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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
14/17

罪と罰 ー過去編ー

流産の表現があります。

自殺の表現があります。

気になる人はご注意ください。

 人間界に帰る事にした一行は、天が持ってきた手鏡を見た。

「それは?」

[移動するための媒体だな。鏡じゃなくてもなんでもいいんだが…]

「来る時もそこを通ってきたよ」

朱丸が言う。

天が手鏡に力を込めると、鏡面が揺れた。

朱丸が手を触れた。中に引き込まれていく。

「わ…」

小太郎は目を丸くした。

次に明子が入って、小太郎も入る。最後に天が入った。


鏡の向こうは洞窟だった。

「ここ…」

[俺の住処だ]

振り返ると、小さな鏡を持っている天がいた。

「こっちにも鏡?」

[ああ。媒体が同じ物の方が、力が伝わりやすい。それに…]

天は鏡を小さな社の前に設置する。

[このお社に参拝する時に見る神鏡だからな。誰かに盗まれたりしない物の方が安心だろ]

「神鏡だったの⁉︎」

小太郎も明子も驚く。

天の住処には、小棚と火鉢、水甕が置いてあった。

「あ…」

洞窟の奥に、薄い畳の上に寝かされ、薄い布団をかけられた、小太郎の体が横たわっていた。

[戻った方がいい。今心臓は必要な回数しか動いてない。時間がたつほど、回復し辛くなるぞ]

「うん」

小太郎と朱丸、明子は、三人でそっと体に触れる。

魂はスッと、体に戻っていった。


 小太郎は目を開けた。

戻ったのだとわかる。朱丸が心臓にいる感覚。明子はどこにいるかわからないが、きっと自分の中にいる。

「…ぁ…」

声がうまく出ない。

[大丈夫か?]

「…て…ケホッ…」

[体、動かせるか?]

体が重い。息が苦しい。心臓の動きが弱くて血の巡りが悪いのだ。寒くて仕方ない。朱丸も、頑張ってるのだろうけれど。

「さ…む…」

[寒いか。ああ…冷たいな。気づかなくてすまん]

天は小太郎の頬に触れ、置いてあった火鉢を持ってきた。

火鉢に術で火を灯すと、置いてある小棚からヤカンを取り、水甕の水を入れ、火鉢の上に置いた。

ヤカンの水が沸くと、湯呑みに移す。


天は、小太郎を抱き起こすと、薄い布団ごと膝に乗せた。

「……」

小太郎は恥ずかしそうに、目を背ける。

ちょうど良い温度になった湯呑みを、小太郎の手に持たせた。

[持てるか?]

手に力が入ってないのを見て支えてやる。

一口飲む。

「あった…かい」

[ただのお湯で悪いな。ここには水と酒しかないんだ]

「ううん。ありがと…」

素直な言い方に、天はくちばしをかく。

「天…あんまりオレを…甘やかさないでよ。オレ…この世界にいるのが辛くて、死のうとして。みんなに迷惑かけて。なのに、みんな優しくて。天は甘やかしてくるし」

小太郎は俯いた。

「オレ…天の腕から出れなくなっちゃうよ。この心地良い場所から」

[なんでダメなんだ?]

「だって、もう大人だし」

[小太郎はまだ子どもだ。鬼ならな。これから何百年生きると思ってる?]

「…子ども…。そっか」

[永い人生…いや、鬼生? 少し休んだって影響はない。甘えたければ、存分に甘えればいい。もう故郷に帰れないなら、今の親は俺だけだろ?]

「うん…。と…」

父さんと呼ぼうとしてやめた。顔が熱い。

[ん?]

「なんでもない…」

《あ〜、やっと体があったまった。どう小太郎? もう動けるでしょ?》

朱丸の声がした。

「あ、ああ。本当だ。もう大丈夫」

小太郎が、天の膝から降りようとする。

[小太郎、父さんって呼んでくれないのか? さっき言おうとしたろ?]

「ち、違…」

顔を赤くして否定すると、天は抱きしめてきた。

[ふふ…]

嬉しそうに微笑う。

「もう離して…」

《オイラは父ちゃんって呼んでるよ》

[朱丸はかわいいな]

《えへへ》

小太郎の頭を撫でる。

「オレを間に挟むな!」

[小太郎もかわいいぞ]

《よかったね。小太郎》

「あ〜もう…」


 天と生活を始める小太郎。基本、霊体の烏天狗は、生活に必要な物もそれほどない。

火鉢も酒を熱燗で飲みたいために用意した物だし、薄い布団も、酔って寝る時に、気持ちよく寝るためだ。


人間界で、生きるために食事をする必要もない。

妖怪界で育てた食物を食べていれば、妖力を補える。

妖怪が人間界に来るのは、人間に忘れられてしまうと消滅してしまうからだ。時々人間を驚かして認知させている。


もし、小太郎が肉体を保ったままで、妖怪界に来ることができれば、妖力を充分に補えるだろう。霊体しか行くことができないし、一々魂を切り離すのは、リスクが大きい。


 生活に必要な物を、洞窟に持ち込む。

と言っても、自分の着替えや布団くらいだ。貯金があったので、買い揃えた。

 前に住んでた村の家に行ったら、家はなくなっていた。

別人に変化して村人に聞くと、軍人が来て、中を調べてから、燃やしたと言っていた。

 「鬼が住んでいた家には禍いが残っていると、村長が焼き払いたいと言ってたからね。軍の方から、調査したいから待つように言われてて。最近調査に来て、燃やしてたよ」

 後で持ち出したいと思っていた、明子のお気に入りの椅子も着物も燃えてしまったのか。

小太郎が呆然としていると、村人は「明子さんの知り合い?」と聞いてきた。

「はい…」

「そうか。軍人さん。金になりそうな物を持っていったよ。鬼の呪いが怖くないのかね」

「ロッキングチェアも持って行った?」

「ああ…運んでたかな」

小太郎はギリッと、歯噛みした。


吉備津隊が…桃李がそんな命令をするだろうか。


小太郎は、吉備津家に情報を収集しに行こうと思った。

でも、色々な事を思い出し、足がすくんだ。


 [そうか。それは悔しいな…]

天が頷く。

「鬼が住んでた家だって、バレてるのも気になるけど…」

[前に村長が、明子を喰べているおまえを目撃してたしな。小太郎本人だと思い込んで、桃太郎の一族に言っていたんじゃないか?]

「そっか。オレ、明子がよく着てた着物…持ち出しておけばよかったな。椅子は大きいから無理だけど」

[金に換えているなら、町の骨董屋にでもあるんじゃないか?]

「うん…探してみる」


骨董屋を探してみると、椅子はすぐに見つかった。

買って帰ってきた小太郎は、天の住む洞窟に置くことにした。

「ここ置いておいていい?」

[まあ、構わんが…]

小太郎は嬉しそうにロッキングチェアに座る。


それからは、夕飯後のまったりとした時間に、よく座ってはボーッとしていた。

明子との思い出を思い出しているのだろう。

天は、酒をちびちびやりながら、そんな小太郎を見るのが習慣になった。


 妖術の修行も欠かさず行った。

今までは、錫杖を出すのにも、媒体が必要で、いちいち羽根を出して、その羽根を媒体にしていたが、媒体がなくても、出せるようになった。

 見た目だけでは、小太郎は鬼には見えない。妖怪も、鬼だと知れば、警戒もするが、今の小太郎では、舐められることも多い。

天の助言で、鬼のオーラを体に纏わせるという術も習得でき、さらに、妖力が充分あれば、自分の意思で角を生やすこともできるようになった。


 貯金が尽きそうなので、川魚を獲ったり、たまにウサギやイノシシを獲って、町に売りに行ってお金を稼いでいた。

 

 人間を傷つけてしまうのが怖いと言っていた小太郎だが、魚を売っている時も普通にしてたので、人と接するのが怖いわけではないのだなと朱丸は思った。 

 でも、20歳くらいの女性が声をかけてきた時、緊張しているのがわかった。

小太郎を殺そうとしてきた人も、同じくらいの年齢だったなと、朱丸は思い出す。


 米がなくなりそうなので、買いに行く事にした。

そっと米屋を覗くと、店主はお婆ちゃんのようだ。

小太郎はホッとした。

《小太郎?》

『若い女の人だったら、怖いし…』

《あ〜、心の傷になっちゃってるんだね》


米を買って帰ろうとした時、ふと目に入った。

お婆ちゃんが腰をさすりながら、重い袋を運んでいる。

「手伝いますよ」

「お客さんに、そんなことさせらんないよ」

「でも…」

「あいたた…」

辛そうなお婆ちゃんに、小太郎は思わず手を貸した。


片付けを終えて、座るお婆ちゃんの隣に腰掛けた。

「ありがとうね。はあ…」

「お婆ちゃん。一人でやってるの?」

「爺さんが腰やっちゃってね。あとは孫がいたんだけど…」

「けど…?」

「口喧嘩してね。出ていったんだよ。もう16歳だし、そんなに心配はしてないけど。たぶん年上の恋人の所に行ってるんだよ」

お婆ちゃんはため息を吐く。

「地震の時、あの子の両親が死んじゃってね。代わりに育ててきたけど、甘やかしすぎたかね。最近ずっと家の手伝いせずに、遊んでばかりで…」

店に少年が入ってきた。

(たけし)…」

お婆ちゃんが駆け寄った。出て行った孫のようだ。

「帰ってきてくれたのかい?」

「違うよ。金…取りに来た」

「お金…? 出ていく時持っていったじゃないか。爺さんに止められたのに。もう渡す金なんてないよ」

「…ちっ」

武は家の中に入って行った。

「ごめんね。家の事情なんて見せて…。さ、もう帰ってくれ」

お婆ちゃんに促され、小太郎は店の外に出た。


武が出て来た。お婆ちゃんが「待ちなさい」と彼の腕を取る。

「離せよ。ババア」

「爺さんが動けないからって、勝手に金持って行くなんて」

「うるせーんだよ!」

武がお婆ちゃんの腕を振り払うと、彼女はバランスを崩して尻餅をついた。

「大丈夫?」

小太郎はお婆ちゃんに駆け寄る。

「…武…お店はおまえがいないと、困るんだよ」

お婆ちゃんは悲しそうに言う。

「人手が足りないなら、雇えばいいだろ? おれは米屋を継ぐ気なんてない」

武は走り去った。

「武…」

お婆ちゃんは悲しそうに俯く。


小太郎は放っておくことができなくて、武を追った。


武は喫茶店に入って行く。

どうやら誰かと待ち合わせしていたようだ。

お婆ちゃんのために彼を説得しようと、しばらく外で待っていた。


喫茶店の入り口は、入店する客と出て行く客が同じくらいいた。

やがて、武と20歳くらいの女性と、強面の男性が出て来た。

武はオドオドした様子だ。

三人が路地裏に入って行くのを見て、小太郎は追いかけた。


「もう許してください」

「人の女に手出して、簡単に許してもらえるわけないだろう?」

強面の男が、武に詰め寄った。

「他に恋人がいるなんて、聞いてなかったから…」

「だって言ってないし…」

女が、男の後ろで笑う。

「もしかして、お父さんが病気っていうのもウソ?」

「あれ? 気づいちゃった?」

武が聞くと、女は悪びれもせず言う。

「お父さんの手術費が必要って…」

「私のお父さんが、有名な画家っていうのもウソだよ。だからアンタを弟子入りさせるのは無理。ごめんね〜」

「騙してたんですね。お金返してください…」

武が涙目で訴えると、男が笑う。

「俺の女といい事してたろ? 迷惑料として受け取っておくよ」

「そんな…」

武が男の着物を掴むと、男は舌打ちして彼を押す。武は座り込んだ。

「婆ちゃんに、なんて言えば…」


「待て…」

「あ?」

小太郎は二人の前に立った。

「なんだお前? コイツの友達か?」

「お金返してあげてください」

「関係ないヤツは引っ込んでな」

小太郎は見えない速さで動き、去ろうとした男の懐から、スルリと財布と封筒を盗った。武に見せる。

「この封筒が、君の?」

「え…あ…はい」

「な⁉︎ いつのまに?」

「あ、財布も盗っちゃった。はい…」

男に財布を返すと、もう一度、武に向きあった。

「お婆ちゃんが心配してた。帰ってあげなよ」

「うん…」


「おい…金を返せ」

男は小太郎に詰め寄った。

「返したよ?」

「その封筒だ」

「騙し取ろうとしてたんでしょ?」

武は封筒を懐にしまうと、小太郎にお辞儀をして、その場を離れようとした。

「待ちなさいよ」

女が武を通さないように、腕を広げた。

「大人しくその封筒を渡せば、痛い目見なくてすむぜ?」

「…っ」

武がぎゅっと胸元を握りしめる。

「ほら、つかまえた」

女が武を抱きしめた。

「…ぁ」

武は顔を赤くする。

女がスッと懐から封筒を抜いたのを見て、男は動いた。

小太郎は男の腕を掴む。

「お金…」

「しつけーんだよ」

男が殴りかかってきた。拳を受け止めた小太郎は、その腕を捻る。

「痛っ!」

男が悲痛な声を上げる。その声に、小太郎は力を抜いた。

『力入れすぎたかな?』

《大丈夫だよ》

小太郎が不安そうに聞くので、朱丸は安心させるように言う。

《痛い目見せて、お金を返してもらおうと思ったのに、小太郎すぐ離しちゃって…》

『だって…』

以前は平気だったのに、人を傷つけることが怖くなっているんだなと、朱丸は思う。

一緒にいる女の人には、目も合わせないし。


「この!」

男は小太郎の胸ぐらを掴むと、そのまま地面に押し倒す。

思い切り、頭を打った。

「うぁ!」

運悪く、置いてあった石の鉢植えに後頭部を打ち付けた。

「う…」

頭から血が流れる。

『意識が…やば…朱丸…』

《うん。一回寝ときな…》

小太郎は失神してしまった。

「あ…」

男は、慌てた。

「ど、どうしよう…俺…人を…」

「逃げようよ」

女が言う。

「逃げないで! 誰か呼んで来てよ! 病院に運ばなきゃ」

武が言うと、二人は走り去った。

小太郎の胸に耳を当てる。

「生きてる…」

ホッと息を吐く。


「う…」

小太郎は目を覚ますと、頭を押さえて起き上がる。

「あ…大丈夫?」

「うん…」

《傷は塞がったね。妖力で治したから、減っちゃったよ》

『うん。少し苦しい…』

小太郎は息を吸う。

「あの二人は?」

「人を呼んでくるって。君を病院に運ばなきゃって」

「そっか。でも、オレはもう大丈夫だよ」

小太郎は立ち上がる。

「二人は戻ってくるかな?」

「わかんない」

「戻ってこないなら、お金回収できないな」

急にクラッとめまいがした。

小太郎は壁に体を預けると、ズルズルと座り込んだ。

「大丈夫⁉︎」

武は慌てた。

「うん…だるい」


カラスが降り立つ。

[カー]

「ん?」

《あれ? 父ちゃんの手下の烏だ》

『天の?』

《足首の所に、模様がある》

烏の足首には、紫色の細い線が一周していた。

[カー]

烏は小太郎の着物のすそをくちばしで食むと、クイクイと引っ張る。

《着いてこいって言ってるのかな? 小太郎動ける?》

『うん…』

立ち上がる小太郎に、武は手を貸す。

「大丈夫?」

「ありがとう。ごめん、オレ行くね」

忘れないように、落ちている米の袋を持った。

「あ…あの、ありがとう」

「いや。二人戻ってくる気配ないし、お金取り戻せなかったね」

武は、バツが悪そうに頭をかいた。

「…おれ、婆ちゃんに、ちゃんと謝る」

「うん。それがいいよ」


小太郎が烏を追って行くと、人気のない小さな神社に着いた。

「ハアハア…体がだるい…もう歩けない」

《うん。妖力が減って、オイラも動くの辛い》

[カラステングさま…マッテル。カエロウ]

烏は高い声で喋りだした。

「《喋った⁉︎》」

小太郎と朱丸は同時に驚いた。

烏は[カー]と高く鳴くと、靄に包まれ、次の瞬間には、自動車くらいに大きくなった。

「《ええ⁉︎》」

[ノッテ]

烏に言われるまま、小太郎は背中に乗った。

大カラスは飛んでいく。


烏天狗の住処に着く。

小太郎が大カラスから降りると、彼は元の大きさに戻った。

「ありがとうね」

[カー]

[ん? お帰り]

天が出迎えると、小太郎を乗せてきた烏は、彼の肩に止まった。

[クルゥ…ホメテホメテ]

[ああ…ありがとう。よくやったな、クロマル]

天がクロマルの喉を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。

《クロマル…って。オイラの名前に似てるね。黒丸と朱丸》

[まあな。たまたまだ。コイツは手下の中でも頭がいいんだ。俺の代わりに、山の偵察もしてくれるし]

[カラステングさま。コタローのことシンパイシテル。クロ、ズットコタローみてた。シニソウニなってたら、カラステングさまに目ツナゲル]

《じゃあさ、小太郎が女の人に刺された時は?》

[コタローおに…ササレてもシナナイ]

《うーん》

[はは…クロマルは厳しいな]

天は苦笑する。

[クロはカラステングさま、ちょっとカホゴとオモウ]

「ええとさ。今回なんで…クロマルはオレを助けたの?」

[カラステングさまにモラッタちからのシウンテン]

《試運転?》

[ああ。大きくなれる術だ。試しに、小太郎を迎えに行ってくれって頼んだ]

「そう…うっ…」

小太郎は、胸を押さえた。

[妖力減ったのか?]

「うん…」

天は、小太郎が買ってきた米を置くと、前に奉納された米を数粒持ってきた。

[ほら、神力のこもった米だ。もう、残り少ない]

小太郎はそれを口に運ぶ。

「はあ…」

[大丈夫か?]

「うん…」

[ヤッパリ、カラステングさま。コタローにカホゴだとオモウ]

クロマルがつぶやいた。


 ある日の朝、朝食を作ろうと味噌の入った壺を開けた。

「あ…」

[ん? どうした?]

「味噌ない…。昨日夕飯で使ったの最後だった」

[じゃあ、朝は味噌汁なしだな。後で買ってくればいい]

「うん…」

小太郎は朝食の用意を始めた。


二人で朝食を食べる。

[やっぱり味噌汁ないと寂しいな]

天がご飯を頬張る。

「そういや、なんで天もご飯食べてるんだ? 栄養としては必要ないんだよな?」

[ああ。でも、美味しそうなご飯が目の前にあったら、腹も減るよ]

「都合いいのな…」

小太郎は苦笑した。

[一人で食べるのも味気ないだろ?]

「ふふ…そうだね。オレが作ったご飯、天が美味しいって言ってくれるの、素直に嬉しいよ」

[…そ、そうか]

時々、素直に気持ちを言う小太郎に、面食らう天。

「そういえば、オレ色々、物を揃えたけど、お米炊く土鍋と釜戸はあったな。まあ釜戸は簡易的な物だったけど」

[あ、それは…]

「人間界では、自分で食事作ったりしてなかったんだよね?」

《あ…あれだよ。小太郎》

「ん? どれ?」

朱丸の声に、天はため息を吐く。

[おまえが、妖力不足で、死にそうになってた時あったろ? 明子の体調が悪くて…]

「ああ…うん」


明子の体が気がかりで、夜も充分眠れず、妖怪がいなくて、妖力がうまく回復できなかった時、天が自分の住処に連れて来て、おむすびをくれた。神力のこもった米で作ったと言って。


[釜戸は石を重ねて作ったが、土鍋は買ってきたんだ。金がなくて、俺の酒を売って]

「え?」

[今思えば、米をそのまま食わしても良かったんだよな。焦ってたから…]

天は頭をかいた。

「天…。わざわざ、オレのために…?」

《小太郎中に寝かせてから、洞窟の外でなんかやってるなって思ったけど、そういうことか》

朱丸が納得するように言う。

[なんか、言うの恥ずかしかったんだよ]

「天…」

小太郎は涙を浮かべた。

[おい。泣くなよ]

「ごめん。嬉しくて…」

涙を拭くと、残りのご飯を食べた。


 町への買い物は、天も一緒に行くことになった。

人間に変化して、実体化している。

12月も後半に入り、ついでに年末の買い出しをする予定だ。

二人で歩いていると、本当の親子のように思えた。


味噌とお餅と少しのおせちの材料を買った。

「正月飾りは?」

[毎年、村の人がお社に奉納にくる]

「ふーん」


お昼には、二人で食堂に入り、カレーライスを食べた。

[初めて食べたぞ。うまいな…]

天は気に入ったようで、夢中で食べていた。


 午後、商店街をブラブラしていると、女性の叫び声が聞こえた。

「ひったくりよ! つかまえて!」

小太郎と天が振り向くと、若い男が女性用カバンを持って走ってきた。

「どけ!」

小太郎は男の腕を掴み、背中側に捻って地面に押し倒した。

「…っ」

「天…これ」

男の手から離れたカバンを、天に投げる。

受け止めた彼は、後ろから恐る恐る近づく被害者の女性にカバンを渡した。

「痛い!離せ!」

男が叫ぶ。

「…ぁ」

小太郎は力を抜いてしまう。

その隙をつき、男はナイフを取り出すと、小太郎に斬りかかった。

「…っ」

腕を斬られ、蹲る。


「ぐぁ!」

叫び声に男を見ると、天に取り押さえられていた。


警官がやってきて、男は連れて行かれた。


「ありがとうございました」

女性はお礼を言って、去っていく。


小太郎は座ったまま、俯いていた。

[小太郎、大丈夫か?]

「うん。大した傷じゃない。もう、治った」

[そうか…。でも、泣きそうな顔してるぞ。妖力足りなくなったのか?]

《まだ大丈夫だよ》

朱丸が答える。

「オレ…怖い…」

[怖い?]

「とっさに、あの男を取り押さえたけど…。また「痛い」って言われて、力を抜いた。力加減を間違えて、殺してしまうかもって」

《ああ…この間もそうだったね》


[そう簡単に死んだりせんよ]

「でも! 人間て弱いんだ。骨を折っただけで、死ぬこともある。オレは、それで…殺した」

《うん…そう…だったね》

「今みたいな時って、体が勝手に動くんだ。困ってる人を放っておけない。

でも、人間相手だと、力の加減がわからない時がある」

[そうか…。だが、悪い事をした人間だから、気にしなくてもいいのではないか ]

天の呟きに、小太郎は目を見開いた。

「天も、そういう事言うんだ?」

[え?]

「オレとは考え方が違う…」

俯いて、顔を隠す。

[小太郎?]

小太郎は目に涙をためて、天を見返した。

[こ…]

「ごめん…先帰ってて。オレ、今、天と話したくない」

小太郎は、走り去った。

[小太郎…]

[カラステングさま…]

クロマルが天の肩に止まった。

[オイカケナイの?]

[今は…。クロマル、頼むな]

[ハイハイ…]

クロマルは、小太郎の後を追った。


小太郎は、川の土手に座って、顔を膝に押し付けて泣いていた。

クロマルは側に降りる。

「う…グスッ…」

[コタロー、カラステングさまシンパイしてる]

「放っといてよ」

クロマルはため息をつくと、地面をくちばしでつついて、エサを探しはじめた。


 陽が落ち始め、辺りが暗くなっていく。

クロマルは面倒そうに言った。

[イツマデそうシテイル?]

《そうだよ。帰ろう小太郎》

「うん…」

ふと、側にかかる橋を見ると、誰か佇んでいた。

どうやら女性のようだ。

その小さな橋には、他に人はいない。


彼女はおもむろに橋を乗り越え、川に身を投げた。


「あ!」

小太郎は、烏の羽根を生やし飛ぶ。落ちてきた女性を抱き止め、橋の上に降りたった。

「ハア…」

《助けてよかったの? 死のうとしてたんじゃない?》

朱丸の指摘にハッとする。

腕の中の女性が顔を上げた。

「あ…」

街灯の明かりに照らされた彼女は、以前、小太郎を刺して殺そうとしてきた、あの女だった。

「なんで…」

狼狽える小太郎。女も小太郎の顔を見て、驚くと、迷惑そうに距離を取った。

「なんでって、こっちのセリフなんだけど? 死のうとしてたのに、邪魔して…」

「…ごめ…」

「私、実家がこの町だから」

女は大きくため息をついた。

「覚悟を決めて飛び降りたのに」

女の冷たい視線に、罵倒され、包丁で刺された記憶が蘇る。

「う…」

小太郎は口を押さえて蹲った。

《小太郎? 大丈夫?》

「ん…ぅ…ごめ…吐く…」

嘔吐して、膝をついた。

「ハア…ハア…」

「人の顔見て吐くなんて、失礼じゃない?」

「う…」

「アンタの顔なんて、見たくなかったのに。でも、死ぬ前に教えてあげる。私、お腹に赤ちゃんがいたのよ」

「え⁉︎」

「でもね。この前、流産しちゃったの。赤ちゃんがいるってわかったのも、お腹が痛くて病院に行ったからで、気がついた時には、もうお腹の子は死んじゃってたの」

「そんな…」

「あの人の、一郎さんの唯一残してくれたものだったのに。医者が言うには、婚約者が死んで、心労がたたったせいだって。だから、アンタのせいよ」

「…ぁ…」

「アンタは一郎さんだけじゃなくて、私の赤ちゃんも奪ったのよ」

女は涙を流しながらも、淡々と話した。

「オレ…の…せいで…?」

小太郎は、頭を抱えて蹲る。

「鬼のくせに、命を奪った事、後悔してるんだ? だったら、私と一緒に死んでよ」

「え?」

「夢に出てくるんだよね。一郎さんと赤ちゃんが。私をあの世に呼んでるのかな。早く、一郎さんたちの所に行ってあげなきゃ。アンタも一緒に、飛び込んでよ」

彼女はフラフラと、橋の欄干に手をかけた。

「オレは…鬼だし、こんな川に落ちたからって、死なないよ」

小太郎は、ウソをついた。鬼だって、溺れたら死ぬ。

「知らないの? この川には、鬼魚っていう化け魚が住んでて、川で溺れた人間を食べるんだって。アンタもきっと食べてくれるから」

《鬼魚…。こっちにもいるのか。小太郎、彼女が何を言っても、一緒に死ぬなんて、ダメだからね》

『当たり前だろ? 何言ってるんだ』

小太郎が朱丸に言い返す。

《前科があるからさ。小太郎は…》

『……』

小太郎は、ため息をこぼすと、女に聞いた。

「君はどうしても死にたいの?」

「なに? 私を止める気?」

「愛する人が死んで、今は辛くても、生きてたら、きっと…」

女は、小太郎の頬を叩いた。

「その愛する人を奪ったのはアンタじゃない!」

「…そうだ…ね。ごめん…。オレは、一緒には死ねないよ。自分から死ぬことはしないって、約束したから」

「大丈夫。私が殺すから…」

女は髪を結っていた紐をほどいた。

「ぁ…」

逃げようとした小太郎の首に巻きつけると、後ろからギリギリと締めつける。

「が…ぁ…」

「一緒に化け魚に喰われましょ?」

女は紐を引っ張りながら、橋の欄干を乗り越えた。

抵抗しようとするも、意識が薄れて力が入らない。女は一度力を抜くと、小太郎の上半身をつかみ、こちら側に引き入れた。そのまま重力に従い、落ちていった。

《小太郎!》

慌てる朱丸。


二人は勢いよく川の中に落ちた。

「ゴボッ…」

直前まで呼吸を制御されていたせいで、思い切り水を飲んだ。

小太郎は目を開ける。

女は、薄ら笑いを浮かべながら、手を離し、底に向かって落ちていった。

「ゴボッ!」

女を追いかけようとしたが、もう力が出ない。

小太郎の意識は、闇に飲まれた。


「ゲホッ! ゴホッ!」

気がつくと、土手の上に倒れていた。

[ダイジョブ?]

大きくなったクロマルがいた。

「ハアッ…ハアッ」

《クロマルが助けてくれたよ》

「…あり…がと…」

女の姿がない。沈んだままなのだ。

気がついた小太郎は、再び川に飛び込む。

[チョット⁉︎]

クロマルが叫ぶ。

《なにしてんの⁉︎》

朱丸も声を上げる。


女は川の底にいた。

小太郎は泳いでいく。そこに鬼魚が現れた。女をバクンと飲み込むと、去って行く。


小太郎は、錫杖を呼び出すと、鬼魚に向けて放つ。

鬼魚のおしりの辺りにズブリと刺さった。

[ウギャア!]

小太郎は錫杖をつかむと、痛みに叫ぶ鬼魚を無視して、モリでついた魚のごとく、連れていく。

土手に着くと、鬼魚を地面に投げ、錫杖を抜きとった。

[ギャアア!]

鬼魚は苦しそうに暴れた。

錫杖から、鬼魚の血がポタポタ落ちた。小太郎はそれを舐めとる。

そして錫杖の先端を鬼魚に向けると、低い声を出した。

「吐け…」

[え?]

「彼女を吐き出せ」

鬼のオーラを出し、体に纏わせる。

角を生やし、牙を見せた。

[お、鬼⁉︎]

鬼魚は震える。

「吐け…」

[わかりました! わかりましたから!]

鬼魚は女を吐き出すと、川の中に逃げ込んだ。


女の容態をみると、すでに脈がなかった。

治癒の力は、死んだ者には効果がない。

小太郎は心臓マッサージをした。

開始してから2分。全く反応がなかった。

「ハアッハアッ」

《小太郎、もうムリだって。死んじゃってるよ》

朱丸が言う。

[ソモソモ、たすけるヒツヨーない]

クロマルが呆れたように言った。

「ハア…ハア…」

小太郎は座り込んで、膝を抱え、顔を伏せた。

「…っ…ぅ…ふ…」

肩を震わせている。

《泣いてんの?》

「オレのせいで…また…死んだ…」

《…それは…》

「オレが、彼女の恋人を殺したから、赤ちゃんも死んで…彼女も…」

《…うん…》

「…う…っ…オレ…ヒュッ…ハアッハアッ…」

小太郎は胸を押さえた。

《小太郎?どうしたの? 妖力切れてないのに…》

「くるし…息が…ハアハアッ!」

小太郎は激しく呼吸を繰り返した。

「息…できな…」

《ちょっと…大丈夫? 心臓すごく速いよ》

[カラステングさま…いまコッチムカッテル。コタロー、もうスコシガンバレ…]

いわゆる、過呼吸というやつだが、知識のない朱丸たちにはどうすることもできなかった。

やがて小太郎は意識を失った。


 「ん…」

意識を取り戻すと、なんだか暖かくて気持ちいい空間にいた。

「なん…だ?」

[起きたか]

天の顔がすぐそばにあった。

「て…ん」

気がつくと、小太郎はお湯の中にいて、天に抱っこされていた。

「んん⁉︎ え? お風呂?」

[烏山の秘湯だ。自然に湧いた温泉で、動物たちが入りにくる。綺麗に整備したのは俺だが…]

石が敷き詰められていて、人間も気持ちよく入れるようになっていた。

[俺もたまに入りにくるんだ]

小太郎は、天から離れた。

「なんで…オレ…ここに」

[おまえは川のそばで倒れていたが、酷く冷えていた。体温が下がりすぎると、人間は死ぬからな。鬼もそうかは知らぬが…]

「抱っこしてなくてもいいのに…」

[抱っこしてなかったら、溺れるだろうが…]

「…そう…だね…」

小太郎は恥ずかしそうに口元まで沈んだ。

「あの…ありがとう」

[ああ。もう、怒ってないのか? 俺のこと…]

「え? ああ…」

そういえば、天の考え方が自分とは違うと言って、走り去ったのだった。

「怒ってたわけじゃないよ。悲しかったんだ」

[そうか…]

「考え方が違うのなんて、当たり前なのに。元人間のオレと、妖怪側の天や、朱丸とじゃ…」

[……]

「オレを前に殺そうとした女の人、自殺した。助けられなかった」

[ああ…クロマルの眼から見ていた]

「彼女はお腹に赤ちゃんがいて、オレが恋人を殺したから、心労がたたって、赤ちゃんも死んだ。彼女も二人の後を追った。オレは三人も殺した」

[小太郎…]

「天…オレは、どうしたらいい? どうすれば、この罪を償えるんだ?」

小太郎は涙を流して顔を覆った。

《オイラたちは鬼だよ? 確かに昔とは違って、人間を襲わなくなったけど、不可抗力っていうの? 誤って、殺しちゃうこともあったよ。それでも、そんなに気にしなかった。死んじゃったら、喰べちゃってたよ。それが弔いだよ。オイラたちの…》

「…う…ゲホッ…ゲホッ…」

小太郎は、口を押さえた。

[小太郎?]

「…吐きそう」

小太郎は、風呂から上がって、草むらに嘔吐した。

「ゲホッ…ゲホッ…うぅ…」

[大丈夫か?]

天は、小太郎の背中に浴衣をかけた。

「ハアッ…ハアッ…」

《あれ?もしかしてオイラのせい?》

天は、手ぬぐいで軽く体を拭くと、浴衣を着る。

体調の悪そうな小太郎を、抱きかかえて飛んだ。

住処に着くと、やはり疲れていたのか、小太郎はすぐに眠った。


次の日の早朝。いつもなら起きている時間も、小太郎は眠ったままだ。

[おい? 小太郎、起き…]

天が体を揺するが、様子がおかしい。

額を触ると、熱かった。

「ん…天?」

[小太郎…おまえ、熱があるぞ]

「え、熱? そういえばなんか怠いし、苦しい」

《え? 鬼は病気なんかしないよ。破鬼の剣で斬られた時は熱出たけど…》

[人間がかかるような感染症にはならないんだろうが、たぶん、小太郎のこれは、知恵熱ってやつじゃないか?]

《ちえねつ?》

[頭使いすぎて、疲れたら出るやつだ。小太郎は、ムリしすぎなんだ。今日は何も考えずに寝ておけ]

天は手ぬぐいを水で絞って、小太郎の額にのせた。


「ハアッ…ハアッ…」

[小太郎、だいぶ熱が上がったな]

天は心配そうに小太郎の頭を触る。

《大丈夫だよ。父ちゃん。心臓の方に影響はないし、寝てれば治る》

朱丸が言うが、苦しそうに呼吸する小太郎に眉を下げる。


水を飲ませたり、汗を拭いてやったりして世話を焼く、天。

[何か食べられそうか?]

「今はいらない…」

[そうか…]

「天…迷惑かけて、ごめんね」

小太郎の素直な言葉に、天は頭をかいた。

[…いや…]


その夜。天は、小太郎の声に目を覚ました。

「う…ん…ハア…ハア…ぅ」

[小太郎、大丈夫か?]

「ハア…ハア…ん?」

小太郎は薄く目を開けた。

[悪い夢でも見ていたのか? うなされてたぞ]

小太郎は、ぼんやりとした表情で、眠そうに目をこする。

「……さむい」

[寒いのか。まだ熱が下がらないものな。他に掛ける物を…]

天が自分の掛け布団を取ろうとすると、小太郎が彼の着物のすそを引っ張った。

[ん?]

「いっしょがいい…」

[…一緒に寝るのか?]

「ん…」

天は小太郎の布団に入った。

二人で寝るには狭い。体の大きな天は、半分以上はみ出ていた。

[狭いな]

「…かあちゃん」

小太郎は天の胸にすり寄ると、寝息をたてた。

[ふ…]

寝ぼけて、母と間違えていたのか。天は、くすりと笑うと、羽根を出して、布団の代わりにした。


朝、小太郎が目を覚ますと、天の腕の中で眠っている自分に気づいた。

「え?」

[ふあ…おはよう]

「天…? オレ、なんで…」

[熱は下がったな。よかった]

天は、小太郎の額に手を当てる。

[夜中、一緒に寝たいって言ってたからな]

「寝ぼけてたんだろ? まともに取り合わなくていいよ」

頬を染めて、恥ずかしがる小太郎。

《でも、小太郎熱のせいで寒がってたから。父ちゃんと一緒に寝てたら、暖かかったよ》

朱丸が言う。

《小太郎、「母ちゃん」って呟いてたね》

「え? オレ、言ってたの?恥ずかしい…」

小太郎はそれからも、夜中うなされていた。

だいぶトラウマになっているようだ。


 それからしばらく経った。

やっと決心がついて、小太郎は吉備津家に行くことにした。


 小鳥に変化して、吉備津家の中に入る。

桃李の部屋を探していると、桃李の部下だった、猿女桜がいた。

桜はおそらく、桃李と結婚したのだろう。左手の薬指には指輪があった。

小太郎は桜の後を追う。

とある部屋に入った桜。小太郎もこっそり中に入る。

布団が敷いてあって、桃李が横になっていた。

(桃李…)

少し痩せていた。

「桃李さん。お体の具合はいかがですか?」

桜が額に手を当てる。

「うん。大丈夫。熱も下がったし。ケホッ…ケホッ」

「まだ咳が出ますね」

「うん。まだ少しだるいけど、そろそろ原稿書かないと…」

桜が出て行き、桃李だけになった部屋。

小太郎は、そっと桃李の枕元に降り立った。

「チュン」

「あれ? どこから入ってきたの?」

桃李は怠そうに起き上がると、小太郎を手に乗せた。

じっと目を見る小太郎。

「…もしかして、小太郎?」

桃李が言うと、小太郎は「チュン」と鳴く。

「桃李…」

小鳥の口から小太郎の声がした。

「やっぱり小太郎か。なんか、ずいぶん久しぶりな気がするよ」

「桃李、風邪?」

「うん。季節の変わり目はどうしてもね。怪我をしてから、ちょっと体弱くなったみたいでさ…」

小鳥の姿のまま、小太郎は項垂れた。

「…ごめん。それってオレのせいだよな」

「ハア…もういいから。左半身も、少しは、動かせるようになったんだよ」

桃李は、左手をぎこちなくあげた。

「鉛筆を持つのはまだできないから。物を書くのは右手でやってる。指がなくても鉛筆を持てる器具があってさ」

桃李が指を差した先。机の上に不思議な形の器具と、原稿用紙があった。

「何か書いてるの?」

「父様の伝記を書いてる。鬼と戦う吉備津桃寿郎の物語。雑誌に連載させてもらってるんだ」

「そう…」

小太郎は複雑そうに目を瞑る。

「読んでいる人は、ただの物語だと思うだろうけど。おれは、父様がどう鬼と戦ったのか、知ってほしいんだ」

桃李はキラキラした瞳で語った。桃李が父親を尊敬していたのは知っている。だが、小太郎からすれば、彼は憎き敵だ。

黙り込んだ小太郎に、桃李は声をかけた。

「小太郎…。小太郎のことも、書いたんだ。別の物語としてね。こんな優しい鬼もいたんだって、子孫に知ってほしくて。もちろん、小太郎の容姿とか、特徴は書いてないよ。オレがいなくなった後も、小太郎はずっと生きてくんだ。子孫に狙われるようなことにはならないように」

小太郎は桃李の話を静かに聞いていた。

「ダメだった?」

不安そうに聞く桃李。

「いや…大丈夫」

「よかった。もう本にする準備、出版社がしてたから、ダメって言われたらどうしようかなって」

「発売されたら読んでみるね」

「うん。感想聞かせてくれたら嬉しい」

「…うん」

小太郎は、少し迷いながら、聞きたかったことを聞く。

「桃李。ここに来たのは、確認したいことがあったからなんだ」

「なに?」

「オレの家さ。なんで燃やしたの?」

「家? ああ…。鬼が住んでいた家が村にずっとあるのは不吉だって、あの村の村長から、焼き払ってほしいって、依頼が来たんだって」

「桃李が命令したんじゃないんだ」

「うん。おれ入院してたし、吉備津隊はお休み中だったこともあって、他の隊が現場に行ったみたい。おれ達には事後報告だったんだ」

「そっか…。金になりそうな物を持ち出してから、焼いてたって、村の人から聞いたんだ。明子との思い出のイスだけは、近くの骨董屋で見つけたけど…」

「なにそれ…聞いてない」

桃李は怒りを露わにした。

「鬼が住んでた家だからって、勝手なこと。ごめんね、小太郎」

「…明子との思い出の品、一つでも取り返せたから、もういい」

「……ほんとにごめん」

桃李は俯く。

「…オレの方だって、謝りたいこともっとある」

「ん?」

「吉備津隊の兵士、一人殺した」

「…ああ」

「鬼化していた間のことは覚えてないんだ。結果的に殺してしまったけど、オレは人を殺めるつもりなんてなかった」

苦しそうに話す小太郎。

「オレ、人を殺したことなんて無かったんだ。鬼になっても。人間の心をずっと持っていたいって思って」

「うん。小太郎はそうだろうね。彼が死んだのは確かに悲しいけど、軍人はいつだってそういう覚悟をして仕事してるんだ。小太郎が彼を殺めたのも、おれたちが小太郎を殺そうと動いたから、結果的にそうなってしまっただけだ。だから、もう気にするな」

「でも。彼が死んだから、彼の恋人は辛い思いをした」

「ああ。彼女から聞いていたよ。鬼を殺そうとしたけど、逃げられたって。妊娠していたけど、流産したらしいね。彼女が遺体で見つかったって連絡を受けて、やっぱりかって思ったよ」

桃李は悲しそうに小太郎を見た。

「やっぱりかって?」

「警察は恐らく自殺だろうって言ってたけど。彼女、流産してから塞ぎ込んでたらしい。部下の婚約者だった人だ。気にかけていて、実家に戻った後も、何度か電話して、様子を伺ってたんだ」

「そっか。彼女が自殺してしまったのも、オレのせいだ。オレ彼女に橋の上で「一緒に死んで」って、川に落とされて、結局彼女は死んでしまった」

小太郎は小鳥の目から涙を流した。

「小太郎…」

「桃李。オレ、自分の過ちに耐えられないんだ。オレに罰を与えてくれよ」

「…罰って。小太郎、もういいんだ。充分悩んで苦しんだんだろ?小太郎は鬼だから、法で裁いたりできないよ。鬼だからって理由で容赦なく死罪になるだろうし」

「……」

「小太郎。もし、罪を償うことで、心が軽くなるんなら、おれは、国のために働いてほしいと思う」

「え?」

「おれはこの体だから、もう兵士として戦えない。今、中国との戦争が始まろうとしてるんだ。吉備津隊は鬼を専門に扱う隊だけど、有事の時は、陸軍の一隊として出なきゃいけない。おれの代わりに、国のために戦ってくれるか?」

小太郎は頷く。

「うん」


それからしばらくして、小太郎は軍人になっていた。

太平洋戦争が始まる。





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