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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トランスシリーズ

愚者に救いを。

作者: 青海 原

 日本のどこかに、解けない氷のように時間の止まった山村があった。文化も、生活も人がそこに村を築いてからひとつとして進歩しておらず、現在まで交易も行ってこなかった。

 故にその時が訪れるのも、必然であった。

 村ができて以来の大飢饉。それは数ヶ月に渡って雨が降らないことが影響した。


「おうカブト、大変なことになってんなぁ」


「そうだね、僕も昨日の昼から何も食べてないよ」


 二人の少年は村を囲う三つの山のうちのひとつに来ていた。その目的は山に流れる綺麗な湧き水を汲んでくることだった。

 本当なら無理してでも水を村まで引ければ困らない。村人総動員で山肌を削り、人工の川を作ろうという案も上がった。そうなれば、雨が降らずともどうにかなるはずだった。

 だがそれだけはならんと、村長や村の老人たちは言うのだ。


「何が山の神様がお怒りになる、だ」


「はは。そう言うなよ、コガネ」


 足元の石を蹴飛ばすコガネに呆れながら、カブトは背中のカゴに手を伸ばした。


「今日は山の深くまで潜って、新しくキノコの群生地を見つけたろう? これで持ち堪えれば、もう少し耐えられるって」


「無茶を言うなよ、俺はもうとっくに限界だぜ」


 コガネの怒りは収まらない。たとえキノコの群生地を見つけようが、四十人が暮らす村のために使うとなればすぐになくなる。

 村はとっくに終わっていた。あとは皆が死を待つだけの状況にあるのだ。


「俺は死にたくねぇ。あんなクソ老害どものせいで殺されてたまるか!」


「言い方が悪いなぁ」


「じ、じ、つ、だ!!」


 コガネはそう言うと、走っていった。その先には崖が広がっており、眼下に村全体が見下ろせた。

 コガネはその景色のすべてを憎悪するように崖っぷちから睨みつける。遅れて追いついたカブトはその表情に驚いた。


「コガネ、すごい怖い顔してる……」


「え? あ、ああ……」


 カブトの指摘に正気に戻ったコガネだったが、それでも苛立ちは収まっていなかった。


「……俺、いつかは村を出ようと思うんだ」


「えっ!?」


「こんなとこ、いたくねぇだろ?」


 村を出る。そんなこと、カブトは考えたこともなかった。

 山の外は怪異の暮らす異界であると言い伝えられている。故に数百年の間、この村を離れる者はただひとりとして現れなかった。

 おそらくは、そもそもその発想自体が排斥されてきたのだろう。老人たちは村の外と繋がることに怯えているのだ。


「だけど俺は、そんなもん眉唾だと思ってる。だから村を出て、外の世界を見に行くんだ」


「ふぅん、すごいこと考えてるんだなぁコガネは」


「お前もついてこいよ」


 コガネは正面を向いたままそう言った。その目を見る。どうやら真剣に言っているようだった。


「俺はカブトとなら、どこまででも行けると思ってる」


「そう、かな……」


「そうさ」


 言うと、コガネはこちらに向き直る。

 そして手を出した。


「約束な。いつか村を出て、ふたりで冒険しに行こう」


 どう考えても、頭のおかしな提案ではあった。村を出れば当てはない。どこに行こうと危険しかないのだ。

 それでも村を出て行くことに何の意味があろう。その自問は、カブトにとっては無意味だった。

 コガネと共に冒険すること。それが例え辛かったとしても、嫌なわけがないのだから。



 村へ戻り、コガネと別れると自分の家へと急ぐ。できる限り早く、汲んだ水を自分たち家族の畑へ届けるのだ。少なくとも夕日が完全に沈むまでには帰りたかった。

 しかし途中で通る村長の家から聞こえてきた言葉を聞き逃すことはできなかった。

 村の家は木造だ。そのため防音性能は低い。それが幸いして、まだ子どもで耳の良いカブトはその密談を聞くことができた。


「……村長。このままでは村は近く滅びを迎えるでしょう」


「早急に手を打たねばなりません」


「そうじゃな」


 ため息をつく村長。しかしその声色は何も手立てがないという風ではなかった。


「――手は、ある」


「それは!」


 一同が息を呑んだ。それが壁越しにわかる。何かを取り出したのだろう。

 やがてうちのひとりが村長に向かって言った。


「――『呪い』、ですか」


「左様」


 呪い。聞き慣れぬ単語だ。

 カブトは背負っていたカゴを下ろし、汲んできた水も置いて壁に耳を当てた。


「『呪い』とは村に代々伝わりし、他者に不利益を与える外法。それを利用すれば、災厄を個人に押し付けることもできよう」


「しかし、それは――」


「――コガネ」


「はっ?」


「時に村のわっぱ、コガネは外へ出ようとしているそうじゃな」


「……なんと」


 コガネの名前が上がったことにカブトは動揺を隠せない。音が出ないようにすることで必死だった。

 口元を手で覆い、声を呑み込む。


「村の外へ出ることは許されぬ。山の神様を刺激し、村に災厄が降り注ぐことなどあってはならんのじゃ」


 一同もざわつき始めた。

 おそらくは話の先が読めたのだろう。カブトにもなんとなく、なんとなくだがわかった気がした。


「――コガネに、これから村に降りかかるすべての災厄を背負わせる」


 そういう『呪い』がコガネにかけられる。

 村の外へ出たいと、望んだだけで。


「呪いに必要なコガネの髪を入手するのじゃ。明日にでも決行しなくてはならん。依代はわしが作る」


 言葉の意味はよくわからなかった。

 しかしそれが、コガネにとってよくないことが起こるということなのは間違いなかった。



 翌日、村民はみな集会所に集まるよう言われた。カブトも家族に連れられるようにしてその場所へ向かう。

 両親や周りの人達はなぜ呼ばれたのかをわかっていない。だがカブトにはその理由が分かっていた。

 ――コガネに『呪い』をかけるためだ。


「……させない。そんなこと、させてたまるか」


「ん? どうした、カブト」


「ああ、いや。何でもないよ、父さん」


 隣にいた父に呟きを聞かれてしまった。父が何も知らなくて良かったと嘆息する。きっと何が起こるか分かっていたなら、カブトのやることもバレていただろう。

 やがて全員が集まったところで、村長が正面に現れた。


「雨が降らぬ」


 穏やかな声色だった。これから人をひとり呪おうというには酷く穏やかな、呑気にすぎる調子だった。


「みなも気付いておろう。これはきっと、山の神様に対する感謝が足りんかったからじゃ」


 きっとそれをコガネが聞いたら怒るだろうなと思った。「老害が、山の神様なんかいねぇよ」なんて言うだろう。


「じゃからの。わしは村の代表として、ある決断をした」


 村長は一度目を伏せた。

 そして再び開くと、そばに控えていた従者に手で指示をする。

 ほどなくして従者が連れてきたのはやはり、コガネだった。コガネは両手と口を塞がれ寝かされていた。

 村民がざわつく。それを黙らせるように、村長は一拍した。


「――生贄じゃ」


「おやめください!! どうか!!」


 割り込んだ大声はコガネの母のものだった。集まりに見当たらないと思ったらどうやら村長たちに捕まっていたらしい。

 従者たちの静止を振り切って、コガネを追うように走ってきた。だが一歩追いつけず、他の従者によって捕らえられる。


「コガネは子どもの中で一番の力持ちです! きっと村のためになります!」


「しかし此奴きゃつは山の神様の怒りを買いかねん。さすればここで、村のためになって貰おうではないか」


「村長!!」


 母親はなおも声を荒げる。

 しかし他のどこにも、村長の行いを咎める声援はなかった。コガネの危険性は村民の中でもある程度共有されていたのだろう。

 コガネに、他に味方はいない。


「『転愚』の儀」


 聞き慣れない単語に一同は眉をひそめる。テング、とは何か。


「わしらの愚かしさ、村を襲うあらゆる災厄、この世すべての愚をコガネひとりに担ってもらう儀式のことじゃ」


 村長はそれが呪いであるとは言わなかった。あくまでそれが正しい行いであるのだとでも言うように述べるのだ。

 やがて村長は依代となる藁人形を取り出した。そしてその藁人形を地面に置くと、自身の親指に入れた切り傷から血を垂らした。


「コガネよ。村を救うのじゃ」


 一方的な願い。それは個人に背負わせるには余りにも重すぎて、愚かだ。

 儀式を、呪いを静止するものはいなかった。コガネの母親は止められなかったことを嘆き、顔を覆っていた。

 やがて呪いの発動者である村長を中心にし、どこからかどす黒い闇が溢れる。それは村民ひとりひとりの胸元からも溢れ出した。


「それはわしらの憎悪、怒り、負の感情じゃ! それらがすべて、この童に流れ込む!」


 呪いの成立を喝采するように村長は嗤った。それは自身から負の感情が抜け落ちた喜びだろう。同じように村民たちも拍手を重ねた。彼らには疑問を抱く余地などなく、起こったことのすべてに感謝し、喜ぶことしかないのだ。

 もはやこの場の誰も負の感情を持たない。村を災厄が襲うこともない。これから先、そういった愚かしさはすべて個人が担うものになるのだから。

 だがそれを、――コガネに押し付けることだけは許さない。


「――な」


 村長は遅れて気づいた。

 ずぶり、と目の前を横切った黒いモヤ。それがコガネの胸元から出たものであることに。

 コガネからも、負の感情が抜け出ていることに。


「なにが――」


「――コガネには、それを背負わせない」


 一歩。前へ出たのは、カブトだった。

 昨晩、村長宅に忍び込んで依代の中にある髪の毛を自分のものと入れ替えておいたのだ。呪いの条件を詳しく知らずとも、これによって何がどうなるかは考えるまでもない。

 『転愚』の対象はコガネからカブトへと変わる。


「ほっ」


 村長は楽しそうに嗤っていた。

 負の感情がなくなった彼らはもう、怒ることも、悲しむことも、悔しがることもない。だけどそれは、平常なカブトから見ればとても醜く思えた。

 彼らはもはや人とは呼べない。こうしてなくなってしまえば、負の感情も人として大切なものに思えるのだ。


「よいのか?」


 村長は楽し気に話す。えらく饒舌だった。


「カブトよ。すべての愚を背負うということがどういうことか、わからないお前でもなかろう?」


「わかっています」


 すべての愚を背負う。

 彼らの負の感情を、村に巻き起こる災厄のすべてをこの身ひとつで背負うのだ。

 カブトが犠牲となることで父さんや母さんは悲しむことがなくなり、村は永遠に平和となる。美味しいものを食べさせてあげられなくてごめんねなんて、言わせなくて済むのだ。

 これで良い。これで――。


「――う、あっ!?」


「始まった、ようじゃな」


 胸を押さえるカブトを、村長は楽しげに見つめる。始まったとはどういうことか。何が始まったというのか。


「器に水を注ぎ続ければ、いつかは溢れる。それと同じことじゃ」


「水が、溢れる……?」


「左様。限界なのじゃよ。カブトの器では、そこまでがな」


 カブトに流れ込んできていた闇。それが入り切らないとでもいうように、カブトの周りを漂っていた。


「あ……がああ……!!」


 そして胸が、張り裂けそうなほどの痛みを発していた。あまりにも強い痛みに耐えきれず、カブトは倒れ込んでしまう。


「ほっ、カブトよ。それが、自分で選んだ道じゃよ」


 カブトの元へ屈み、悪辣にも思える笑みを浮かべる村長。何がそんなに面白いのか、わからなかった。こちらは苦しみ悶えているというのに。

 周りの喝采も止まない。宴のように、村人全員が喜びを分かち合っていた。それがどんなに異常な光景であるか、彼らは気付けない。

 さっきまであんなに泣いていたコガネの母親も、カブトの両親でさえ。


「……ざ、けんな」


 漏れ出た声。


「ふざ、けんなよ……」


 許せなかった。

 自分が犠牲になっているというのに、そのことに目もくれない連中が、心の底から許せなかった。

 自分で選んだ道。ああ、それはそうだ。こうなることはわかっていた。わかっていたけれど。


「お前らが!! 村から出ることに怯えているからだろ!!」


 どうにか上体を起こして、村長の胸元を両手で掴んだ。

 この村は限界だった。もはやここに住み続けることは不可能だったのだ。

 その段階で移住を検討するべきだった。ここではないどこかへ。山の神様だかなんだか知らないが、その怒りも届かない場所へ。

 それをしなかったから、その臆病さがカブトの心を破壊するのだ。


「この、クズどもが……お前らなんかを救うために、なんで僕が身体を犠牲にしなくちゃならない……!!」


「左様。わしらは愚者じゃ」


「だったら、嗤うな!!」


 掴んでいた胸ぐらを投げ捨てるように離した。勢いに押されて村長はその場に倒れる。

 カブトは荒い呼吸を繰り返しながら、コガネの元へと近づいていった。


「わしらも愚者じゃが、カブトよ。お前もまた、愚かであるぞ」


「僕が、愚かだと……?」


 足を止めて顔だけで振り返る。


「お前もコガネの友であるならば、村を出たいという思いにさっさと応えてやればよかったのじゃ。お前が決めあぐねていたから、コガネは村を出られなかったのじゃから」


 いつか村を出て、ふたりで冒険しに行こう。それはカブトの覚悟が決まるのを待つための『いつか』だった。

 内心で村の外に怯えていたカブト。それは老人たちのそれと相違ない。その臆病さがコガネを村に留め、最終的には村長に呪いを頼る決断をさせたのだ。

 村長は臆病な愚者だった。

 そしてカブトもまた、臆病な愚者だった。


「苛立ちが、見えてきたようじゃな」


「――黙れ」


 普段のカブトであれば考えられないような口調。これも流れ込んでいる黒いモヤが原因だった。

 もはやカブトが望むのはたったひとつ。救われるべきも、たったひとりだ。


「コガネ」


 両手を縛る麻布を引き千切り、口元の布も取っ払った。


「僕は、君に憧れてた」


 いつだってコガネは広い視野で色々なことを考えていた。ついて行くばかりのカブトには到底追いつけない少年だった。


「だから君だけは、救われてくれ」


 村のすべてから呪われし少年は、たったひとつそれだけを願う。それだけがカブトにとって救いになるのだと、そう思った。


「……んん」


 コガネはようやく目を覚ましたらしい。寝ぼけているようで、二、三度瞬きしてからようやく状況に気付く。


「――カ、ブト」


「気がついたか、コガネ」


 眠っていたおかげかわからないが、コガネはすべての負の感情が抜け落ちたわけではないらしい。まだ彼は、カブトの知るコガネだった。


「お前、その顔……」


 コガネは怯えるようにこちらを見て後ずさった。カブトの顔に何かがついていただろうか。カブトは自分の顔を触ってみる。

 少し頬がざらつくがわからない。その時、足元に村長が親指を切るために使った短刀が転がっているのが見えた。

 その刃の部分に目を向ける。そこには闇を宿したようにどす黒く染まった頬と、血のように紅い右眼が写っていた。

 それはとても、人間と呼ぶには醜悪すぎて。


「う、わああああああ!?」


 カブトは顔を覆い、うずくまった。

 自分の様相は化け物のそれだ。あまりにも醜く、人の枠を外れてしまったのを感じさせた。

 周りの村民たちは依然大笑いしており、村長もそこに加わっていた。コガネの母親も、両親も、みんなが楽しそうだ。

 コガネもすぐにここに加わってしまうのだろう。嫌だ。嫌だが、この呪いを押し付けられたり死んでしまったりするよりはきっと幾分かマシだ。

 指の隙間からコガネを見る。そこには歪なカブトの姿に怯えた少年が、――いなかった。


「……コガネ?」


 どこに行ったのか。カブトを置いて、一人残して、どこに行ってしまったというのだろうか。


「なん、でだよ……」


 カブトが醜悪な見た目をしているからか。カブトが恐ろしかったからか。この地獄にも似た場所にいたくなかったからか。

 いずれの理由で離れたにせよ、今この場所にひとりにはなりたくなかった。


「ふざけんなよ、どいつもこいつも……!!」


 みんな自分勝手すぎるのだ。

 自分のことしか考えていない。これでは他人のために身体を犠牲にしたカブトが、馬鹿みたいではないか。

 そうだ。馬鹿だった。カブトが愚かだったのだ。

 誰だって自分が可愛いに決まっていて、その身の安全が第一なのは生物として当たり前なのだ。

 痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌だし、悲しいのは嫌だ。まして他者のためにそれを背負おうなどと思える人間は、頭の狂った愚者であろう。

 カブトは間違っていた。カブトこそが狂人だった。


「ふざけんな……ふざけんなよ……」


 拳を叩きつける。瞳に浮かぶ涙は果たして自分の心から湧いたものなのか、押し付けられた負の感情の影響なのか、もはや判断もつかない。

 そうして自分の周りを漂うどす黒いモヤが視界を覆い尽くした頃、声が聞こえた。


「悪い、遅くなった!!」


 その声は、雲の隙間から差し込む日差しのように黒いモヤを切り裂いた。


「村長の家にあった魔除けの剣みたいなやつ取りに行ったら、遅くなった!」


「コ、ガネ……?」


 モヤが裂けた隙間から見えるコガネは、小さな剣を持っていた。派手な装飾の施された、物を切るには不向きな剣。

 祭事やお祓いなどの折に使われることのある剣が今、何の役に立つというのか。

 いや、それ以前に。


「なんで、戻ってきたんだよ!!」


 情けない話だ。

 離れてしまえばひとりになりたくはないが、こんなところに戻ってきて欲しくもなかった。ここは地獄だ。できるならば、村から離れて欲しい。かつてコガネが言っていたように、こんな村から離れて、どこか遠くで幸せになって欲しかった。

 そんな矛盾した感情に襲われてしまうのも、様々な人間の負の感情が流れ込んできたせいなのだろうか。


「来んなよ!! ここが危険なのは、見りゃわかんだろ!? 村の外に行きたいっつってたろうが、さっさと……出てけよ……」


「なんだよ、言うようになったじゃねぇか」


 コガネは楽しそうに言った。そこに村民たちと同じような感情を感じて、カブトは怖くなった。

 コガネも負の感情を無くし、喜びに支配された抜け殻のような人間になってしまうのだろうか。

 そう心配するカブトを他所に、コガネは魔除けの剣を依代目掛けて振り下ろした。


「そこに落ちてる刃物でも良いと思うんだけど、どうせならこっちの方が威力ありそうだろ?」


 そんな気の抜けるようなことを言いながら、依代を破壊する。


「――なに、してんだよ!?」


「何って、お前を救うんだよ」


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!?」


 依代がなくては呪いは成り立たない。途中で破壊された場合に『転愚』がどうなるのかは、きっと村長も知らないだろう。

 そして余りにも危険すぎると思った。

 今、ここには黒いモヤの形であらゆる負の感情、あらゆる災厄が漂っている。それが依代の破壊によって行き場を失ってしまえば、どうなるのか。


「お前は自分を犠牲にして、俺を救おうとしてくれただろ?」


 モヤが振動している。

 それまで気体のようだったものが固体のように固まり、来たる爆発に備えるように震えていた。


「俺も、同じことをしただけだ」


「馬鹿野郎!!」


 そう叫んだ瞬間、モヤは爆発した。

 村全体を暗闇が塗り潰し、あらゆる災厄が訪れる。

 地震、雷、土砂崩れ、洪水。想定される災厄のすべてが同時に巻き起こり、村のすべてが洗い流される。

 カブトは無我夢中でコガネの腕を掴んだ。咄嗟にできたのはそれだけだった。



 何も残らなかった。

 すべては洗い流され、災厄の果てに残ったのはふたりの少年だけだった。


「馬鹿野郎。一緒に旅に出るって、約束だっただろうが……」


「……お前がその約束を承諾したの、聞いてねぇよ」


 黒いモヤの爆発は村を包み込み、カブトとコガネを除くすべてを亡き者にした。ふたりだけが残れた理由は単純だ。

 呪いを受けたカブト。魔除けの剣を持っていたコガネ。そのふたりだけが、辛うじて命を繋いだのだ。

 だが辛うじて、だ。

 コガネに関しては、下半身がなかった。


「泣くなよ。お前と同じことしただけなんだから」


「違ぇよ。泣いてるのは、呪いのせいだ」


 嘘だった。

 爆発の影響で溜まっていたモヤの多くは吹き飛んだ。今は村全体を漂うばかりで、カブトへの影響はない。


「呪いのせい、か……」


 コガネは消えかかりそうな声で、そうこぼした。そこには後悔が見られた。理由は何となくわかる。

 カブトにかかった呪いが解けていないからだ。


「完全には、解けなかったんだな……」


 依代の破壊は負の感情や災厄を引き寄せる力を限りなく減少させることにはなった。だが依然、カブトの身体には少しずつモヤが入り込んできている。

 これはつまり、呪いが解けていないということだった。


「お前が心配することじゃねぇよ。これは、僕の身体だ」


「その口調に『僕』は合わねぇよ……」


 コガネは、ハハと小さく笑った。

 そうしてそれ以上、動かなくなった。

 やがてぽつりと、空からは雨粒が落ちる。それはあまりにも遅すぎる恵みだった。この雨が『転愚』の儀おかげだったとしたら、残酷な皮肉だ。

 愚者は救われない。コガネのような正しい人間でさえ救われなかった。だから今後、カブトが救われることはないだろう。

 それでも。

 それでも、救われるとしたら。

 もしも自分に救いがあるならば、カブトはコガネとふたりで歩んだかもしれない未来を望むのだった。

読んでくださりありがとうございました。

カブトのその後は別の小説にて描いております。もしお時間がありましたら一読ください。

https://ncode.syosetu.com/n5535gp/

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