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3

「霧島龍斎様のご嫡男ですか?」


 藤華が澄んだ声で訊く。


 じっと男を見つめた。


 男は長刀を構えず、戦う様子はない。


「うーん?」


 顔をしかめ、急に思い付いたように眼を輝かせた。


「いかにも!」


 両腕をばっと広げる。


「俺が霧島嫡男だ! 果たし合いならば三人まとめて相手しよう!」


「陣内さん」


 突然、男の背後から別の若い男の(りん)とした声がかかった。


 すると痩せた男が、ぺろっと舌を出し、肩をすくめた。


「何をふざけてるんですか?」


 陣内の後ろから、またもや一人の男が現れた。


 こちらは小綺麗な着物に袴姿(はかますがた)


 腰の刀には触れぬ自然体で、陣内の隣に並んだ。


 二十代前半ほどの美男子で、黒髪の後ろ側をひと(くく)りにまとめている。


 涼しげではあるが、一種、猛禽類(もうきんるい)の如き鋭さも内包した瞳が三姉妹に向けられた。


 それを受けた綾女と桜は同時に、はっと息を飲む。


 この新手の若者の何気ない雰囲気に、普段の稽古で見せる藤華の一瞬で場の空気を制圧する(すご)みと似た気配を感じたからであった。


 まだ父や藤華には(かな)わぬとはいえ、綾女と桜も一端(いっぱし)の使い手。


 相当に強いと分かる剣気が、細身とはいえ陣内よりは筋肉質なこの男から立ち昇っているのだ。


 男のまとう空気に気圧(けお)された桜は思わず藤華の背中に隠れ、綾女は逆に決死の覚悟で姉の前に出ようとする。


 が、それを藤華の左手が綾女の袖を掴み、引き止めた。


「陣内さんはいつから私になったんですか?」


 若者が訊いた。


「ん? 俺が霧島嫡男じゃなかったか?」


 陣内が一人で大笑いする。


 これには周りの霧島門弟たちが呆れ、ある者は露骨に嫌がる表情を浮かべた。


「この人は陣内刀也(じんないとうや)。私が剣術修業した時に知り合った、ろくでもない人です」


「おい、失礼だろ!」


 笑っていた刀也が急に怒りだす。


 が、すぐに、にやにやに戻った。


「とにかく、どんな時でもふざける人なので無視してください」


「無視すんなよー」


 刀也が若者の肩を抱き、右手の指先で頬を突く。


 若者の頬を押された顔が、絶妙に面白い感じになった。


「私が霧島嫡男、龍幻です。あなた方はいかなご用向きでこちらに?」


 あれほど龍幻の剣気に押され怯えていた綾女と桜が、その面白くなった表情と真面目な口調のちぐはぐさに思わず噴き出した。


 ただ一人、真剣な表情の藤華が落ち着いた物言いで、忠光行方知れずの経緯を説明する。


「なるほど、それは一大事(いちだいじ)


 龍幻が刀也の指を払い、頷く。


「しかし当方に忠光様はお越しになっておられません」


「信用できるものか!」


 三姉妹の背後から官兵衛が叫ぶ。


「お前たちが忠光を斬ったのだろう!」


 この不躾(ぶしつけ)な非難に霧島門弟たちは、またしても色めき立った。


「何だと!?」


「無礼だぞ!」


 騒ぎだす男たちを龍幻が右手で制する。


「静まれ」


「しかし、若!」


「これはとんでもない言いがかりですぞ!」


「静まれと言っている」


 けして大声ではないが、よく通る龍幻の声に、門弟たちは口を閉じた。


「どうすれば信じてもらえますか?」


 龍幻が藤華に訊く。


「失礼と存じますが」


 藤華が答える。


「道場と」


 ちらりと視線を左に向けた。


 その先には道場と連なる本屋敷よりも、やや小さな離れが建っている。


「あちらを(あらた)めさせていただければ」


 藤華の言葉に、それまでは一種、鉄面皮(てつめんぴ)の如く感情を表に出さなかった龍幻が、初めて動揺を見せた。


 明らかに嫌がっている。


「道場は良いですが、離れは駄目です。ご容赦(ようしゃ)いただきたい」


 龍幻が藤華に頭を下げた。




 
















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