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鬼の心臓は闇夜に疼く  作者: 藤波璃久
11/17

第三夜 ー現代編ー 『友達』

 東京の下町。藤川区。

小太郎はこの町で、ボディガードとして働いていた。


鬼澤組の組長の娘を助けた事で気に入られ、仕事を紹介してもらえたし、部屋も借りられた。

 とは言え、ボディガードの仕事が、そうポンポン入ってくるわけでもない。

お客さんが裏社会の人物が中心なこともあって、見た目が学生のような小太郎は、なかなか信用を得にくいこともある。

 お金を得るのが難しい月もあり、家賃の支払いだけで、もうすっからかんな時もあった。

組が紹介してくれた部屋は、古く狭い。風呂はなし。その分安い。

それでも、その日暮らしで野宿までしてた時よりは随分マシだ。

食べるのに困って、公園の水だけの日もあった。

今は、食べる物がないと、組長の娘のナオがご飯を持ってきてくれたりする。

 わざわざ手作りの料理を作って持ってくるのだ。

小太郎は申し訳なく思って言った。

「材料だけくれれば、なんだったら米だけあれば…」

「頑張ってヤマトに料理教わったんだよ。おいしくない?」

「美味しいよ。ただ、ナオさんの負担になってないかなって」

「好きだから、作ってるんだよ」

「そっか、料理好きなんだ…」

「小太郎さんが好きだからだよ。好きな人に私の作ったご飯、食べてほしくて…」

「…ナオさん」

「やっぱり、私と付き合うの無理?」

「…ごめんね」

小太郎が哀しそうに微笑う。

どれだけ、心を込めた料理を持って行っても、小太郎は「うん」とは言わなかった。

 ナオが小太郎の所に通うのを、ヤマトは見守っていた。

振られてもアタックし続けるナオ。

「親父に似て、頑固なんだから…」

ヤマトが暖かく見守る中、父親に小太郎の所に毎日のように行っているのがバレて、小太郎も呼び出された。

 

 「ナオと付き合ってるのか?」

組長は低い声を出す。

「ナオは高校生だぞ。おまえは見た目は高校生に見えるからって、未成年に手を出すのは…」

「いいえ。ナオさんは、オレが食べるのに困ってると知って、ご飯を持って来てくれるだけで…」

(…っていうか。オレ、昔の常識のままでいた。大人が、16歳と恋仲になるのは、今はダメなのか…)

明子以外と恋をしたことがないから、そういう知識は完全に百年前のままである。

小太郎の言葉に、隣にいたナオは、寂しそうに唇を噛んだ。

「そうか。先月も、あまり仕事がなかったんだな」

小太郎の現状に組長は、ボディガード以外の仕事を紹介した。


 紹介してくれたのは、組が経営してるバーだった。

マスターも、元々そっちの人だったらしい。

そこで会ったのが、常連客の山田宗一(やまだしゅういち)だった。23歳。小太りで、アニメが好きな、どこにでもいる若者だ。

彼は情報屋らしい。ハッキングも得意だと言う。依頼があればどうぞと、小太郎に言ってきた。

「なんで…」

「鬼澤組の人には、けっこう世話になっててさ…。鬼山くん…だっけ? 年も近いし、色々助けてやってくれって」

「そう…」

「君、組長に気に入られてるんだね」

「まあ…うん」

「鬼山くんは、アニメ好き?」

「…テレビないし」

「マジ? あ、スマホで配信見るタイプ?」

「…ナオさんに渡されたけど、基本電話とメールしか使ってない。ずっとガラケーだったし、使い方よくわからない」

「マジか…爺さんかよ」

「あはは…」

《爺さんだもんね。ホントは…》

『ツッコミありがとう。朱丸』

「21歳って聞いたけど、実はけっこう年いってる?」

宗一の言葉に小太郎は苦笑いを浮かべた。


 小太郎は夜の町を歩いていた。

バーが閉店して、後片付けして、終わるのが2時前後。

この時間から、小太郎の狩りタイムになる。

酔っ払って、ケンカしてる人間。

強盗や恐喝、女性を狙う怪しい男。

夜の町には人間の悪意が溢れている。


「金出せ…」

「ひえ!」

裏通りに見つけた。フードを目深に被った男がナイフを突きつけ、老人に迫っている。

小太郎は、男の手を取り、ナイフを落とした。

「なんだ⁉︎テメエ!」

男が凄むが、意に介さず、フードを外すと目を見つめた。

小太郎が赤く目を光らせると、男は大人しくなった。

男の額に指を置いて、出てきた靄を吸い込む。

「ごちそうさま」

男はポカンと立ち尽くす。

老人は逃げて行った。

「あれ? 俺…何してたっけ?」

目をパチパチしばたかせる男。

小太郎は、頭にハテナマークを飛ばす男を置いたまま、その場を離れた。

 悪意を持つ人間から、彼らの邪心を喰べる。

悪意の大きさにもよるが、二人くらい喰べれば、半月は持った。


 ある夜。小太郎は川沿いを歩いていた。

人気のない深夜。橋の下には、ダンボールハウスがあった。

ホームレスが住んでいるのだろう。

「ひええ!助けて!」

お爺さんが出てきた。

ダンボールは火をあげて燃え上がる。

「大丈夫ですか?」

小太郎が駆け寄って、落ちていたバケツで川の水を汲み、火を消した。

「はあ…消えた」

「よ、よかった」

お爺さんは胸を撫で下ろす。


「ギャハハハ」

笑い声が聞こえ、目を向けると、隠れていた三人の男が出てきた。

いずれも19歳〜20歳くらいの若者。手にはスマホを持っていた。

「いい動画撮れたんじゃね?」

「これバズるっしょ」

小太郎は、男たちを睨む。

「火つけたのあんたたち?」

「ん?そうだけど?」

“何か悪いことした?”とでもいうように、金髪の細身の男は言う。

「そうだけどって…一歩間違えば、お爺さんが焼け死んでたんだぞ」

「…ガキが…俺たちに説教かよ」

茶色い長い髪を後ろに縛った男が言う。

「こんな時間に出歩くなんて、悪い子だね。高校生でしょ?」

「…こう見えても成人してる」

「マジかよ」

「なんだ。高校生じゃないのか…」

ガタイのいい、リーダー格っぽい男が残念そうに呟く。

お爺さんが、ダンボールハウスの中をガサガサし始めた。

「ん?何してんだジジイ」

リーダー格っぽい男が言う。

「ああ…無事だった」

お爺さんは手に写真を持っていた。

「あん?なんだこれ…」

リーダー格の男がそれを奪う。

「か、返してください」

「暗くてよく見えないな」

「昔撮った息子との写真です。一枚しかないんです。返して」

男はお爺さんを無視して、スマホのライトで照らす。

「あ、若い頃の爺さんと子どもか」

「そうです。返して」

「オラ!」

突然、男はお爺さんの腹を殴った。

「ゲホゲホッ! うう…」

お爺さんは苦しそうに蹲る。

「なにするんだ! 大丈夫ですか?」

小太郎が駆け寄る。

「おい、トラ。ライター」

「はい。兄貴」

トラと呼ばれた金髪の男は、兄貴と呼んだリーダー格の男に、ライターを渡した。

兄貴は写真に火をつける。

「ああ!」

お爺さんが悲痛な声をあげた。

小太郎が、誰にも見えない速さで動き、写真を取り返す。鬼の力だ。

「ん?あれ?」

兄貴は、いつのまにか消えた写真に驚く。

「少し燃えちゃいましたね」

小太郎が端の燃えた写真を返すと、お爺さんは泣きながらお礼を言った。

「いつのまに?」

小太郎は、スッと兄貴の前に立つと、目を赤く光らせる。

兄貴はポカンと呆けた。小太郎が頭に手を置き、悪意の靄を吸い込むと、兄貴はズルズルと座り込んだ。

「不味い…」

飲み込んだ邪心は、思いのほか美味しくなかった。

「兄貴?」

「こいつ今、目が光って…何したんだ?」

トラと茶髪の男は、震えた。

「あれ? 俺なにしてたんだっけ?」

座り込んだ兄貴が、頭をかきながら立ち上がる。

「あれ? トラとタク。なんでそんな震えてんの?」

「兄貴…覚えてない?」

「コイツ記憶を…?」


「さてと…」

小太郎が二人に近づくと、二人は兄貴を引きずりながら逃げていく。

「あ…待て」

小太郎が追いかけようとすると、後ろで呻き声がした。

「うう…痛い痛い!」

「お爺さん?」

駆け寄ると、先程殴られた腹が痛むのか、お腹を抱えて倒れていた。

「大丈夫ですか?」

「うう…痛い痛い!」

《これまずくない?》

朱丸が慌てる。

「救急車」

小太郎はスマホで救急車を呼んだ。

少しして救急車が到着し、お爺さんを乗せて行った。


 数日後。小太郎が夜の町を歩いていると、声をかけられた。

「おい。おまえ…兄貴の記憶戻せよ」

「え?」

振り返ると、若い男が二人いた。

「ああ。ホームレスに暴行してた三人組の…」

《一人だけ悪意喰べて、あとは逃げて行ったんだっけ》

「撮った動画見せても、何も覚えてないんだ」

「催眠術でもかけたんだろ?」

二人にジリジリと、追い詰められる。

気づけば狭い路地に追いやられていた。

「催眠術じゃない。悪意を喰べたんだ。同時に記憶も喰べてしまう」

「よくわかんねー。兄貴の催眠解けよ」

「喰べた悪意は、もう妖力に使ったから返せない」

《悪い事してた時の記憶…いる?》

「意味わかんない事言ってんなよ。とにかく、動画見た兄貴があんた呼べって」

「断る」

「断っても、ムリにでも連れてく」

小太郎が二人の動きを封じようと、目を赤く光らせた。

「目が光って…」

「見るな! あの時も目が光って、それを見た兄貴が!」

「目を塞げ!」

前にトラと呼ばれていた金髪の男が、タオルを出して小太郎に迫った。

小太郎は、捕まらないよう逃げ回る。

『面倒だな。さっさとコイツらの悪意を喰べてしまいたい』

《ホントだよ》


ふと気配を感じ、小太郎が路地の入り口に目を向けると、山田宗一が立っていた。

「山田くん」

小太郎がポツリと呟く。

「隙あり!」

もう一人のタクと呼ばれていた男が、小太郎の頭を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。

「ぐあ!」

《小太郎!》

後頭部を打ち付けて、意識が朦朧とした。

目隠しと手を後ろに拘束される。

「く…」

拘束を解こうともがいた。

「暴れるな!」

「もっときつく縛れ」

「やめろ…!」

「大人しくしろって」

タクが小太郎の首を絞めた。

「ぐっ!…が…あ…」

やがてぐったりと動かなくなった。

「あ…死んでないよな」

トラが口に手を当てて、呼吸を確かめた。

「気…失っただけだ」


 「う…ゲホゲホッ…」

小太郎は目を覚ます。目隠しをされていて周りは見えない。

『朱丸…ここは?』

《倉庫みたい。隣には、山田くんが縛られてるよ》

「え? 山田くん? 無事?」

「え? ああ…大丈夫」

小太郎が声を上げると、彼が返事を返す。見えていないのに自分に気づいたのが不思議なようだった。

「目、覚めたのか」

ホームレスを暴行していた兄貴と呼ばれていた男の声。低めの渋い声だったから、覚えていた。

「なんで山田くんまで」

「ああん? おまえを乗せた車を追ってきたんだよ。そうだよな?」

「そうっス。バイクで追跡してきて…」

トラの声。

「山田くん。なんで…」

「友達だから…」

小太郎の質問にポツリと言った。

「友達…」

「そうそう。お友達…。大事なお友達に怪我させたくなかったら、俺の言うこと聞けよ?」

兄貴が笑う。

「とにかく目隠しを外せ」

「ああ…そうだな。おまえの瞳、見たい」

「いや、兄貴…外しちゃダメです! 動画見たでしょ?コイツの目が光ったら、兄貴が…」

「ああ…俺の記憶を消したんだっけ?」

「そうっス」

「でもな…」

小太郎は顎を持ち上げられた。

「コイツの顔、すっごい好みなんだよ。動画見た時、かわいいなって思って」

「ん?」

小太郎は首を傾げる。

「兄貴…。まさかそのために連れて来いって」

トラは呆れた声を出す。

「兄貴は覚えてないから…。こいつマジで怖いんスから」

タクも言う。

「どういうこと?」

「鬼山くん…この人、男の人が好きな人だよ」

「……」

「どこかで見た顔だと思ったんだ。前に高校生をホテルに連れ込んで、一回逮捕されてたよね。略式起訴されてなかったっけ」

「ああん? 余計なこと言うな」

「ゴホッ!」

「山田くん⁉︎ 何をした⁉︎」

「腹を蹴ったんだよ」

小太郎は、腕に力を入れて、手を拘束していたタオルを破く。

「え⁉︎」

トラが驚きの声を上げる。目隠しを外す小太郎。

「ヤバイっすよ兄貴」

「かわいい…」

「え?」

兄貴に突然かわいいと言われて、小太郎は呆けた。

「一緒にあっちに行こう」

兄貴は倉庫の端の方を指す。

「鬼山くん。行ったらダメだよ」

「うるせーな」

「うあ!」

山田が叫ぶと、兄貴が山田を蹴る。

「やめろ! 行くから」

「よし…」


兄貴に肩を抱かれて、倉庫の端に来た。

「変なことしたら殴る」

「強気な子も好きだよ」

「……」

「ホントかわいい」

兄貴は小太郎の頬を撫でた。

「触るな」

《悪意のもやがあんまり頭まで上がってないけど、どうする?》

『前に上がってない時に喰べて、精神おかしくなったからな…』

小太郎が朱丸と相談していると、兄貴の手がシャツの中に入ってきた。素肌を触ってくる。

「やっぱり、高校生はいいな。スベスベだ」

「オレ高校生じゃないし…」

「…そうなの? でも、タイプだ」

兄貴の手が尻を触る。

ゾワゾワと悪寒が走って、小太郎は兄貴の顔を思い切り殴った。

兄貴は後ろに転がった。失神しているようだ。

「気持ち悪い」

《小太郎ってたまに、男の人に好かれるよね。慣れないの?》

『慣れてたまるか』


小太郎は、山田の元に戻った。


「兄貴は?」

トラが言う。

「触ってきたから殴ったら伸びた」

「うわ…」

山田がえげつないなと苦笑する。

「兄貴!」

トラが兄貴の所に向かった。

小太郎は山田の拘束を解く。

「鬼山くんって強いんだね。僕足手まといになっちゃったかな」

小太郎は首を横に振った。

「ううん。助けに来てくれてありがとう」

小太郎は、倉庫の端を見た。

「さてと…」

トラの元に向かうと、伸びている兄貴を心配しているようだった。

「オレ、そんな強く殴ったかな」

「うわ!なに?」

後ろから声をかけた小太郎に、驚くトラ。小太郎を警戒しているようだ。

「あんたの悪意も喰べようかな?」

「ヒッ! 悪かったから。近づくな!もう悪い事しないから」

「ホントかな?」

《さっきまで頭の上まで出そうだった悪意は引っ込んだよ》

「なるほど、ウソは言ってないね」

「へ?」

小太郎は、その場を離れた。

「もう一人は…」

倉庫の出口に向かうと、タクと呼ばれていた男は、何やらバイクをいじっていた。

「あ、僕のバイク」

山田が言う。

「え?」

「何してる?」

小太郎が睨むと、タクはビクッと震えた。

「別に何も…」

《悪意のもやが上まで上がってるね》

小太郎は目を光らせ、タクの悪意を吸い込む。

「え?あれ?俺今何してたっけ?」

タクが首を傾げる。山田はその光景にハテナマークを浮かべた。

「山田くん。バイクちゃんと調べた方がいい」

「うん…」

調べてみるとブレーキが壊されていた。

「ブレーキが…このまま乗ってたら危なかった」

空が白んで来た。夜明けが近い。

「帰ろうか」

「うん」

バイクは後で回収してもらうことにした。

二人はトラに頼み、乗ってきた車で送ってもらった。


目を覚ました兄貴は、小太郎を見て震えた。

もう犯罪を犯さないよう、言って聞かせると、兄貴は小さくなっていた。


 仲良くなった二人は、ファーストネームで呼ぶようになった。

ある日、バーに来た宗一と話していると、最近常連になった50代くらいのおじさんが店に来た。

「マスター、先週ね。岡山に出張に行って、珍しいお酒飲んだんですよ。鬼殺しって名前の日本酒で、なんでも大昔に桃太郎の子孫が作ったっていう…」

桃太郎の名前が出て、胸が、正確には朱丸が反応した。

「それを飲むと、鬼を寄せつけないらしいですよ」

「それは興味深いですね」

マスターが微笑う。

《あのおじさんから、なんだか嫌な感じするのそれか》

『その酒本物ってこと?』

《うん。小太郎、あのおじさんの近くにいかない方がいい。その酒の効果、まだ続いてるのかも》

『お客さんだし、そういうわけにも…。近づくとどうなる?』

《わかんないけど、何かしらのダメージはあるかも》


「小太郎くん。バックヤードに行くから、ちょっと任せていい?すぐ戻る」

マスターの声に「はい」と返事をした。

マスターがバックヤードに行ってしまい、少し緊張する。

「おかわりもらおうと思ったけど、小太郎…大丈夫?」

宗一が聞く。

「うん。先輩が少し遅れるらしくて、まだお酒作るの慣れてないから」

「ゆっくりでいいから」

「うん」

宗一におかわりを作ると、おじさんが私にもおかわりをと言ってきた。

小太郎がおじさんの前にグラスを置くと、おじさんの手が触れた。

瞬間、バチッと静電気のような物が走る。

「わ!ビックリした」

おじさんには、ただの静電気だったようだが、小太郎には強いショックが伝わった。

「…っう…」

胸を押さえて、座り込んだ。

「小太郎?」

「大丈夫?」

宗一とおじさんが心配そうに、カウンターを覗き込む。

そこにマスターが戻ってきた。

「どうしたの?」

「う…ぐっ…」

「なんか静電気が起きたら…」

おじさんが困ったように言う。

「小太郎くん。大丈夫?」

「痛い…う…ぐぅ…痛い!痛い‼︎」

小太郎が、蹲って叫ぶ。

《ハアッハアッ…鬼殺しって…まさか…妖力吸われるなんて…》

「マスター救急車呼んだ方が…」

おじさんが言う。小太郎はふるふると首を振った。

「大丈…ぶ…ハアハア…すぐ治まる…から」

「前にもあったの?」

マスターが背中を摩る。小太郎は頷いた。

「ハアッハアッ…意識…が…」

「山田くん。悪いんだけど、奥で休ませてくれる?」

「はい…」

宗一は、小太郎を支えて休憩室に入った。

休憩室は六畳ほどで、小さなロッカーが何個かあって、ソファーと小さなテーブルが置いてあった。

小太郎をソファーに寝かせる。

「ハアッハアッ…苦し…」

胸元をギュッと握りしめる。

宗一はシャツのボタンを何個か外して、首元をくつろげてやる。

「小太郎…心臓悪かったの? 薬は?」

「…薬…効かない体質…だから…ぐっ! 痛い…痛っ…ハアッハアッ…」

宗一は背中を摩ってあげた。

「宗一…寒い…」

「え?」

宗一はかけるものを探す。薄いブランケットが置いてあり、それをかけてあげた。


「小太郎、倒れたって?」

小太郎の先輩の田中が来た。25歳のアルバイトだ。

「山田くん。お客さんなのにごめんね」

「いいえ。小太郎が心配なんで…」

「小太郎…大丈夫?」

小太郎は薄く目を開けた。

「先輩…」

「…まだ苦しい?」

「…大丈…ぶ…」

起き上がろうとして、力が入ってない事に気づく。

「ハアッハアッ…苦し…」

《小太郎…やっぱり妖力回復しないとダメだよ》

「…体…重い…」

「今日はもう帰れ。マスターに言っとくよ。一つ聞きたいんだけど、前にもあったって聞いたけど、頻繁にあるの?」

「…ない…です。いつもは症状出ないように気を付けてて。今日は、たまたま…」

《まあいつも、ちゃんと妖力補給してるもんね。今日はまさかの“鬼殺し”だもんね》

「すみません。迷惑かけて…」

「いいや。持病あるように見えなかったから、驚いたんだ。これからは体調悪い時は、ムリするなよ。急に倒れると心配する」

「心配…」

「山田くん。悪いんだけど、送ってくれる?」

「はい」

田中は、ロッカーから制服を出すと、端の方にあるパーテーションの向こうに消えた。

「ええと…小太郎のロッカーってこれ? 着替えを…」

宗一が、ロッカーから私服を出そうとすると、小太郎が「ごめんね」と呟く。

「いいよ…」

「う…グスッ…」

目をこすって涙を拭く小太郎に、宗一は慌てた。

「どうしたの? 苦しい?」

「ううん。みんな優しいから…。オレ、誰かに甘えたりしたくても、出来なくて…」

《まあ…みんな小太郎より年下だもんね。あ、烏天狗さんは除く》

「そっか。小太郎って悪いやつ殴って気絶させるくらい強いのに、意外と泣き虫なんだね」

「…うん」

頬を赤くして、恥ずかしそうにブランケットで顔を隠す。

宗一は、小太郎の頭を撫でた。

「…頼ってもいいよ。友達だろ?」

「うん…」


宗一にタクシーで送ってもらうことになった。

住所を告げると、ウトウトし出す。

「寝てていいよ。着いたら起こす」

「うん…」

小太郎は眠っている間も、呼吸が浅くて苦しそうで、宗一は心配そうに肩を貸す。

古いアパートに着いて、2階の部屋だと聞いて、階段を上がるのに手を貸した。

「ありがとう。宗一」

「うん。ここ、小太郎の部屋?」

「うん。古い造りだけど、中はきれいだよ」

カギを開けて中に入ると、もう限界だったのか、倒れ込んだ。

「小太郎…」

宗一は慌てた。

「ん…大丈夫…ハアッハアッ…」

「大丈夫なように見えないんだけど」

「実は…冷蔵庫に、治せるやつあるから…」

「薬? でも薬効かないって…」

「うん。…ハアッハアッ薬じゃないけど…ゲホッゲホッ…」

「どれ? 取ってあげる」

「わかんないと思うから…大丈夫。ありがとう…」

「…うん。じゃあ、帰るね」

宗一が帰っていき、小太郎は冷蔵庫を開けた。

《これを喰べるの見られるわけにいかないもんね》

小さな袋に入った黒いカケラが3個。

それは、烏天狗…天の手下の烏の爪だ。

手下の烏も少しは妖力を持つため、体の一部を喰べることで、妖力を回復できる。

一つ手に取り、口に入れた。

「ハア…苦しかった」

胸の痛みから解放され、ホッと息を吐いた。

《烏天狗さん、小太郎を心配して持たせてくれたけど、どうせなら、神力の入った米が良かったよね》

「前に明子の墓参り行った時、食べちゃって、もう無かったし。お供えの米の量、年々少なくなってるって言ってたよな」

《毎年お供えしてくれてた婆さまが亡くなって、もう信心深い人間が減ってるのかもね》

「本当に困った時だけ使えって言われてたけど…」

小太郎は袋を冷蔵庫に戻す。

《今本当に困ってたでしょ。苦しくて動けなかったし…》

「うん。天に感謝だな」

また明子の命日に墓参りに行く時には、美味しい日本酒を差し入れしようと、小太郎は思った。



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