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刀也が藤華を見る。
「そっちはどうだ? さすがに気付くだろ?」
「え?」
藤華が戸惑う。
「おーい! 二人とも天然かよ!」
刀也が呆れる。
「「え?」」
藤華と龍幻が顔を見合せ、不思議そうに首を傾げる。
「ねえねえ!」
突然、桜が右手を挙げた。
「結局、父上はここには居なかったでしょ。じゃあ、龍幻さんは、どうして離れを見せてくれなかったの?」
「それは」
龍幻が答える。
「実は私の母が病弱ゆえ、養生していまして」
「えー!」
藤華が慌てた。
「私、何て失礼なことを!」
「いえいえ、私がきちんと事情を説明すれば良かったのです。我が家の内々のことを話すのは躊躇ってしまって」
「それは当然です! 全て私が悪いです! 本当にごめんなさい!」
藤華が深々と頭を垂れる。
「藤華さん!」
龍幻がおろおろとした、その時。
「龍幻」
女の上品な声が響いた。
離れの方から一人の女が歩いてくる。
その顔は龍幻とよく似て美しかった。
寝着に薄手の衣を羽織っている。
色が抜けるように白く、後ろで束ねた黒髪と数本のほつれ毛が、憂いを帯びた表情に少々の艶っぽさを与えていた。
「母上!」
龍幻が慌てて、母へと駆け寄る。
ややふらつく母親の手を取った。
「外に出てはいけません!」
「大丈夫、今は調子が良いの。皆さんの前まで連れていって」
母の歩みを龍幻が手伝う。
一度は顔を上げた藤華が、再び深々と頭を下げた。
「龍幻さんのお母上様、この度は申し訳ありませんでした」
「龍幻!」
母が皆の思いの外、力強い声を発した。
「は、はい!」
「こんなかわいい娘さんに頭を下げさせるなんて、あなたいったい何をしたのですか!?」
「え!? あ、す、済みません!」
龍幻が顔を白黒させる。
「私は菫。お嬢さんのお名前は?」
菫が藤華の両手を握る。
「は、はい、私は藤華と申します」
「まあ! じゃあ、あなたが藤華さん!」
菫が瞳を輝かせる。
藤華と話すうちに、青白かった顔にどんどん生気が取り戻されていく。
「菫殿」
忠光が声をかけた。
「あら! 忠光様も!」
菫の顔が綻ぶ。
「まずは忠光様だけがいらっしゃると聞いていましたから、びっくりしましたわ。藤華さんも連れてきていただけたのね!」
「ん? 母上、これはいったい?」と龍幻。
まだ、よく分かっていなかった。
「うふふ。藤華さんとお前の縁談のお話よ」
「「縁談!?」」
龍幻と藤華が同時に眼を丸くする。
「そ、それはどういう!?」
「ち、父上!?」
藤華が忠光を振り返る。
「そうそう、菫殿の仰る通りだ。両家は長きに渡って別々の道を歩いてきたが、ここでひとつになってはどうかと思うてな。この話がまとまれば、今ある確執は全て払拭されようものよ」
「「そ、そんな!」」
またも二人は同時に叫び、お互いの顔を真っ赤に染めた。
「だから、さっきから言ってるだろ!」
刀也が、それ見たことかと呆れる。
「こんなにかわいらしいお嫁さんに来てもらえるなんて、霧島家は幸運だわ」と菫が微笑んだ。
「わ、私と…龍幻さんが…め、め、夫婦に!? はわわ、はわわ、はわわわわ!」
恥ずかしさのあまり、藤華がくらくらと揺れた。
「私と…藤華さんが…あわわ、あわわ、あわわわわ!」
龍幻も似た症状を起こす。
「じ、陣内さん!」
「俺に頼るな! もう諦めろ!」
刀也が笑った。
「それに俺は、お前たちが夫婦になる方が何かと都合が良い」
「え?」
「ここに居れば霧島と霞、両方の剣技を見れるからな。俺の剣術の足しにさせてもらう」
「そ、そんな!」
「さあ、お前たち!」
刀也が事の成り行きに、ぽかんとしている霧島門弟たちに両手を打って呼びかけた。
「霧島家と霞家の見合いの間は、俺が稽古を見てやるぞ! 全員、道場に戻れ!」
「では、私も」と龍幻。
「お前は見合いの主役だろ! 将来の嫁としっかり話してこい!」
「ええー! じ、陣内さん!」
「何だ、くっつくな! 情けない声を出すんじゃない! いつものすかした感じはどうした!?」
揉み合う二人のやり取りに、その場の皆が笑いだす。
「では、こちらへ」
菫が道場奥の本邸を指し、歩を進ませる。
忠光と加代、照れる藤華の背中を押す綾女と桜が、それに続いた。
「ほら、お前も行け!」
「そんなこと言われても、どうしたら!?」
「色恋沙汰を俺に訊くな!」
またしても皆の笑い声が辺りに響く。
つい先ほどまでの、ぴりぴりとした対決の空気など嘘のような清々しく和やかな雰囲気の中、いよいよ霞家長女と霧島家嫡男との、一度目とは趣向を変えた見合いという第二戦が始まろうとしていた。
「ええー!? ええー!?」
「早く行けーーーーー!」
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝でございます( ☆∀☆)
アナザーストーリーを許可していただきました、ひなたぼっこさん、ホントにありがとうございました(≧∇≦)