第9話 痛車に自分の二次創作のキャラ描くってどうよ?
真人は車に戻ろうとしてMAXコーヒー片手に振り返ると、自分と同じようにMAXコーヒーを片手に持ち大きなキャリーバックを片手に引いている女性に目が留まった。
2ヶ月ほど前公園で見かけた女性だとわかった。
少し髪型は違うけど、コスプレを始めた真人には違和感に気付いた。
あの髪はウィッグであると。
女性の場合、短髪の男性と違い直すのが大変である。
ウィッグとネットによってべた付いた髪のまま帰宅する人は少ない。
その場合にどうするかといえば、帽子を被るか私服に違和感のないウィッグを被るかの2択ではないかという事に。
真人は声を掛ける事にした。どうやら困っているように見えたからだ。
「どうしました?何か困ってるように見えたのですが……って突然でしたよね。2ヶ月ほど前公園で一度お会いしたと思うのですが。」
しかし真人は公園で出会った彼女と、コスプレ会場で会った彼女が同一人物だとこの時点では気付いていない。
髪がウィッグであることに気付いておきながらである。
彼女は少し顔を赤らめ……
「あ、はい。実は電車が人身事故で止まってるみたいで……それもりんかい線と東武線と両方とも。ゆりかもめは人が多くてその後の乗り換えも考えると使い辛いですし。タクシー乗り場もいっぱいなのでどうしようかと迷っていたところで……」
少し途方に暮れていたところで声をかけられたのです、と彼女は言った。
「島の脱出すら困難というわけですね。それなら俺車なんで送りましょうか?」
突拍子もない事を言い出す真人。特に名も知らぬ相手にこんな事を言ったらナンパや送り狼と思われても仕方がない。
「あ、はい。」
しかし予想に反して即肯定の返事をする友紀。
その返事を否定と勝手に推測してさらなる返事をする真人。
「ってそうですよねーいきなりじゃ嫌ですよねー」
しかしよく思い返して考えると、彼女は肯定の返事をしてた事に気付く。
「って良いんですか?ろくに会った事もない、前に偶然会っただけの人物に警戒とかは。」
「ヲタクに悪い人はいません。」
友紀なりの考えがあっての事であろうけれど、真人は肯定の返事や理由に戸惑いを隠せない。
しかし友紀は少し暗い表情をするが、真人には見られていない。
悪い人はいない……この言葉をいう時に若干の陰りをみせた。
それでも真人を肯定し、引き止めたいと心のどこかで感じているために咄嗟に出た方便である。
男性よりは女性の方が、所謂ビビビと来たという奴に敏感なのである。
友紀は真人に対して少なからず何かを感じていた。
「でも、全てのヲタクが良い人だなんて思ってません。以前も今回も会話していて悪い人という感じはしませんでしたし。お互い良い大人ですしそのあたりは弁えてるのではないかと感じました。」
真人は偏見かもしれないけど、若ければこういった時に邪な事を考えてしまいがちかもしれないと思っているが、自分のように30歳ともなれば良い大人だ。
そもそも童貞魔法使いである真人に車で悪さとか、連れ込んで悪さとか出来るだけの度胸はない。
「それよりも埼玉の北東部なので、逆方向だったら申し訳なく思います。」
友紀は家まで送って貰うつもりだろうか。
それこそ警戒心がないとか、図々しいのではないかと思われてしまう発言である。
ただ、この場合友紀は言った言葉は、そういう類ではなかった。
単純にお台場を脱出するにもその後の方向や降ろしてもらう場所の事を考え尋ねたのである。
九州・関西方面と、関東・東北方面では向かう方向も駅も異なる。
一律して東京駅で良いじゃないかというのは浅はかである。
「そうですか、でも流石に仙台とか名古屋までだったら無理ですけどね。」
送るとは言った真人ではあるが、家まで送る気だったのだろうか。
こういう時は送るといって島であるお台場を脱出して最寄の駅とかまでが普通であろう。
「あ、栗橋です。東武線の南栗橋駅のすぐ近くです。傍に済生会病院があって便利なんです。」
その言葉を聞いて真人は驚愕した。
何故ならば良く知った土地だからである。
何を隠そう、真人の家からの最寄り駅も同じなのだ。
「本当に?俺駅の反対側です。それなら家の近くまで送りますよ。連れの荷物があったんですが、今は空いてるのですっきりしてますし。」
あれ?少し残念そうな表情になったぞ、なんでだ?と真人は不思議に思った。
「お連れ様がいらしたのですね……」
「あー、連れといっても会社の後輩の男ですよ。今日のサークルチケットと駐車券貰う代わりに、行きの荷物運搬とスペースの手伝いをしたっていうか。」
すると少し友紀の表情が明るく変化していく。
「そうなんですね。でも意外でした。ちょっと話しただけでしたけど、まさか趣味も同系統で家も近い方だったなんて。そのおかげで今日帰れそうですし。」
真人としても驚きであった。この会場にいてキャリーケース持参という事はサークルかコスプレ参加だろうし、自分よりよりヲタク度は濃いと思われる。
「それはお互い様です。って暗くなってますしとりあえず車に行きます?」
「そうですね。冬ですからもう真っ暗ですし。」
そんな中でよく再会できたよなって感じではある。偶然とは恐ろしい。
真人の心境としては、喉が渇いて飲み物を買いに来ただけなのに、大変なものをお持ち帰りすることになりました。
いや、いかがわしい事を考えてるわけではないと心に言い聞かせているけれど。
駐車場に向かい歩き始める二人。
「あ、荷物引きますよ。サークル参加されてたんですよね。」
故に決して軽い荷物ではない事が推察される。実際キャリーケースでなければ持ち歩けない。
「大丈夫ですよ。慣れてますし。」
実際慣れているというのは本当だろう、でも男はこういう時格好つけたくなるものなのだ。
「取ってどうこうしませんよ、俺もヲタですし戦利品含めて帰りに荷物が多くなるのは理解出来ますから。」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます。その代わり運転の事も含めて後でお礼はさせていただきますね。」
そういって俺は彼女からキャリーケースを受け取ろうと手を伸ばした。
「っ」
他意があったわけではないのだが、彼女の手とキャリーケースをセットで握ってしまった。タイミングミスってやつだった。
「あ、ごめんなさい。タイミング早すぎました。」
今度はきちんとキャリーケースだけど受け取る。
小さな手だった。冷たかったが心地よかった。本当はもっと握っていたかった。でもそれを自覚した時自分の思考が痛かった。
これだから童貞は……と真理恵さんに言われそうな案件である。
その後二人とも無言で歩いた。気まずかったのはあるけれど、二人して中学生カップルみたいに何をどうしていいのかわからなかったのだ。
そして駐車場にはすぐ到着。真人の車はすぐそこにある。
「あ、今更だけど…車見て驚かないでくださいね。車見てやっぱやめると言われるの悲しいので。」
友紀は「?」という表情を浮かべた。
「あれです、俺の車」
そこにはねこ○こソフトから販売のえっちなゲーム、銀○のキャラクター全章のあやめがそろっていた。ボンネット、左右のドア、トランクと。
ただ、ボンネットのキャラだけは友紀には見覚えがない。
「痛車くらいじゃ変には思いませんよ。確かに身近にいないので驚きはしましたけど。それよりも懐かしいですね、銀○。同じねこね○ソフトなら「みず○ろ」ならみたことありますけど、にゃう~んとか。雪希とか。進藤たんとか。」
今進藤たんと言いましたか、真人の食いつき所が変わった。
「俺、ね○ねこの作品、銀○が好きなんですよ。儚いですしね。それで実際に会ったことはないですが、ネットでの知り合いとゲーム作ろうってなって、シナリオ書くことになってるんですけど、そこで誕生したのがボンネットに描かれてるキャラなんです。」
「え?ゲーム作ってるんですか?それもシナリオライター……凄いです。」
彼女は心底驚いている。そしてなんだか尊敬の眼差しで見られている気がする。
「白銀 真希といってゲームの中のヒロインなんです。東海村にいる絵描きさんが見事に描いてくれたんで、せっかくなので痛車に組み込みました。」
世間的には邪道だろう。商業作品の二次制作キャラを同じ舞台に上げるのは。
だけど……俺には無下には出来なかった。
「でも、完成は出来なかった。主催・シナリオ・絵描き・音楽みんな住んでる所が違うのでどうしても時間が合わなかったりで。」
絵描きさんとはオンリーイベントで何度か会ったことがある。そこで直接ここはこうして欲しいと要望を伝えて、完成形をスケブに描いてもらっていた。
「だからこそ、邪道かもしれないけど、こうして形に残す事が自己満足だとしても……」
彼女は真剣に俺の話を聞いてくれていた。なんとなく、自分の書いていた作中の真希に被って見えた。だからかもしれない、会ったばかりの彼女に声をかけたのは。
というかそろそろ車に入れよ、寒いだろとツッコミがきそうである。
事実、寒くてぶるっと震える友紀を見て気付いた。
「あ、寒いですよね、今車開けます。」
荷物を車に積んでドアを開ける。もちろん助手席のドアを。
「ありがとうございます。」
それからは他愛のない話をした。
この作品にはまってるとか。
このキャラ可愛いよねとか。
主にヲタの話を。
島を出て暫く進むと埼玉県に入り、国道4号、正確には旧4号を進み越谷に入る。
越谷が越谷に入って越谷を出るとかいうギャグを一度はやってみたかった越谷真人30歳独身。
「少しお腹減りません?何か食べていきます?」
「そうですね。コ○ケの日は基本少食なので。」
といったところでびっくりドンキーがあったので入ることにする。
「希望聞かなかったけど大丈夫です?」
「大丈夫です、《《今は》》埼玉県民なのでびっくり○ンキーは知ってます。」
大丈夫の基準はわからないが、失敗はしていないようである。
注文を待っている間、今更であるが自己紹介をした。
「俺、越谷真人と言います。イベントとかではまこPと名乗ってます。」
そういって、本名である会社の名刺と今日撮ったコスプレ名刺を彼女に手渡す。
ここでなぜ本名を名乗り名刺を渡したのか……
直感というか会社時代の癖というかはわからないが、真人にも深層の中では友紀が気になっていた。
「あ、ありがとうございます。わ、私は……」
そういって彼女が差し出してきた名刺は「金子友紀」という本名の名刺と、先程コスプレスペースで真人が貰った「ゆきりん」の名刺だった。
この世代のネーミングセンスは些か微妙であり、二人とも本名をもじっただけの安直なものであるが、10月のMAXコーヒーの人と、コスプレの人という二人のこれまでを繋ぐには充分過ぎる証拠だった。
「えーーーーーーーーー」
名刺を確認した真人は記載されている内容に思わず大きな声をあげていた。