな必死に取り返そうとしてたのか、知らないんスけど…】
【ああ。これはな、ネパールの奥地で見つけた石だよ】
【え? ただの石?】
【いや。洞窟の中にヒ素の量がやばい場所があってな。そこの石なんだ。毒の塊だな。これ一個で、千人は殺せるってよ】
【そんな物。なんで…】
【まあ、別にこれで人を殺すわけじゃない。色々取り引きに使ったりするんだよ】
【相野ののかは、なんでそれを持ってたんス?】
【彼女の兄がな、受け子の仕事してた時、持ち去ったんだよ。運び屋がブリーフケースに入れて、事務所に置いてったんだ。そこから、別のやつが親父の所まで運ぶはずだったんだが、パスワードでカギを開けるとこ、見てたんだろうな。で、持ち去った。他にも宝石色々入れてあったんだけどな】
【なんでそれを…】
【一番大きかったからじゃないか? おそらく、換金しようとしたが、値が付かず、妹にやったって所だろう】
【なるほど…】
【相野ののかが新しいボディーガードを雇うって、情報が入ってな。それで俺が近づいた。
前にののかを護衛してたヤツは、若いが腕の立つヤツでな。闇バイトで募集して、ののかのネックレス奪おうとしたヤツが、すぐに撃退されたって言ってた。他のヤツも、怖くて近づくことも出来ないって言っててな。
なんか事情があって、そいつが辞めることになってさ。でもなぜか、ののかのそばにまだそいつがいて、
それで用心をして、武器を持っていったんだ】
【そうなんスね】
小太郎は二人の話を黙って聞いていた。
【そういえば、ののかの大学で、バイクをののかに突進させたヤツがいたって聞きました。そいつも闇バイトの一員で、ネックレスを取り返そうとしてたっぽいっス。兄貴が取り返してきた後の事らしいけど、情報がちゃんと周ってなかったんスね。そいつは、ののかさんにケガをさせてもいいって思ってたって、警察の情報屋から聞きました】
【そうか】
男が「ん?」と声をあげた。
【よく見ないとわからんが、なんか付いてるな】
【ゴミじゃないスか?】
盗聴器兼発信機が見つかったようだ。
【いや、もしかしたら、盗聴器とかじゃ…】
【こんな小さなのがっスか?】
【ゴミじゃないな。完全な円形だし。中に何かが入るような厚みもある。もしこれが盗聴器だったら、付けたのはののかの護衛してたヤツだ。これを最後に持ってたのはそいつだからな】
【へー】
【おい。もしこれを聞いているなら、忠告しとく。今後は一切俺たちに関わらないことだ。痛い目見るだけじゃ、すまないことになる】
その言葉を最後に、ガギャ!と大きな音がし、なにも聞こえなくなる。どうやら機械を壊したようだ。
「…っ! 耳痛って!」
小太郎はイヤホンを取って、耳を押さえた。
《大丈夫? 小太郎》
『うん…まだ少し変だけど』
《なんか物騒だね。小太郎、狙われるんじゃ…》
『うーん。まあ、オレ鬼だし、狙われても大したことないけど…』
夜になって、朱丸が言った。
《小太郎。体治ってさ、このままここにいたら、人間じゃないってバレちゃうよ。抜け出そう…》
『うん』
小太郎はそっと病院から抜け出した。
ののかの所属する事務所に行き、報酬を受け取る。
渡された報酬は、予想より多かった。
「え? 間違ってませんか?」
「いや。あってるよ。ののかを護衛してた日数分の他に、病院にかかった代金も入ってる。君は戸籍がないって言ってたし、病院も全額負担だろ? ののかをかばって、ケガをしたんだ。だから、少し上乗せしておいたよ」
「はい。ありがとうございます」
「こちらこそありがとう。例のネックレスも手元から無くなったし、もうののかも狙われなくて済む」
佐藤は、「やっとゆっくり寝られるよ」と笑う。
「鈴木くん…じゃなくて…鬼山くん…」
ののかが顔を出した。少し怒っている。
「あ、ののかさん」
「病院勝手に抜け出したりして。体ちゃんと大事にしてよ」
「うん…」
「鬼山くん。私、仕事復帰するんだ。絶対、私の活躍見てよね」
「うん」
事務所を出て、バーに行く。
開店してすぐに、周一がきた。
「それで、どうなったんだ?」
「ああ。ネックレスを取られちゃったけど、ののかさんは、取り返さなくていいってさ。まあ、相手が相手だし」
「やっぱりヤクザ絡みだったのか」
「盗聴器で話を聞いたら、ののかさんの兄が盗んだ物だったんだ。あれの正体は、ただの石。でも、ヒ素が多量に含まれているものらしい」
「なるほど」
「海外から持ってきた物を、組長に持っていく途中で、ののかさんのお兄さんが、大きい宝石だと思って盗み、結局金に換えられず、ののかさんにあげたらしい」
「ヒ素か…だから、肌がピリピリしたんだな」
「どこの組なのかはわからなかったけどな」
小太郎は周一に封筒を渡した。
「これ、周一の分の報酬」
「ああ。あれ? 少し多くない? 小太郎の報酬の10%で契約してたよな?」
「ののかさん助けたから、少し上乗せしてもらった」
「そっか」
周一は、封筒をしまった。
病院に払うお金は、マスターが代わりに払いに行ってくれた。
数日後。小太郎は街を歩いていた。
「光太郎! 光太郎ってば!」
後ろから声をかけてくる人がいる。
(光太郎? 光太郎って…あ、オレの偽名か)
後ろを振り返ると、桃仁が立っていた。
「桃仁…」
彼は、怒ったような悲しいような顔をしていた。
「おまえ、病院から消えたっきりで、ののかちゃん心配してたぞ。俺、学生課に聞いて、鈴木光太郎なんて名前の学生いないって」
「あー、ごめん。(あの後、周一に頼んで消したもらったんだ)」
小太郎は苦笑いして誤魔化した。
「なに笑っとんじゃ!」
「…とんじゃ?」
「あ…つい方言が…気を付けてたのに…」
恥ずかしそうに頬をかく桃仁。
「ごめん。心配かけて。でも、ののかさんとは、この間会ったし…」
《ののかさん。小太郎がボディーガードだって言ってないみたいだね》
朱丸が呟く。
「はあ? 俺には何も言わないのかよ」
「だって、連絡先…」
「いや、教えたじゃん。ライム…」
そういえば、何か交換したと思い出した。
「ごめん。やり方わかんなくて。他の友達とはメールだし。しかもうまくできない時があって、電話で返事しがちだし…」
小太郎は苦笑いを浮かべる。
「ええ…マジか。はあ…ずっと大学来てないからさ。何かあったのかって心配だったんだ」
「そんなに、心配してくれたんだ」
「当たり前だろ。友達なんだから」
「友達…」
小太郎は嬉しそうに、微笑んだ。
「あの、実はオレさ…」
小太郎は本当のことを話すことにした。
カフェで話をした。
自分が本当は大学生じゃないこと。
ボディーガードの依頼で、ののかと一緒にいたこと。
「ボディーガード…」
「そう…。オレの依頼人って、本当は裏稼業の人が多いんだ。今回はたまたま、ののかさんみたいな人だったけど。
ヤのつく人との付き合いもあるし」
「そっか…」
桃仁は少し考えるように顎に手を当てた。
《小太郎…桃仁が桃太郎の子孫かどうか、確かめないと…。このまま彼と友達でいるかどうかは、それを確かめてからで》
朱丸が注意してきた。
「ええと…桃仁は…その、桃太郎ってどう思う?」
「は?」
「いや…ええと…」
急におかしな質問をしてしまい、小太郎は気まずくなりコーヒーを飲んだ。
「…桃太郎か。俺は…あんまり好きじゃない」
「…そう…なんだ」
一応、答えを返してくれた事にホッとする。
《何のヒントにもなっていないじゃん》
抗議する朱丸がうるさくて、思わず頭を抱えた。
「大丈夫?」
「え?」
「頭痛いのか?」
桃仁が心配そうにこちらを見る。
「いや…大丈夫」
「そっか」
彼は優しい人間だ。桃太郎の子孫かもしれないとか、そんなこと本当はどうでもいいくらい、小太郎は桃仁と友達でいたかった。
「オレが、ヤクザと付き合いがあるって知っても、桃仁は友達でいてくれる?」
小太郎が寂しそうに言うと、桃仁はテーブルを叩いて立ち上がった。
「あたりまえじゃ。そんなん、気にせんでええよ。俺、剣道五段持っとるし、精神面だって爺ちゃんに鍛えられたけん」
「そ、そっか」
桃仁がまくしたてるので、小太郎は圧倒された。
「うわ…俺今すっごい訛ってた〜」
桃仁はテーブルに突っ伏した。
「桃仁って、どこ出身?」
「岡山…。焦ったりすると方言出ちゃうんだ」
「そっか」
小太郎は、フフっと笑う。
「オレさ、鈴木光太郎って、仕事上の偽名名乗ってたんだ。本名は、鬼山小太郎」
「鬼山…小太郎…」
急に声のトーンを落とした桃仁に、小太郎はドキリとした。
『うかつだったか? 桃太郎の子孫かもしれない相手に…』
《…そうだよ。本当に桃太郎の子孫だったらどうするの? まあ、小太郎の名前が、子孫にまで伝わってるかはわかんないけど。
15代目の桃李が、小太郎の名前が記録に残らないよう根回ししてくれてたんだしね。
それ以降も、桃太郎一族に名前は名乗ってないけどさ》
朱丸は、ため息をつく。
「…じゃ、小太郎って呼ぶな」
桃仁は笑顔を見せた。
「う、うん。ええとさ、桃仁ってどういう漢字書くの?」
「ああ、えっと…」
桃仁は紙とペンを出して、書いてみせた。
「桃…」
《桃…》
朱丸が息を飲む。少し動揺しているようだ。
「…っ」
小太郎は胸元を掴む。
「どうした? 大丈夫?」
「あ…ごめん。カッコいい名前だね」
「俺は自分の名前嫌いだけどな…」
「そう…」
《桃ってさ。桃太郎の一族は、必ず桃の字を名前に入れるじゃん。これってもう確定じゃない? それにさ…》
桃仁は、長い袋を持っていた。竹刀が入っていると言ってたが。
「ハア…」
「おい。大丈夫か? 具合悪いんじゃ」
「…大丈夫…。オレ、バイトだから、そろそろ行くね」
小太郎が立ち上がり、会計を済ませる。
「ええと…お金」
「いいよ。オレの方が年上だしさ。奢られといて」
「年上?」
「うん。オレ、21だよ」
「ええ⁉︎ ちょ…待って! 見えない」
「アハハ…よく言われる。童顔だからかな」
「まさか3つも年上だなんて…。今までタメ口ですいませんした。小太郎パイセン!」
「なんだよそれ…」
小太郎はクスクス笑う。
「小太郎なんのバイトしてんの?」
「バーテンダーやってる。駅から少し歩いた場所の、“BAR COMODO”って店」
「バーテンダー…」
桃仁はキラキラした目で見てきた。
「俺、東京来たら行ってみたかったんだ。ねえ、俺も行っていい? 未成年はダメかな?」
「いや、大人と一緒なら入れるよ。来る?」
「うん」
店に着くと、マスターが開店準備をしていた。
「おはようございます。マスター」
「おはよう。そっちの子は?」
「友達の桃仁です。店に入ってみたいって言うんで。いいですか?」
「ああ」
小太郎は、奥に入って、制服に着替えてきた。
「カッコイイ…」
「アハハ。そうかな?」
小太郎は照れて頭をかく。
「何か飲む? 奢るよ」
「いいの?」
「ノンアルだけどね」
「じゃあさ。なんか、その人をイメージして作るみたいなの…」
「アハハ…ドラマとかで影響されてるのかな?」
小太郎が、カクテルを作り目の前に出した。
ピンク色のカクテル。
「キレイだ…」
桃仁はキラキラした目をした。
「どんなイメージなの?」
「ええと、桃…かな」
小太郎が言うと、桃仁は急に真顔になった。
「フーン」
『あれ? オレなにか間違えた?』
《さっき、自分の名前嫌いって言ってたじゃん》
『あー、そういや…』
「俺の…名前…」
呟く桃仁。
「あーごめんね。安直で…」
桃仁は、カクテルを飲むと笑顔になった。
「桃の味だね。美味しい」
「……」
小太郎は、フードメニューの仕込みを任され、キッチンの方に立った。
カウンターからは背を向ける形になる。
マスターは、カウンターで作業しながら、桃仁と話していた。
「桃仁くんって、名字なんていうの?」
「吉備津です。吉備津桃仁…」
「どんな字書くの?」
「…えっと」
桃仁は紙とペンを渡され、名前を書いた。
「吉備津…珍しい名字だね。確か、桃太郎が吉備津彦ノ命って名前だって聞いたことある」
「…そうっすね。まあ、神話の一部ですけど…」
「お客さんが岡山に行ってきたらしくてさ。吉備津神社ってとこに行ってきたって、色々話してくれたから…。桃仁くんは行ったことある?」
「…まあ、地元なんで…」
「そっか。桃仁って桃の字入ってるし、親御さん、桃太郎意識して名前つけたのかね?」
桃仁は、手をピクリと動かした。
「そう…ですね…」
「もしかして、桃太郎の子孫だったり?」
マスターの冗談に、小太郎と朱丸はビクッと反応した。
少し周りの温度が下がった気がした。
「なんてね…」
「ハハ…」
チラッと様子を見ると、無理矢理笑っているようだった。
仕込みを終え、カウンターに戻った小太郎の方に桃仁は移動した。
「…どうした?」
「……」
少し機嫌が悪そうな桃仁。
以前から、名前のことを言われると、機嫌が悪くなっていた。
何か理由があるのだろう。
小太郎は、深く追求しないようにした。
「…さっきさ…」
桃仁がポツリと話し出した。
「…うん」
「マスターが俺のこと、桃太郎の子孫って冗談を言ってたけどさ…。俺、本当に桃太郎の子孫なんだ…」
「…っ」
朱丸が強く反応した。
《やっぱり…そうなんだ》
疑惑が確信に変わり、納得するというよりも、目の前に最大の敵が現れたことで、酷く動揺している。
朱丸が動揺することで、鼓動が速くなった。
『朱丸…落ち着け…そんなに鼓動速くしたら…オレ…』
動悸が激しくなり、その強さに耐えられなくなった。
「…う…ぐっ…」
胸元を握り締め、しゃがみ込んだ。
「小太郎⁉︎」
慌てる桃仁。
「…痛った! ハアッ…痛い‼︎」
「おい!」
カウンターから身を乗り出し、様子を伺う。
「小太郎くん! また発作? 大丈夫?」
マスターが駆け寄る。
「ダメ…う…あぁ!」
桃仁は、カウンターに設置されている入り口から中に入った。
「小太郎…」
背中をさする。
「と…ぅじん…ハアハアッ」
「奥に休憩スペースあるんだ。連れてってくれる?」
「はい」
マスターに言われ、桃仁は小太郎を抱き上げた。
休憩スペースのソファに寝かせる。
「う…ハアッ…と…じん…ロッカーに…酸素…」
桃仁が小太郎のロッカーを開けると、リュックが入っていた。中を見ると酸素缶が一本入っている。
それを開封して、小太郎の口元にあてた。
「スゥ…ス…」
桃仁はもう片方の手で背中をさする。
(背中…桃仁の手…安心する)
しばらくして、息が落ち着いた。
「大丈夫か?」
「…うん…ありがと…」
「これ、薬効かない代わりに、持ってるの?」
桃仁が酸素缶を軽く振る。
「うん。前に医務室で使ったら、すごい楽になったから。先生に欲しいって言ったら、売ってるとこ教えてくれて…」
「そっか」
「ずっとただ我慢してるの、本当に苦しくて」
「うん。ちゃんと、自分で対策してんの、偉いじゃん」
「うん…」
小太郎の目から、涙がこぼれる。
「え⁉︎ ちょっ…泣くなよ」
「オレ…泣いて…る?」
「うん…」
桃仁はハンカチを出すと、目元にあてる。
「ごめん…」
小太郎はウトウトと眠そうに瞬きした。
「眠い?」
「…ん」
「少し寝たら? マスターに言っておくから」
「ん…」
小太郎は頷くとすぐに寝息をたてた。
目を覚ました。
「あれ? オレ…」
《小太郎…大丈夫? ごめんね。オイラ動揺して、心臓に負担かけちゃったね》
『うん』
《…桃仁はさ、やっぱり、桃太郎の子孫だったね》
『…うん』
小太郎の体には、ブランケットがかけてあった。
「優しいよね。桃仁…。オレ…友達でいたいな…敵になんて…なりたくない」
「え? なに?」
小太郎がハッと顔をあげると、桃仁が入り口にいた。
「桃仁…」
「小太郎…大丈夫そう? マスターが、様子見てきてって」
桃仁はエプロンをしていた。
「そのカッコ…」
「うん。手伝ってた。軽食なら作れるし…」
「ありがとう。ごめんね」
小太郎は、立ち上がった。
「まだフラついてるじゃん。大丈夫?」
「平気…」
店に戻ると、女性客が「桃仁くん♡」と声をかけていた。
「オレ、バイトここに変えよっかなー」
女性客にチヤホヤされて、嬉しそうだ。
「マスター、すみません。迷惑かけました」
「いや。桃仁くん、手伝ってくれて助かったよ。今は人手足りてるけど、桃仁くんみたいな子、採用したいよ」
「そう…ですね」
《小太郎、桃仁がここにバイト来たらさ。小太郎はここやめた方がいいんじゃ…》
『…でも…オレは一緒に働けたら嬉しいけど…』
《危機感なさすぎだよ》
しばらくして、桃仁は帰った。
《桃仁は、あの竹刀入れに、きっと破鬼の剣を入れてるんだ。オイラが最初、彼に会った時のザワザワした感じは、遺伝子に刻まれた先祖の声だよ、きっと》
『桃仁の手で背中をさすってもらったら、痛みが和らいだ。桃太郎の子孫なのに、なんで…』
《そう。不思議だよ。反対に鬼の妖力を奪うとかならわかるのに…》
朱丸は少し考えてから言った。
《小太郎。桃仁とさ、もう会わないようにしない? もし、小太郎が鬼だってバレたら、きっと彼は、使命のために、小太郎を殺すよ》
『……』




