第三夜 ー現代編ー 『友達』
東京の下町。藤川区。
小太郎はこの町で、ボディガードとして働いていた。
鬼澤組の組長の娘を助けた事で気に入られ、仕事を紹介してもらえたし、部屋も借りられた。
とは言え、ボディガードの仕事が、そうポンポン入ってくるわけでもない。
お客さんが裏社会の人物が中心なこともあって、見た目が学生のような小太郎は、なかなか信用を得にくいこともある。
お金を得るのが難しい月もあり、家賃の支払いだけで、もうすっからかんな時もあった。
組が紹介してくれた部屋は、古く狭い。風呂はなし。その分安い。
それでも、その日暮らしで野宿までしてた時よりは随分マシだ。
食べるのに困って、公園の水だけの日もあった。
今は、食べる物がないと、組長の娘のナオがご飯を持ってきてくれたりする。
わざわざ手作りの料理を作って持ってくるのだ。
小太郎は申し訳なく思って言った。
「材料だけくれれば、なんだったら米だけあれば…」
「頑張ってヤマトに料理教わったんだよ。おいしくない?」
「美味しいよ。ただ、ナオさんの負担になってないかなって」
「好きだから、作ってるんだよ」
「そっか、料理好きなんだ…」
「小太郎さんが好きだからだよ。好きな人に私の作ったご飯、食べてほしくて…」
「…ナオさん」
「やっぱり、私と付き合うの無理?」
「…ごめんね」
小太郎が哀しそうに微笑う。
どれだけ、心を込めた料理を持って行っても、小太郎は「うん」とは言わなかった。
ナオが小太郎の所に通うのを、ヤマトは見守っていた。
振られてもアタックし続けるナオ。
「親父に似て、頑固なんだから…」
ヤマトが暖かく見守る中、父親に小太郎の所に毎日のように行っているのがバレて、小太郎も呼び出された。
「ナオと付き合ってるのか?」
組長は低い声を出す。
「ナオは高校生だぞ。おまえは見た目は高校生に見えるからって、未成年に手を出すのは…」
「いいえ。ナオさんは、オレが食べるのに困ってると知って、ご飯を持って来てくれるだけで…」
(…っていうか。オレ、昔の常識のままでいた。大人が、16歳と恋仲になるのは、今はダメなのか…)
明子以外と恋をしたことがないから、そういう知識は完全に百年前のままである。
小太郎の言葉に、隣にいたナオは、寂しそうに唇を噛んだ。
「そうか。先月も、あまり仕事がなかったんだな」
小太郎の現状に組長は、ボディガード以外の仕事を紹介した。
紹介してくれたのは、組が経営してるバーだった。
マスターも、元々そっちの人だったらしい。
そこで会ったのが、常連客の山田宗一だった。23歳。小太りで、アニメが好きな、どこにでもいる若者だ。
彼は情報屋らしい。ハッキングも得意だと言う。依頼があればどうぞと、小太郎に言ってきた。
「なんで…」
「鬼澤組の人には、けっこう世話になっててさ…。鬼山くん…だっけ? 年も近いし、色々助けてやってくれって」
「そう…」
「君、組長に気に入られてるんだね」
「まあ…うん」
「鬼山くんは、アニメ好き?」
「…テレビないし」
「マジ? あ、スマホで配信見るタイプ?」
「…ナオさんに渡されたけど、基本電話とメールしか使ってない。ずっとガラケーだったし、使い方よくわからない」
「マジか…爺さんかよ」
「あはは…」
《爺さんだもんね。ホントは…》
『ツッコミありがとう。朱丸』
「21歳って聞いたけど、実はけっこう年いってる?」
宗一の言葉に小太郎は苦笑いを浮かべた。
小太郎は夜の町を歩いていた。
バーが閉店して、後片付けして、終わるのが2時前後。
この時間から、小太郎の狩りタイムになる。
酔っ払って、ケンカしてる人間。
強盗や恐喝、女性を狙う怪しい男。
夜の町には人間の悪意が溢れている。
「金出せ…」
「ひえ!」
裏通りに見つけた。フードを目深に被った男がナイフを突きつけ、老人に迫っている。
小太郎は、男の手を取り、ナイフを落とした。
「なんだ⁉︎テメエ!」
男が凄むが、意に介さず、フードを外すと目を見つめた。
小太郎が赤く目を光らせると、男は大人しくなった。
男の額に指を置いて、出てきた靄を吸い込む。
「ごちそうさま」
男はポカンと立ち尽くす。
老人は逃げて行った。
「あれ? 俺…何してたっけ?」
目をパチパチしばたかせる男。
小太郎は、頭にハテナマークを飛ばす男を置いたまま、その場を離れた。
悪意を持つ人間から、彼らの邪心を喰べる。
悪意の大きさにもよるが、二人くらい喰べれば、半月は持った。
ある夜。小太郎は川沿いを歩いていた。
人気のない深夜。橋の下には、ダンボールハウスがあった。
ホームレスが住んでいるのだろう。
「ひええ!助けて!」
お爺さんが出てきた。
ダンボールは火をあげて燃え上がる。
「大丈夫ですか?」
小太郎が駆け寄って、落ちていたバケツで川の水を汲み、火を消した。
「はあ…消えた」
「よ、よかった」
お爺さんは胸を撫で下ろす。
「ギャハハハ」
笑い声が聞こえ、目を向けると、隠れていた三人の男が出てきた。
いずれも19歳〜20歳くらいの若者。手にはスマホを持っていた。
「いい動画撮れたんじゃね?」
「これバズるっしょ」
小太郎は、男たちを睨む。
「火つけたのあんたたち?」
「ん?そうだけど?」
“何か悪いことした?”とでもいうように、金髪の細身の男は言う。
「そうだけどって…一歩間違えば、お爺さんが焼け死んでたんだぞ」
「…ガキが…俺たちに説教かよ」
茶色い長い髪を後ろに縛った男が言う。
「こんな時間に出歩くなんて、悪い子だね。高校生でしょ?」
「…こう見えても成人してる」
「マジかよ」
「なんだ。高校生じゃないのか…」
ガタイのいい、リーダー格っぽい男が残念そうに呟く。
お爺さんが、ダンボールハウスの中をガサガサし始めた。
「ん?何してんだジジイ」
リーダー格っぽい男が言う。
「ああ…無事だった」
お爺さんは手に写真を持っていた。
「あん?なんだこれ…」
リーダー格の男がそれを奪う。
「か、返してください」
「暗くてよく見えないな」
「昔撮った息子との写真です。一枚しかないんです。返して」
男はお爺さんを無視して、スマホのライトで照らす。
「あ、若い頃の爺さんと子どもか」
「そうです。返して」
「オラ!」
突然、男はお爺さんの腹を殴った。
「ゲホゲホッ! うう…」
お爺さんは苦しそうに蹲る。
「なにするんだ! 大丈夫ですか?」
小太郎が駆け寄る。
「おい、トラ。ライター」
「はい。兄貴」
トラと呼ばれた金髪の男は、兄貴と呼んだリーダー格の男に、ライターを渡した。
兄貴は写真に火をつける。
「ああ!」
お爺さんが悲痛な声をあげた。
小太郎が、誰にも見えない速さで動き、写真を取り返す。鬼の力だ。
「ん?あれ?」
兄貴は、いつのまにか消えた写真に驚く。
「少し燃えちゃいましたね」
小太郎が端の燃えた写真を返すと、お爺さんは泣きながらお礼を言った。
「いつのまに?」
小太郎は、スッと兄貴の前に立つと、目を赤く光らせる。
兄貴はポカンと呆けた。小太郎が頭に手を置き、悪意の靄を吸い込むと、兄貴はズルズルと座り込んだ。
「不味い…」
飲み込んだ邪心は、思いのほか美味しくなかった。
「兄貴?」
「こいつ今、目が光って…何したんだ?」
トラと茶髪の男は、震えた。
「あれ? 俺なにしてたんだっけ?」
座り込んだ兄貴が、頭をかきながら立ち上がる。
「あれ? トラとタク。なんでそんな震えてんの?」
「兄貴…覚えてない?」
「コイツ記憶を…?」
「さてと…」
小太郎が二人に近づくと、二人は兄貴を引きずりながら逃げていく。
「あ…待て」
小太郎が追いかけようとすると、後ろで呻き声がした。
「うう…痛い痛い!」
「お爺さん?」
駆け寄ると、先程殴られた腹が痛むのか、お腹を抱えて倒れていた。
「大丈夫ですか?」
「うう…痛い痛い!」
《これまずくない?》
朱丸が慌てる。
「救急車」
小太郎はスマホで救急車を呼んだ。
少しして救急車が到着し、お爺さんを乗せて行った。
数日後。小太郎が夜の町を歩いていると、声をかけられた。
「おい。おまえ…兄貴の記憶戻せよ」
「え?」
振り返ると、若い男が二人いた。
「ああ。ホームレスに暴行してた三人組の…」
《一人だけ悪意喰べて、あとは逃げて行ったんだっけ》
「撮った動画見せても、何も覚えてないんだ」
「催眠術でもかけたんだろ?」
二人にジリジリと、追い詰められる。
気づけば狭い路地に追いやられていた。
「催眠術じゃない。悪意を喰べたんだ。同時に記憶も喰べてしまう」
「よくわかんねー。兄貴の催眠解けよ」
「喰べた悪意は、もう妖力に使ったから返せない」
《悪い事してた時の記憶…いる?》
「意味わかんない事言ってんなよ。とにかく、動画見た兄貴があんた呼べって」
「断る」
「断っても、ムリにでも連れてく」
小太郎が二人の動きを封じようと、目を赤く光らせた。
「目が光って…」
「見るな! あの時も目が光って、それを見た兄貴が!」
「目を塞げ!」
前にトラと呼ばれていた金髪の男が、タオルを出して小太郎に迫った。
小太郎は、捕まらないよう逃げ回る。
『面倒だな。さっさとコイツらの悪意を喰べてしまいたい』
《ホントだよ》
ふと気配を感じ、小太郎が路地の入り口に目を向けると、山田宗一が立っていた。
「山田くん」
小太郎がポツリと呟く。
「隙あり!」
もう一人のタクと呼ばれていた男が、小太郎の頭を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
「ぐあ!」
《小太郎!》
後頭部を打ち付けて、意識が朦朧とした。
目隠しと手を後ろに拘束される。
「く…」
拘束を解こうともがいた。
「暴れるな!」
「もっときつく縛れ」
「やめろ…!」
「大人しくしろって」
タクが小太郎の首を絞めた。
「ぐっ!…が…あ…」
やがてぐったりと動かなくなった。
「あ…死んでないよな」
トラが口に手を当てて、呼吸を確かめた。
「気…失っただけだ」
「う…ゲホゲホッ…」
小太郎は目を覚ます。目隠しをされていて周りは見えない。
『朱丸…ここは?』
《倉庫みたい。隣には、山田くんが縛られてるよ》
「え? 山田くん? 無事?」
「え? ああ…大丈夫」
小太郎が声を上げると、彼が返事を返す。見えていないのに自分に気づいたのが不思議なようだった。
「目、覚めたのか」
ホームレスを暴行していた兄貴と呼ばれていた男の声。低めの渋い声だったから、覚えていた。
「なんで山田くんまで」
「ああん? おまえを乗せた車を追ってきたんだよ。そうだよな?」
「そうっス。バイクで追跡してきて…」
トラの声。
「山田くん。なんで…」
「友達だから…」
小太郎の質問にポツリと言った。
「友達…」
「そうそう。お友達…。大事なお友達に怪我させたくなかったら、俺の言うこと聞けよ?」
兄貴が笑う。
「とにかく目隠しを外せ」
「ああ…そうだな。おまえの瞳、見たい」
「いや、兄貴…外しちゃダメです! 動画見たでしょ?コイツの目が光ったら、兄貴が…」
「ああ…俺の記憶を消したんだっけ?」
「そうっス」
「でもな…」
小太郎は顎を持ち上げられた。
「コイツの顔、すっごい好みなんだよ。動画見た時、かわいいなって思って」
「ん?」
小太郎は首を傾げる。
「兄貴…。まさかそのために連れて来いって」
トラは呆れた声を出す。
「兄貴は覚えてないから…。こいつマジで怖いんスから」
タクも言う。
「どういうこと?」
「鬼山くん…この人、男の人が好きな人だよ」
「……」
「どこかで見た顔だと思ったんだ。前に高校生をホテルに連れ込んで、一回逮捕されてたよね。略式起訴されてなかったっけ」
「ああん? 余計なこと言うな」
「ゴホッ!」
「山田くん⁉︎ 何をした⁉︎」
「腹を蹴ったんだよ」
小太郎は、腕に力を入れて、手を拘束していたタオルを破く。
「え⁉︎」
トラが驚きの声を上げる。目隠しを外す小太郎。
「ヤバイっすよ兄貴」
「かわいい…」
「え?」
兄貴に突然かわいいと言われて、小太郎は呆けた。
「一緒にあっちに行こう」
兄貴は倉庫の端の方を指す。
「鬼山くん。行ったらダメだよ」
「うるせーな」
「うあ!」
山田が叫ぶと、兄貴が山田を蹴る。
「やめろ! 行くから」
「よし…」
兄貴に肩を抱かれて、倉庫の端に来た。
「変なことしたら殴る」
「強気な子も好きだよ」
「……」
「ホントかわいい」
兄貴は小太郎の頬を撫でた。
「触るな」
《悪意のもやがあんまり頭まで上がってないけど、どうする?》
『前に上がってない時に喰べて、精神おかしくなったからな…』
小太郎が朱丸と相談していると、兄貴の手がシャツの中に入ってきた。素肌を触ってくる。
「やっぱり、高校生はいいな。スベスベだ」
「オレ高校生じゃないし…」
「…そうなの? でも、タイプだ」
兄貴の手が尻を触る。
ゾワゾワと悪寒が走って、小太郎は兄貴の顔を思い切り殴った。
兄貴は後ろに転がった。失神しているようだ。
「気持ち悪い」
《小太郎ってたまに、男の人に好かれるよね。慣れないの?》
『慣れてたまるか』
小太郎は、山田の元に戻った。
「兄貴は?」
トラが言う。
「触ってきたから殴ったら伸びた」
「うわ…」
山田がえげつないなと苦笑する。
「兄貴!」
トラが兄貴の所に向かった。
小太郎は山田の拘束を解く。
「鬼山くんって強いんだね。僕足手まといになっちゃったかな」
小太郎は首を横に振った。
「ううん。助けに来てくれてありがとう」
小太郎は、倉庫の端を見た。
「さてと…」
トラの元に向かうと、伸びている兄貴を心配しているようだった。
「オレ、そんな強く殴ったかな」
「うわ!なに?」
後ろから声をかけた小太郎に、驚くトラ。小太郎を警戒しているようだ。
「あんたの悪意も喰べようかな?」
「ヒッ! 悪かったから。近づくな!もう悪い事しないから」
「ホントかな?」
《さっきまで頭の上まで出そうだった悪意は引っ込んだよ》
「なるほど、ウソは言ってないね」
「へ?」
小太郎は、その場を離れた。
「もう一人は…」
倉庫の出口に向かうと、タクと呼ばれていた男は、何やらバイクをいじっていた。
「あ、僕のバイク」
山田が言う。
「え?」
「何してる?」
小太郎が睨むと、タクはビクッと震えた。
「別に何も…」
《悪意のもやが上まで上がってるね》
小太郎は目を光らせ、タクの悪意を吸い込む。
「え?あれ?俺今何してたっけ?」
タクが首を傾げる。山田はその光景にハテナマークを浮かべた。
「山田くん。バイクちゃんと調べた方がいい」
「うん…」
調べてみるとブレーキが壊されていた。
「ブレーキが…このまま乗ってたら危なかった」
空が白んで来た。夜明けが近い。
「帰ろうか」
「うん」
バイクは後で回収してもらうことにした。
二人はトラに頼み、乗ってきた車で送ってもらった。
目を覚ました兄貴は、小太郎を見て震えた。
もう犯罪を犯さないよう、言って聞かせると、兄貴は小さくなっていた。
仲良くなった二人は、ファーストネームで呼ぶようになった。
ある日、バーに来た宗一と話していると、最近常連になった50代くらいのおじさんが店に来た。
「マスター、先週ね。岡山に出張に行って、珍しいお酒飲んだんですよ。鬼殺しって名前の日本酒で、なんでも大昔に桃太郎の子孫が作ったっていう…」
桃太郎の名前が出て、胸が、正確には朱丸が反応した。
「それを飲むと、鬼を寄せつけないらしいですよ」
「それは興味深いですね」
マスターが微笑う。
《あのおじさんから、なんだか嫌な感じするのそれか》
『その酒本物ってこと?』
《うん。小太郎、あのおじさんの近くにいかない方がいい。その酒の効果、まだ続いてるのかも》
『お客さんだし、そういうわけにも…。近づくとどうなる?』
《わかんないけど、何かしらのダメージはあるかも》
「小太郎くん。バックヤードに行くから、ちょっと任せていい?すぐ戻る」
マスターの声に「はい」と返事をした。
マスターがバックヤードに行ってしまい、少し緊張する。
「おかわりもらおうと思ったけど、小太郎…大丈夫?」
宗一が聞く。
「うん。先輩が少し遅れるらしくて、まだお酒作るの慣れてないから」
「ゆっくりでいいから」
「うん」
宗一におかわりを作ると、おじさんが私にもおかわりをと言ってきた。
小太郎がおじさんの前にグラスを置くと、おじさんの手が触れた。
瞬間、バチッと静電気のような物が走る。
「わ!ビックリした」
おじさんには、ただの静電気だったようだが、小太郎には強いショックが伝わった。
「…っう…」
胸を押さえて、座り込んだ。
「小太郎?」
「大丈夫?」
宗一とおじさんが心配そうに、カウンターを覗き込む。
そこにマスターが戻ってきた。
「どうしたの?」
「う…ぐっ…」
「なんか静電気が起きたら…」
おじさんが困ったように言う。
「小太郎くん。大丈夫?」
「痛い…う…ぐぅ…痛い!痛い‼︎」
小太郎が、蹲って叫ぶ。
《ハアッハアッ…鬼殺しって…まさか…妖力吸われるなんて…》
「マスター救急車呼んだ方が…」
おじさんが言う。小太郎はふるふると首を振った。
「大丈…ぶ…ハアハア…すぐ治まる…から」
「前にもあったの?」
マスターが背中を摩る。小太郎は頷いた。
「ハアッハアッ…意識…が…」
「山田くん。悪いんだけど、奥で休ませてくれる?」
「はい…」
宗一は、小太郎を支えて休憩室に入った。
休憩室は六畳ほどで、小さなロッカーが何個かあって、ソファーと小さなテーブルが置いてあった。
小太郎をソファーに寝かせる。
「ハアッハアッ…苦し…」
胸元をギュッと握りしめる。
宗一はシャツのボタンを何個か外して、首元をくつろげてやる。
「小太郎…心臓悪かったの? 薬は?」
「…薬…効かない体質…だから…ぐっ! 痛い…痛っ…ハアッハアッ…」
宗一は背中を摩ってあげた。
「宗一…寒い…」
「え?」
宗一はかけるものを探す。薄いブランケットが置いてあり、それをかけてあげた。
「小太郎、倒れたって?」
小太郎の先輩の田中が来た。25歳のアルバイトだ。
「山田くん。お客さんなのにごめんね」
「いいえ。小太郎が心配なんで…」
「小太郎…大丈夫?」
小太郎は薄く目を開けた。
「先輩…」
「…まだ苦しい?」
「…大丈…ぶ…」
起き上がろうとして、力が入ってない事に気づく。
「ハアッハアッ…苦し…」
《小太郎…やっぱり妖力回復しないとダメだよ》
「…体…重い…」
「今日はもう帰れ。マスターに言っとくよ。一つ聞きたいんだけど、前にもあったって聞いたけど、頻繁にあるの?」
「…ない…です。いつもは症状出ないように気を付けてて。今日は、たまたま…」
《まあいつも、ちゃんと妖力補給してるもんね。今日はまさかの“鬼殺し”だもんね》
「すみません。迷惑かけて…」
「いいや。持病あるように見えなかったから、驚いたんだ。これからは体調悪い時は、ムリするなよ。急に倒れると心配する」
「心配…」
「山田くん。悪いんだけど、送ってくれる?」
「はい」
田中は、ロッカーから制服を出すと、端の方にあるパーテーションの向こうに消えた。
「ええと…小太郎のロッカーってこれ? 着替えを…」
宗一が、ロッカーから私服を出そうとすると、小太郎が「ごめんね」と呟く。
「いいよ…」
「う…グスッ…」
目をこすって涙を拭く小太郎に、宗一は慌てた。
「どうしたの? 苦しい?」
「ううん。みんな優しいから…。オレ、誰かに甘えたりしたくても、出来なくて…」
《まあ…みんな小太郎より年下だもんね。あ、烏天狗さんは除く》
「そっか。小太郎って悪いやつ殴って気絶させるくらい強いのに、意外と泣き虫なんだね」
「…うん」
頬を赤くして、恥ずかしそうにブランケットで顔を隠す。
宗一は、小太郎の頭を撫でた。
「…頼ってもいいよ。友達だろ?」
「うん…」
宗一にタクシーで送ってもらうことになった。
住所を告げると、ウトウトし出す。
「寝てていいよ。着いたら起こす」
「うん…」
小太郎は眠っている間も、呼吸が浅くて苦しそうで、宗一は心配そうに肩を貸す。
古いアパートに着いて、2階の部屋だと聞いて、階段を上がるのに手を貸した。
「ありがとう。宗一」
「うん。ここ、小太郎の部屋?」
「うん。古い造りだけど、中はきれいだよ」
カギを開けて中に入ると、もう限界だったのか、倒れ込んだ。
「小太郎…」
宗一は慌てた。
「ん…大丈夫…ハアッハアッ…」
「大丈夫なように見えないんだけど」
「実は…冷蔵庫に、治せるやつあるから…」
「薬? でも薬効かないって…」
「うん。…ハアッハアッ薬じゃないけど…ゲホッゲホッ…」
「どれ? 取ってあげる」
「わかんないと思うから…大丈夫。ありがとう…」
「…うん。じゃあ、帰るね」
宗一が帰っていき、小太郎は冷蔵庫を開けた。
《これを喰べるの見られるわけにいかないもんね》
小さな袋に入った黒いカケラが3個。
それは、烏天狗…天の手下の烏の爪だ。
手下の烏も少しは妖力を持つため、体の一部を喰べることで、妖力を回復できる。
一つ手に取り、口に入れた。
「ハア…苦しかった」
胸の痛みから解放され、ホッと息を吐いた。
《烏天狗さん、小太郎を心配して持たせてくれたけど、どうせなら、神力の入った米が良かったよね》
「前に明子の墓参り行った時、食べちゃって、もう無かったし。お供えの米の量、年々少なくなってるって言ってたよな」
《毎年お供えしてくれてた婆さまが亡くなって、もう信心深い人間が減ってるのかもね》
「本当に困った時だけ使えって言われてたけど…」
小太郎は袋を冷蔵庫に戻す。
《今本当に困ってたでしょ。苦しくて動けなかったし…》
「うん。天に感謝だな」
また明子の命日に墓参りに行く時には、美味しい日本酒を差し入れしようと、小太郎は思った。




