6
斬撃をしのいだ龍幻はそのまま身体を反転させ、振り向きざまに藤華の刀を弾き退けた。
それと同時に後方へ跳び、距離を取る。
二人は再び最初の間合いで対峙した状況となった。
「面白い」
龍幻が口を開く。
先ほどまでは、ほとんど無表情だった顔が微かに笑っている。
「藤華殿」
龍幻の呼びかけに、藤華が僅かに頷く。
長刀をもう一度鞘に納め、対決冒頭の逆手構えに戻った。
「はい」
「あなたは強い」
龍幻の称賛に霧島門弟たちが、どよめく。
「わ、若が!?」
「褒めたのか!?」
「若がおなごを褒めたぞ!」
「信じられん!」
「この世の終わりか!?」
あまりの言われように、龍幻が不服そうに顔をしかめる。
「ごほん」
咳払いをひとつした。
それで門弟たちは全員、口を閉じる。
「とても素晴らしい」
「え!?」
対戦相手の思いもしない言葉に、藤華が戸惑う。
家人以外に、そこまで手放しの賛辞を受けたことがなかったため、頬を真っ赤に染めた。
「あ! あ、ありがとうございます…」
最初は大声を出しすぎ、最後はひどく小さな声になった。
はにかむ姉の姿を見て、綾女と桜がくすくす笑いだす。
あれほど張り詰めていた決闘の緊迫感が、あっという間に薄れてしまう。
「まあ、こんなところか」
刀也までが、そう呟いたところで。
「騙されるな、藤華!」
官兵衛が叫んだ。
「まだ勝負はついておらぬぞ! そいつを倒さねば忠光は捜せぬ! 早くやっつけろ!」
その言葉に藤華が、はっとする。
確かに官兵衛の言う通り、何らかの形で龍幻に勝利しなければ離れを検めることは出来ない。
藤華が一歩前に出た。
これに応じ、龍幻も刀を正眼に構え直す。
またも戦いが始まると思われた、その時。
「否、ここまでだな」
刀也が口を開いた。
右手を顎に当て、珍しく神妙な顔をしている。
「いいや、やめるな! 藤華、早くそいつを斬ってしまえ!」
官兵衛が鬼の形相で唾を飛ばす。
「うーん? おっさん、怪しいな」
刀也が双眸を細めた。
「な、何だと!? 浪人風情が無礼だぞ!」
「まあ、どっちにしろ、この勝負はここまでだ」
「何を言うか! 終わらぬ、終わらぬぞ!」
「いいや、終わるね。何と言ったって争いの元が向こうから」
刀也が霧島家の門扉を顎で指した。
「やって来たからな」
藤華と龍幻の戦いが始まったため、皆の注意は自然とそちら側からは逸れていた。
刀也の言葉で、全員の視線が門扉に集中する。
五十代ほどの旅装束の侍が、やや太った女の肩を借り、松葉杖を突きつつ、こちらに歩いてくる。
その侍の満面の笑みを見た三姉妹が一斉に「「「父上!」」」と声をあげた。
慌てて忠光に駆け寄る。
「おう、藤華、綾女、桜ではないか! いったい、どうしたのだ!?」
忠光がとんまなことを言う。
「ど、ど、どうしたですって!?」と綾女。
「それはこっちの台詞だよ!」
桜が怒って、頬を膨らませる。
藤華は瞳を潤ませ、黙って父を見つめた。
「ん?」
忠光が首を傾げる。
「どうしたもこうしたもあるか。わしは霧島道場に用があると、ちゃんと説明したぞ」
「それはそうですが…では、父上は今までどこで何をしていらしたのですか?」
藤華が疑問を口にする。
綾女と桜も頷いた。
「ああ! それはな」
忠光が微笑む。
「道中で賊に襲われてな」
「「「え!?」」」
「いやいや、たいした奴らではない。斬って捨てるのは簡単だが、それも何やら寝覚めが悪くなる。山中を駆けて撒いてやろうと思ったのだ」
「「「………」」」
「今思えば、それがまずかった」
忠光が眉間にしわを寄せる。
が、すぐに鼻の下を伸ばし、隣の愛嬌ある女の顔をじっと見つめた。
年の頃は二十代後半か。
質素な身なりから、百姓であると分かる。
「いやいや、こうして加代と出逢えたのだから、幸運だったと言うべきか」
忠光の眼差しに加代が頬をほんのりと赤く染めた。
二人の様子にたちまち、ぴんと来た三姉妹が眼を細め、父親に冷たい視線を送る。
「ん? 何だ、その妙な顔は? とにかく山に逃げたわしは途中で足を捻ってしまってな。そこで偶然、山菜採りに来た加代に助けられたのだ。で、こうして動けるようになったのが昨日のことだ」