落ちた頭部
それは間違いなく事故だった。
切っ掛けは、彼女が窓ガラスを交換していた業者の人と衝突した事だった。
きっと自分の仕事に集中しすぎて、前を見ていなかったのだ。
マジメな彼女からすれば、それも仕方のない事かもしれない。
滑り落ちてきた大きなガラスが僕の首を切断した瞬間も、彼女は自分の仕事だけを眺めていた。
突然の出来事に社内は騒然とした。
コロコロと転がっていく僕の頭を見て、皆が悲鳴を上げている。
人生の中で女性にキャーキャー言われたことなど無いので、運が良いのか悪いのか分からなかった。
目眩が起こるぐらい回転していた僕の頭部は、部長の席にある名札にぶつかって止まることが出来た。
騒ぎに気が付いた彼女も、慌て僕の頭を見て叫んでいた。
「これは、事故よっ! わ、私の責任じゃないわっ!」
「でも、お前がぶつかったから、こうなったんだろ」
僕ではない、誰かの声が飛んだ。
「違うわよっ! トロトロしているコイツが悪いのよっ! なんで、私がこんなダメ男の尻ぬぐいをしなきゃいけないよっ!」
「お前、それが彼氏に言うセリフかよ。しかも、こんな姿にさせてしまったのに」
「五月蠅いわねっ! 付き合ったのはコイツが、バカみたいにお金を貢いでくれたからよっ! 好きだからじゃないわ」
「イカレているのか、お前」
二人の会話を聞いていて、僕はだんだん腹が立ってきた。
社員全員が、まるで犯罪者を捕らえる様に、彼女を取り囲んでいるのだ。
これは事故なのに、何故そこまで責められなければ、ならないのだろうか。
僕はちょっと文句でも言いたい気分だった。
やがて誰かが呼んだパトカーと救急車の音が社内に響いていた。
皆の顔が青くなり、誰も動けなくなっている。
そんな中、号泣している同僚が僕の頭に近づいて来た。
「……あんな酷いことを言う彼女と、なんでお前は付き合ったんだよ」
と言いつつ、赤黒い血と体液で汚れた髪の毛を拭いてくれた。
ありがたくはあったが、もう我慢できなかった。
何故、分からないのだろう。
「僕が彼女に、首ったけだからだよ」
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